氏作。Part25スレより。


お初にお目にかかる。


私の名はオーラン・デュライ。この学校の庶務課で働くいち公務員である。
学内の財務管理や書類整理をこなしながら、集会やPTA会議の書記も担当している。
しかし、私には真の使命があった。
それはこの学校で繰り広げられた様々な歴史を、あますことなく後世に伝えることだ。
故にどんな些末事でも見落とすまいと、暇を見つけては学内で情報収集に明け暮れている。


前置きが長くなってすまない。
今回は、体育祭を前にしてクラスの様相が激変した2年C組と、
その変化の中心人物となった、一人の学生と教育実習生の関係の動向について
ある日の出来事を通して報告したいと思う。
臨場感たっぷりでシーン再現もしてみせよう。え?あ、そう。いらないか。

昨夜2人の小悪魔からこってりと搾られたアグリアスは、自覚してしまった
ラムザへの想いを持て余し、とうとう一睡もままならずに朝を迎えてしまう。
その端正な顔に不似合いな目の下のクマを、薄化粧で精一杯ごまかしながら彼女は登校した。
初めての恋愛である。まして前日に無自覚のうちに彼を傷つけたばかりとの引け目もあって、
彼女はいかにラムザと接してよいかまるで見当がつかなかった。


間の悪いことに、ラムザラムザで問題を抱えていた。昨夜の兄ダイスダーグとの確執である。
いち早く、何としてもアグリアスに謝罪し、心のつかえを取りたいラムザであったのだが
肝心のアグリアスの現状は、とてもラムザとの正常な会話に耐えうるものではない。
いや、正しくは彼女の中の「乙女」が、それを阻んでいたのだ。
先日の朝会の時とは逆に、ラムザアグリアスに視線をなげかけるたび
今度はアグリアスが赤面して目をそらすのであった。


さらに状況は悪化する。
朝会の中で、「自分はもはや受け入れられない」のだと誤解に先走ってしまったラムザは、
アグリアスとの接触については諦め、自らに課した使命の達成に全神経を注ぐことを
早々に決めてしまうのである。
少年特有の天の邪鬼であったのだろう。ラムザの強がりは、増々彼女との距離を遠ざけた。


ホームルームの時間を利用し、ラムザはまずクラス全体に呼びかける。
「いよいよ今年の体育祭が迫ってきたけど・・・みんな、優勝したくはないか!?」
ふだん温厚である彼の、その勇ましい豹変ぶりに、クラス一同は戸惑った。
「優勝?」 「疲れるなぁ」 「落ち着けよ」等々、思い思いの言葉がラムザに飛ぶ。
しかし、ベオルブ家ゆずりの卓越したプロパガンダ誘導と、彼の人柄とが相乗効果を成し
クラスの同級生たちはやがて、およそ気をよくして彼の話に耳をかたむけた。


一方のアグリアスは、教壇に立って熱弁をふるうラムザを直視できずにいた。
彼の突然の変貌に対して普段の冷静な分析もかなわず、ただ間近に立つラムザの姿に
おろおろと視線を泳がすだけであった。
おまけに不運が重なる。このラムザの行動はミルウーダ先生の好感を得るに至り、
彼女は必要もないのにラムザに肉薄し、肩に手を回して共にクラスに檄を飛ばした。
その光景に完全に平常心を欠いたアグリアス


ホームルームが終わる頃には、彼女は今にも泣きそうな顔をして
授業終了のチャイムが鳴るや否や大急ぎで教室を飛び出してしまう。

かくて、後に『希代のすれ違い』とまで称された、2人の不幸な一日が過ぎた。

・・・この一件は、我が校の歴史を彩る様々な恋愛譚のなかでも
ひときわ異彩を放つ「或る教師と教え子の恋」の一節として記録されている。
初夏の日差しの下、このもどかしい2人の関係は周囲を巻き込んでボルテージを高め、
体育祭と交差して華々しく結実するのであるが、それは少し先の話だ。



え、どうやって見てたって?
それは言えないな。教えたら私はお世話になっているオルランドゥ伯父さんに追い出されてしまう。
いや、あの、決して盗撮とかではなくて。











見てられねえよ!
いったい今日のホームルームは何だ!


アグリアス先生もラムザも、明らかにお互いを避けてる。
マラークが妹さんから聞いた話によりゃあ、どうもアグリアス先生が一年の女子数名に
恋の相談をしたとかいう噂があるそうだが、先生の方の理由はそれみたい。
まぁ、あの人のことだ。相談っていうよりはバレて玩具にされたと見るのが妥当だろう。
それよりもラムザだ。兄弟喧嘩か何か知らないけど、なに面倒なことを!
・・・どうせまた、ダイスダーグ先生に私生活を注意されたんだろうが、どうもヤケになってるな。
ったく、こっちが気を使って体育祭にサブライズを用意してやってるってのに。
今、お前が素直にならなくてどうするんだ、っていう話。


放課後、俺はマラークと合議した。
昨日こいつが言っていた、あの2人を急接近させるための作戦。
決行を急がなくちゃならない。失敗は許されない。
同様の結論に至り、俺達は「奴」が放課後の会議を終えるのを待った。



最近、こいつと話すのは少しばかり勇気がいる。
秋の生徒会役員選挙を見越して、常にぴりぴりした空気を放っている
ラムザの古くからの友人・・・ディリータだ。


「で?早く話せよムスタディオ。下らない話なら帰るからな」
うぉー、おっかね。
放課後の夕日を浴びて、オレンジの光を反射する
広いディリータの額・・・なんて口に出したらぶっ飛ばされるな、確実に。
あと額については俺も敏感なので、イーブンってことで。
ディリータと、その隣にいる実行委員副会長・バルマウフラの冷ややかな視線が刺さる。
くそー。なんだよお前らできてんのかよ。
「まぁまぁ。あー、うほん。
体育祭実行委員長のお前を見込んで、頼みがあるんだ。
・・・って何で帰ろうとすんだよ!」
「目に見えて下らない話じゃねーか」
友達甲斐のねー奴!
隣のマラークも必死になって食い下がる。頼むぜ立案者。


「な、なあ。体育祭の競技で、ひとつ面白そうなのを思いついたんだよ。
それで、そいつを何とかプログラムに入れてもらえないかなって思って」
そう言ったマラークを、さらに凄みを聞かせて睨むディリータ。だから怖いって。
「そういう話は委員会に加入してからしろよ。
まあ、よしんば今更入ったところで、もうプログラムは決まってるからな」
げ、マジかよ。


「で、気はすんだか?俺もう帰るからな」
「まだ仕事が残ってるんだから…。行くわよ、ディリータ
あー、ほんとに帰っちゃうよこの人たち。
しょうがねぇ、こいつに話すのは気が引けるし、通用するかどうか解らないが・・・


ラムザのためなんだよ」


ふと、ディリータが足を止める。お、利いたか?


ラムザがどうしたって?
・・・いや、別にあいつに義理立てることもないが」
冷てぇ。それでも幼なじみか。くそー、これなら。


「・・・ラムザの恋の成就の正否がかかってるんだ」



猛烈な勢いで振り返るディリータ。やった、食いついた!


「恋!?あいつがか!あの朴念仁が!!」
・・・あ、すごい楽しそうな目。
こいつのこんな顔見たの、いつ位ぶりだろうな。
「悪い、バルマウフラ。先帰っててくれ。纏めた書類は明日見せてくれればいい」
この女、美人なくせに無口で怖いんだよな。
ほら今も、露骨に俺らのこと睨んでる。うわー、なになに。嫉妬か。
「・・・ご勝手にっ!」
しばし不服そうにこっちを見たあと、そう言ってバルマウフラは席を外した。
へへへ、悪い。こっからは男同士の会話だからなっ。
「で、おい。相手は誰なんだ。早く教えろ」
急に親しげになって俺の肩に腕を回すディリータ。いやむしろ怖いんすけど。
「お、おお。いいか、他言無用だからな」
「わかってる。誰だ」
「・・・教育実習の・・・」
アグリアスか!あの無愛想な鉄の女!・・・っへぇ〜、マジかよ。とんだ凸凹カップルだな!」
さらりと酷いこと言うなお前は。
「あいつも案外面食いなんだな・・・むぅ、でもお似合いかも・・・」
そう言ったきり、ディリータは黙りこんだ。
本当に楽しそうな目をしてるなぁ。
きっとガキの頃、ラムザと何かして遊ぶときは、こんな顔してたんだろう。
俺とラムザとの出会いは中学からで、そのとき既にこいつらはツーカーの仲、親友同士だった。
今にして思えば、よく俺らの入り込む余地があったな、って感じ。
でもそれって、ラムザが変わったからなのか、こいつが変わったのか・・・
春休み直前に起きた「あの出来事」は、いまだにディリータの生活に影を落としている。
・・・まあ、今は妙な詮索はよそう。


しばらくして、キッとこっちを見てディリータは言った。
「わかった。面白そうだ、無理を通してやる」
おお。なんて気っ風のよさ。
「へへ、お前が会長に立候補するときは根回ししてやるからな」
「ふん、余計な気を回すな。・・・で?その競技ってのは?」


時は体育祭へ向けて動き始めている。
待ってろよラムザ、・・・・そして、先生も。










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