氏作。part29スレより。



「おじいちゃん!!」
突如として飛びついてきた娘の声は、
あまりにも彼の妹の若いころの声と似ていた。
そしてこの子の瞳は、彼女とまったく同じ、
ちょっとだけ緑がまじった南国の空のようないろ。
まさか、と思いながらもかすかな期待を否定できない自分がいる。
「おばあちゃんから聞きました!あなたがわたしのおじいちゃんですね!」
癖もなく故国のことばを流暢に操る。
「リィヌ!」
ただ一人妻と決めていた女性が少女の言葉をさえぎる。
「おばあちゃん!そっちこそ、もうやめてよ!意地ばかり張って!」
腰に手を当てて茶目っ気たっぷりに睨み返すその顔は、
なんだか彼女の若いころと自分の妹の若いころをほうふつさせる。
そう、ちょうど、足してわったような。
「ほら、証拠をみて!」



彼女とおそろいで被っていた淡いいろの夏向きにあつらえた帽子を
少女は勢い良く取ってみせた。
少女の髪のいろは柔らかな亜麻。自分とおなじ。
そして、前髪の一部分が、
現在はオールバックにしている自分がむかしそうだったように
ぴょこりとひと房だけ飛び出して揺れていた。
アグリアスが目をそらしていたものが。
「負けたわ、リィヌ。
 ただ、私とあなたがおばあちゃんと孫じゃないってことは
 はっきり説明しておきましょうね」
アグリアスの瞳と、もうひとつ、同じいろの瞳が自分の瞳をまっすぐに見据える。
「そうね、せんせ、ううん、お義母さん」
「貴女の・・・お嬢さん?」
「ええ、生さぬ仲だけれど、自慢の娘よ」
リィヌ・ホランドゥことアグリアスオークス
左腕で養女のリィヌ・ホランドゥを抱きしめ、
残る右手は最愛の男性ラムザ・ベオルブのエスコートに任せた。





イヴァリースでも南方の都市ゴーグ郊外には、
夏ともなれば少し緑がかった深い青い空に映える様に、
一面のひまわり畑が展開する。
アグリアス・ルグリアと彼女が遅くに産んだというひとり娘のリィヌは
そろいの帽子を被って金の海の合間を漂っている。
ゴーグ商会との取引で来訪した外国商人の妻子と出会い、
軽く挨拶を交わす。
初老とはいえいまだ男としての魅力を備えたブナンザ商会の敏腕経営者、
ラムザ・ルグリアに秋波を送る女性、
後添えの口を紹介しようと狙う人物は多かった。
自身の縁談となるとのらりくらりとかわすルグリア氏は、
てっきり前の妻を亡くした悲しみから長い喪に服しているものと思われていた。



長らく不在だった彼の妻とふたりに良くにたひとり娘の出現で、
娘をルグリア氏の後添えにと決め込んでいたこの親子をはじめ
肩透かしを食らった者は数限りない。
年齢を重ねてなお凛とした美しさのルグリア夫人は、
夫との夫婦仲もいまだ非常に睦まじかった。
ひとり娘の眼病の療養にとここ数年間は
日照が弱い北国でふたり暮らしていたらしいが、
そのような別居期間などルグリア夫妻にはまったく意味を成さないようだ。
このところとんと各地を飛び回ることの減ったルグリア氏は、
商用あいまに妻女に顔を見せていたに違いないといわれる。
右目はもう開かないものの母とまったく同じいろ、
ちょうどゴーグの空のようないろの左の瞳をぱっちり見開いた少女は、
父の若い時分と同じで前髪がくせっぽい亜麻の髪をもっていた。
顔立ちや声はルグリア氏の妹、アルマに似ていると周囲は言う。
彼らにごく親しく詳しい事情を知る人々以外は、
リィヌがルグリア夫妻と血縁関係にないことなど
誰も思いつくことさえなかった。