氏作。Part31スレより。
その祠は、人の干渉から逃れるように、森の深くにあった。
「取り敢えず、内部へ入ってみましょう」
「ああ」
ラムザの案に賛成し、アグリアスは、祠の扉を慎重に開けた。
石の擦れる重々しい音が終わると、封じられていた過去の空気と、現在の空気が、混じり合った。
カンテラの明かりが照らし出したのは、異国の、神々の像と画一された内装だった。
「異端の祠……?」
アグリアスは呟き、一体の像を見つめた。
それは、剣と縄を持ち、火を背にして座る、怒れる神の像だった。
(守護神の像か。純然な、力と心)
憧憬を感じ、アグリアスは、胸元を、片方の拳で押さえる。
「アグリアスさん」
ラムザに呼ばれて、はっとする。この場の静謐さに飲まれてしまっていた。
「どうやら、なにもないみたいですね」
「ここは、わたしたちが立ち入っていい場ではないのだろう」
告げると、ラムザは、それを肯定してくる。
「ええ。そっとしておくべきでしょうね」
ラムザが大きく嘆息して俯き、声音を沈ませる。
「手間を取らせて、ごめんなさい。ぼくたちの求める知識が、ここにあると思ったのですが」
「いや。気にしないでくれ。ここを訪れたことには、意義がある」
アグリアスが言うと、ラムザは表情を輝かせる。
「あの、それじゃ、宿への帰りがけに、酒場に寄っていきませんか? ぼく、奢ります」
先の謝罪とは一転して、浮かれた口調で誘ってくるラムザに、苦笑したものの、アグリアスは頷いて歩きだす。
その時、今までしっかりと踏んでいた筈の床が崩れ、果てしない闇に、アグリアスは落ちていった。
(なに!?)
意識を失うまいと、心を高めるが、混乱してしまった為、適切な判断ができない。
数秒の後に衝撃があり、冷たい石の感覚を全身で受けた。
まだ優れない思考で、自分の状態を確認する。
新たな床に倒れているのだと気づき、ゆっくりと立ち上がる。
深刻な怪我はなく、ふらつきながらも周囲を見る。
「なっ……!?」
アグリアスは息を飲んだ。自分がいるのは、円筒形の、広い部屋だった。扉も階段もない。
部屋の中央に浮遊する、光の球が、仄かに辺りを照らしている。
そして、不可解なことに、高い天井のどこにも穴が空いていなかった。
「ここは……?」
「重なり合う世界の狭間さ」
思わず呟いた、アグリアスの問いに、女の声が答えた。
声の聞こえた方を振り向き、身構える。
そこには、ひとりの女がいた。アグリアスと同じ、ホーリーナイトの装備を身に纏っているが、その色は漆黒だった。
長い銀髪、紅を差した唇、そして、顔の殆どを覆う仮面。
女は、剣を鞘から抜き、その刀身を掲げ、続けてくる。
「デジョンを連鎖させて作られた、光と闇の重なる場」
「おまえは?」
アグリアスも抜刀し、訊ねるが、女は、首を横に振った。
「わたしも、きさまが誰なのかを知りたい」
「アグリアス」
短く告げ、剣に白銀の光を乗せる。眼前の女が、敵意を抱いているのは確かだった。
女が、剣に黒金の光を乗せ、嬉しそうに言ってくる。
「では、わたしもアグリアスだ」
「ふざけているのか?」
「とんでもない。きさまがアグリアスであれば、わたしもアグリアスであるのさ」
自らもアグリアスだという女が、振り下ろす斬撃と共に踏み込んでくる。
「くっ!」
振り上げる斬撃で迎えながら、アグリアスは移動せずに堪える。
剣がぶつかり、白銀の光と黒金の光が弾け、薄暗い部屋を染めた。
斬撃を交わす度、アグリアスは、力を激しく消耗していく。
なんとか距離を置くが、それが無意味だと分かっていた。
女は、全てに於いて、アグリアスを凌駕しているように思えた。
「どうした、アグリアス? きさまは、そんなものか?」
疲労に喘ぐアグリアスに、女が、愉しげに言ってきた。
「まだ、だ!」
心を苛もうとしてくる絶望を拒み、叫ぶ。
「わたしは、護る!」
「なにを護る?」
「わたしの、信じる者を!」
アグリアスは、女に向けて駆けだした。剣に乗せた白銀の光が、強く輝く。
オヴェリアとラムザの姿が、脳裏を過ぎる。次いで、怒れる神の像の姿を閃く。
「おおぉぉぉぉっ!」
声をあげ、自らを鼓舞する。
(一瞬でいい。純然な、力と心を!)
全く同様に、女も駆けだしてくる。
アグリアスは、想いを、戦いの言葉に換え、響かせた。
「不動明王剣!」
アグリアスの剣が、女の、剣を砕き、胸を貫く。
光球が爆ぜ、なにも見えなくなった。
目覚めると、ラムザの泣き顔があった。
「ラムザ」
「アグリアスさん!」
抱きついてきたラムザの背を撫でながら、自分が寝ているのは、唯の床であると理解する。
「……アグリアスさんが……いきなり倒れるから……」
とつとつと語るラムザに、そっと囁く。
「ありがとう」
「えっ……?」
ラムザは小さく驚いたが、アグリアスは構わずに微笑んだ。