氏作。Part24スレより。


 雨は、もはや土砂降りの一歩手前となっていた。
 街道を外れた森の中である。足もとは戦闘にはおよそ不向きであった。
 おまけにこの雨。森の木々が天然の傘となってくれてはいるが、雨量はその防壁を突破
しつつあった。葉先に集まった水滴が、大きく重たい雨だれとなって降り注いでいる。
 もっとも、力を削がれているのは襲撃者も同じこと。彼らはゴルターナ公配下の南天
士団と思われたが、思ったほどに大きな集団ではなかった。練度の高さに苦戦を強いられ
たものの、今ではほぼ殲滅することに成功したた。幸いなことに、味方に深刻な被害は出
ていないようだ。
 聖騎士アグリアスは、乱戦の中ではぐれた指揮官を捜して森の中を駈けていた。
 重たい甲冑の隙間から雨が忍び込み、鎧下はたっぷり水を吸って肌に張り付いていた。
四肢の動きを妨げられる上に、容赦なく体温を奪ってゆく。せめて鎧と盾だけでも放り出
してゆければ、と埒もないことを夢想する。
 風と雨音と擦れる木々のため、極端に聴覚は制限されていたが、アグリアスは奇跡的に
その音を捕らえた。剣戟に間違いない。
「無事か、ラムザ──」
 下生えをかき分け、斜面を降りた先で対峙していたのは、剣士ラムザと、敵小隊の指揮
官と思われる甲冑の戦士であった。
 アグリアスは常々思っていた。
 どうやらラムザは、将たる器ではない。もしも過去の不幸な出来事が無かったとしても、
武において勇名を馳せる名門ベオルブの家を継ぐことはなかったのではないか、と。
 能力が足りないというわけではない。個人技においてもなかなかの腕前を見せるし、頭
も良い。兵法を学ばせれば、むしろ武芸よりも素養があるかもしれぬ。
 しかし、彼には部下を駒として扱う非常さが、決定的に欠けているのであった。
 善良な人間としてただ生きるだけなら、それは好ましいことだ。しかし、多くの人間を
束ねる主となるものであれば、命の価値をただ数のみで計るという呪いを甘受せねばなら
ない。ラムザは優しき男であるが、多くの人間の命を預かるには柔弱に過ぎる。
 だが、そうであればこそ、生まれも目的もばらばらな小集団をまとめるのには適任なの
だろうと今では理解している。誰一人溢さぬ、というその覚悟があるからこそ、皆は彼に
命を預けることができるのだ。
 だがその優しさは、時として味方のみならず、彼の命を奪わんとする敵にまで向けられ
ることがある。その毅さを賞賛することもあるが、有り体に言って心配になることのほう
が多かった。



 打ち合っていた剣を弾き、ラムザはやや身を引いた。大きく肩で息をしており、青ざめ
た顔は雨で濡れている。しかしアグリアスは僅かに違和感をおぼえた。……あれは、脂汗
ではないのだろうか?
「剣を引いて欲しい。あなたの部下は残らず斃れた。この戦いには、もう意味は無い」
 フルプレートで身を固めた騎士は、冑のひさしを跳ね上げた。豊かな口ひげをたくわえ
た、壮年の男の顔が現われる。
「意味のあるなしで戦っておるわけではない。私は与えられた任務を全うすべく戦ってい
る」
 ラムザの顔が歪んでいるのは、男の言葉への否定か。あるいは苦痛のためか。
「あなたの任務は既に失敗している。この上は命を永らえ、雪辱の機会を待つべきではな
いか」
「部下の屍を前にして私が引くことなどできようか。この上は、彼らと私の名誉を守るこ
とこそが我がつとめよ」
「馬鹿な……引き際を間違えたのが、そもそものあなたのミスではないか。たとえ恥辱に
まみれようと死者の形見を持ち帰り、あなたと死者の家族、そして領民を守るという義務
を果たすべきだ」
 騎士は苦笑した。
「年齢に見合わぬ剣技。なみなみならぬ死地を潜ってきたのであろうな。貴公の情け、ま
ことにかたじけなきことと思う」
「ならば」
 ぐらぐらとラムザの上体が揺れている。やはり、体調が悪いのではないか。
 男は静かな目で、首を振った。
「だが、我がブライトブレイド家の名を汚すわけにはゆかぬ。貴公には、せめて道連れに
なって貰おう」
「なぜ分からないッ。家名などより大切なものがあるだろう!」
「笑止」
 騎士は薔薇模様の打ち出された盾を正面に構えた。右手を引き、剣を盾に添えて腰を落
とす。
「剣に生き、剣に死するが我が誇り。貴公も騎士ならばわきまえられよ」
 ラムザは怒りに歯を食いしばり、盾を放り出して両手で剣を構えた。
 アグリアスは無言で彼を追い越し前に出ようとしたが、拒絶を受けた。
「来ないでくださいッ。彼の相手は僕がします」
「だがラムザ、あなたは体調が……」
「僕が……大丈夫だと言っています。信じてください」
 従うかどうか迷った。迷っているうちに、ラムザアグリアスを振り切るように走り出
す。
「僕は騎士でも貴族でも無い、剣士ラムザだ!」
「我が名はスターム! 異端者ラムザよ、その命貰い受ける!」
 騎士も雄叫びをあげて突撃し、ラムザと激突する。
 勝負はただ一撃のみであっけなく終わり、騎士の剣は持ち主の手より離れ落ち、ラムザ
の剣は騎士の脇下より鎧の合わせの中に潜り込んでいた。
 アグリアスが追いつく頃には、ラムザは剣を放り出し、天を仰いで呪いの言葉を吐いて
いた。アグリアスがそっと触れると、ラムザの体が小刻みに震えている。
 手甲と手袋を外して、ラムザの濡れた額に押し当ててみた。予想通りの熱を感じ、アグ
リアスは小さく「馬鹿ね」と呟いた。
 ラムザは、何も答えなかった。



 村に一人しかいないという老医者は、
「たちの悪い風邪のようじゃな。飯を食わせず、寒いところに放置すれば死ぬかもしれん」
 およそ医者らしく無い捨て台詞を置いて帰っていった。
 戦争で家族を亡くしたのかもしれないし、傭兵が狼藉を働いていったのかもしれない。
一目で流れ者と分かる集団が歓迎されることなどまれなので、貴重な薬を出して貰えただ
けでも感謝すべきだった。
 宿屋の二階で、ラムザは布団にくるまり、熱に浮かされていた。
 医者を見送った後、戸口から様子を覗こうとするアリシアとラヴィアンを追いやって、
アグリアスラムザの部屋に戻った。手には、林檎が2個と、ナイフとお皿の入ったバス
ケット。そしてお茶のセット。
「眠った?」
「いえ……起きてますよ、まだ」
 そう、と答えてアグリアスは寝台の隣の机に皿を起き、椅子に座ると黙って林檎をむき
始めた。意外に達者なその手つきに、ラムザは(失礼ながら)感心した。
「上手ですね、林檎をむくの」
「そうかしら? まあこれでもいちおう、ひととおりの家事は躾けられたから」
「貴族なのにですか?」
「そんなに大きな家では無かったし、やっぱり女の仕事ってあるものよ」
 ナイフを滑らせながら、ラムザの家の事情を思い出す。そういえば、ベオルブ家には自
分より小さな妹しか女はいなかったのだ。奥向きの仕事は、みな執事とメイド達が取り仕
切っていたのだろう。社交界に出る間も無く戦乱に巻き込まれ、もはや彼はもとの暮らし
に戻ることは叶わない。
 兎の形にされた大量の林檎達が皿に並べられてゆくのを、ラムザは苦笑を押し殺して見
守っている。
「食欲無いかもしれないけど、とりあえず食べられるだけ食べて。もう一眠りしたら、今
度は麦粥を作ってもらうから」
「はい。頂きます」
 ラムザはゆっくりと林檎を口に運んだ。アグリアスもご相伴に与る。
 部屋の中に響くのは、林檎を咀嚼する音と、屋根を叩く雨音のみ。
 しばらくして、ラムザがぼそりと呟いた。
「誇りって」
 アグリアスが顔を上げる。
「そんなに大事なものですかね」
 先だっての戦いで命を落とした騎士のことに、わだかまりを感じているのだろうと察し
た。
「そうね」
 たぶん、その先の話があるのだろう。言葉少なに相槌を打つ。
「誇りがあるものが人間で、そうでないものは人間ではない……と言ったら?」
 なんだか思いもかけない話になりそうだった。アグリアスはいささか慌てながら、ラム
ザを制した。
「……ちょっと待って。話が飛躍しすぎている」
「すみません」
 にわかに激しさを増した雨が屋根を打つ。ラムザと二人、アグリアスはぼんやりと天井
を見上げた。口を開かぬラムザにため息をつく。
「話したいなら聞いてあげる。聞かれたくないなら、私は隣に移るから少し眠りなさい。
どうする?」
「そうですね……」
 少し翳りのある笑顔で、ラムザは答えた。
「やっぱり、アグリアスさんの意見を聞いてみたいです。少し長くなりますが、いいです
か?」
 アグリアスは頷いた。
「じゃあ、お茶を淹れ直しましょう。熱いのをね」
 そして、ラムザの昔語りが始まった。




 骸旅団とラムザの関わりについては、それまでにも断片的に聞いていた。
 謎の騎士ウィーグラフ。その妹のミルウーダ。没落貴族の子弟アルガス・サダルファス。
そして兄弟同然に育ったという、ディリータハイラルティータ・ハイラル兄妹。ラム
ザにとって戦乱の始まりとなる物語の主役達だ。
 それは剣士ミルウーダと邂逅し、彼女を断罪できず見逃すこととなった夜の出来事だっ
た。イグーロス城の居室にて、夜更けてラムザの部屋の扉を叩くものがあったのだ。
ラムザ。話がある」
 ラムザは緊張した。声は聞き覚えのあるものだった。扉を開けると、案の定そこにいた
のはアルガスだった。暇つぶしに冗談を言いに来た、という表情ではなかった。
「いいよ。僕も君と話したかった」
 部屋の中に誘う。
「……そこの椅子にかけてよ」
 言われた通りに椅子に腰掛け、アルガスは物珍しそうにラムザの部屋を見回した。
「贅沢な部屋だな。さすがベオルブだ」
「まさか、世間話をしに来たのかい?」
 アルガスは肩をすくめた。
「手厳しいな。もっとも、俺の話の後ではもっと機嫌が悪くなるかもしれないが。お前の
話ってのは?」
「たぶん、君と同じだ」
「そうか……そうだろうな」
 アルガスは表情を改めた。
 覚悟を決めるかのようにわずかな間を置いて、よどみなく言った。
ラムザディリータに心を許すな。あいつはいずれ敵となる」


 ラムザはほとんど自動的に行動していた。つまり、アルガスの襟首を掴んで絞り上げて
いたのだった。
 激高するラムザに対し、この反応を予想していたのかアルガスは冷静だった。
ディリータは親友だ。彼を侮辱するのは許さないッ」
「分かっているさ。俺はディリータを侮辱しているわけじゃあない。手を離せ。話がし辛
い」
 ラムザは苦労してこわばった右手を引き離した。まるで、自分の自由にならない手だっ
た。アルガスの体から離れた右手は、拳をつくって微かに震えていた。
「感謝する、ラムザ
「感謝なんかいらない。さっきの言葉の理由を説明してよ」
「ああ、もちろんだ。お前も座れ」
 アルガスは椅子に座り、一度だけ深呼吸をした。
ディリータの能力は俺も評価している。あいつは頭が切れる。剣も馬も上手い」
 ラムザは黙って首肯した。ディリータへの賛辞は、まるで我が事のようにラムザには喜
ばしく思える。
「加えて、カリスマもある。俺とは馴染まんが……あいつはいいヤツだ。それは理解して
いるつもりだ」
 熱心に頷くラムザ
 しかし、アルガスの表情は硬いままだ。
「だからこそだ、ラムザ。あいつと俺たちは相容れない。力があると認めるからこそ、用
心すべきだと言っているんだ」
 ラムザは激しく首を振った。
「君の言うことはわからない。ディリータは人を裏切るような奴じゃないよ。どうしてそ
んなことを言うんだ?」
ラムザ……あいつは平民だ。俺達とは違う」
 ラムザの瞳に炎が点る。
「アルガス、それ以上言うな。僕は君のそういう考え方は嫌いだ」
 だが、アルガスは引かない。彼も、彼なりの決意を持ってこの部屋を訪れている。


「気に入らないなら殴ったっていいんだぜ。それでお前の考えが改まるなら安いもんさ。
いいかラムザ、家畜と平等の関係を築けるなどと思うな。それはお前の奢りというものだ」
「黙れッ!」
 ラムザは必死の思いで自制する。殴っては駄目だ。言葉で語り、彼の真意を汲み取って
正しく判断しなくては。
「黙れ、黙れ、黙れ! ディリータが家畜だと!? 貴族と平民とで何が違うと言うんだ!
 どちらも同じ人間じゃないかッ」
「『同じ人間』などと言うのが奢りなんだよッ。貴族の青い血と平民とでは生まれが違う!
 神は、王と臣に神に替わって地と民を治めよとおおせられた。だから、平民どもにはす
がる神などいないのだッ。いるとすれば、それは俺たち貴族のことだ!」
「青い血とは何だッ。僕も君も血は赤い! ディリータと僕らは何も違わない!」


「……ラムザ、青い血とは誇りのことだ。誇りあるものだけが人間なんだ!」


 ラムザは反論しようとして、言葉に詰まる。
「人間と家畜を分ける条件は、真の誇りを持つか否かだ。平民どもは誇りを知らぬ。お前
も知っているだろう。奴らは柵に囲われ危険から遠ざけられながら、ただ口を開いて餌を
ねだるだけの怠惰なブタだッ。国と国との争いから、危険な怪物や野盗から守ってやって
いるのは俺たち貴族だ! だが奴らは、柵の外がどんなに危険かも知らず、飯が少ない自
由が無いと文句ばかりだ。もっと餌が欲しいなら、自由が無いというなら、庇護者の施し
を受けずに野の獣の自由を得れば良いではないか! だが奴らは狼の自由、狼の誇りは選
ばない。奴らの魂は汚れ、腐っているからだ!」
 この圧倒的な怒りは何だ。何が彼を駆り立てているのか。
「……アルガス、君の故郷で何があったんだ?」
 アルガスは、激高している自分に初めて気付き、恥じるように顔を背けた。
「今は言えない。……すまん、ちょっと頭を冷やすよ」
 アルガスの差別主義には、何か原因があるらしい。そう悟ったが、今の彼にかける言葉
は思いつくことができなかった。


「なあラムザ。確かに俺たちと平民の体を見比べてみても、何も違いなんかないよ」
「アルガス、だったら……」
「違うのは精神だ。俺たち貴族は支配する側の人間だ。対して平民は、支配されるものと
生まれた時から決まっている。平民はそう生まれたからには、一生頭を下げて生き続けな
ければならないんだ。晴れて天を仰ぐ自由の無いものに、真の誇りは育たない。人として
の誇りを持たないものは、人ではないんだ」
「自由が無いのが、彼らの責任なのかい? 違うだろう!」
「いや、そうなのさ。俺やお前が貴族に生まれついたのは、俺やお前の魂にその資格があ
ったからだ。ディリータが力を持ちながら貴族でないのは、やはり生まれる前にその価値
無しと判断されたからだ」
「……そんなの、誰が決めてるって言うんだ……」
「決まってるだろ。それこそ神様さ。この世界のルールは神が作りたもうたものだ」
「……!」
 絶望的な気分だった。
 アルガスは間違っている。しかし、ラムザには彼の間違いを指摘することも、その考え
方を撤回させることもできないのだった。
ディリータは……あいつは確かに、家畜のままで収まる器では無いさ。あれは狼だ。奴
はきっと、柵の内側にいるものに牙を剥く。敵に回したくはないが、あいつが貴族でない
以上は、いずれ敵対せざるを得ない。」
 ラムザはかぶりを振った。
「アルガス、ディリータは敵なんかじゃない。そうは思えないよ」
「いいや。それが運命というものだ」



 気がつけば、お茶はすっかり温くなっている。
「彼は言いました。平民は誇りを得ること叶わず、誇り無きものは人間ですらない」
 ラムザは熱っぽい目でアグリアスを見つめた。
「あなたはどう思いますか、アグリアスさん」
 聖騎士は長いため息をついた。少しの間瞑目し、思考を整理する。
「そうね。一部は同意する。確かに、誇り無きものは人とは呼べない」
 ラムザの表情が険しく変わるのを見て、アグリアスは苦笑した。
ラムザ
 少年は顔を上げた。アグリアスの声は穏やかで、しかし何か大切なことを告げようとし
ているのだということは理解できた。ラムザは居住まいを正した。
「これはあくまで、私がそう思うというだけのことだけど」
「……はい」
 雨音が遠くなった。部屋が静寂に包まれる。
「誇りというのは、引かぬ事、跪かぬこと、勝利を得る事……では、ない」
 ラムザの両手が握り拳を作っているのに気付いた。微笑ましい、と思うのは彼に対する
侮辱であろうか。


「誇りというのは、理想を持つこと。そうありたいと思う己の姿に近づくために努力し、
またその己を曲げずに守ること、だと思う」


 ゆっくりと。ラムザの顔に理解の色が広まる。



「誇りの有り様は、一つではない。剣士アルガスの誇りが不跪であるというなら、それは
尊重されねばならない。彼が、高きを目指したことを否定してはいけない。騎士スターム
の誇りが勝利であるなら、それも尊重しなくては。でも、私の誇りは彼らのものとは別物
だわ」
 ラムザが頷く。
「例えば、パンを焼くもの。例えば、鉄を打つもの。畑を耕すものも、学問を志すものも。
理想を持ちそれに近づこうとするなら、彼らは誇りを持つものであると思う。ただ生命財
産を守るだけであれば、確かに野の獣と変わらない。でも、自分の命を守るだけでは足り
ず、自分の為すことに価値を見いだすことがあるなら、それは人間にしかできない、人間
らしいことだと思う」
「……はい」
 たぶん、そのときラムザは救われたのだ。ミルウーダの、ティータの死を止めることが
出来なかったことを。彼女達の理不尽な死に際し、彼女たちがいたずらに生命を奪われる
べきではない理由を何一つ反論できなかったことを。ラムザはずっと、悔やみ、憤ってい
たのだった。
「私は虹を追いかけている。それに到るには遙か遠く、道は果てない。でも私にとってそ
れはとても美しく価値あるものだから、あきらめない。それが私の誇り」
「……はい」
 もちろんラムザは知っている。彼女の虹がいまどのような境遇にいるのか。それが彼女
にとってどんなに大切なものなのか。
 アグリアスは、ラムザの真正面に向き直り、背筋を伸ばして膝の上で手を組んだ。


ラムザ・ルグリアに問う。汝、誇りあるものなりや?」


 ラムザアグリアスの蒼い瞳を見つめ返し、


「はい」


 重々しく頷いた。
 アグリアスは、満足そうに笑っていた。


 アグリアスは、机の上の茶器や皿を片付け始めた。
「そろそろ休んだほうがいいわ。少し熱も上がってきたみたい」
 言われるままに、ラムザはおとなしく彼女の言に従い、布団の中に体を埋める。
 ランプの火を消すと、部屋は雨の午後の暗がりに沈んだ。
 ラムザはすぐにうとうとし始めた。だから、アグリアスのひんやりとした手が汗ばんだ
髪をかき上げたのが、はたして現実のことだったかどうか定かではない。もちろん、その
次の瞬間のことも、残念ながら明確な記憶はなかった。
「おやすみ」
 甘い感触を少年の額に残して、聖騎士は去った。




 ラムザは夢を見た。それは、アルガス・サダルファスとの対話の続きである。
 ようやく思い出した。とうの昔に、ラムザの誇りがどのようなものであるかアルガスは
指摘していたのだった。今の今まで忘れていたなんて、なんと愚かなことか。
「アルガス、ディリータは敵なんかじゃない。そうは思えないよ」
「いいや。それが運命というものだ」
 ラムザは唇を噛んだ。一瞬目を伏せ、不吉な未来の予言に思いを馳せる。
 だが、ラムザにできることはただ一つしかない。ディリータを裏切り、また裏切られる
ことなど到底許容できることでは無いのだ。ならば。
「もしもディリータと争わなくてはならない時が来るのだとしたら。その抗いがたい運命
こそが、僕の敵だ。僕は運命と戦うよ」
 おそらくラムザを翻意させることはかなわぬのだと、アルガスは悟った。ディリータ
敵としたくないというのは偽らざる本音である。そしてまた、アルガスの敵となるのはデ
ィリータだけではないのだ。それが運命というものか。
 失望と諦めとほんの少しの賞賛を込めて、アルガスは言った。
「それがお前の誇りなのだな、ラムザ