氏作。Part29スレより。




「おかあさま、りんごたべたい」
やわらかくてあたたかい手のひらが
あたしのおでこと頬をさわって熱をたしかめる。
まだ頭がクラクラしてる。目をあけたくない。
足音がいちどとおざかり、しばらくしてまた近づいてきた。
「ほら、口をあけて」
甘くやさしい声のとおりにおとなしく口をあけ、
すりおろしたりんごを流し込んでもらう。
つめたくっておいしい。
「まだ熱が下がらないし、ゆっくり寝ていなさい」
冷たいタオルをおでこと頬に当ててもらい、少し気分がよくなった。
不浄王の悪夢はおぞましいというよりなかったけれど、
こうして楽しく夢とうつつの間をさまようのはわるくない。



違う。
あたしのおかあさまは、こんなことしてくれない。
身の回りの世話だけは乳母がしれくれたけど、
あの人はおとうさまの「おてつき」だった。
むしろ、おとうさまの「子守り」のほうが本職だったかもしれない。
F家の令嬢とやらはおとうさまのせいでおなかを大きくしたのだから、
そっちの「子守り」も不十分だったんだろう。
おかあさまも、あてつけなのかもともとなのか、
小姓に馬飼いに執事にそのほかもっと知らない貴公子たちと。
世継ぎとして嫌々つくったおにいさまと「予備」につくったあたしに、
こんなにやさしくしてくれるなんてありえない。
ディリータティータにやさしくしていたみたいに。
じぶんの妹を優しい目で見てやさしい言葉をかけるディリータ
あなたのこと、すきだったなあ。
あんな野心や復讐心にとりつかれて変わってしまったこと、
おもいだして泣いていたときも、
この指があたしの涙をぬぐってくれたんだった。



アグリアスさん」


タオルをおしあげて目をひらくと、心配そうにあたしを見つめている
おかあさまよりもおかあさまと呼びたくなってしまった彼女がいた。
よっつしか離れていないのに。母親呼ばわりされてもちっと怒らない。
彼女にご執心らしいラムザやムスタディオ、ラッドのほうが
あたしをしかりつけたりするかもね。
あんまり年上年上強調するなーって、
躍起になってる時点でおこちゃまですってば。


「りんご、ごちそうさまです。おいしかった」


熱のせい以外の理由でも顔をあかくしたあたしの頭を
ちっちゃい子にするようにゆっくりなでてくれた。
このままもうすこしあまえていたいな。
でも、あたしはもう、剣をふるえないかもしれない。
あたしたちが殺したのは人間をやめた怪物だったの?
それとも、あたしたちと同じように聖アジョラの教えを守る
敬虔な信徒ドラクロワ枢機卿だったの?
聖石はまだある。
あんなおぞましい怪物と何度もなんども戦わなくてはならないの?
もう隊の役にはたてないだろうあたしに、
アグリアスさんがもいちどリジェネとエスナをかけてくれた。


「早くよくなってね。
ネネットがいないと回復が手薄になるから結構心細いのよ?」


ね、とちょっと茶目っ気のある感じで元気付けてくれる。
アグリアスさんの白魔法はあたしなんかより、
ずっと澄み切った癒しの力をもっている。
さっきじぶんでかけたときよりも、ずっと体がかるくなる。
もっとあまえたいけれど、もう、だめ。
アグリアスさんの力を必要とするのはみんなもおなじだ。
オヴェリアさまをお助けするには、あたしはもう力をだせそうにない。
女神様みたいにきれいでおかあさまみたいにやさしくていいにおいがして、
いつまでも一緒にいたいけれど、ひとりじめはできない。
あ、ちょっとちがう意味でも。
特にラムザなんて結構独占欲つよそうだし。
あはは、しってるんだからね、あたし。



「もういいです。ありがとう」


あたしは、これ以上戦えません。
あなたにやさしくしてもらっても恩をかえせそうにありません。


「何を言ってるの。
 たしかにあの不浄王の魔法は強力だったけど私たちは生き残った。
 あなたもね。それにあなたはまだまだ魔道士として伸びるわ」
アグリアスさんが守るべきひとは、お荷物のあたしじゃありません。
 回復だけならラムザのチャクラのほうが効率的です。
 アグリアスさんとは相性もいいし、
 ラムザアグリアスさんの恋人の座も狙ってますので、
 やる気も効果も一番のはずです」


色々相談もちかけられたんですよ。
きまじめなこの人なら、きっと真っ赤になって顔をそらすかとおもった。


「冗談言えるくらいなら大丈夫よ。さあ、もう少し寝ていて」


ちょっと赤くなったかもしれないけれど、
それより、もっとおかあさまみたいな感じのほうがした。
アグリアスさんのこどもになる子はきっと幸せだろうな。
慈愛の聖女は、群青の衣をまとってたおやかに微笑む。


「おやすみなさい」

アグリアスおかあさま。