氏作。Part32スレより。




「いっそ、聖石の力を行使しますか?」
「……む?」
 ラヴィアンに問われ、アグリアスは首を傾げた。
 午後の間食の最中だが、迂濶にも転た寝をしていたので、話を理解できなかった。
(わたしは堕落している……)
 小さく嘆息するアグリアスに、ラヴィアンは、苦笑し、再び問うてくる。
ラムザの心も体もアグリアスさまのものにする為、いっそ、聖石の力を行使しますか?」
「たかが恋煩いに聖石の力を行使するなど、愚かなことだ」
 ラヴィアンのくだらない提案を、アグリアスは否定した。
「たかが恋煩い、ね。そう言う割りには、随分と重症に思えますが」
「…………」
 ラヴィアンに、ずばりと告げられ、アグリアスは黙るしかなかった。
「でも、素敵ですよ。愛の願いを叶える聖石って」
《うむ。悪くないな》
 アリシアの述べる感懐を肯定したのは、アグリアスでもラヴィアンでもなかった。
 卓の上に視線を移す。
 そこには、茶と菓子の他に、ラヴィアンが置いたのであろう、聖石、キャンサーがあった。
 椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、抜刀しかけるアグリアスを、キャンサーが制してくる。


《ああ、待て。早まるな。わたしは、きみたちと戦うつもりはない》
「なら、なぜ、あたしたちがあんたを入手した日から今日まで、ずっと沈黙してきたのに、いきなり喋りだすのよ?」
 アグリアスと同じく立ち上がって身構えたラヴィアンが、キャンサーに訊ねた。
《ふっふっふっふ。泡沫の歴史に美しく咲く花に、とこしえの伝説に力を謳われる石が、
大いなる加護を授けようと――》
「てい」
《ぐおっ!?》
 勿体ぶって答えかけるキャンサーを、ラヴィアンが、左手に持っていたフォークで突き刺した。
《な、なにをするのか、おまえは!?》
「うっさいわね。あんたはあたしたちの物なんだから、フォークでぶっ刺そうがハンマーで
ぶっ叩こうが勝手だわ」
《いや。わたしは聖石だぞ!? それを分かっているのか、貧乳騎士!?》
「うっあ。あたしの心は、すっごく傷ついたわ。聖石をひとつ、うっかり砕きそうなくらい」
「よさないか!」
 アグリアスは、ラヴィアンとキャンサーを一喝し、喧嘩を制止する。
「キャンサーさん、要点を掻い摘んで話していただけると、ありがたいのですけれど」


 まだ、椅子に座ったままのアリシアが、のんびりとした口調で、キャンサーに簡明な回答を求めた。
 それを受けて、キャンサーは、幾分、軽快に答えてくる。
《まあ、あれだ。アグリアス、だったか? きみの情愛の力になろうということだ》
「最初っから、そう言いなさいよ」
《ふふん。わたしたち、由緒ある聖石が、その素晴らしさを語ってなにがいけないのだ、貧乳騎士?》
「戦技で砕くわよ?」
 ラヴィアンとキャンサーの間の険悪な雰囲気に、うんざりしながら、アグリアスは告げる。
「聖石がわたしの情愛の力になるということを、容易く信じられはしない」
《わたしは、枯れた爺や気障な男の力になるくらいなら、清らかな乙女の願いを叶えてやりたいのだよ》
 悪びれずに言ってきたキャンサーに、アグリアスは眉を顰めた。
 だが、キャンサーは構わずに続けてくる。
《わたしがきみの力になる時に、訝しい点があれば、わたしを砕いてもいい》
「……いいだろう」
 アグリアスはゆっくりと頷き、キャンサーを手に取った。
(恋に狂ったか……)
 胸中で自嘲する。
 キャンサーが、誇らしげに説明してくる。


《よし。では、わたしを掲げて『マジカル・アグリアスホーリー・チェンジ』と叫べ》
「…………」
「…………」
「…………」
《…………》
 重い沈黙が、部屋に満ちた。
「……なんだと?」
 アグリアスは、嗄れる声絞った。
《わたしを掲げて『マジカル・アグリアスホーリー・チェンジ』と叫べ》
「いや。なぜ、妖しい呪文を唱えなくてはならないのだ!?」
「キャンサーさん、アグリアスさまが言いたいのは、もっとかわいい呪文にしたいということなのですよ!」
「違うっ!」
《ふむ。なら、わたしを掲げて『マジカル☆アグりん☆ホーリー☆フラッシュ』と叫ぶがいい》
「素敵! とてもかわいらしい呪文ですね!」
「違ぁぁぁぁうぅぅぅぅぅぅぅぅ」
 事態を悪化させていく、アリシアとキャンサーに、アグリアスは呻いた。
「なんか、もう、やるしかないんじゃないでしょうか?」
 既に、どうでもよさげなラヴィアンが、適当に言ってきた。
「ええい!」
 アグリアスは、半ば自棄になりながら、キャンサーを掲げ、叫ぶ。
「『マジカル☆アグりん☆ホーリー☆フラッシュ』!」


 キャンサーが放った白銀の光が、アグリアスの体を包む。昂ぶる心は、狂おしいまでに溢れる力を、
確実に制御する。
 白銀の光は胸に収束して蟹を象ったブローチとなった。
「うあ」
「まあ!」
 ラヴィアンとアリシアが、驚嘆の声をあげた。
《変身、完了だな! マジカル・ホーリー・ナイト・アグリアス!》
「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 少女の空想に現れる英雄のような格好をしたアグリアスは、全身全霊で叫んだ。