アグリアスが死んだ日

[行く人]氏作。Part25スレより。





人の夢と書いて儚いというが、儚いのはむしろ人の命だ。
長い年月を武で積み上げてきても、ちょっとした事ですぐ命を亡くす。
救いがあるとしたら、人は、業を石に託して伝えられるという事。


日和ってものがある。洗濯日和の晴天とか、悲劇日和の雨天とか。
今日起きた出来事は悲劇だ、だが晴天だ。
蒼穹の下でアグリアスオークスは、死んだ。
命を奪ったのは一本の矢。敵が後ろから放った矢が、心臓を一突き。治療の手立ては無い。


握ったアグリアスの手に雫が落ちる。
アグリアスさん……」
「……ラム…………」
彼女は虚ろな瞳を向けて、必死に言葉を紡ぐ。
「……クリ、ス……ル……貴公……、私の業を、オヴェ……救って……」
そこでもう、彼女の唇は動かなくなった。
呼吸が止まり、鼓動も止まった。
そしてアグリアスの胸の上に浮かび上がるクリスタルの輝き。
彼女の心のように清浄な光。
ラムザさん……」
泣きそうな声でアリシアが言う。
アグリアス様の最期の望みです。そのクリスタルは、あなたが……」
「解ってるよアリシアアグリアスさんは死なない……僕の中で生きるんだ」
こうして、ラムザアグリアスのクリスタルを抱きしめた。
クリスタルはラムザの胸に溶け込み、一体となった。
アグリアスは、今、ラムザと同化したのだ。




??おお、これがラムザの中身か。ほんわかして居心地がいい。


突然、ラムザの"体内"から声がし、鼓膜を振るわせる。
「え、えっ?」
声の源は、今さっきクリスタルを吸い込んだ胸のあたりからする。
「どうしました、ラムザさん?」
「あ、いや、何でも……」
不安そうに問いかけたアリシアに余計な心配をかけまいと取り繕う。
額に嫌な汗が浮かび、乾いた笑みが引きつる。
??ではラムザ、さっそく聖剣技を継承してみようか・
「せ、聖剣技を?」
ラムザの呟きを聞いて、アリシアが首を振る。
ラムザさん。聖剣技は特別な騎士の称号を受けたものでしか使えませんよ、いくらラムザさんでも継承できません……」
「あ、うん、そうだね」
??そうだね、じゃない。私が何年も何年も修行して体得した奥義を伝えられず死ねるものか!
(もう死んでますよ)
心の中でツッコミを入れる。
??それもそうだな、これは一本取られた。ワハハハハ。
心の中でツッコミに応えられる。


「ね、ねえアリシア
「はい、何でしょう」
「君はクリスタルからアビリティを継承した事あるかい?」
「何言ってるんですか、先週ラッドさんのクリスタルを継承したのは私ですよ?」
「そ、そうだね。それで、何か変わった事は?」
「いえ何も」
「幻聴が聞こえるとか、ない?」
??コラ、コラ。幻聴とは失礼な。
ラムザさん……そんなにアグリアス様の事がショックだったんですね」
「…………そうじゃなくて」
「まさか亡くなったアグリアス様の声が聞こえるとか……」
「そ、それは、実はその??」
「なんてね。死者のクリスタルでアビリティを継承した罪悪感に耐え切れず精神に異常をきたした人じゃあるまいし」
「あ、あはは、そうだね」
ラムザさん、おつらいでしょうけれど、私にできる事があったら言ってください。力になります」
「あ、ありがとう……」
??さすがアリシア。面倒見のいい部下を持って私は果報者だ!


こうして、アグリアスの意志を肉体に宿したラムザの受難は始まった!


受難その1
「トイレトイレ……ふぅっ」
??むっ、い、意外と柔らかいものだな。
「か、感触伝わるの!?」


受難その2
「あ、あの人綺麗だな」
??むっ、股間がムズムズする。病気か?
「え、あの、その……」


受難その3
ラムザー、落ち込んでる時は遊ぶに限る。娼館行こうぜー」
??ラムザよ、アホな誘いをしているムスタディオに北斗骨砕打を。
「わ、悪いけどそういう気分じゃないんだ。またね」
??また? またとは、今度は行くという意味か? 不潔な!




その日の晩、ラムザは夢の中でアグリアスと対面す。
「ここは……夢の中?」
『その通りだ、よく解っているではないか』
「あ、アグリアスさん!? まさか、なぜ、こんな……」
『何だ、せっかく話ができるというのに嬉しそうではないな』
「嬉しさより混乱が先に来ていて……。これは、どういう事なんです?」
『知らん』
「……」
『何故か知らんがラムザの中に入った途端、意識が急速に覚醒して、こうなっていたのだ』
「はぁ……」
『という訳でこれからもよろしく頼むぞ、ラムザ! おっと時間だ、ではそろそろ……』
「え、ちょっ、待って……」


こうしてラムザは眼を覚まし、しばし今後の事を考えた。
「……こうなってしまったものは仕方ない。アグリアスさん、畏国を救うため力を貸して下さい……!」


さて。人の夢と書いて儚いというが、儚いのはむしろ人の命だ。
長い年月を武で積み上げてきても、ちょっとした事ですぐ命を亡くす。
救いがあるとしたら、人は、業を石に託して伝えられるという事。


日和ってものがある。海水浴日和の晴天とか、殺人事件日和の雷雨とか。
今日起きた出来事は悲劇だ、だが晴天だ。
蒼穹の下でムスタディオ・ブナンザは、死んだ。
命を奪ったのは一本の矢。敵が後ろから放った矢が、心臓を一突き。治療の手立ては無い。


「ら、ラムザ……俺のクリスタルは、お前が継承してくれ……」


続かない。