氏作。Part25スレより。


いつの頃からだろうか。


ルカヴィ、人知を凌駕した異形との戦いの激化。
猛将・オルランドゥやベイオウーフ、レーゼを迎え入れてからの部隊内部の実戦力ヒエラルキーの変動。
様々なジョブアビリティを収めたことによる、部隊全体の戦力向上と平均化。


戦局が終盤にさしかかるにつれて、聖騎士アグリアスオークスは自らの力不足に悩む日々を過ごしていた。


仮にも、神に仕え教義と戒律を護るために編み出された大義の剣術・聖剣技を収め、周囲の戦士たちとは比に
ならぬ身体能力、技術を有する彼女。それゆえ部隊の長ラムザ・ベオルブ始め多くの仲間たちの信頼を得るに
至り、また彼女もそれに応えようと、戦場においては守護神と称するに能う活躍を見せてきた。
その力が、多くの事由によって輝きを失いつつある・・・プライドは高いが決して高慢ではない彼女でも、
かつて自らの立つべき場であった「戦場の大黒柱」のポジションが、後からやってきたオルランドゥ達に
奪われゆく状況に心穏やかではなかった。
無論、彼女を取り巻く仲間達にそのような事を気にする類の卑しい者はない。いかに彼女の力を上回る者が
現れようと、彼女の強さは皆の知るところであり、誰もがそれを認め尊重していた。
アグリアスさんは十分にお強いんですから、今まで通り僕たちの副長として戦場に立って下さい」
だがアグリアスは、このラムザの言った「十分」という一言が許せなかった。
剣士としてのプライドが一番にこの言葉の咀嚼を拒否したのだ、と、アグリアスはそう自己分析する。
それは正しかった。しかし心の奥底では、彼女自身も意識していない、より強い想いがこの言葉を
許していなかったのである。


言葉の主、この異端の兵たちを束ねる長、ラムザ・ベオルブへの慕情。
かつては傭兵として彼女の主・オヴェリアを護るべく共に剣を取り、
そのオヴェリアを奪った教会の策略から彼女を救った戦士。
異端認定という、イヴァリースに生きる者にとって死の宣告に等しい烙印を押されてなお、
率いる兵らを尊重し、自らの理想と信念を貫いて戦乱の真実に立ち向かう一人の男。
彼女の騎士としての人生においてラムザは唯一尊敬に能う騎士であり、また聖騎士着任以来彼女が封印してきた
「一人の女性」としての人生にも輝きをもたらしたのであった。
悲しいかな、彼女には「女性」としての自己表現に疎く、正体のわからぬ胸中のもやもやと、
一足先に成熟してしまった身体がもたらす本能的な疼きに毎夜悶絶しているのだったが。


そんな(無意識であるにせよ)愛されたいと願う男から受けた、なぐさめと妥協の言葉。
彼女はそれが許せなかった。自分自身を許す事ができなかったのである。



「少し、話を聞かせてはくれないか」


野営を行ったある日、日課としている昼の訓練を終えた彼女は、自分でも意外な人物に声をかけていた。
「・・・別にかまわない」
部隊の中で(人外の者を除けば)特別浮いた存在。古代の転移装置から現れた記憶喪失の戦士、クラウドである。
(相変わらずぶっきらぼうな奴だな)
そう思ったが、自分も似たようなものだと思い直し、チョコボ車の荷台に腰掛けた彼の前に立つアグリアス
「ん」と、短い咳払いをしながら、周囲の仲間がこちらに妙な興味を持ってはいないかと、それとなく見回す。
「早くしてくれ」急かすような口調ではないが、特別話すのも億劫、という態度で言葉を促すクラウド
「む、そうか。」
一拍の間をおいて、アグリアスは話す。
「・・・貴公を、謎の異邦人と見込んで話がある」
「その肩書きのなにを見込んでるんだ」


部隊に迎え入れられた当初こそ、記憶を失っていたために会話すらままならなかったクラウドだが、僅かに
蘇った記憶と、身体に染み付いていた闘いの勘とで、途端に部隊の強力な戦力となった。
そんな謎の多い彼が操る、魔法とも剣技ともつかない能力、リミット。
アグリアスは、彼のこの技に興味を持っていた。もしかしたら我々の想像だにしない、強さを手にする為の
全く新しいアプローチが見えてくるかもしれない、と。


「極限まで高めた怒りが、その源・・・そう言っていたな」
聞きかじりの情報を確かめるように、クラウドに訪ねる。
「説明が欲しいのか?」
妖しい輝きを放つ深緑色の瞳に、趣きの色が射す。この反応はアグリアスも以外であった。
「あ、ああ。貴公が許すのであれば・・・」
「やれやれ・・・出血大サービスだ。よく聞けよ」
荷台からひょい、と身体を起こし、どこか楽しそうに傍らの剣を取るクラウド
「確かに、このリミット技の発動を促すのは主に『怒り』だ。だがそれはあくまできっかけに過ぎない。
思い出せる限りの話で悪いが・・・かつて俺が見習いの身にあった頃、戦闘訓練のなかでも『感情の起伏を
制御する』というのが必修科目だった。戦場で冷静さを無くさない、という目的もあったが、もう一つ。
感情を爆発させることによって、自らのポテンシャルを最大限に引き出し、さらにそれを超える
ほどの力を解き放つのが、この訓練の目的だった」
「怒りで・・・か?それはバーサクにかかった状態に近いのか?」
訪ねるアグリアスに、露骨に「話の腰を折るな」という眼差しを向けるクラウド
「あんなステータス異常と一緒にしないでくれ。
・・・あんた達も魔法を使うだろう?その源は個々人の有する『魔力』という事らしいが。
俺のいた世界には、『ライフストリーム』という概念があった。それは人間の体内にも、そしてこの大地にも
共通して流れる大きな『力』ということらしい。この力が様々な要因で結晶化すると、この世界で言う『魔法』
のような力を放つ物質が生成される。これに対して、体内に流れるその力を爆発させて解き放つのが、さっき
言った訓練の目的・・・つまりこのリミット技、となるわけだ。内在するエネルギーは結晶化したものと違い、
極めて原始的な状態にある。これを自分の思う形で放出するには、俺達人間の脳に眠るといわれる超自然能力を
意図的に解放する必要があり、その為には理性や常識という知能によって形成された表層意識が邪魔に・・・」


「・・・・・」口は半開き、遠い目でクラウドを見たまま言葉に詰まるアグリアス
「・・・まあ、要約すると、理性のタガを外して内なる力を引き出す、って事だ」
「お・・・おお、そうか」空返事であった。生きた世界が異なるのである、無理もないことだと、
クラウドもそれ以上は続けなかった。
アグリアスにとって、にわかには信じられない話である。自分とて、今までの闘いの中で感情的になった事は
ある。しかしそうした所で、彼の言うような超常的な能力が発現する兆しを感じた事はなかった。
やはり、別世界の人間と同じ事が出来るなど甘かったのだろうか。


「二通りあるんじゃないかな」
彼女の逡巡を見透かすように、クラウドは呟いた。
「あんたや・・・あのオルランドゥなんかは、感情を殺して技術を極限まで高めることで、
強さを手にしてきたんだろ」
「当然だ、剣の道とはそうしたものだからな」
そのアグリアスの言葉に、クラウドは明後日の方を見ながら答える。
「それだけじゃない。想いも、武器になるんだ」
彼の態度には含みがある。かつて彼がどのような経験をしたのかを物語っているようだったが、
記憶のない彼の無自覚なそれを詮索する気に、アグリアスはなれなかった。
「・・・そうか。ありがとう、参考にさせてもらう」
やはり、打開策は自分で考えよう。そう思いテントへ戻ろうとするアグリアス。しかし負け惜しみだろうか、
クラウドの見せた意外な一面に興が乗ったのか、つい皮肉めいた言葉が彼女の口をついた。
「無愛想な貴公にしては、楽しそうに話していたじゃないか」
カチン、と、目に見えてクラウドの逆立った髪が怒りに揺れる。
「あんたこそ。ラムザのために強くなりたい、か。甲斐甲斐しい所あるじゃないか」
「・・・!」
部隊内では既に暗黙の了解となった不器用な2人の恋の噂は、新参のクラウドの耳にも入っていた。
まさかクラウドからそれに言及されるとは思っていなかった。途端に体中の血流が活発化し、
目を白黒させるアグリアス。上ずった声で反論する。
「た、ためにとか!甲斐甲斐しいとか・・・!貴公、か、勘違いをしているのではないか!?
別にそ、た、私は純粋に、戦力の憂いを絶とうとだな!・・・そなたには関係のない話であろう!」
「ああ、興味ないね」
してやったり、の表情で答えるクラウド
「だが、あんたのタガは案外簡単に外れそうだ」




当番制の給仕を終え、簡素な食事を済ませるとアグリアスは再び剣を手に取り、訓練に向かった。
昼間のクラウドの言葉を反芻する。自分が今できることは何かを改めて自身に問う。答えは出ない。
もどかしさのあまり、剣を振っていなくては落ち着かず、無心で朱に染まった空気を薙いでいた。
「ご精が出ますね」
ふいに背後から言葉がかかる。優しく、甘く彼女の純心に響く声。ラムザだ。
(日中、クラウドがあんな事を言うから・・・)
目を合わせられない。照りつける西日の熱よりも早く、緊張が彼女の顔の温度を高める。ああ、ただ夕日が赤い
だけなのだ。もしこの紅潮した頬を見られたら、そう言い訳しなくては。
「い、いやなに。昼間の訓練だけでは多少物足りなかったのでな」
「わぁ・・・流石ですね。ご一緒だったアリシアさんはもうテントでお休みですよ」
(あれは根性が足らんだけだ!まったく)
いつもの愚痴が出ようとして、喉の奥にひっこむ。ラムザが歩みを進め、アグリアスとの距離を縮めたのだ。
さらなる緊張で、アグリアスの体はぴんとこわばり、剣を持った腕は伸びきったまま静止してしまう。
「あわ、あれはっ・・しょ、まあ、しょうのない奴で、だな!」
すでに呂律も回っていない。ラムザは笑顔のまま首をかしげる。そしていつの間にかアグリアスの真横に立ち、
並んで黄昏の黄金に染まる平原を見つめた。
「ゆっ!夕日が赤いからな!」
聞かれてもいないのに、アグリアスは弁解する。「そうですね」と、ラムザは笑う。
その笑顔に、わずかな寂しさが宿った。目をふせて、ラムザは穏やかにアグリアスに語りかける。
「・・・お気になさらないで下さいって、お願いしましたよね・・?」
じわり、とアグリアスの胸に痛みが走る。そんな顔をしないでくれ。そんな風に喋らないでくれ。
私は、私を許せないだけなんだ。伯らとの埋まらぬ差も、貴公らの心遣いも、痛いほど分かっているんだ・・・
「つまらぬ意地だよ」
声の震えを押し殺し、アグリアスは自嘲気味に笑ってみせる。
私は馬鹿だ。一番笑ってほしい相手に悲しい顔をさせている。笑ってほしいからこそ志した修練である筈が、
どうしてこうなってしまうのだ。
切っ先に不安が出てしまう。そうラムザに気取られるのが嫌で、思わず彼女は剣をおろした。


「・・・目標をくれないだろうか?」
しばしの間をおいて、アグリアスラムザに問いかける。ラムザも彼女に視線を返す。
「目標ですか?」
「命令という言葉を貴公が嫌うのは知っている。ただ、これは私の性分なのだ。・・・任務であれば、私は
きっともっと頑張れる」
ラムザからの』任務であれば、と言おうとして、気恥ずかしくてやめた。
(頑張りすぎだって、僕は言ってるんだけどな)
何を言っても、アグリアスは無理をやめようとはしないだろう。彼がいま一番に護りたいと願うその女性は、
心配されるのを嫌い、天の邪鬼なまでに頑健な意志を努めようとする、強くて困った人なのだ。
そう諦めて、ラムザはまた寂しげに微笑み、「それでは」と言って彼女を見つめた。
「次の戦闘で、伯とアグリアスさんに出てもらいます。あなたが伯の討伐数を超えることができたら・・・」
(まずは小さな目標か、それで私の気を紛らわそうというのだな。小賢しい奴め)
アグリアスは不満げにラムザの言葉を待つ。


「僕がキスしてあげます」


アグリアスは仰け反った。
(キス!?せせせ接吻?な、何を言っているんだこの男は!どういう了見でそんな目標になるんだ!そもそも
男子たるもの、いや、普通は女子だ、いやともかく、そんなことを軽々しく約束するなど・・・!!)
仰け反ったまま顔を横に向け、奇妙な姿勢のままアグリアスラムザから視線をそむけた。
「どうでしょう?これくらいなら気負いもしなくていいと思うんですが。あ、もし嫌なら言って下さいね?
程度の問題もありますし・・・。最初はほっぺにチューくらいで」
(私が喜ぶと思ってそういう事を言ってるのか!?いたずら心だというなら承知せんぞ!・・・まさかどうせ
できやしないと思って私をからかっているのか!?そんな外道に記憶した覚えはないぞラムザ!!)
何秒ほど経過しているだろうか。アグリアスの姿勢があまりに面白いので、ラムザは不安になってきた。
当のラムザは、無論彼女への好意があってこの約束を申し出たつもりだ。それは肩を並べて剣を振るう戦友・
部隊の長とその部下という間柄ではなく、一人の男として彼女の負担を軽減したい、と考えての言葉だった。
そんな言葉を使うには、互いにいささか生真面目すぎるきらいがあるのだが。
あまりに不安になったラムザが手を延ばそうとした瞬間、彼女は現実世界に帰還を果たした。反らした上体を
勢いよく引き戻し、真っ赤になった顔を隠すことも忘れて、ラムザを睨み付けて低く呻く。
「・・・いいだろう、受けて立つ」
なぜか決闘の約束を引き受けるように、敢然とした決意を持って答えるアグリアス


その一部始終を、小高い丘から眺めていたクラウド。存外に暇を持て余す性分らしく、面白がって彼に
付いて来たムスタディオが隣で腹を抱えて笑っているのを、事も無げに一瞥する。
「くく・・・あんた、あの二人になにふっかけたんだよ」
涙を擦りながら、にやにやとクラウドに詰め寄るムスタディオ。
「さあね」と、クラウドは悪戯っぽく肩をすくめて見せた。



眼前に迫るラムザの笑顔。
きめ細やかな白い肌が、眠たげな長い睫毛が、今にも鼻先に触れそうな距離に迫る。やがて自分を見ていた
円らな瞳はゆっくりと瞼を下ろし、柔らかそうな唇何かを促すようにがすぼまる。
アグリアスは動転したが、ああ、自分は約束を果たしたのだと気づき、自らも目を閉じ、その幸福な一瞬を
受け入れようとした。
すぐ近くにラムザの体温を感じる。艶やかな髪が彼女の額に触れる。きな臭い異臭が鼻を突く。
(・・・え?)
緊張のあまり、私の心臓が焦がれて燃えてしまったのだろうか。そんな馬鹿な。


テントの中で簡素な布団に横たえていた体を素早く起こす。アグリアスはそれが夢であったことに気づいて
ひどく落胆したが、何かの燃える臭いだけが夢ではないことに気づき、余韻を味わう間もなく飛び起きた。
同じテントで休んでいたレーゼは既に異常を察知し、目覚めたアグリアスを見るや小さく頷いて外へでるよう
促す。彼女の目はすでに竜の気迫を備え、今起きている事態に冷静な憶測を巡らせていた。
最低限の装備だけを素早く身につけ、テントを飛び出したアグリアスは戦慄した。
野営の中心のテントに火矢が突き刺さり、音を立てて燃えさかっている。周囲では事態を察知した仲間達が
次々とテントから出てくる。
ラムザは−!?)
振り返る彼女に、どうと一人の男がぶつかった。大急ぎで走っていたムスタディオである。
「おお、アグリアス!大変だぞ!!」
「そんなもの見れば解る!!どうやら夜襲のようだが、斥候は何をしている!?あのテントには・・・」
そう言いかけて、次に思い返された名前にアグリアスは愕然とした。あのテントには、確かラムザが。
ラムザ・・・・・!!」
「いや、ラムザはいない。ていうかあいつが斥候に出てたからな」
スタディオの言葉に安堵するアグリアス。だが直ぐに疑問が沸き起こった。
ラムザが斥候に立っていながら夜襲を許しただと?!そんな馬鹿な話があるか!!」
「俺に言ってもわかんねーっての!一緒だったマラークも戻ってねーし、・・・まさか」
「・・まさかなど!そんな事があって・・・あってたまるか!」
なおも燃え続けるテントの炎が、彼女達の激情に拍車をかける。ムスタディオの胸ぐらを掴むアグリアス
「やめなさい」
ぴしゃり、とレーゼが二人の仲裁に入る。その細腕からは考えられないほどの握力でアグリアスの手を掴み、
脂汗まみれで怯えるムスタディオから引き離す。
「・・・詳しい話は彼らに聞くことにしましょう」
レーゼの視線の先には、どこから現れたのか、数人の騎士が立っていた。


ラムザ・ベオルブの次に話の分かるのはどいつだね?」
高圧的な口調で、騎士のうちの一人が声を上げる。数の有利ありと踏んでいたラッドが剣を構えてにじり寄る。
「やめておいた方がいい。あのテントと同じ運命を辿りたいのか?」
にやり、と口の端を歪めて騎士は言った。よく見れば、この男達の後ろ、いや野営地の円周を取り囲むように
アーチャーの構えた火矢の灯りがゆらめいている。
「わざわざ無人のテントを選んでやったんだ。有り難く思えよ。さあ、ここの副長は誰なんだね」
どうやら取引かなにかをするつもりらしい。アグリアスは怒りを静め、しかし目には激昂の色を残したまま
襲撃者の前に歩み寄る。
「南か、北か、それとも教会か」
アグリアスの問いに騎士が答える。「どれでもないさ、麗しの副長殿。・・・もとより、どれに斬られても
おかしくはないだろう。貴様ら異端者は」
見れば街でも市販されている無規格の甲冑類。単純な偽装であったが、アグリアスは男が腰に差した剣の鍔に
見覚えがあった。「・・・盲信の徒め」


「あんたらの長はいま、俺達の陣営にいらっしゃる。ついさっき取引をした所でね」
(取引・・・まさか、我々を売ったとでもいうのか?)
考えたくもない結論がアグリアスの脳裏をよぎる。そんなまさか、と彼女は首を横に振った。
「安心したまえ、彼はできた騎士だよ。・・・もっとも隊長自ら斥候に立つのは愚かだがね。彼は自身が
人質として留まるのと引換に、君たちを逃がしたいと言ってきた。私たちがそれを拒否すると、やつめ
まるで悪魔のような目で私を睨み付けてきてね・・・『それなら、貴様の首と引換だ』なんて言うんだ。
まぁ、えらい凄みだったな。実際。手足を縛られてなお、神を貶める呪詛を吐くその口で私の喉を噛み切る
くらいのことはやりそうだった」
ラムザは、やはり彼らの手に落ちている。本陣に伝えることもままならなかったとなれば、恐らく敵は
かなりの手勢を動かしているに相違ない。敵に囲まれた焦り、そして何よりラムザが敵地に渡った事への
不安と怒りで、アグリアスの拳が硬く握られた。
彼女の背後には、いつのまにかムスタディオ、兄を心配するラファ、静かに敵の隙を伺うオルランドゥ、そして
悠然と状況を眺めるクラウドが立っている。いざともなれば、全員でこの男達に斬りかかるつもりだろう。
この者達であれば、一点突破くらいは可能かもしれない。部隊に生じる損害を無視すればの話だが。
「だから私は彼に約束した。我々は君の仲間に事実のみを伝え、戦うことはしない、と」
そこで言葉を切ると、騎士は悪辣な笑い顔を見せて、アグリアスに剣を向けてみせた。
「だがなぁ・・・一人の名前も聞いてないんだよねぇ。ここに居るのは、名も無き穢れた異端の群。
奴の仲間ってのはどこに居るのか、皆目検討もつかないんだよ」
外道め。
もはや男たちと会話をする気にすらなれなかった。
ラムザはどうした」
アグリアスの問いに、騎士は悪魔じみた笑顔のまま答えた。
「現地断罪の許可が下りている。もう朝陽は拝めないだろうね」
頭の中で最も忌避していた結論を、あっさりと男は下した。
アグリアスは、自らの心が虚に落ちていくように感じた。彼女には信じられない。あのように勇敢で優しい男が、
途半ばにして倒れるなど。あの笑顔を、もう二度とみられないなんて。
体が震えているのが、自分でもわかった。背後でラファが泣き崩れる。ムスタディオがラファの肩を抱く。
全身に殺気をまといながら、オルランドゥアグリアスに耳打ちした。
「・・・アグリアス殿。こうなっては、何としても隊の生還と存続を」
だが、アグリアスは動けなかった。


まさか、あんな夢が最後だなんて。嘘だと言ってくれ、ラムザ




「あんたのラムザはもう、いない」
クラウドがぼそり、と呟く。
その言葉は、アグリアスの魂に無情な現実を穿った


「貴様・・!」オルランドゥクラウドの胸ぐらを掴み、鬼の形相で睨む。対してクラウドは、どこまでも
熱の冷めた表情のまま、すでにぴくりとも動かぬアグリアスの後ろ姿を見ている。
だが、この時クラウドの目に映っていたのは、その背中ではなかった。
(手遅れだなんて思うなよ。今だから、やるんだ)
哀しみに閉ざされたアグリアスの心。突然の事態に、行き場なく彷徨う激情。クラウドは、哀しみが怒りへ
姿を変え、力となることを理解していた。それは彼の、未だ解けぬ封じられた記憶に依るものかもしれない。
地面に突き立てたマテリアブレードの柄を取り、目を閉じて軽く力を込める。
(俺も、お人好しだ)
大地を伝って、大いなる力が・・彼の言うところの『ライフストリーム』が脈動し、アグリアスの背中を押した。


ラムザ
ラムザ


もはや応える者なき名を呼ぶ声で、アグリアスの頭が一杯になった。



「うああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


怒号であった。
炎に熱された空気が奮え渡る。オルランドゥは一瞬、それが誰のものか理解できなかったが、自分の前で
哀しみに暮れていたはずの一人の女性が、その慟哭の主である事に気づいた。と同時に、異様なまでの聖属性
魔力の高まりを察知し、思わずアグリアスに向かって叫んだ。
「ならん!静まられよ!!」
クラウドから離れた右手が、アグリアスの肩に伸びる。だが、あと少しで届こうという所で、捕捉していた筈の
肩が視界から消えた。
否。視認できなくなったのである。
アグリアスの前身が、まばゆいばかりの白光を放っていた。
「邪魔しないでやってくれ、じいさん」
と、それ以上のオルランドゥの接近を制して、クラウドアグリアスを奮い立てた。
「さあ、約束を守るんだ」
(もういい、十分お膳立てはした。あとはあんたの努力次第だ)
その場に居合わせた全員が、この理解を超えた事態を固唾をのんで見守った。


やがて、彼女を包んでいた光が収まっていく。誰もが暗闇に再び現れるはずのアグリアスを思い描いていた。
だがそこに立っていたのは


「なんだこの悪趣味な・・・」
スタディオが呟く。その顔は呆気にとられている。


青く染め抜いた儀礼制服の、凛としたアグリアスではない。
どぎついまでのピンク色の服を纏い、無風であるにもかかわらずその長い髪を四方になびかせ、怒りの形相は
この世のものとは思えぬ畏怖と美とを兼ね備えた、一人の女戦士であった。


眼前の異端者が異様な変質を遂げたことで、襲撃者たちは狼狽した。中には、そのあまりの神々しさから
「女神様だ!」と叫ぶ者までいる。
「女神なものか!・・・おのれ、妙なマネを!」先程まで余裕の笑みを浮かべていた騎士が、驚きと恐怖で
顔をこわばらせながらも抜刀した。
抜刀したはずが、その手に握られているのは、刀身のないただの柄だけであった。見れば、アグリアスが既に
抜き身のセイブザクイーンを構え、刺突の構えを取っている。
刺突は既に放たれた後であった。騎士の剣は、ちょうど鞘から抜け出た瞬間にアグリアスの突打によって
根本を粉々に砕かれ、剣先が地面に刺さっていた。
「なにをす・・・・・ぶっ」
見れば、騎士の体を覆う甲冑には七つの穴が開き、さらに眉間にもコイン大の傷が深々と刻まれていた。
言葉を発しようとしたとき、すでに彼は事切れていたのである。
その突打はゆうに8発。この一瞬の所作を見切れたのは、クラウドオルランドゥ、そして竜の動体視力を持つ
レーゼのみであった。音を立てて、男の全身から血液が噴出する。
「・・・北斗骨砕打」
彼女はそう呟いたが、仲間の誰もが、普段彼女が放つその技ではないことを悟っていた。
追加効果、即死、クリスタルすら残さぬ完全な抹殺である。


「すいませんごめんなさいすいませんごめんなさい」
スタディオが平伏す。その顔は恐怖に歪んでいた。


「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん!・・・ラムザを返せぇぇええええええええ!」
聖なる気が雷撃を帯びる。青白い輝きが剣の形を取り、数十本のそれがアグリアスの全身から放たれる。
男の後ろにいた数人の騎士たちは、恐怖に硬直した体を回避に向ける間もなく直撃を浴びた。結果、その場に
立つ騎士全員の首から上が消失した。傷跡は電撃の熱で炭化している。
無双稲妻突き。彼らは永久の沈黙を与えられた。


テントを取り囲んでいた伏兵たちは、リーダー格を無くして困惑した。だが、そのうちの誰かが果敢にも
火矢の一斉射撃を呼びかける。その声に気づいて猛スピードで振り向くアグリアス。「ひっ」と情けない声を
上げたのはムスタディオである。尿失禁寸前であった。ラファの前で。
アグリアスは今し方討ち果たした敵の屍を軽々と飛び越え、野営地を見渡せる位置まで瞬時に移動した。
この神速も、普段の彼女からは想像のつかぬ所行である。彼女がそこで剣を構えるのを見て、ようやく事態を
飲み込んだオルランドゥが叫ぶ。
「皆の者、伏せーーーーーーいっ!!!」
言うが早いか、仲間達は全員その場に這い蹲った。もはや皆本能で動いている。
両の足を開き、深く腰を落とし、丹田に力を込める。
高彩度の赤に輝く聖剣気を帯びた剣を掲げ、全霊を込めた一撃を放つアグリアス


「虚無の怒りを剣に刻んで・・・怒髪突天!真・聖光爆裂破ぁあああああ!!!」


耳に突き刺さるような静寂と、影一つ生まぬ強烈な光が、野営地を包んだ。




気が付けば、部隊の仲間達はことごとくその身を寄せ合い、一箇所に固まっていた。みな一同に、自分の身が
生きたままであるという事以外、この事態を理解できずにいた。
ただ一人、仲間達から距離をおいて立ちつくすクラウド。逆立った髪の毛が更に乱れている。
「・・・リミットじゃなくて、トランスだ、それは」
意味の解らない言葉を口にして、クラウドはばたりとその場に倒れた。


敵影なし。ゆうに20を超える人数がいたであろう襲撃者の一団は、怒れる女神の神罰によって一掃された。


いつの間にか、服も髪も元に戻ったアグリアスは、急激な消耗に耐えかねて片膝を突いた。
「・・・私か?今、戦っていたのは私なのか?」
最後に聞いたのは、クラウドの絶望的な一言。そこから先の記憶は曖昧である。だが、全身に残る言いようの
ない痺れと高揚感が、聖剣気に包まれた僅かな時間と、仇敵を討ったことの証明であった。


「・・・・ラムザ。見ていてくれたか。やったぞ、私は」


もはや首を動かすので精一杯だった。彼女は天を仰ぎ、そして、ようやく涙を流した。



「ラファーーーっ!!!」
不意に、聞き慣れた声が背後に響く。アグリアスが振り返ると、血相を変えて走ってくるマラークの姿が。
「・・・マラーク!?貴公、無事で・・・」
「おい!何だよ今の!!全部あんたがやったのか?あんた、ラファまで巻き添えにするつもりか!?」
茫然自失の表情のアグリアスに、こりゃ無駄だとマラークは踵を返す。陣中のラファの元へ走っていく
彼を、アグリアスは見守ることしかできなかった。
「マラークが・・・生きて・・・ということは」
続けざまに、草を踏む穏やかな足音が聞こえる。振り向いたアグリアスの目に、最初に飛び込んできたのは
まばゆいカンテラの光。そして、逆光であっても決して見まごうことのない、男の姿であった。
ラムザ・・・・!!」
頬を伝った涙の跡を通って、哀しみとは違う、あたたかな感動が奔った。


「すみません、ご心配をおかけして!」
何があったのだろう。でも、愛しい女剣士が目の前で泣いている。反射的に、ラムザは謝ってしまった。
「教会の追っ手に囲まれて、捕まっちゃって・・・でも、大人数がいなくなって何とか脱出できたんです。
マラークにカエルになってもらって縄を抜けて、まあその後、色々あったんですが・・・」
駆け寄るラムザ。ああ、変わっていない。間の抜けたとさえ思える緩い口調。優しい眼差し。
私を心配してくれている、この寛大な笑顔・・・。


アグリアスは、生涯で初めて男の体を強く包容した。
その相手がラムザで本当によかったと、強く思う。涙は止まらなかった。
恥も外聞も捨て去って、愛する者の肩に身を預けた。


「・・・戦ったんですね、連中と。すみません、遅くなって」
「もういいんだ、もういいから・・・」
嬉しかった。自分を優しく気遣ってくれるラムザが、ここにいるのだ。生きてここに。
「・・こんなに汗だくになって」




(汗?)


彼女は確かに、(一方的ではあるが)壮絶な死闘を演じた。だが今消耗したのは精神力で、むしろ悪寒を
覚えるような様であり、肉体的な疲労はない。汗などかこうものか。
ラムザの手は、彼女が覆い被さったために真下に垂れ、太股の上のあたりで二人の体で挟まっている。
そしてその瞬間、自らの体に起こったもう一つの異変を知り、アグリアスは青ざめた。


局所的な、異常なまでの体液分泌。
一人の男を想って暴走させた肉体が、戦闘による高揚感を別の何かに取り違えたのだろうか。はたまた、
剥き出しになった感情が理性では想像も及ばぬ欲求を描いたのか。
恥と外聞が大急ぎで戻ってきた。


ラムザ!」
「っはい!?」
「後を頼んだっ!!!!!」


どこにそんな余力があったのだろう。アグリアスは全速力で野営地まで走り、テントに飛び込むとそのまま
誰も入れようとはしなかった。(同床のレーゼすらも、である)



後日、その壮絶な戦いの一部始終をムスタディオ等から聞いたラムザは(誇張あり)、どうしたものか暫く
思案した後、とりあえず野営の2日程の延期を決め、部隊の体制建て直しを行った。
一方アグリアスは、極度の疲労感に脱力しきった体を起こし、「俺がゲームバランス補整のために甘んじて
弱体化してるというのに何だその技は卑怯だ不公平だ」という、クラウドの(意味不明な)涙の訴えを聞いて
うんざりし、あのような戦い方は二度とするまいと心に誓うのであった。


夜が更けて、昨夜の恐怖が蘇った者は早々に床につき、そうでない者もまるで通夜のような面もちで酒を
酌み交わし、「アグリアス、万夫不到の豪傑なり」と結論付けて静かに酩酊した。
皆のどこかよそよそしい態度につまはじきにされ、一人焚き火の番をするアグリアス
「・・・戦場にあって、強さがすぎるのも考え物なのだろうか・・・」
いまだ先日の疲労と混乱が抜けきらず、独り言をぶつぶつと呟く彼女のもとへ、ひょいとラムザが現れた。
アグリアスの体に緊張が走る。以前にも増して。
「お、おお・・・ラムザ
いくら早とちりとはいえ、彼の死があそこまで自身を狂わせるとは。それが深い愛によるものとは気付かずも、
ラムザが自身にとって特別な存在であると再認識するに至って、アグリアスはますます視線を合わせられなく
なった。
「お話、伺いましたよ。すごかったんですってね」楽しそうに、そう言いながらラムザは隣に腰掛ける。
「わた、し、にも・・・よ、よく解らないんだ」これは本音である。
「ただもう、お前が死んだと聞かされたら、それ以上なにも考えられなくなって・・・」
歯切れの悪い答えだったが、ラムザは、彼女がそんな風に考えてくれていたことが、嬉しくてたまらなかった。


おもむろにラムザは立ち上がり、懐から羊皮紙の切れ端を取り出して、そこに書かれた文を読み上げた。
「敵数、17+α!判別のつかないものは割愛しています!
スタディオ、チキン!
ベイオウーフ、撃破数0!レーゼ、撃破数0!
・・・オルランドゥ、撃破数0!」
ぽかんとして、ラムザの行動を見上げるアグリアス
「みんな、あなたが倒したんですよ。−−ほら、約束の」
思い出して、アグリアスの顔が真っ赤になるよりも早く、ラムザの唇がアグリアスの頬に触れた。



ラムザ
呼びかければ応えてくれる、その愛しき者の名で、アグリアスの胸が一杯になった。



「えっ!ど、どうしたんですかアグリアスさん!そのピンクの服・・・・あっ」