氏作。Part29スレより。




 ラムザアホ毛がピョコンと跳ねた。こういう時は、彼の視線を追うと大抵……居た。
育ちの良さそうな町娘、貿易都市ウォージリスらしく、彼女の髪飾りにはどこかしら異国情緒を感じ、
そしてそれがまた似合っている。
線の細い、けれど良く通る、綺麗な声を出す女性だと思う。
 道具屋の娘らしく、呼び込みをしている彼女を、ラムザは――ニヘラとでも表現しようか――ふやけた
表情で眺めている。
彼女の背は小さめで……正確には平均的な女性の身長なのだが、私はそれが気に入らない。
ラムザ、どうした?」
 やや乱暴な口調で声を掛け、ラムザの意識を呼び戻す。
呼んだら呼んだでラムザはハッとして、慌てた様に私の方を見る。
その視線はやや上向きだ。私は、上目遣いに見上げるラムザは確かに可愛いのだが、けれどその視線は
余り好きではない。
「ごめん、ボーっとしてた。行こう、アグリアスさん」
 そう言って、ラムザは私の横に並んで歩き出す。




 買い出しに回されたのは私達二人だが、そこには隊員の、何かしらの意図を感じる。
意図、と言っても私からすれば有難い事で、きっと皆は気を使ってくれたのだろう。
 私とラムザは男女の付き合いをしている事になるのだろうが、その実、こうして二人で買い物する事など
初めてだ。
 戦時下の戦士、しかも異端者として追われる身なのだから当然と言えば当然なのだが、仕方ないで
済ますのはやはり、どこか寂し過ぎるとも思う。
そこで今日、晴れて念願の買い出しデートと相成った訳だが、どうにも嫌な事ばかりに目が付いてしまう。
 最初に訪れた防具屋での事だ。
そこは店主が娘と二人でやっている店で、今日は鎧の繕いを頼みに行った訳だが、ラムザアホ毛に関して
発見したのはその時の事だ。
 ラムザアホ毛はある種のレーダらしい。
それも背の小さな、可愛らしい女を見る度に反応するレーダー。
 私が防具屋の店主に具体的な修繕の要望を伝えている間、ラムザは作業場を忙しなく行き来する娘を
逐一目で追い、その間アホ毛は立ちっぱなしだった。
 その後も二件目の武器屋の夫人やら、
三件目の食料品店の使用人やら、
あまつさえ街角で見かけた女やら、
先程の道具屋の娘も然り……とにかくアホ毛は見事に反応しっぱなしだ。
そういう時、ラムザの視線は平行か、或いは若干下向きで、つまりはラムザは小さな女が好きなのかも
知れないと、私はほんの少し、憂鬱になる。
アグリアスさん、後は何買うんでしたっけ?」
 隣に立っていたラムザが尋ねてきた。
ちなみに、ラムザは私の分の荷物も抱えていて、顔の下半分からは麻袋で隠れた状態だ。
「ああ……後は消耗品の補充だな。道具屋だ」
 私は何と無しに答えてしまって、ラムザの方を見てから後悔した。
「道具屋ですか」
 はじけんばかりの笑顔で、言ったラムザアホ毛はピョコピョコと動いている、まるで犬の尻尾だ。
「それならさっきの――」
「もう少し色々回るぞ、折角二人で街に居るんだ」
 ラムザの言葉を遮って、私は言った。どうせその先は知っていたからだ。
――さっきの可愛い女の子のお店行きましょう――情けない事に、私の目は少しだけ、熱くなっている。



 大通りを外れた小道で、麻袋から伸びたアホ毛がうろちょろと、私の前を行ったり来たり。
アグリアスさん怒ってるの? なんて、今更だ。しかもコイツはその理由に気付いていない。
 ラムザがこうも色魔……というのは言い過ぎか、しかし移り目する男だとは思わなかった。
しかしそれは当然かも知れない、考えてみればそれらしい兆候はあったのだ。
スタディオの良くする猥談だって、ラムザは顔を赤くしながらも興味が無い訳ではなさそうで、
何だかんだと結局輪の中にいた。
「色魔め」
 私はボソリと、麻袋に向けて言った。
麻袋は突然動きを止め、しかし私は立ち止まらず歩き続けたので、結局、麻袋は私の後方五十センチを
追いかけてくる形になっている。
 陽が傾き、空が焼け始め、影が伸びる時間帯だった。私はふと、石畳の道路を見る。
 アホ毛がしおれた彼と私は、影になると余計にデコボコで、溜息が出た。
何だってこうも上手くいかないのだろう、本当なら、もっと楽しくなるはずだったのに。
「……アグリアスさん?」
 後ろから声が掛けられた。酷く気弱に震えた、アホ毛の声。
「ごめんなさい」
 そう言った彼に、私はカッとなって言い返す。
「理由も解ってない癖に謝るな!」
 気が付けば目からはボロボロ涙が零れていて、声は鼻声の様に濁って、格好悪くて。
私の声にシュンとなって、彼の影は一層小さくなって、影のデコボコが一層大きくなって、
私は堪えきれずに嗚咽を漏らした。
「もう、知るか」
 私は言って、しかしどこに逃げる事も出来ず、立ったままでいた。



 二人の間に響く沈黙、時折カラスの声。
港から、帰港した船乗り達が家族と再会したらしい歓声が聞こえる。
 鼻水が詰まっているのに、民家から漂うシチューの香りを感じた。
戸が開いて、母親が子供を呼ぶ声がした。直ぐさま駆けて来る子供、その影は間延びして、顔の部分は
何かをじっと見ていた。
ああ、私を見ているのだろうと気が付いたのは暫くしてからで、子供はもう長い事、影の形を変えていない。
格好悪いな、私は。
 突然、長い風が吹いた。
その風は私の頬を撫で、揺れた髪が涙で顔に張り付いた。
風が吹き止んだ後、何かを置く音がして、それは麻袋だ。
ラムザは私に近付いてきて、私は来るなと小声で言った。
知るか、もう知らない。
「理由はまだ解らないけれど……好きだから、泣かれるのは嫌です」
 ラムザはそう言い、張り付いた髪を直してから、彼の手で私の涙を拭った。
「その、だから。泣かせてしまってごめんなさい」
 拭われた上から、涙は止まらずに零れる。
しょっぱさにヒリヒリする目の下を、優しく撫でるラムザに、私は思わず、覆う様にして抱きついた。


 泣く私の背を撫でるその手は顔に似合わずゴツゴツしてて、


けれどその首筋からはミルクの様に甘い匂いがして美味しそうで、


髪の毛はクセっ毛で、洗い立てのタオル何かよりずっとフカフカして気持ちが良くて、
てっぺんのアホ毛が堪らなく愛おしくて、


男らしくない子供みたいな澄んだ声で、気の利いた事なんて何一つ言えなくて、


どこまでも真っ直ぐで、純粋で、けれど少しスケベで。


私を泣かせるのに胸を貸せないから、私は前屈みになって彼の肩で泣かなければならなくて。


泣いている私の首筋に、犬の様に鼻を寄せてくる彼が、私には何より必要だ――愛している。





 結局、私達はあの娘の道具屋に来た。
ラムザは私が怒っていた理由を未だ知らず、腹立たしくもアホ毛レーダーはビンビコ作動している。
あの後、私は泣きやんだが、やはり彼のそんな様子を見るのは腹立たしい。
 レーダー全開で、娘に視線を送る彼を横目に、店主に注文をしていた時だった。
ふと、棚に陳列されている品で、珍しい物が目に付いて、私は店主に尋ねた。
 聞けばその品は南京錠というらしく、小型で、掌に乗る程度の錠前だった。
私ははたと閃いた、あの素晴らしきアホ毛レーダーを持つ、愛しき彼を私だけの物にする方法。
 店主にその閃きに対するアドバイスを求めると、子チョコボの首輪程度が良いだろうと答えた。
訝しげな視線を送る彼に、きっと私は変態だと思われているだろう。
だが構うものか、子チョコボの首輪をほんの少しいじって貰い、南京錠と共に購入する、
私は笑顔が止まらない。



 買い物を終え、娘に未練がましくレーダーを動かすラムザを引っ張り店を出る。
荷物は全てラムザが持っているが、私の手には小さな紙袋が一つだけある。
これは私が持っていなくてはいけない。
 通りを歩いていると、宿屋に戻る手前に広場があった。
見ると今日は集会らしく、大勢の人間が集まっていて、ラムザのレーダーがこれでもかと反応している。
視線を追えば居るわ居るわ、ラムザ好みの小さな女が。
私は手に持った紙袋に一度視線を向け、ニヤリと笑った。
ラムザ、ちょっと来い」
 ラムザの手を取り、広場の真ん中に置かれたステージの上に躍り出る。
皆の視線が突き刺さる、気にならないのは私が彼を好きだから。
 紙袋から取り出した、小チョコボの首輪を彼に巻き、南京錠でしっかり固定、これでアホ毛は私だけの物。
何が何だか解らないと言った様子の彼に、私は微笑む。
アグリアスさん?」
 慌てた様子で言う彼に、私は言った。
「愛情表現だ」


 広場の皆がざわついている。
ラムザの見ていた、小さな女達が視線を送っている。
彼に見られて、ほんの少し良い気になっていたのかも知れない。
私はほくそ笑んで、そしてもう一つ、大きな声で言った。
ラムザ、ここでキスしろ」
 私の言葉を聞いて、気の良い漁師などははやし立てる。場は既に、私とラムザのキスを待っている。
アグリアスさん?」
 言ったラムザは動揺しすぎて、目玉がクルクル回っている。
「早くしろ、皆が待ってるぞ?」
 意地悪く笑って、私は目を閉じた。
暗闇の中響いてくる歓声。聞こえてくる、愛しい彼の息づかい。
やがて、私の肩に温かな感触。下から昇ってくる彼の気配。
 触れた唇は、柔らかい。



 宿に戻ると、ラムザの首輪は皆に大好評だった。
爆笑の中、酒の輪に引きずり込まれるラムザを眺めながら、私は大人しく飲んでいそうな席に座る。
アグリアス、そのネックレス買ったの?」
 レーゼが、私の首に垂れたチェーンを見て言った。
「何それ……鍵?」
 ラファがチェーンを手に持って、その根についた物を見て言う。
「所有者証明、みたいなものだな」
 私は言って、輪の中でもみくちゃにされているだろう彼を想う。
なかなかに、今日は良いデートだった。