氏作。Part16スレより。


 昨日のこと、道でうっかりして私は人にぶつかってしまいました。
相手は金色の長髪をなびかせる綺麗な女性で、どうやらどこぞの騎士様のようです。
ぶつかった弾みに、あれは誰かへの贈り物でしょうか、ケーキが下に落ちてしまいました。
謝ろうとしたらまず鼻に一発来ました。
続いて喉に綺麗な突きが入りました。これで悲鳴をあげることもできません。
そしてとどめにヘドを吐くようなボディブロー、私はなすすべなくそのまま前に倒れこみました。
するとなんたることでしょう、倒れた先は彼女のふくよかな胸元でした。
もちろん意識してのことではありませんでしたが、掠れた声で私は言いました。
「神よ…」
しかしその柔らかい感触もほんの一瞬、次の瞬間私は宙を飛びました。
投げ飛ばされた私の上に彼女はマウントをとります。
「不埒者!」
そうして鬼のようなコンボの連続、私の顔はいつもの二倍ほどになった頃でしょうか。
アグリアスさん!」
人の好さそうな青年が血相を変えてこちらに走って来ました。
のしかかっていた彼女は慌てて手を引くと、ぎこちない笑みを繕いました。
「や、やあラムザ。何をしてるんだこんなところで」
笑ったところで、彼の目は私の醜態と彼女の手の血に釘付けです。
こっちの方がよっぽど何をしてるのかと言う状況ですが、と思ったら果たして彼もそう尋ねました。
「じ、実はこの罰当たりな輩が…」
彼女は私への悪口とこれに至る口上をペラペラと語りだしました。
嘘です、でまかせです、と私はそれはもう声を張り上げていいたかったのですが、
先程潰された喉はヒュウヒュウと惨めな音をたてるばかりでした。
「…というわけで、このように懲らしめていたのだ」
「そうですか……でも、ここまでしなくても…」
青年は納得しかねる様子で、おまけにいつのまにか集まったのか、ちらほらと野次馬が集まり、
「そうだそうだ」「やりすぎだ!」といった声が飛びかっておりました。
どうやら命だけは助かりそうです。青年は私を介抱しにかかってくださいました。
「大丈夫ですか?アグリアスさん、手当てを……」
そういって振り向いた彼は硬直しました。いえ、その場にいた全員が息をのみました。
先程まで夜叉のごとく私を破壊していた女性が、なんとひくひくと喉を震わせ涙を流していたのです。
「私は……私は……、ラムザに、ラムザに食べて、もらいたかったのに……」
聴衆はシンと静まり返り、彼女の咽び泣く声だけが響き、傷口からは血が流れていました。
青年はただ狼狽えているようですが、私には察しがつきました。
私の頭の下につぶれている、小さなケーキのことなのでしょう。
今はつぶれてしまっておりますが、もともと不器用な形だったそれは、おそらく……。
彼も私の後頭部についたクリームに気付いたようです。
「……すまない、馬鹿だな。馬鹿なんだ……私は………」
「そんなことっ!」
青年は立ち上がり、彼女を抱きすくめました。聴衆がどよめきます。
支えられていた手を離されて頭を強かに打ちつけた私は、今にも意識が遠のきそうです。
アグリアスさん、あなたが、あなたがいてくれたから……ぼ、僕は……」
「…ラムザ…………」
そこで私の魂は、血の味と共に暗闇の中に落ちてゆきました。
気を失う寸前、聴衆のどよめきが一層高まったのを覚えております。


 そうして今朝、腫れ上がった顔をおさえながら、私は軋むベッドの中目覚めました。
あの後、意識を取り戻した私はなんとか家まで帰りついたものの、そのまま泥のように倒れました。
まったく災難な日でした。一寸先は闇と申しますが、いやはや世の中何があるか分からないものです。
しかし、今朝になって私はこうも思うのです。
もしも私ごとき凡夫の犠牲で、ひと組の恋人にささやかな幸せをもたらせるのだとしたら、
それはもう、私はもちろんのこと、私の神もまた望まれるところではありませんか。
雨戸を開けると、陽気は眩しく、街は輝いております。
あのお二人はどうしているでしょう。この美しい陽射しをどこかで浴びているのでしょうか。
質素な食事を済ませ、私は朝の礼拝のため教会へ赴きました。
昨日の怪我で、うっかりふらついてしまい、道で人にぶつかってしまいました。
相手は緑色のフードをかぶった女性で、謝ろうとしたらまず鼻に



 終