氏作。Part27スレより。




復讐……その甘美な言葉は心の隙間に忍び寄り、傷口を甘く熱く癒す。
その代償の恐ろしさを秘したまま……。
ああ、人の子よ。惑わされてはならぬ。復讐など人の手に余るものではない。
復讐の代償、その重みを実感した時はもう、手遅れなのだから。


   Chapter3.1
   復讐する者される者
   後編【復讐の後に】


「エレーヌお姉ちゃぁぁぁん!!」
長女シンシア。ライオネル城城門を守りアグリアスに殺される。
次女アマンダ。バリアスの谷にてアグリアスを追撃するも返り討ちに遭う。
三女ヴェロニカ。バリアスの谷にてアグリアスを追撃するも返り討ちに遭う。
四女エレーヌ。姉の仇討ちを企むも視覚と聴覚を一時的に喪失したラムザに背後からのどを貫かれる。
五女ジョアン。エレーヌの死を目撃す。そして復讐の炎がさらに、強く。


『すべて』を失った少女の嘆きはゼイレキレの滝の濁流よりも荒々しく、
彼女の身を焼いた雷撃よりもさらにさらに熱く焦がすほどにほとばしる。
みんな死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。殺された。
「うわぁぁぁっ!!」
もう、何も見えない。涙で視界がかすんで何も見えぬまま、ジョアンは引き金を引き続けた。
だがいくら引き金を引いても、もう発砲の反動は無い。弾切れだ。
「ああっ! あっ! あーっ!」
それでも奇声を上げながら銃を撃つジョアンを、ラッドとラヴィアンが取り押さえた。
ジョアンは姉の形見を奪われた挙句、縄で身体を縛られ、岩陰に放られる。
それからアグリアスの白魔法エスナでムスタディオとアリシアの石化を解き、
それぞれに負傷の手当てを行った。
一番の重傷者は、ホーリーを受けたラムザか、滝壺に落ちたアグリアスか、いい勝負だ。
チョコボのボコも、今は膝を折って休んでおり、ラヴィアンはボコの羽毛を枕にして休む。


「し……て……やる……して……殺して……やる……」
壊れた人形のように繰り返し呟くジョアンを、皆一様に気味悪く見ていた。
そこにラムザが歩み寄る。
「どうしてこんな無謀な真似をしたんだ。罠を張ったとはいえ、たった二人で僕達を倒そうだなんて。
 ……僕を仇と言ったな? 誰の仇だ?」
「……う……違う……あなたじゃ、ない……。その女……アグリアスオークス……」
指名され身をすくめたアグリアスは、戸惑いつつも少女の前に立つ。
実戦経験の浅いアイテム士の少女、解るのはそれくらいだ。
仇、とは? 特に思い当たる人物は無い。恐らく戦場で出会った名も知らぬ相手だろう。
「そうか、私が仇か。私はお前の何の仇なのだ?」
「……お姉ちゃん。そうだ、お姉ちゃん、エレーヌお姉ちゃんも……殺した……!」
「エレーヌ? 彼女を殺したのは……」
言いにくそうにアグリアスラムザを見た。
ラムザは肩をすくめた後、ジョアンの髪を撫でる。
「ごめんよ……僕も、仲間を守るために仕方なかった。戦場はそういう場所だ」
「………………そうなの?」
「……そう、だよ」


   「ふざけないでッ!!」


ジョアンが叫んだ。
「この人殺し! あなたも、アグリアスも、みんな、みんな人殺しよ!
 人を殺してお金をもらって、人を殺して生活して、人殺し! 人殺しー!」
「そういうお前はどうなんだよ」
きつい口調でラッドが言う。
「未遂とはいえ、俺達を殺そうとしたお前は、俺達と何が違う?」
「違う、私はまだ、誰も殺してない」
「じゃあ誰かを殺したら俺達の仲間になるのか? 俺達の同類になるのか? 人殺しに」
「あっ……違う、そうじゃない。私は、復讐……恨みを……お姉ちゃんの恨みを……」
泣き崩れるジョアンに同情したアグリアスは、彼女の両肩に優しく手を置いた。
うつむいたままのジョアンの表情は見えないが、地面にしずくが落ちるのが見えた。
「死者が望むのは生きる者の幸せ……復讐など望みはせんよ」
ガバッ! 噛み砕くほど歯を食いしばったジョアンの形相がアグリアスの眼前に突きつけられる。
「何も知らないくせに! 勝手にお姉ちゃんの遺志を決めつけないでよ! バカッ! バカッ!」
血走った眼はわなわなと震え、涙にかすんで対象を捉え切れていない。
それでも必死に濡れた視界の中、憎い仇を探して瞳は蠢く。
「手紙に書いてあったもの! アマンダお姉ちゃんとヴェロニカお姉ちゃんが死んで、
 刺し違えてでも仇を討つってシンシアお姉ちゃんが書いて送ってきたんだもん!
 それでも駄目だった時のために武器を! 武器を託してくれた!
 返して……返してよぅ! 私の……銃を……私の…………んを……返して、よぅ……」
怒る事に疲れ泣き崩れるジョアンは弱々しく、吹けば消える蝋燭の火よりも儚く見えた。
「……すまぬ」
「返して……返して……」
「私にはやらねばならぬ事がある。この生命、差し出す訳にはいかんのだ」
謝罪するアグリアスは、手を振ってアリシアに合図し、ジョアンから取り上げた銃を指差した。
それからこっちに持ってくるよう手を振ると、アリシアは苦笑しつつその通りに動く。
「だからせめて、この銃だけでもお主に返そうと思う」
「殺してやる……お姉ちゃんの形見の銃だもの、私に力を貸してくれる。だから、殺してやる」
「いつか、どこかで、また戦場であいまみえた時、その銃で私を撃つがいい。私も貴公に刃を向ける」
「今ここで殺さないの?」
「ああ。私に、お前は殺せぬ。あまりにも不憫で、そうしたのが私だという事実が苦しいよ」
「……いつか、殺してやるから」
「だがもしも、復讐に疲れたその時は、平穏な日常に帰っておくれ」
「……いつか、殺してやる」
「名は、何と?」
ジョアン」
「姉君の名は?」
「上からシンシア、アマンダ、ヴェロニカ。そしてさっき殺されたエレーヌ」
「覚えておこう、ジョアン」
アグリアスジョアンを縛っていた縄を解くと、仲間を引き連れてアラグアイの森へと向かった。
その背中を見送りながら、ジョアンは帽子の中に隠していた弾丸を一発、取り出した。
あいつ等が姉の形見の銃を返した理由のひとつは、弾切れという致命的な問題があったからだ。
残念、姉のエレーヌに言われて、一発だけ隠してありましたとさ。
最後の弾丸を込め、銃身をアグリアスの背中に向けるジョアン。
アグリアス達は振り返ろうとしない。そのまま振り返らず、死ね。


ふと、思う。
この距離でアグリアスに当てられるだろうか、と。
ふと、思う。
『すべて』を喪った自分がこれ以上生きていて何か意味があるのだろうか、と。


弾は一発。自分のこめかみに向ける事もできる。
ジョアンはしばし黙考し、今はもういない姉達の笑顔を思い浮かべた。
「会いたいなぁ。会いたいなぁ。会いたいなぁ」
盛られた土の下には大好きなエレーヌお姉ちゃんが眠っている。
見上げた空はどこまでも蒼く広がっていて、流れる雲は白く速く柔らかそうで。


銃口を向けた。
銃声が響いた。
空はすぐに静けさを取り戻し、雲は何事も無かったかのように流れる。


ジョアンは思う。これでいい、これでよかったんだと。
ジョアンは思う。お姉ちゃんの望んでいた復讐の後に何が待っていたのだろうかと。


ジョアンは思う。これで、おしまい。



      FIN