氏作。Part30スレより。
風に髪を靡かせ、アグリアスは曇天を見上げていた。
空を覆う雲は、決意を蝕んでくる。
剣では斬り払えない惑いは、身に纏った武装よりも重かった。
オヴェリアを政争の具から解放すること。闇に蠢く邪なものたちの企てを破ること。
自らに課した責務は、遅々として進まない。
もどかしさは、茨のように心に巻き付いている。
「不様だな……」
自嘲の呟きは、陰鬱な気分を紛らすことはなく、消えていった。
「アグリアスさん」
呼ばれて振り向くと、ラムザが立っていた。
ラムザの気配は独特なので、近づいてきていたのは判っていた。
「どうした?」
訊ねてから、ぞんざいな口調になってしまったことをアグリアスは恥じた。
(これでは八つ当たりではないか)
だが、ラムザは優しく微笑んでくれた。
「戦士よ。道は半ば、約束の地は遠い。されど、この世には果てがある。歩みを止めねば、辿り着く」
お伽話で、英雄に贈られた歌を、ラムザは唄った。
(見透かされていたのか……)
アグリアスは苦笑したが、不思議と気が楽になっていた。
「ぼくにはこんなことしかできませんが」
ラムザはアグリアスの手を取り、目を伏せ、失われた時代の言葉で風に呼び掛けた。
風の精霊の息吹が、アグリアスとラムザを包み、うたかたの夢を見せた。
いつの間にか、指を絡ませ、抱きあうような格好になっていた。
ラムザがそっと体を離し、照れ臭そうに言った。
「内緒のおまじないです……」
「禁呪なのか?」
問うと、ラムザは首を横に振った。
「忘れられた魔法です。おそらく、もう、ぼくとディリータしか知らないのでしょう」
「それをわたしに?」
「アグリアスさんだからです」
ラムザの答えに、アグリアスは頬が赤く染まるのを感じた。
それを誤魔化す為に再び曇天を見上げ、ラムザが唄った歌の、続きを唄う。
「戦士よ。わたしも共に歩もう。楽も苦も、光も闇も、すべてをふたりで越えていこう。愛しい人よ」