氏作。Part26スレより。



さて、話の腰を折るようで申し訳ないが、ここで我が畏校体育祭のシステムをご説明しよう。

かの夜ダイスダーグ教諭が告げ、ラムザが奮起して追い求める「学年優勝」とは、
すなわち競技中に得られるポイントの総合得点を全学年・クラス中で最も多く稼ぐことである。
多くの競技は学年別で行われ、順位によってクラス毎にポイントが加算されてゆくが
それだけでは当然各学年の獲得ポイント数は並列状態となる。
そこで、学年別競技とは別に、体育祭のメーンに学年対抗の競技が設けられている。
これによって毎年、ただ一つのクラスのみが、その体育祭の真の王者の名誉を勝ち得るわけだ。

過去に低学年のクラスが総合優勝を獲得したケースもないではないが、
おおよそ例年は第3学年の優勝に終わることが殆どであった。
この年の体育祭もまた、我が義父オルランドゥ教諭の受け持つ3年B組が
優勝候補の筆頭であると目されていた。



開会式はつつがなく終わり、競技が始まった。
まずは午前の部、プログラムに列記されたオーソドックスな種目の数々が、
次々とその開始の銃声を響かせる。

学生スプリンターの祭典、短距離走。各クラス6人を選抜して順に100mを並走する。
出鼻をくじいてはいけないと、2-Cはこの先発にラムザを立てた。
コースに立つ彼に対し、観客席側から黄色い声援が上がる。
彼の女子からの人気はやはり高いが、お祭りムードの中ともなれば殊更盛り上がるものだ。

その光景を、親の仇とばかりに睨み付ける視線があった。
視線の主は、彼と同じく第一走者として並んだ、A組に籍を置くイズルードである。
丁寧に整えられた髪型が彼の育ちの良さを感じさせるが、その目はもはや犯罪者一歩手前だ。

彼には姉がおり、一年上で風紀委員長をしているメリアドールという女子であった。
そう、レーゼ先生の言質にもある通り、彼女もまたラムザに好意を寄せる者の一人だ。
今もラムザに声援を送る集団の先頭に立っており、その長身と整った顔立ちは
まさに群を抜いているという表現がふさわしかった。
この姉弟の事情は複雑で、イズルードは極度のシスターコンプレックス、
姉メリアドールはブラザーコンプレックスを内包した年下少年全般への偏愛を持っている。
故に、姉のみに認められたいイズルードと、可愛い下級生(主にラムザ)を応援する
メリアドールの思惑が、このショートトラック上、ラムザを挟んで交錯しているのだ。



ラムザーっ!ガンバレー!イズルードもがんばりなさいよーっ!」
「(負けられないっ・・・この男だけには・・・!!)」
正反対の熱が、コースの内外両側からラムザに迫っている。

しかし、たぎる憎悪もどこ吹く風。この時のラムザは止まらなかった。
待ち望んだ、愛しい女教師からの励ましを受け、彼は珍しく舞い上がっている。
足取りは軽く、今にも空へと飛び立ちそうな勢いで、風のように100mを走り抜けた。
「すごいぞ!学年新記録!!」
短距離走の苦手なマラークが、ゴールでタイムウォッチを手に喜んでいる。
ラムザもそれにからっとした笑顔で応えた。
女子集団からも一層の歓声が上がる。
メリアドールなどは「腰砕け」のジェスチャーまで見せ、他の女子たちと盛り上がっている。

一瞬にして差をつけられたイズルードは、今にも刃物を取り出しそうな形相だ。



「イズルード、落ち着け!まだお前にも勝ち目はあるって!」
A組の男子が数名、彼を取り囲んで怒りをなだめようと場を繕う。
「何だよ!姉さんの前で無様に差を付けられた僕に、何の慰めがあるっていうんだ!」
「これで終わりじゃないぜ、まだあいつと同じ競技に出るチャンスがある・・・
しかもこれなら、足の速さだけじゃ勝負は決まらない」
そういって、男子の一人はプログラム表を指差す。

「・・・そうか、借り物競走!」
イズルードは再び奮い立った。

この学校の借り物競走は以下のように行われる。
並んだ走者は、スタート直後に全員が同じものを借りてくるように指示をうけ、トラックから散開。
そうして、借り物を手にゴール50m手前の地点まで戻り、最後の直線を競うのだ。
当然、同じものを同じ口から借りようとする者の間には、新たな競争も発生する。

この借り物競走、イズルードはクラスメイトに無理を言って
ラムザと同じ出走順に変えてもらい、スタート地点で再び並び立った。


「よーい・・・」
パン、と小気味よい火薬の炸裂音が鳴る。
走り出すラムザ達の横前方に、フリップを持った実行委員が立つ。

題目は、「武器」。

「(しめたっ!!)」
普通なら眉をしかめるような題目に、イズルードは目を輝かせた。
姉メリアドールは、風紀委員として(はいささか行き過ぎであるが)、
いかなる時も竹刀を持ち歩いている。
しかもその姉は、今まさにコース横で自分たちのレースを見ているではないか。

愛する姉のもとへ疾走するイズルード。
しかし、この事実にラムザも気づき、イズルードを追走する。
「(ミルウーダ先生のところまでは距離があるしな・・・ここで借りられれば!)」
「(こいつっ・・・どこまで僕の邪魔をすれば気が済むんだ!!)」
にらみ合ったまま、二人は観客席へ向かってデッドヒートを繰り広げた。
その勢いに気付いたメリアドール。残酷な選択肢が目前まで迫っていることに気付き、
表情を固まらせて考えを巡らせた。


「(やばっ・・・!どっちに渡したらいいのかしら!
イズルードは結構根に持つ子だから・・だけど、ラムザにいい所見せるチャンスだし・・)」

よからぬ打算がメリアドールの脳裏で行き来する。

「(でも・・・やっぱり、弟はこういう時我慢するものよね!)」
結論は案外すんなり出た。
メリアドールの視線は、確実にラムザを捉えていた。

脚力の差で、一寸ラムザの手が早く出ようとしたその時、イズルードは叫んだ。
「姉さん!僕を裏切る気なの!?」

こう言われてしまっては、姉が我慢である。
心の奥で憎々しく舌打ちをしながら、メリアドールはイズルードへ竹刀を投げた。
してやったり、と、イズルードは一気に加速する。一方、目標を失ったラムザは焦った。


「しまった・・・!どうする、ほかに武器になるものは・・!」
ラムザーっ!腰だ!自分の腰にあるそれを握れーーっ!!」
スタディオの下卑た応援は、周囲の女子の鉄拳によって制された。

と、何かが風を切る音を察知し、ラムザはその方向へ視線を走らせる。


ありえない光景であるが、一本の木刀が、自分めがけて一直線に飛んできた。


寸手のところで直撃を回避し、それをつかみ取る。
彼方では、ミルウーダ先生が怒号を上げていた。
「バカ!なんで私の所まで来ないのよ!!さっさと走りなさい!!」
どうやらこの木刀の半分は殺気で出来ていたらしいことを知り、
ラムザは軽く会釈して、青ざめながら全速力で走った。


他の選手たちが、ああでもないこうでもないと武器になるものを探し回る中、
木刀と竹刀を手にした二人の選手は、いち早くゴールへ疾走する。
一瞬の隙をついて開いたはずの差はみるみる縮まり、ラムザは前方のイズルードに肉迫した。
「(くそっ・・・抜かせてたまるかぁっ!!)」
思わずイズルードは、手にした竹刀を後方へ抜き放った。
彼も、そして姉も若くして剣道の有段者であり、その腕は県下有数とされている。
だが、その一閃は惜しくもラムザのあほ毛を掠めただけであった。
走行体勢のまま体を屈めたラムザは、反射的にではあったが、
思わずイズルードへ反撃の突きを繰り出してしまった。

教養とともに体力的充実も求められる名門ベオルブ家の教育方針は、末弟ラムザにも及び
特に上の兄達が好んで学んだ実戦剣道のいろはを、彼も幼少の頃から納めてきた。
中学に入って道場に師事することをやめたラムザだったが、その腕は玄人はだしの
相当のものであったことを、後の彼の研究から判明した事実としてここに記す。




木刀の切っ先はイズルードの顎へ命中。体勢が悪いため威力は無かったものの
突然の反撃に驚いたイズルードは、その場へ大きく転んだ。

「ごめん!後で何か詫びさせてくれ!」
そう叫びながらも、ラムザは前身を止めず、そのままゴールテープを切った。

観客の盛り上がりは、大会序盤からピークに達した。
「これだからモテる男はな〜」
黄色い声援にかき消されそうな、ムスタディオのつぶやき。

その後方では、アグリアスがことの一部始終を複雑な表情で眺めていた。


「はぁ〜、やっぱり格好イイのねぇ、彼」
おちょくるような声色で、アグリアスに話しかけるレーゼ教諭。アグリアスからの反応はない。
「(・・・強いんだな、ラムザ・・・本当にかっこよかった・・・)」

赤らんだ頬は、しかしその上で曇る瞳を慰めるには至らなかった。

「ふふ、妬いてるんでしょ。彼の向かった先にはメリアドールさん、
彼に武器を渡したのはミルウーダ先生だものね」
見事に心中を言い当てられ、アグリアスは狼狽した。
「あ、そ・・!関係ありません!・・ただの競技、なんですから!合理的に考えて・・」
「ま、そう気をおとさないの」
必死に反論しようとするアグリアスをいなし、
レーゼはアグリアスのせわしく動く唇に人差し指をあてた。

「あなたにはとっておきの武器があるんですから」

さて、二度までもラムザに敗北を喫したイズルードは、
結果的にラムザを引き立てる役回りを十二分に演じた。
高い運動神経だけでなく、時には武器を手に相手をねじ伏せるという
これ以上ないラムザの勇姿に、応援する女子たちは大いに盛り上がった。
ちなみにその後、彼はメリアドールにこっぴどく叱られるのである。






以下、続。




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