氏作。Part31スレより。





王妃オヴェリア死去。
そのニュースは瞬く間に畏国中へと広がった。
耳をふさがずとも畏国に住まう者なら必ず耳にした。
素性を隠し国を流浪する旅人にも。


   リターン1 嘆き


貿易都市ザーギドスの古宿にアグリアス達は泊まっていた。
二日前から降り出した雨は未だ止まず、街を静かにしている。
「雨……止みませんね」
静寂に疲れたのか、アリシアがポツリと呟いた。
窓際で聖石キャンサーを磨いていたアグリアスが視線を上げる。
ラヴィアンはベッドに横になったまま「そうね」と相槌を打った。
「明日にはゼルテニアに着きますけど、雨、上がるといいですね」
「そうとも限らん。雨の方が顔を隠しやすい」
再びキャンサーに視線を落としアグリアスは応えた。
邪悪を呼び出す聖石を見て、アグリアスは何を思っているのだろうとアリシアは想像する。
それはきっと、ラファが起こした奇跡。そしてそれは正解だった。
アグリアスは、都合よく奇跡が起きるとは思っていない。
けれど、もしかしたら、と淡い期待を抱いていた。
真にオヴェリアの死を嘆く者が偽らざる心でひた向きに願えば。
それが自分なのか、別の誰かなのかは解らない。それでも、と思ってしまう。
「……ラムザさん達も、もしかしたらゼルテニアに向かってるかもしれませんね」
励ますようなアリシアの言葉だったが、アグリアスは首を横に振った。
ラムザは一番顔を知られている。
 アルマ様もご一緒だとしたら、危険な場所には近づくまい」
あの異世界が光に包まれ崩壊していく最後の瞬間、
ラムザがアルマを抱きしめていた事を思い出してアグリアスは言った。
結局あの後、皆離れ離れになってしまった。


アグリアスは近くにいたアリシア、ラヴィアンと一緒に畏国へ帰還できた。
恐らくは近くにいた者同士が一緒に畏国のどこかに飛ばされたのだろう。
となれば、抱き合っていたラムザとアルマは一緒に帰還したと考えるのが妥当だ。
ラムザ達の他には、ムスタディオと労働八号が近くにいたと記憶している。
他のメンバーまでは解らないが、ベイオウーフとレーゼもお互い離れず戦っていたから、
あの二人もきっと離れ離れになる事なく畏国へ帰っているだろう。
レーゼを思い出し、聖石が呪いを解く強力な力を持っていた事もアグリアスは思い出した。
それだけじゃない、異世界からクラウドを呼び出したりもした。
そしてラファはマラークを生き返らせた。
なら、自分の願いもかなうだろうか……。
雨音が強まり、アグリアスはふと、立ち上がった。
窓の向こうは雨に濡れ、まるで今の自分の心のよう。
その時、アリシアがつらそうに言い、
アグリアス様、もし駄目だったとしても――」
歩み寄って、何気なくアグリアスと窓の間に割って入って笑顔を見せ、


ガシャン。窓が割れた。


「……ゴホッ」
アリシアの口から血があふれ、倒れる。
「アリ……」
突然の事すぎて何が起きたのか解らない。
アリシアの背中、肺のあたりに赤い穴が空いているのを見た。
銃創? 窓が割れ……外から狙撃? 誰を狙って?
続いて部屋の戸が蹴破られる。
その時にはもうラヴィアンは飛び起き抜刀していた。


部屋に覆面をした三人の人間が飛び込んでくる。
ラヴィアンより一拍遅れてアグリアスディフェンダーを抜こうとしたが、
鞘から刃が抜けるよりも早く、覆面の放ったボウガンの矢がアグリアスの右手を貫いた。
アグリアス様、逃げて!」
ラヴィアンが叫びながら覆面の一人に肉薄する。覆面は二刀流の忍者刀で応戦した。
ボウガンの覆面は武器を捨て、懐から新たに手裏剣を取り出していた。
動きが早い。あらかじめ時魔法ヘイストをかけられているようだった。
それを肯定するように、三人目の覆面が「スロウ!」と叫ぶ。
アグリアスの動きが、思考が緩慢になる。鋭い痛みも長く永く引き伸ばされる。
「ぐっ、うぅ……」
手の甲を矢に貫通されもう抜刀は不可能と判断したアグリアスは、
咄嗟に左拳を握り、フットワークを利かせ覆面が投げる手裏剣を回避。
そのまま前進して覆面のみぞおちに拳打をお見舞いする。
覆面越しに聞こえる苦悶の声を聞きながら、殴った拳に違和感を感じ取った。
どうやら聖石を握ったまま殴ってしまったようだ。
硬い物を握っての拳は手を痛めもするが威力も向上する。
だからその事に対し今は特に何らかの考えを持ちはしなかった。
続いて覆面の顎を拳で突き上げ、視線を横に向けると、
忍者刀使いの覆面と切り合うラヴィアンの姿が見えた。
そのラヴィアンの視線が、戦いの真っ只中、敵からそれる。
それは致命的なミス。
ラヴィアンはアリシアの安否が解らず、親友を心配するあまり視線を動かしてしまった。
その隙に覆面の忍者刀がラヴィアンの剣を握る指を切り落とす。
「ツッ!?」
指ごと剣を落とし、ベッドの上で後ずさりをするラヴィアン。
援護に回らねばとアグリアスは忍者刀使いに肉薄した。
しかし、遅い。スロウの影響を受けた肉体では、間に合わない。


二刀流の、もう一本の忍者刀が、ラヴィアンの胸に迫り……うおぉおぉぉぉっ!
アグリアスは吼えた。しかし、想い届かず――残酷にも――刃は――。
ラヴィアンの首が、刎ね飛ばされ、血飛沫を上げながらベッドの上に転がり、
シーツを赤く赤く染めて……緩慢な時間の中、それが目に焼きつくように見えた。
「無念の死を抱き続ける大地よ、黒き呪縛となれ……グラビデ!」
闇がアグリアスを包み、全身が内側へと引きずり込まれるような錯覚と共に体力が削り取られる。
「ラ、ヴィ……ア……」
黒く濁った視界の中、忍者刀の男が振り向き、血で濡れた刀身を振り上げた。
アグリアスにできた事は、身を精いっぱいよじる事だけ。
刃は、肩から胸へと食い込み、肺を傷つけ呼吸が――できなくなる。
「……ゲホッ」
血を吐いて、アグリアスはその場に倒れた。
全身が重い。四肢に力が入らない。世界が、暗い。
さらに背中に忍者刀を突き刺された衝撃に、アグリアスの意識が一瞬だけスパークする。
一瞬だけ世界が明るく感じた。その時、視界の中に、それはあった。
どう倒れたのかは解らない。けれど、顔の前に、自分の左手があって、
そこに、一際美しく輝く聖石キャンサーが……。


(……どうして、こんな事に)


倒れたアリシアを思い出し、首を刎ねられたラヴィアンを思い出し、
そしてオヴェリア様が死んだと聞かされた時を思い出す。
何て、悲しいのだろうと嘆く。



それが、アグリアス最期の思考だった。



   to be continued……