氏作。Part29スレより。




料理当番。人数抱えて旅をする一行に料理を得意とする者がいない場合、それは変わり続ける。
ラムザとラッドはガフガリオンの下働きをしたおかげで料理はそれなりに上手だ。
スタディオも独り者らしくそれなりに自炊はできる。
この前ラヴィアンが料理当番になった。普段が普段なだけに不安はあったが、意外といけた。
アリシアは料理上手を自慢している。だが今日の当番はアグリアスオークスその人だった。


「――で、どうなんですか。アグリアスさんの腕前」
ラムザが何気なくラヴィアンに聞いた。
その話題が気になったのか、チョコボや馬車の手入れをしていたラッドとムスタディオも目を向ける。
「さぁ。オーボンヌ修道院じゃ、いつも教会の人が作ってくれてましたし、食べた事ないです」
「そうですか。まあ、アグリアスさんの事ですから心配はないと思いますが……」
「そうとも限らねぇぞ」
ラッドが口を挟んだ。
アグリアスと言やあ貴族の出だがな、それがみんな花嫁修業してると思うな。
 いい例がラヴィアンだろ。家事はメイドに任せっきって、オテンバお嬢様は女だてらに騎士ごっこ
 念願かなって騎士になり明けても暮れても剣の修練。料理の練習なんざろくにした事がねぇ。
 そういった女がまともな料理、作れると思うか?」
「ラヴィアンは作ったじゃないですか」
「酒瓶一本持ってアドバイスもらいに来て、な」
ラッドが笑った。ラヴィアンが唇を尖らせる。
「チェーッ、バラさなくてもいいじゃないですか」
「あれ、ラッドが手助けしてたの? 確かに味つけの感じがラッドに似てたとは思ったけど……」
「たははー……まあ、そうです。ラッドに簡単なメニューをちょろっと教わって……」
「じゃあラヴィアンは参考にならないなぁ、アグリアスさん大丈夫かな。
 彼女の性格上、人に頼らないでしょうし。」
「いやー、でも、アグリアス様ですよ? 剣も魔法も成績優秀でしたし、料理も案外いけるんじゃないですか?」
「無理無理。あの剣一筋女がまともなもん作れるかよ!」
今度はムスタディオが口を挟んでくる。
「あの堅物は『オヴェリア様を守る』の一念で戦いの特訓ばかりだろ?
 とても料理ができるガラたぁ思えねぇ。ズバリ、今日の昼飯は最悪と見た」
アグリアスを知る故にフォローできないラヴィアンだったが、ラッドは「どうかな」と返した。
アグリアス士官学校くらい出てるだろう。サバイバル教習くらいあるだろ。
 戦場での食料調達技術くらい持ってらぁ」
「でもよー、今日作るのはサバイバル料理じゃねぇぜ。街まで買出しに行ってんだからよ」
「とはいえ、料理の最低限のいろはくらいは学んでるだろ。ラヴィアンよりゃマシなのが出てくるだろうぜ」
対立するラッドとムスタディオ。同意を求めるようにラムザとラヴィアンを見た。
さて、どちらに同意する? ラヴィアン苦笑。
「あ、あははー……私は、アグリアス様には悪いけど、正直、あの人がまともなもの作れるとは思えないかも」
それに対しラムザは感情的に反論した。
「いえ、アグリアスさんですよ? きっと貴族らしい美しく食欲を誘う香りの立つ素晴らしい料理を!」
「くっくっ。まあ、そこまではいかずとも、あのアグリアスだ。まあ、いい線いくだろうよ」
ラッドがラムザの肩に組みついた。これで俺達は仲間だとでもいうように。
「じゃあ賭けるか?」
スタディオが持ち出した。
アグリアスの料理はミソッカスか、それとも頬が落ちるような華麗な料理か」
「当然後者です。アグリアスさんの事ですから貴族の食卓に出るような料理が出ますよ、絶対」
「んー、ラムザさんが言うと本当にすごいのが出てきそうな気になっちゃうや」
「何だよラヴィアン、お前もラムザ側かぁ?」
「つー訳だムスタディオ。ミソッカスな料理が嫌なら食わねぇこったな、俺達はうまいのをいただくぜ」
ラッドの挑発にギリギリを歯を食いしばるムスタディオ。
「へへーん! 期待ってのは大きい分、落差でドンゾコに突き落とされんだよ」
「くっくっ、負け犬の遠吠えってのはいつ聞いても気分がいいねぇ」


「――何か、やけに盛り上がってますね」
木陰に隠れてアリシアが呟いた。その手には食料買出しのための袋。中には食材満載。
隣には同様に食材を積んだ袋を抱えたアグリアス
「う、うむ……どうしたものか」
「あんまり期待されましてもね、実際、自信のほどはいかがなものです?」
「むぅ……その、普通」
「つまり両方の期待に応えられない、と?」
「あぐぅ……」
「いっそトンデモ料理ぶちかましてお茶を濁しますか?」
「そ、そういう訳にはいかん。健康管理に食事は大切なのだ。誠心誠意、真心を込めて作るのみ!」


作ってみました。


「……普通……」
「普通だな」
「何の面白みも無いぜ」
「まあまあ、アグリアス様だってがんばったんですから。私に比べりゃ上等ですよ」
そんな感じで微妙な雰囲気のまま昼食を終えた面々だった。
「悪かったな……普通で……」
「まぁまぁ。アグリアス様、少なくとも標準的な腕前は認められた訳ですから、ね?」
色んな意味で期待が大きかった分、中途半端な物を出されてグダグダムードになってしまいましたとさ。
ちゃんちゃん。





――夕方。
「さあ、モルボルの触手を煮込みベヒーモスの角の粉末を隠し味とした、
 アリシア特製クリームシチューの完成ですよぉ」
ジョーカーがここにいたか。アグリアス含め全員口をきつくへの字に結び、唇の端をヒクつかせる。
(クリームシチューって言ったよね。普通乳白色だよね。何で緑色なの)
(落ち着け、クールになれラッド。お前は薄汚い虫や名前も知らない木の根っこを食べた事もあるだろう)
(モルボルのエキス抽出しまくりですかそうですか。モルボルってどんな味ですかゴルァァァッ!!)
アグリアス様で肩透かし食らった分、ギャップの酷さが際立つ。アリシアがまさかゲテモノ女とは思わなかった)
(食べてるし、一人先んじておいしそうに満面の笑みで食べてるし。
 これは私の知っているしっかり者のアリシアなのか。
 知らん! モルボルの触手を食いちぎって緑色の液体を飲み干す女など断じてアリシアではない!)
「あれ、皆さんどうしたんですか? スプーンが動いてませんよ」
「……解りました、リーダーの僕が覚悟を決めて、逝かせていただきます。うおおおーっ!!」
チャプター4で習得するはずのアビリティ「さけぶ」を急遽習得するラムザ
勇気と力が湧き出る。
(行ける、そうさ行けるさ。僕はラムザ・ベオルブ。ベオルブの名を継ぐ者。
 やってやれない事はない! 思い出せジークデン砦での悲劇を。
 あの時僕は逃げ出した。あれに比べればこれくらい何ともないさ、そうだろう?
 さあスプーンを動かせ。手が震える? 止めろ! 気合だ!
 さあ、1、2、3で食べるぞ。数えるぞ! 数えるからな!? カウントダウン始めるぞ!
 行くぞ行くぞ……1……! …………2…………!! ……うおおっ! 3! GOだ! ウワオオオッ!!
 …………なぜ行かないラムザ!? お前の勇気はこの程度のものなのか! もう一度、もう一度だ。
 もう一度カウントするぞ。父バルバネスの名に誓って食べる、食べるからな。いいんだな? 食べるんだぞ。
 さあ、カウントだ。父よ、僕をお守りください。天騎士バルバネスの名誉が今! ここに! かかっている!
 いざ! いざいざいざいざ!! い・た・だ・き・ま・す。1! 2の! 3! ずどどえや〜〜〜〜!!)
パクリ。
ゴクリ。
バタン。


戦闘不能。カウント3。カウント2。カウント1。
フェニックスの尾ぉぉぉっ!!」
アグリアスの機転で一命を取り留めるラムザ
それを見て首を傾げるアリシア
「どうかしましたか? ……あっ! あまりのおいしさにビックリしちゃったとか」
「そ、そうだな。そうかもしれん。ははは……」
「それじゃアグリアス様もぜひどうぞ。温かいうちに、さあ」
(次は私の番かぁぁぁっ!!)
心の中で絶叫するアグリアス。顔を引きつらせ、クリームシチューに挑む。
だが、その前に少しでも不安を軽減させておきたいと思い、アグリアスは問う。
「も、モルボルの触手とベヒーモスの角の粉末を入れたと言っていたな。他は普通のシチューなのだろう?」
(そうだろう? だってモルボルとかベヒーモスとかありえないもん、十二分にイレギュラーだ。
 これ以上おかしな物が入っているはずがない。常識人のアリシアがこれ以上奇行に走るはずがない。
 YESと言えアリシア。他には特に何も入れてませんと。ジャガイモやニンジンとか、オーソドックスな――)
「いいえ、アリシア特製と言ったでしょう?
 ウッドマンの木の根も入れてあります。ゴボウみたいでおいしいですよ。
 後ドラゴンの鱗も具にしました。しっかり茹でてありますから、柔らかくなって食べられますよ。
 これがまたコリコリとした独特の食感がしてたまらないんですよ。生唾ものです。
 あ、それとフローターホイールの目玉が一個だけ手に入ったので一皿にだけ入れてあります。
 ドコサヘキサエン酸たっぷりで脳にいいんですし、エイコサペンタエン酸も豊富なのでガンの予防にも!」
(さっきから何かシチューの中に白い大きな玉が入ってると思ったら目玉かぁぁぁっ!!)
アグリアスは自分の皿を見て表情を強張らせた。試しにスプーンで転がしてみると、
フローターホイールの眼球の証というように、大きな瞳がギョロリとアグリアスを見た。
(食えというのかこれをぉぉぉっ!!)
「歯ごたえがあっておいしいですよ」
(知るかぁぁぁぁぁぁっ!!)


アグリアスオークス。好物は最後まで取っておく女。故に嫌いな物は先にさっさと食べる。
スプーンが、こぼれ落ちんばかりに巨大な目玉をすくい上げる。
隣には部下のエンジェルスマイル。
いつもお世話になっている上司に、飛びっきりの手料理で感謝の意を示す善意100%の笑顔。
(――食わねばならん、隊のサブリーダーとして。アリシアの上司として!)
しかし目玉を運ぶ手は震え、スプーンから目玉が転げ落ち、シチューの中に沈む。
(だ、駄目だ。これは私が料理を食べるのではない、料理が私を食らおうとしている!
 そう、恐怖という名の料理が今! 私を食らい尽くし、騎士生命を断絶しようとしている!!
 だが! 立ち向かわねばならぬ騎士として!
 しかしラムザは一口で戦闘不能に陥った。フェニックスの尾の残量は……残るPTメンバー分しかない!
 すなわち一人一殺一蘇生! 舌が味を認識する前にシチューを丸呑みするしか、無い!)
まだ正式加入して間もないアグリアスのアイコンタクトを一瞬にして理解するラッド達。
(頼む、私が倒れたらフェニックスの尾を使ってくれ。お前が倒れた時には私が使ってやるから!)
(OKアグリアスさんよ、あんたにそれほどの覚悟があるのなら、つき合おうじゃねぇか。ゲテモノ上等)
(お前等マジかよ? 食うのか? 俺は、俺、最後だかんな! 俺が食うの最後の番にしてくれ!)
(女々しい事を考えないムスタディオ! 私は、アリシアのダチとして、これを、食う!)
アイコンタクトを通り越してテレパシーに覚醒する勢いの面々。
だが、これで覚悟は決まった。
アグリアスオークス、逝きます!」
ためらってはいけない。味わってはいけない。一口で、すべて食らい尽くせ!
スプーンを捨て皿を持ち上げ、直接口をつけてシチューを口腔に流し込む。
ガボガボガボガボッ!!」
それは食事の音ではなく、水に溺れた人間が出す音だった。
目頭が熱い、涙が――出る! どうして? 決まってる。不味いからだよコンチクショー!!
モルボルの触手やウッドマンの木の根、ドラゴンの鱗を租借せず、シチューごと呑み込む!
飲むのではなく呑む!


しかし! フローターホイールの目玉! こればっかりは大きすぎて丸呑みは不可能。
噛んだ! 噛む、噛む、噛む! ゴリゴリ、グチャグチャ。
食器の音すら滅多に立てないアグリアスが、下品な音を出しながら目玉を喰らう。
そして呑む! 呑み込む!! のどに引っかかりそうになっても構わず、呑み込んで、呑み込んだ!
「ご・ち・そ・う・さ・ま……ガクッ」


こうして――アグリアスは散り、フェニックスの加護により蘇る。
アグリアスの勇気に引き続き仲間達も次々と勝負を挑み、華々しく散っていった。
それを慈悲深くフェニックスの尾で治療していくアグリアス
その姿、まさに聖母……。


「もう、みんなそんなに慌てて食べなくてもー。そんなにおいしかった? えへへ」
無邪気に笑うはアリシアただ一人。
彼女の笑顔を守るため、真実を語ってはいけない。決して。
「よかったら、今後私が料理当番を務めましょうか? 交代制にするより色々都合がいいと思――」
「い、いや、それには及ばん。これまで通り交代制にしよう。なあ、みんな」


その後、二度とアリシアが食料の買出しに行かされる事はなかった。
「たまには私も連れてってくださいよー」とアリシアが頼むたび、食料買出し係は青ざめた顔を横に振る。
こうして惨劇回避に全力を努めた結果、パーティーの結束はより強固なものとなった。









それからしばらく経って――仲間も増えて――。


「あ、ラファ食料の買出しなんだ」
「はい。今はちょっと余裕あるし、兄さんとも和解できたお祝いにご馳走作りたいんです」
「立派立派。ラファはいい子だね。よぉーし、私も買出しと料理につき合おうじゃないの。
 こう見えても私、料理の腕は超一級なのよ? ラファにも教えてあげる」
「本当ですか? ありがとうございます、アリシアさん」



   終わる。