氏作。Part29スレより。




ゼルテニア城の教会跡。思い出の場所、悲しい場所。
行く義理はない。けれど未だ残るこの痛みを少しでも癒してくれるなら。
でも、この傷は癒えない。決して癒えない。
これからもずっと彼を苦しめ続ける、それが彼が彼女を愛していた証だから。
同様に彼女を愛していた彼女も何かを痛めているのだろう。
だから呼ばれた。
だから応じた。
警護の兵一人つかせず彼は独り嘆きの丘を登る。その先に待つゼルテニア城の教会跡。


涼やかな空気をまとい、編み込んだ金糸の髪をリボンで止めて静かに揺らしながら、彼女は直立して待っていた。
わずかにあごが動いて、己の気配を察したのだと彼は悟った。だが彼女は振り向かない。
このまま後ろから斬りかかってしまえば勝負は楽になるだろう。
しかし彼は、彼女は、殺し合いに来たのではない。
同じ一人の女性に異なる想いを抱いていたから、その想いに決着をつけたいから。
「約束の時間までまだある……」
「国王陛下をお待たせするにはいかぬゆえ」
口調は固く、礼節さは上辺だけ。内に秘めるは蒼い炎。
振り返った彼女は彼に深々と頭を下げた。
「お久し振りでございます、畏国王ディリータ様」
「ああ、久し振りだ。確かアグリアスオークスだったな……オヴェリアから聞いているよ」
「そうですか。ならば説明は不要とお見受けします」
言って、彼女は頭を上げ、手を腰に、腰の剣に。
「弁解の余地は無い……か」
「もはや語る言葉を持ち合わせておりませぬ。一人の騎士として貴方に決闘を申し出る」
「本当に無いのか、俺達に語る言葉は……」
「語って、何が変わりましょう。何も変わりはしません。だから、ただ、剣を振るうのみ」
「今の俺に剣を向ければ異端者どころじゃすまないぞ」
「覚悟の上。元より死人として扱われし我が身、今さら惜しむものなど何があろうか」


アグリアスの覚悟を見定め、ディリータは剣を抜いた。セイブザクィーンだった。
頑強かつ荘厳な黄金の鎧に朱のマント。それが今の彼の出で立ちだ。
相対するアグリアスは蒼の服の上にクリスタルメイルを装着している。
剣は幅広で攻防に優れるディフェンダー
「戦う前にひとつ訊きたい」
「何でしょう」
ラムザは……生きているのか……」
「アルマ様と共に」
「そうか」
アカデミー時代とは違う、若さの感じられない疲れ切った微笑をディリータは浮かべた。
その表情をラムザが見たら何と思うだろうとアグリアスは胸を痛めた。
「では、参ります」
アグリアスディフェンダーを抜く。
それに呼応するようにセイブザクィーンが淡く光り、ディリータの身に膜となって覆いかぶさった。
永久プロテス。聖剣技を得意とする両者にとって、これは致命的な差だった。
(――中距離戦は不利っ!)
即断して一足飛びにゲルミナスブーツで踏み込むアグリアス、全体重を乗せた重い剣撃が振り下ろされる。
ディリータは避けられるはずの一撃をあえて剣で受け止めた。重い。これがアグリアスの重さだ。
ならば自分の重さも理解させてやらねばなるまい。
刃を斜めにしてアグリアスの一撃を受け流し、剣を振りかぶって、儀礼のように振り下ろす。
ガキンッ。剣の腹で受け止めるアグリアス。互いの剣の重さを想いの重さを打ちつけあった。
挨拶はここまで、ここからが真剣勝負だ。


攻撃を防がれるやバックステップをして剣を振り上げるディリータ
ホーリーナイトならやって当然の攻撃だ。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん!」
それにアグリアスは応える。
「命脈は無常にして惜しむるべからず……葬る!」
雷光を浴びた氷が煌く。
「無双稲妻突き!!」
「不動無明剣!!」
炸裂する聖剣技。氷結されたディリータだが、氷との間にプロテスの膜があり衝撃を吸収してくれた。
アグリアスは雷撃を受け全身を駆け巡る痛みを堪能していた。もっと痛みを。この程度では足りない。


護ると誓ったこの剣、鞘に納まる事なく、未だ高く掲げたまま。


どこに振り下ろせばいい、この剣を。
ディフェンダーの性能を生かした近距離戦に事を運ぼうとするアグリアスだが、
最初の挨拶はともかく、もはや接近を許すいわれは無いとばかりにディリータは後ずさる。
「天の願いを胸に刻んで心頭滅却!」
機敏な体重移動で直線軌道を鋭角に曲げるアグリアス
「聖光爆裂破!」
左肩が空から降り注ぐ光に焼かれた。
触れたのは肩だけなのに、そのまま地面に叩きつけられそうになるほどの衝撃。
政治的手腕もあっただろうが、畏国王まで上り詰める下積みはこの剣技の威力にある。
若干バランスを崩しながらもアグリアスディリータに肉薄し、ディフェンダーを横薙ぎに振る。
回避不能と見たディリータは咄嗟に左腕の小手で刃を受けた。少し斜めにして威力を逃がす事も忘れない。
プロテスの膜もあり多少左腕が痺れる程度の衝撃ですんだが、本来なら斬り飛ばされているところだ。
一撃で仕留め切れなかった事を悔いる時間すら惜しみアグリアスは斜め上にそらされた刃を返し、
これが最短距離の一撃だと柄でディリータの鼻っ柱を打ちつけた。
プロテスが威力を吸収してくれたが、ディリータの鼻からは血が吹き出てしまい呼吸を阻害する。
そのまま剣を腰まで引いたアグリアスは、腰に構えた剣を一気に突き出しディリータの脇腹を狙う。
間一髪で身体をそらして避けたディリータは、剣を薙いでアグリアスの首を狙った。
視界の端でそれを捉えたアグリアスは咄嗟に頭を静める。だが豪腕が直撃したような衝撃にめまいを起こす。


剣がアグリアスの額を浅くえぐっていた。
突き出した勢いそのままにアグリアスはそのまま駆け抜け、一定距離を取ったところでターンした。
「鬼神の居りて乱るる心、されば人かくも小さな者なり! 乱命割殺打!」
騎士の誇りを具現化したような剣のオーラがディリータを突き上げる。
「ぐぐくっ……!」
跳ね上げられないよう踏ん張ってこらえる、ギリギリと歯を食いしばって。
そして聖剣技の威力がピークに達し、それを乗り切った刹那、ディリータは振るった。
「死兆の星の七つの影の経絡を立つ! 北斗骨砕打!」
一撃必殺を狙っての一撃。血塗れの闘気がキリキリと細まり尖塔となってアグリアスの脇腹を貫いた。
「くっ……清らかなる生命の風よ、天空に舞い邪悪なる傷を癒せ! ケアルラ!」
回復しながら聖剣技の範囲内から逃げるアグリアス
逃すまいと迫るディリータ。剣を全力で振り放つ。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!!」
標的目掛けて落ちた落雷を、アグリアスは剣を盾にする事で踏ん張った。
ディフェンダーの広い腹が雷撃を受け止めてくれる。が、その重みに今にも押し潰されそうだった。
「接近戦なら――!」
こちらにも手があると言いたげに含み笑い、ディリータディフェンダーの腹を全力で斬り砕こうとした。
しかし反射的に打ち返したアグリアスのせいで企みは失敗に終わる。
「ウェポンブレイク、ですか。剣技使いにとって絶対に食らってはならない一撃……」
「……お前を殺す気は無い。だが全力でやらせてもらう。ディリータという一人の男の決着のために」
剣をかばうように引き下げるアグリアスに、ディリータは「これが望みだろう!」と斬りかかる。
接近戦だ!
ディフェンダーは攻撃を弾く能力に長ける、それを生かしてディリータの剣撃を次々とさばくアグリアス
だがディリータアグリアスの身体を狙う攻撃の中、武器そのものを狙う攻撃も織り交ぜる。
ひとつ受け間違えれば身体を裂かれるか、武器を壊されるか、だ。
(守ってばかりもいられん!)
強引に押し入って体当たりをし、わずかに距離を取ってからアグリアスディリータの左腹目掛けて剣を薙いだ。
ガキンッ! それを剣で受け止めるディリータ。両手で剣を握り締め、ギリギリと耐える。
力比べだ。アグリアスの剣術は教科書的な正統派剣術を実戦の中で鍛え上げた剣。
しかし今この瞬間のみに限定するなら、必要なのは純粋な腕力。
その差が性別に現れた。腹に溜めた力を一気に噴出させたディリータの反撃に、アグリアスの剣が弾き返される。
「今だっ!」
ウェポンブレイク。セイブザクィーンが無防備なディフェンダーの腹を綺麗に串刺しにし、
パキンと甲高い音を立ててディフェンダーは真っ二つに折れた。
(俺の勝ちだ)
慢心、刹那、豪腕。
アグリアスの左拳がディリータのこめかみを打ち抜いた。脳が揺さぶられ意識を断ち切る。
死線を潜り抜けたアグリアスは、剣を封じられた時にも戦えるようモンクとしての修練も積んでいた。
今その成果が爆発する。
倒れようとするディリータを起こすように、あごに荒々しい掌底を叩き込む。
続いて鎧越しでもお構いなく連続拳でディリータを打ちすえる。
「――ハッ!」
無酸素運動を終え、一瞬息を吸うアグリアス。手のひらが握り拳にならないよう抑え、腰の後ろに引く。
そして渾身の力を手のひらに、まだだ、まだ握るな、力を込めて、振り放つ。
今だ。拳を握る、力が爆発して吹っ飛ぶ。
「波動撃!!」
ディリータのみぞおちに叩き込まれる破壊エネルギーは、鎧をヒビだらけにし、プロテスの膜を破った。
「ガハッ……!」
たまらず血を吐くディリータ。よろめいてその場に尻餅をつく。
(これまでか……)
覚悟という安堵をして、ディリータはまぶたを閉じた。
「ハァッ、ハァ……」
全力で戦った証だろう、荒い気遣いが自分のすぐ前に立っている。
「さ……トドメ、刺せよ」
今はもういない愛しい彼女の微笑をまぶたの裏に描きながら彼は言った。


「剣は……」
息も絶え絶えに、生殺の権限を握る勝者は言う。
「……剣は、帰るべき鞘を失い、今、打ち砕かれた……」
まぶたに描いた彼女をどかし、まぶたを上げ、ディリータは、アグリアスを見上げた。
そこにはひとつの義務を果たした一人の騎士の姿があった。だが、彼女は言う。
「折れた剣は……もはや騎士にあらず……」
言って、アグリアスは彼に背を向け歩き出した。
「決着はついた。畏国を、任せたぞ。畏国王」
一人の女に戻った彼女は、そのまま彼を置いて歩き去った。
彼はいつまでもその背中を見つめ、見えなくなってから、空を見上げた。
「結局……また、俺は、何も、手にできなかった……」
アグリアスオークスは何かを手にして帰っていった。自分とは違う、彼女は失った何かを取り戻した。
「結局……俺だけが……なぁ、ラムザ。お前は、お前達は、いったい何を手に入れたんだ……?
 異端者として国から追われてまで戦って、戦い抜いて、お前は、何を……」


しばらくして、雨が降り出した。
その場に残されたのは真っ二つに折れたディフェンダーが一本。ただ、それだけだった。
雨垂れに濡れて、騎士の剣は眠りにつく。長い長い、永遠の眠りに。
もう務めは果たした。彼女は新たに旅立った。
しとしと。しとしと。
いたわるように雨は疲れきった騎士を優しく包む。
それは春風のようにあたたかい雨だった。


そして彼女は――やはり雨にぬくもりを感じ、傷ついた心身を癒していた。
「おかえりなさい、アグリアス様」
「さあ、行きましょう」
二人の部下が、いや、仲間が言う。
「ああ」
彼女は歩き出した、仲間と一緒に。



――Fin