氏作。Part25スレより。


あれからもう三日も経ってしまった。
まだ、ラムザとは会話ひとつできていない。
アパートの自室へと帰り着き、シャワーを浴び、ベッドに入る。居心地が悪い。


普段から愛想のいいほうではないが、その性分に助けられていると思う。
必要以上の会話が出来なくても、今のところ誰からもそれを指摘されたりはしていない。
学生時代と同じ、私は「仏頂面のアグリアス」だ。


思えば、中・高一環の女学校に学び、男性と接点を持った記憶は殆どない。
大学に入って声をかけてくる男は多く居たが、
私の性格を見るや彼らの下心はことごとく粉砕されたようである。
私だってそれが楽だったし、何より異性間交遊に興味なんてなかった。


なのに、今はどうだ。
一教師と一生徒の関係を超え、私は彼を男として意識している。
それどころか、彼が愛おしくてたまらない。
それ故、彼と話をするのが怖い。


私は、ラムザにどう思われているのか?
教師としてでなく、女として彼に接してしまうのではないか?
仮にそうなったとして、ラムザは私を軽蔑するのではないか?


アルマ嬢は、私と彼が両想いだと言った。


そんなことがあるのだろうか?
彼女は物を知らぬ私を面白がって、たばかっているのではないか?
仮に両想いだったとして、私はどんな言葉を交わしたらいいのか?


堂々巡りだ。


自分の交友関係の薄さが呪わしかった。
こういう事を相談できる相手など、家族にも友人にもいない。
ミルウーダ先生はだめだ。彼女がご執心のラムザの話なんて、口が裂けても出来ない。
もう一度、オヴェリア嬢とアルマ嬢に話をしようか。いや、また茶化されるのがおちだ。
うちのクラスの女子ではどうか。いや、同じことだろう。
・・・そもそも、こんな気恥ずかしいこと、私から率先して話せようものか!


「なんとかしなくちゃ・・・」
浅く漂うようなまどろみの中で、私はつぶやいた。
来週末は体育祭がある。私が就任して、初めて体験する大型行事だ。
こんな事で悩んでいてはいけない。


心のどこかで決意を新たにしたのは、夢うつつの事だった。




「さあ、どこからでもかかってらっしゃい!」


決意は、やはり夢だったのだろうか。


私と同期に、正式な新任教諭として就任した先生が二人いる。
二人はどうやら既に婚約まで果たした若い男女で、口裏を合わせて同じ学校に来たのだという。
男性教諭の名はベイオウーフ先生。そして女性教諭のほうは・・・


今、私の前で可愛らしい手作り弁当を広げている、レーゼ先生だ。


「・・・誰も今相談するとは」という私のささやかな抗議を無視して、彼女は楽しそうに話す。
「んもう、同期の桜っていうじゃない!ダーリン、あ、ベイオの事だけど。
彼からも色々聞いたわ。本当に見ていてやきもきしちゃうような恋をしてる、って」
(ベイオウーフ先生にそんな風に見られていたとは・・・)
とんだ失態だ。顔から火が出そうな思いである。
しかし、同期の桜と言うが彼女は私よりも年長である。正式雇用なのだから当然だ。
(年上なのに、私より・・・若々しいというか)
なぜ私は、こんな人に話しかけてしまったんだろうか。
確かに年上で、色恋にも通じていそうな、そして一応の同僚でもあるが。
そんなに一人で悩むのが苦痛だったのか。つくづく情けない。
食欲のない私は、晴れた屋上に似合わぬ沈痛な面もちでゼリー飲料をすする。


「で、アグちゃんはラムザ君が18才になるまで待てない、と」
ゼリー飲料が吹き出し、飛沫が宙を舞う。


「・・・だっ、誰がそんな事を!あとアグちゃんっていうのは何ですか!」
「あらぁ、いいじゃない!可愛いわよ、アグちゃん」
語尾のハートマークが煩わしい。やめて。お願いだから。
「まあでも・・・早とちりは良くないわね、ごめんなさい。まだ手も握ってないのよね?」
「・・・・」
頷くしかなかった。
(それどころか、このところ彼との間に気まずい空気が・・・)
そう口をつきかけたが、これ以上弱みをさらすのは辛いので黙っていることにした。


「ただでさえ難しいところよね。こっちは教師、相手は生徒でしかも未成年。
しかもアグちゃんは恋愛経験薄そうだもんなぁ」
もはや反論は無意味であると悟って、私は黙っている。
「おまけに恋のライバル多数。知ってる?ミルウーダ先生だけじゃないわ。
三年生の・・・ほら、風紀委員長の子。メリアドールさん。彼女もラムザ君のこと
お気に入りみたいだし。それに、あなたのクラスにマラーク君っているじゃない?
彼の妹、一年のラファちゃんもどうやら彼に気があるらしいのよ」


・・・知らなかった。
ラムザが女子に人気があるのは知っていたが、そこまで激戦区だとは。
しかし、この人はどうしてこんなに事情通なんだろうか。同期なのに・・・。
「ちなみに女子だけじゃないわよ〜?彼の幼なじみのディリータ君でしょ、
友達のムスタディオ君、帰国子女のクラウド君に・・・うふ」


「・・・どういう意味でしょうか」
「あら、ごめんなさい。こういう冗談はまだ早かったわね」
「い、言っていい冗談と悪い冗談があります!」
ただでさえ私が困惑しているのに、この人はさらに心をかき乱すような事を!
女子だけでなく、そ、そんな、同性間で・・・!?
「そうよね、悪い冗談だわ」
「冗談でなくては困ります!!」
「ん〜、まぁ今はとりあえず向こうの真意も解らないんだし、
アグちゃんは少し落ち着いたらいいと思うなぁ」
私の叫びとは裏腹に、レーゼ先生はニコニコしながら箸を進める。
この人は・・・。


ふと、彼女の箸の先に目がいってしまった。
「・・・あのぅ、そのお弁当は」
「え?ええ、私の手作り。ベイオのには桜田麩でハートも入れてあるのよ。完璧でしょ!?」
目が輝いている。なんと可愛らしく、甲斐甲斐しいことか。ベイオウーフ先生も幸せ者だ。
綺麗に刻まれた、花びらの形の人参。
他にも、煮物や卵料理、サラダといった定番料理が弁当箱を埋めている。
冷凍食品とおぼしきものは、どこにも見あたらない。


ぐぅ


思わずお腹が鳴ってしまった。
長いこと眠っていた食欲が、彼女の「愛妻弁当」を前に首をもたげたようだ。
「ふふ、まだ育ち盛りなんだから。きちんと食べないと駄目よ?」
そう言って笑うレーゼ先生。まるで母と話をしているみたいだった。
「す、すみません」
差し出されたタコさんウィンナーを有り難く頂戴した。
このタコさんと私の顔、どっちが赤かっただろうか。







「・・・あ!そうよ!」
まだ私の租借が終わらぬうちに、彼女がぽんと手を叩く。
「そろそろ体育祭じゃない?当日、ラムザ君にお弁当を作ってあげるのはどうかしら!
青空の下、体育祭の熱気と興奮のなかで、そっと手渡す手作りのお弁当・・・
ほら、ステキだと思わない?」


お、


お弁当を?ラムザに?


「そ、それは!無理です!人に食べさせるようなものなんて・・・」
私だって可能な限り自炊はしている。親元を離れれば当然の義務だ。
しかし、自分以外の人間のために料理を作ったことは一度もない。
ましてやその相手が、ラムザであるとなれば・・・
「大丈夫よ!有り体に言えば『愛情さえこもってれば美味しい』んだから!
任せて、彼の好みは私が調べておいてあげる。料理の本だって貸してあげるわ。
ふふ、これで落ちない男はいないわよ〜?いるとしたらゲイね!」
・・・最後の言葉にちょっと引っかかるものがあるが。
「・・・いけるでしょうか?」
お弁当を作って、ラムザに手渡せば。今の自分の曖昧な気持ちに、決着が付くだろうか。
彼を好きだという不透明な想いが、確たるものになるだろうか。
「いけるわよ!いけますとも!来年には子供まで出来てるわよ!!」


「・・・ごめ〜ん」
本当に、この人の冗談は・・・!



昼休みが終わり、私の気持ちはいくぶん軽くなった。
やはり茶化されたとはいえ、あの人に相談してよかったかもしれない。
ホームルームではやはり、ラムザの顔を直視することができなかったが、
体育祭のことを考えると、なぜだか楽しみな気持ちになった。



後日。
レーゼ先生に料理の本を借りた。
4冊もあってどれから目を通したものか悩んだが、最も悩んだのは
明らかに彼女が意図的に紛れ込ませたと思われる
「愛の手ほどき 〜女性のためのセックスのいろは」の所作であった。


・・・とりあえず、それから目を通してみる。




あわわ。












「・・・ディリータ。どうしたんだ?そっちから話しかけてくるなんて珍しいね」
全くだ。もう3カ月は話をしていなかったはずだ。


体育祭準備は万端整った。もちろん、ムスタディオ達が持ちかけてきた「仕込み」も完璧に。
それが妙に嬉しく思えて、なんとなく俺はラムザに声をかけた。


夕日が赤い。河原の風が心地よく首元を通り過ぎる。
明日も天気がよければいいが。


「いよいよ明日は体育祭だぜ。気分はどうだ?クラス団長さん」
「はは、やめてくれよ。きみに言われると嫌味っぽいよ?」
そうやって柔和な顔で笑ってみせるが、今年の体育祭にかけるこいつの情熱はやけに強い。
気が付けばこいつは、リーダーとなってクラスを鼓舞し、お祭り熱を高める役を担っている。
あの日のホームルームでラムザが見せた「学年優勝」への思い。俺はその正体が気になっていた。
「ダイスダーグ先生か?」
そういうと、ラムザは気恥ずかしそうに目をそらす。
「・・・あの人の鼻をあかしてやりたいんだ」
やっぱりか。


ラムザは、あの家では珍しく奔放な男で、事ある毎に家族に反発していた。
こいつの考え方はガキの頃から知っている。自由だとか、平等だとか、甘いことを言うのだ。
俺の考えはどちらかと言えば、こいつの家族に近いのだろう。


だが、なぜか昔から、こいつの理想語りを聞くのは心地よく思えた。


「・・・得な人柄だよ、おまえは」
そう、このラムザという男の人格は人を惹きつける。
「お前が本気を出したらな、俺なんて敵わないんだぜ?まったく、
生徒会選挙に立候補してくれなくて助かったよ」
親譲りの才覚。兄に劣らぬ自信。加えて、人を安心させる顔と声。・・・俺とは真逆だ。


「やっぱり、生徒会長になりたいのか?」
ラムザが、何か思い詰めたような目で俺を見る。
・・・しまった。またか。
「・・・すまない、本当に」
だから、こいつと話すのが面倒になったんだ。


俺のオヤジは、ベオルブ家直営の大型銀行で管理職をやっていた。
ラムザのオヤジさんとも面識があり、それで俺達も仲良くなった。
それが、不況のあおりを受けて銀行も経営の縮小を余儀なくされ、オヤジがリストラ対象になった。
・・・よくある話だと我ながら思う。
だが、妹のティータは・・・それでは済まなかった。



ティータのことなら、忘れろと言ったはずだぜ」


名門のイヴァリース学園。入試を通過し、入学が確定だったはずのティータは、
オヤジが職を失ったという理由で入学を取り消された。
それでも、オヤジもティータも、ベオルブ家を憎もうとはしなかった。
だから、俺もそれに習ってこの一件を口に出すのを止めた。
率先してうちを糾弾しやがった、サダルファスとかいうPTA役員がいたんだが、
息子のアルガスをボコボコにしてやったら、自主退学して街から出ていきやがった。
かくして、怒りの矛先を失って、俺はまず学園の体質を是正するために生徒会長を志した。


そう。ベオルブ家に話す言葉なんてない。


「・・・僕も、僕のやり方で、あの家を何とかしたいと思ってる」


こいつは。あの時と同じことをまだ言っている。
「いいよ、もう。俺が生徒会長になりたいのは、俺の勝手だ」
夕日の赤を反射したラムザの目が、寂しそうに俺を見る。
「お前はとりあえず明日、クラスを優勝まで導け。ダイスダーグ先生に抗ってみせろよ。
一人暮らしを始めた時みたいに、な」


ラムザに一人暮らしを決断させたのは、他ならぬティータの一件だった。
こいつが初めてとった、ベオルブ家への反抗。
家からの援助を一切断っての独立。


そうか。俺は、それが嬉しかったんだ。
だから俺は・・・


「俺は俺で、明日をとっておきの体育祭にしてやるよ」


だから俺は、ムスタディオ達の話を聞き入れたのかもしれない。
遠回しだが、こいつへの何か恩返しになれば・・・。
もちろん、そんなこと言わないけどな。ガラじゃない。


ラムザが微笑む。やれやれ、こいつの機嫌を損ねると苦労するぜ。
「楽しみにしてるよ、ディリータ
「任せろ」


いよいよ、明日は体育祭だ。







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