氏作。Part27スレより。




華々しく2競技を制したラムザの活躍により、2-Cの面々は一層勢いづいた。


このあと行われた様々な競技においても、彼らの多くが目覚ましい活躍を遂げる。


1500m長距離走では、これまで数々の肉体労働系アルバイトで馴らした体力で
普段はおちゃらけたキャラと思われがちだったラッドが、堂々の一位走破を達成。


運動は苦手と公言するマラークも、競争率の高いパン食い競争において
吊るされたパンの下から脅威のカエル飛びを披露し、誰よりも早くアンパンを完食しつつゴール。


午前中唯一の学年別対抗競技である玉入れ合戦では、ここぞとばかりに
その目のよさと強肩で精緻な投球を披露したムスタディオが、2-Cの勝利に貢献。


また、帰国子女のため周囲になじめず、統合失調症自閉症を併発気味の青年クラウドも、
騎馬戦においては騎乗で壮絶な奮闘を見せて周囲の驚きを誘った。
(騎馬となったクラスメート達はなぜか彼に「フェンリル」と呼ばれ、それを気味悪がったが)


かくして、他の学級はおろか他学年までも圧倒して、体育祭午前の部は
2年C組の独壇場となりながら幕を閉じた。




太陽が真上に昇りかけたころ、昼食の休憩を告げるサイレンがグラウンドに響く。


その音に、遠巻きに競技を応援していたアグリアスの体躯はいよいよこわばる。
「さあ、いってらっしゃいな!しっかりね、アピールよアピール!」
背後から彼女をせっつくレーゼ女史の声も、既に半分も耳に入っていない。
早朝に完成させてからというもの、後生大事に抱えていた2人分の弁当箱。
片方は若干大きめで、育ち盛りの人間にも満足な量の弁当が詰まっている。
当然、この日のために、ラムザのために、作り上げたものだ。


「(しかし・・・いざ渡すとなると・・・っ!!)」
足が前に進もうとしない。弁当箱を握りしめたまま、その身を虚ろに前後に揺らすばかりだ。
ここまで態度に表れているのに、なぜ自分の気持ちを肯定できないのだろうかと
その背中を眺めるレーゼはほとほと疑問に思った。


「ほら・・・早くしないと、ラムザ君自分でお弁当用意しちゃうよ?
それにお弁当を渡したがってるの、あなただけじゃないかも知れないし」
レーゼの一言は決定打となった。
何かに弾かれたように、アグリアスは足早にラムザの元へ駆け出した。


「うまくいったら、教えてね〜!仲人はまかせて〜」
そんな気の抜けた応援の言葉に、アグリアスは振り返らずに会釈して走っていった。



学園のフェンス越しに見慣れた自転車が現れたのを、ラムザ
その特徴的で喧しいブレーキ音で察知した。
「ガフさん!?」
彼のアルバイト先である中華料理店「八美濃軒」のオーナー、ガフガリオンである。
店の制服のまま、手にはラムザもよく出前の折に持たされるおか持ちを抱え、
不敵な笑みでラムザに通用口へ回るよう促した。


「親元を離れたおめぇさンのことだ。どうせ昼はコンビニか何かだろう?」
そう言うガフガリオンに対し、ラムザは苦笑いで答えた。
「ご明察です・・・でも今日はどうして?うちの体育祭では一般客の応援は・・」
「できねぇ、ってンだろう?知ってらぁ、俺様もここの卒業生だからな。
だからせめて、こいつで応援してやろう、って訳よ!」
ガフガリオンは笑うと、手にしたおか持ちを高く掲げ、蓋を取り外した。
「わぁ・・・!エビチリに青椒肉絲カニ玉チャーハン・・・こんな豪勢な!」
「へっ。汁物は運動にはよくねぇからな。こンな程度しか用意できなかったが・・・
妹さん、カニ玉が好物だって言ってたろう?お代なんざ気にすンな、持ってけ!」


なんということだ。自分のみならず、妹にまで気遣ってくれるなんて。
厳しい上司の予期せぬ心遣いに、思わず目頭が熱くなるのを感じながら、ラムザは深く頭を下げた。
「じゃあ、このまま置いてくからな。後でまとめて持ってこいよ!」
そう言って自転車に跨がり直し、ガフガリオンは早々に去っていった。
折り合わせたように、互いの昼食を気にかけた妹のアルマがラムザに駆け寄ってきて、驚く。
「今の、兄さんのバイト先の人?お昼もってきてくれたんだ!!わぁ〜・・・
あ、カニ玉!兄さん、これ私もらうから!いいでしょ?」
おか持ちを開けるや、嬉々として取り分の選別を始めるアルマ。
その姿にラムザも目を細め、改めてガフガリオンへの感謝の念を胸に描いた。


「好きなの食べていいからな。飲み物が欲しかったら言いなよ、僕が買って・・・」


そこまでラムザが言いかけたところで、その視線は、ある女性と交差する。


10mほど離れた所で、弁当箱を胸元に抱えたまま、立ち尽くしているアグリアスだ。




「ア・・・」
その名前を呼ぼうとして、ラムザの言葉が詰まる。
アグリアスは顔面蒼白、表情を失い、茫然自失の表情をしている。
一体、どうしたというのだ。


彼女の手元に目がいったとき、そこに二つの弁当箱の存在を見て、ラムザはある予感を抱いた。


(え・・・まさか・・・)


「ア・・・!」
再び彼女の名を呼ぼうとしたが、瞬間、アグリアスは即座に身をひるがえし
校舎の方へ足早に駆け出した。
兄の変化に気づいたアルマもそれを見て、こちらはすぐに状況を理解する。


「兄さん!先生を追って!!」


言うが早いか、ラムザアグリアスを追って駆け出した。
足を止めずに、ラムザは振り返ってアルマに叫ぶ。
「食べててくれ!他の誰か、オヴェリアさんとかにも分けてあげて!」




走り去る2人の後ろ姿が小さくなるのを見ながら、アルマはその場に座り込んでつぶやく。
「はぁ〜・・・まさか先生があんな直球勝負で来るとはね〜・・・。
それにしても間が悪いんだから・・・」
手にしたカニ玉の皿を不機嫌そうに眺め、しかし鼻腔をくすぐるその香りに
恥ずかしげもなくお腹が鳴き声を上げたので、アルマはまず食欲を満たすことに決めた。


「オヴェリアちゃーん!お昼、中華なんてどぉ〜?」



さして足の早いほうではなかったアグリアスを、ラムザは見失った。


校舎の内部まで追いかけたはいいが、中庭の円周に続く丁字路の向こうで見たのを最後に、
彼女の背中はこつ然と消えてしまった。
先刻、顔をそむけようとした直前、そのアグリアスの表情に涙の光が反射したような気がして、
ラムザは気が気ではない。しかし、すでにその名をいくら呼ぼうとも、
叫びは無人の校舎にむなしく響くだけであった。


「・・・そんな、くそっ・・・!ああ、・・・ああ!」


怒りも、悲しみもやり場がなかった。
皆が、ラムザに好意をみせた、それだけの話なのだ。


せっかく、また、話ができたのに。
これからもっといい所を、あの人に見てもらえるはずだったのに。


ラムザの無言の嗚咽が、短く、ぽとりと地に落ちた。








以下、続。




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