氏作。Part32スレより。






【 はだかの王様 】



 アグリアスさんとラムザさんは村一番のおしどり夫婦。
 その日は二人そろってふもとの街へでかけました。
 久しぶりのお出かけにご機嫌のアグリアスさん。
 夫の腕に抱きついて、あっちこっちへ引っ張り回します。
 やがて遠くの方から聴こえてくるざわめき。
「あれはなんの騒ぎですか?」
 ラムザさんは通りがかりの男を捕まえて尋ねてみました。
「向こうのお城の王様が、新しい衣装のお披露目にいらっしゃってるって話だよ。
 あんたら、こいつを見に行かない手はないぜ?」
 口早に答えると、さっさと走って行ってしまう男。
 それは面白いとばかり、二人も男に続いて歩き出しました。


 まもなく二人は大きな通りに辿り着き、集まった人混みをかきわけてゆくと、それはみごとな
パレードが始まっておりました。
 豪華なラッパの音色。たくましい兵隊たちの隊列。
 しかし、どういうわけか人々の盛り上がりは嘘くさいものに見えました。
 二人は首をかしげましたが、やがて現れた王様の姿を見てそのわけがわかりました。
 王様はどう見ても全裸だったのです。




「なんだ、王様ははだかじゃないか!」
 思わずアグリアスさんが声をあげると、途端にあたりは静まり返ってしまいました。
 そして、すぐさま兵隊たちが怒鳴りつけてきました。
「無礼者!」
「はだかとは何たる言い草!」
「王様は、馬鹿には見えぬ服をお召しになっておられるのだ!」
 額の広い栗毛の王様はぶぜんとしております。
 アグリアスさんもいぶかしげな顔つきをしていましたが、しばらく考え込んだ後に大きくうな
ずきました。
「なるほど。王様は私たちの誰よりも豊かだ。それなのにそのお姿は私たちの誰よりも貧しい。
それはすべて私たち民の心に近づくため。私たちを愛するゆえの振る舞いなのでしょう。
 そのような博愛のご精神、気高いお心こそが、王様の纏われている至高の衣服なのですね!」


 たちまちあたりから喝采が浴びせられました。
 詰め寄っていた兵隊たちも、納得した様子で王様へ敬礼をしだしました。
 そうしてパレードはそれまでの何倍ものにぎわいに包まれたのです。




 以来、王様は四六時中はだかでいる羽目になったということです。














【 蛙の王様 】


 ある朝のこと。 
 井戸の水を汲んでいたアグリアスさんは、うっかりして指輪を井戸に落としてしまいました。
 慌てて手を伸ばすも、指輪は既に深い水の中。
 アグリアスさんは真っ青になって頭を抱えました。
 夫のラムザさんが貧しい生活の中で一生懸命お金を貯めて贈ってくれた、大切な指輪です。
 このまま家に帰っては、ラムザさんに会わせる顔がありません。
 アグリアスさんは泣き出しそうになりながら、おろおろと井戸の回りを歩きだしました。
 すると、なんと井戸の水面から大きな汚いイボ蛙が顔を出しました。
 そうして蛙は井戸端をぐるぐる回っているアグリアスさんに話しかけてきました。
「娘さん娘さん、いったいどうしたというのですか?」
 アグリアスさんは、この井戸の水は二度と飲むまい、と思いつつ指輪のことを話しました。
 すると、蛙は得意げにうなずきました。
「それならば私があなたの指輪をとって来て差し上げましょう。
 そのかわり、指輪をとってきたら、一つだけ私の願いごとを聞いていただきますよ」
 アグリアスさんは目にもとまらぬ早さで蛙を捕まえました。
「一分以内に指輪を取ってこい。命だけは助けてやる」
「はい」
 手を離してやると、蛙はすぐさま水に飛び込み、ものの数秒で指輪を抱えて戻ってきました。
 アグリアスさんは指輪を受け取り、足取りも軽く家路についたのでした。


 めでたしめでたし。


















【 マラゼルとラファテル 】


 とある木こりの家に、二人の子供たちがおりました。
 兄の名前はマラゼル。妹の名前はラファテル。
 とってつけたような名前の二人でありました。
 それでも二人は強く生きていました。


 そんなある日のこと、父親のバリンテンがいいました。
「マラゼル出てけ」
「俺だけ!?」
 抵抗の余地もなく、マラゼルは家を失いました。
 途方に暮れて森を彷徨うマラゼル。
 それでも妹のラファテルが黙ってついて来てくれたので、彼の心は幾分救われました。
 といってもラファテルは父親を嫌って飛び出しただけで、それは偽りの救済でした。 
 ともあれ、二人は連れ立って森を進んで行きました。
 はぐれぬように手を繋ぎ、お腹がすけば、兄妹で一つのパンを半分ずつわけ合いました。
「兄さん、食べ方が汚いわ。パンくずがぽろぽろ落ちてるわよ」
「違うよ。こうやって、ホラ、家までの目印をつけているんだよ」
 家にはもう帰れないのに、可哀想な見栄を張っている兄を見てラファテルは内心でためいきを
つきました。
 やがて日が陰りだすと、森の中は見る見るうちに暗くなってゆきました。
 マラゼルは妹にしがみついたままがたがたと震えだし、ラファテルはこの兄について来た事を
本気で後悔し始めていました。



 すると、そんな二人を慰めるように、どこからともなく甘い香りが漂ってきました。
 匂いを頼りに再び歩き出すと、まもなく視界に民家の灯りが。
 兄妹は喜び勇んで駆け出し、森の中の小さな家の戸を叩きました。
「どなた?」という女性の声。そのとき、ふいにラファテルははっとしました。


「森の奥には恐ろしい魔女が居る。迷い込んで来た者を大鍋に入れて食べてしまうのだ」


 そう何度も父親にいわれていたのを思い出したのです。 
 けれど、やがて家の奥から現れたのはとても優しそうな女性だったので、ラファテルはほっと
胸をなでおろしました。
「私たち家を追い出されてしまったんです!」
「どうか食べるものを恵んでいただけませんか?」
 二人は手を合わせ、口々に懇願しました。
「それは可哀相に。ちょっとそこで待っていなさい」
 金髪の女性はそういうと、食べ物を取りに奥へと引き返して行きました。
 二人は顔を見合わせ、にっと微笑みあいます。
 やがて、女性が戻ってきました。
「ちょうどお菓子を作っていたの、さあおなかいっぱい食べてね」
 そうして彼女は、兄妹にむかってそれを差し出しました。




 ラファテルは戦慄に震えました。
 かたち、色、におい。
 差し出されたその物体は、どれをとって見ても人の食する物ではありませんでした。
 並の人間にこのような所業ができるはずがありません。


(やっぱり魔女だったんだ!)
 いまさらそう思ってもあとのまつり。
 彼女の顔に向かって、刻一刻と魔女の手が伸びて来ました。
「遠慮しなくて良いのよ、好きなだけ食べなさい?」
 魔女は笑顔でしたが、ラファテルはそこに有無を言わさぬ圧力を感じていました。
 だんだんと近づいてくる物体の匂いに気が遠くなり、彼女は諦めて目を閉じようとしました。
 そのとき、ふいに横から手が伸びて来て、その物体をひったくりました。


「お、俺が食べるよ!」
 そういったのは兄のマラゼルでした。
(あの気の小さい兄さんがわたしのために……)
 ラファテルははじめて見る兄の勇姿に、感動を覚えました。
 しかしそれも束の間のこと。
 ひとくち物体をかじったマラゼルは、たちまち白目をむいて倒れてしまいました。
「兄さん!」
「坊や!? 大変、すぐに介抱しないと!」
 慌ててマラゼルを抱き上げ、家の中に運ぼうとする魔女。
 そのときラファテルの目に、グツグツと煮え立つ大鍋がうつりました。
 それはちょうどマラゼルがすっぽり入ってしまいそうな大きさでした。



「兄さんを放して!」
 泣き叫びながらラファテルは飛びかかり、兄を取り返すと一目散に森へ逃げ込みました。
「まちなさい!」
 背後から聞こえてくる魔女の声に、ラファテルは夢中で走りました。
 兄の身体を引きずりながら、走る、走る、走る。
 ようやく振り返ったときには魔女の姿はなく、マラゼルもじきに気がつきました。


 お腹は満たされなかったけれど、もっと大切な物を手に入れることが出来た。
 ラファテルはそう思いました。



 その後マラゼルとラファテルは森を抜けて小さな村に住みつきました。
 貧しいながらも幸せな暮らし。
 けれどあの日の恐怖は決して忘れられません。


 そうして二人はいつか魔女を退治するために修行を重ね、妖しげな魔術を使うようになったと
いうことです。



 おしまい。
















「なんて足の速い……」


 二人を見失った魔女は、仕方なくとぼとぼと家路につきました。
 ようやく家に帰ると、テーブルに男が一人腰掛けていました。
「こんな夜更けにどこにいっていたんですか、アグリアスさん?」
 男はどこかからかうような調子で話しかけてきました。
「道に迷った子供たちが来ていたんだ。でも逃げてしまった」
 髪をかきあげながら答えると、男は笑いました。
「どうせまた男言葉で話したんでしょう?」
「馬鹿言え、せいいっぱい優しく話しかけたんだぞ」
「それだけですか?」
「それに私の作ったチョコも食べさせてあげたのに」
「……なんてひどいことを」
「どういう意味だラムザ
 




 終