氏作。Part28スレより。





 仲間を墓に葬るのは、これが初めてでもなく、また最後でも無いはずだった。
 まばゆい夏の日差しとは対照的に冷え切った心で、私と彼は墓地を後にした。遠く、肩
を落としたような旅装の面々が見える。我々は隊列の最後尾にいた。
 墓石には、何ひとつ刻まれていない。追っ手の目を避けるため、あるいは田舎の教会の
善良な人々に累を及ぼさぬため。死体は、旅の途中で見つけた名も知らぬ者だとしか説明
していない。もちろんそれで納得するわけではないだろうが、神父には多めの供養料を支
払って口を封じた。いや……本当に口を封じたのは、我々が着衣の下に目立たぬよう隠し
持った、刃の存在だったのかもしれぬ。


 彼は落ち込んでいた。もはや、少年とは呼べぬ──年齢がではなく、くぐり抜けた試練
の数が彼が子供であることを許さない──面影に苦渋を滲ませて、黙々と歩を進める。
 たぶん、後悔しているのだろう。もしや、かの命を救えたのではないかと。
 それは避けられぬ死ではなく、自らの無能が招いたものなのではないかと。
 安易な労りの言葉で彼を癒せるはずもなく、また彼が懊悩の末に自らを傷つけ判断を誤
るよう男でも無いと知ってからは、仲間は彼を放っておくようになった。
 きっとそれが最良なのだ。だから私も黙って歩く。ただ、彼の背中だけを見て。


 だけどこんな日は、私だって落ち込まずにはいられないのだ。
 幾人もの死を看取って来た。そして、それに数倍する数の命を奪ってきた。
 死は遠く隔たった他人ではなく、常に身近にいる友人のようなものだ。
 いつ自分が墓の下に眠ることになったって、おかしくはない。
 痛みには慣れた。平気ではないけど、我慢できる。
 尊厳ある死も、そうでない死もたくさん見た。
 今更、それが我が身に降りかかることになろうと、どうということはない。
 覚悟は、とうの昔に決めたのだから。
 だから心残りは、主と決めた方の幸せを見ずに逝くことだけ。
 それから、
 たぶん、
 ……あの傷ついた背中を守るものがいなくなるのが、心許ない、だけ。


 もしも自分が彼の母親であったなら。
 彼の額に口づけて、彼が孤独ではないことを思い出させることができるだろうか。
 もしも自分が彼の姉であったなら。
 彼をこの胸に抱きしめて、ひとときの安らぎを与えることができるだろうか。
 もしも自分が彼の恋人であったなら。
 彼と飽くまで愛を交わし、その痛みを分かち合うことができたのだろうか。
 しかし私は、母親ではなく。
 姉でもなく、ましてや恋人でもなく。
 私が彼に与えることができるのは、血と、死と、ほんの僅かな希望だけでしかない──。
 私は彼を愛する普通の女たちのように、彼を自らのそばに止めおくことを望まない。
 むしろ我が望みは、彼が自らその願いを叶えられるように、戦場に向かって駆り立てて
ゆくことなのだろう。


 だけど、ちょっとだけ不安になった。
 ……だから、聞いてみた。
「ねえ、ラムザ
 彼は俯いたまま歩みを止めた。
「はい」
 私も足を止め、何でもないことのように聞いてみた。
「私が死んだらどうする? 一人になっても前へ進める?」
 彼の背中を凝視する。
 彼は少し肩に力を入れて、遠く彼方の太陽を見上げ、ゆっくり息を吐き出した。
「もちろんです。たぶん僕は、あなたの死体を踏み越えてでも行く。ひたすら、前へ」
 それからはもう、俯くこともなく。前の隊列に追いつこうと、いくぶん足を早めながら、
歩みを再開した。
 私はといえば、彼が一瞬言葉に詰まったことも、前へ進むと断言したことも、その声が
少しだけ震えていたことにも。その全てに、満足していた。
 もちろん死ぬつもりなど微塵も無いのだが。
 仮定の話として、きっとその時が来たら、私の死は彼に消えない傷を残すだろう。
 後ろめたさとともに、暗い悦びを覚える。
 しかし彼はそれも乗り越えて、進んでゆく。
「ひたすら前へ、か──」


 ぼうっとしているうちに彼が遠ざかって行くのに気付き、少し慌てた。
 まだ置いてきぼりにされるのは早すぎる。
 その時が来るまでは、私が彼の背中を守るのだから。
 陽炎のゆらめく道で、アグリアスラムザを小走りに追いかけた。