氏作。Part25スレより。


アグリアス先生が恋をされてるなんて!
しかも相手がうちの学校の生徒だなんて!


小説やドラマの中でこそ観てはきたけれど、実際にあるのね、こういうこと!
眼前の、顔を真っ赤にしてちぢこまるアグリアス先生を眺めながら
その素敵な緊急事態に私、オヴェリアは胸をおどらせるのでした♪


「それでそれで?いつ頃からラムザ先輩のことが気になったの?」
ああ、興味津々。私ったら性格悪いわ。
「きっ、気になったというか・・・彼は、その、私が畏学に来たころに
校風のことだとか、どんな学校なのかとか、どの教室はどこか、とか
・・・あの、色々教えてもらっただけで・・・」
やだ、かわいい先生!とてもハタチの現役(?)女子大生には見えないわ。


さてはこの人、恋の経験が皆無なのね。


「で、そんな優しいラムザ先輩に、いつのまにか心奪われ・・・と」
「こ、心など奪われておりません!ラムザ君はただの生徒で、よくできた生徒で、
と、とにかくそれだけです!」
「だからぁ〜」と、追い打ちをかけますよ私。先生可愛いんですもの。


「それじゃあアルマちゃんに対しての態度の説明にならないじゃない」
「い、いや、それはその・・・」
「その?」


「今朝・・・」
「今朝?」
先生ったら。さらに顔を赤くして、体育座りの膝に顔をうずめちゃいました。
で、口ごもりながらもこんな答えが。
「・・・く、口喧嘩をしてしまいまして」


あらー。


ごめん先生!私笑いが止まりません!
ほら、アルマちゃんも爆笑ですよ。
「なっ!何がおかしいのですか!私はただそれがアルマ嬢に申し訳ない、と、
そう言っているまでであって!その・・・!」
「あはは、はは、ご、ごめん先生・・・!」
「先生、かわいい〜!なんか初々しいカップルの悩みみた〜い!」
「かプッ・・・・!?」


面白い、でもこれは骨が折れるわ。
恋ってものについて、これは一から説明が必要かしら。
「うふふ・・んふ、ねえ先生、今まで恋愛もののドラマとかは?」
「ば、ばかにしないで下さい!・・・二・三度観た事くらいはあります。
さっきの曲のドラマだって、内容くらいは知っていましたよ?
・・・あとは周囲の話を聞いたくらいで、そりゃ、勉強のほうが大事ですから」


二・三度って。少なっ!


「じゃぁあ〜、小説!小説くらいは読んでるんじゃないですか?」
「オヴェリアちゃん、映画映画!恋愛映画は観た事あるんじゃないかしら!」


ナイスパス。さあ、見せて!先生の恋愛偏差値を!(?)


「しょ、小説ですか・・・。ええと、記憶にあるのは・・・・
資本論』、『戦争と平和』、『論語』に『孟子』、『五輪書』・・・」
先生それは小説と違います。そして何より女子の選択ではありません。
「あっ!『三国志』は読破しましたよ!?列伝も全て!」
男臭過ぎます。むしろ漢。女子が青春を捧げるカテゴリじゃありません。
「そ、それに!恋愛映画くらいは観た事ありますとも!
ほらっ、あれ・・・そう・・・『メリー・ポピンズ』!!」
児童映画のどこをどう観たら恋愛映画だと錯覚できるんですか。
「あれは、ほら、えと、
妙なまやかしを使う女と煙突掃除夫の報われぬ恋の話では・・・」
それは相当穿った見方です。
ある意味歪んでますね、先生の幼少期。


ううん、遠回りではらちがあかない。
「では先生にズバリ伺います。先生にとって、人を好きになるとは!?」
「すっ?!」と先生の喉からか細い悲鳴のような声。
もはや『好き』すらNGワードになってるわ。異常ね。
「そ、それは、あくまで人間的に好ましい者を、信頼し、尊重し・・・
男女であれば、そこから、その、じ、人生の伴侶、とかに・・・」


「・・・・・・」



「カマトトぶってんじゃねーーーーー!!!」
「ひぁーーーっ!??」
もうね、切れました。久しぶりに。


「先生!恋というものは本能なんですよ!
頭で納得してから始める恋なんてないんです!判りますか!?」
「え、と、お」
「本当に判らないのならこの際仕方がありません、でも!
先生がラムザ先輩に恋をなさってるのは真実なんです!」
「そ、そんな馬鹿な」
「馬鹿なことなんてあるものですか!
いい年をした女性が一度も、誰にも恋をせずに生きるなんて
人としておかしいと思わないんですか!」
「だ、だから、私の恋人は生涯勉強で」
「それがおかしいんじゃコラ!勉強とかサッカーボールとか
無生物に心を埋める何かを求めるのマジ許せない!」
「す、すみません・・・」
「いいですかっ、もう一度自分の胸に手をあてて考えて下さい!
・・・今朝のケンカの原因、アルマちゃんに対しての態度、
普段、よく目につく生徒の顔。その顔を見てどんな気持ちになるか・・・」
「・・・目に、つく・・・?」


ふーっ、一息で喋ったらノドが。


さあ、ここまで言ってだめなら、次は身体で教えるしかないわね。
今夜は長くなりそうだわ・・・


「こっ」
お。
先生は目をあわせず、途切れ途切れに喋り始めました。


「恋とは・・・その、例えば、その相手が、じ、自分以外の異性に
興味をもったりすると、ゆ、許せなかったりするものでしょうか」


ははぁ。今朝の喧嘩はそれが発端なのね?
ジェラシー感じちゃったんだ。んふ、可愛い。それにしてもラムザ先輩も意外と・・


「うん、なるわ。なりますよ、先生」
「そ、それでは!た、例えば喧嘩をしてしまったら、
その後なぜだか顔をあわせづらくなったりするのは・・・」


それは普通の対人関係でも同じだけど・・・。いや、この際ここは押しの一手で。
「なるなる!好きな男の子と喧嘩したら、そのあと
なんてフォローしていいのかわからなくって、素直になれなくて、
ますます仲がこじれちゃったり・・・
女の恋っていうのは、そういう苦しみの連続なんです!」
あ、アルマちゃん笑いながらも若干呆れてる。てへっ!


いつの間にか、先生は涙目になってる。顔は真っ赤なままだ。
「・・・・で、では私は・・・ラムザ君のことを・・・」
そう。絶対そう。
「そうです、先生はラムザ先輩に、『片思い』しちゃったんですよ!」




「ちがうよ、オヴェリアちゃん」


「え?」と、ここでアルマちゃんから思わぬ横やり。


「先生とお兄ちゃん、両想いだよ?
・・・だってお兄ちゃん、二年生になってからすごく幸せそう。
あんな風に学校行くお兄ちゃん、はじめて見るもの」


おおっと!これはひょっとすると、ビンゴ!?
「学校の話する時も・・・いつも、実習生のアグリアス先生がね、なんて言い始めて
やれ今日は何を手伝った、やれ今日はどこを案内したって。楽しそうに話すの。
妹じゃなくたって、そんな露骨にキャラ変わったらわかるわよ」
と、得意げにアルマちゃん。
あら。ちょっと。どうしましょ。ここに来て意外な事実が!
「ねえ、先生聞いた!?」



あれ。


先生は、そこまではちゃんと聞いてた。
でも、それ以上の言葉はもう聞こえないようでした。











畏学正門前から伸びた通学路と、商店街通りとの交差点。
その一角に、小さいが地域住民にはちょっとした人気を誇る
中華料理店、「八美濃軒(やみのけん)」はあった。
僕は、そこで妹アルマとの生活を維持すべく、アルバイトをしている。


「今日のザマぁ一体どうしたンだ?ラムザ


やってしまった。まるで集中力に欠けている。
ろくに洗わずに並べたコップが3つ、注文の聞き間違いが2回。
おまけに僕の人差し指は割ってしまった皿で深々と切り傷を作り、包帯にまかれている。


「天引きはしねえからな」と、オーナーシェフのガフガリオンさんが封筒をぼくに渡す。


もっと集中して働け、ということである。
ミスをした時、いつも通りの日給をもらう方が心が痛む。そんな僕の性格を承知しての事だ。
何をやってるんだ、僕は。



まだ朝のアグリアス先生との喧嘩が、胸にしこりとして残っていた。
思い出しても恥ずかしい。向こうは年上、ぼくはちょっとおちょくられただけなんだ。
それなのに、あんなにムキになって、一度も話もせずに・・・。
それだけならまだしも、ずるずる気にしてバイトにまで支障が出ている。


自分が情けなかった。切った指がじんじんと痛む。
のれんを下ろした店内には、ただ静かに有線が流れるだけだった。


「ぼくたちの失敗」という曲だっただろうか。
何のドラマの曲か忘れたけれど、ひどく切ない気持ちになる。
いやだな、できれば今は聴きたくない・・・
そんな僕を知ってか知らずか、オーナーが勢い良く有線のスイッチを落とす。
「洗いもンと仕込みは俺がやっとく。とっとと帰って寝ちまいな!」
何だかんだで、彼は根の優しい人間だ。ますます、みじめさが身にしみた。


アグリアス先生に会いたい。笑顔でも、怒っててもいい。顔が見たい。
僕は、恋をしている。



がらり、と店の扉が開いた。思わず「先生!」と叫びそうになってしまった。
「すいませン、もう閉店なンですがね!」
そんなオーナーの言葉を少しも意に介さず、その人はカウンターに向かって歩いてくる。
それは、確かに「先生」ではあった。
「兄さん・・・」


ダイスダーグ・ベオルブ。僕の兄であり、畏学の教師だ。


「家庭訪問なら、家のほうに来てくれない?」僕は憮然として目をそらして言う。
「生徒の非行防止に常に目を光らせる、教師の義務だ」
始まった。すぐにこの人は『教師』とか『教育』といった言葉を使う。
「そんなふうに縛り付けようとするから、ダイスダーグ先生は人気がないんだよ」
そんな僕の皮肉に、兄は真っ向から、静かに言い返してくる。
「それでこんな店でバイトか。この私へのあてつけは楽しそうだな」
何だよ、この人は。
僕はむっとして、三つ足のイスに座って兄に背を向けた。


「一人暮らしであることを理由に、教員連中に訴え出てアルバイトの嘆願、
最大限単位を取りながら、同時に最大限アルバイトにも時間を割く。
その行動力と目的意識の高さは評価する」
淡々と、兄は僕に話しかける。
「だがその向かう先が気に入らん。
聞けばお前は授業に出ていない時には、たった一人で地域ボランティアを名乗って
辺りの住民とのらりくらりとしているそうじゃないか。そんな事をして何が生まれる?
学力にも、まして収入のある勤労にすらならん、ただの自己満足ではないか」


聞く耳なんて持つもんか。


「お前のやっている事は、ベオルブ家に対するひどく幼稚な反抗だ」


それでも、悔しい。
「・・・兄さんは、あなたは!いつもそうやって、規律以外のつながりを否定するんだッ!
あなたが教育に人一倍の情熱を注いでるのは知ってる、だけど・・・
僕は兄さんの信ずる方法だけが全てだとは、思いたくない!!
僕は人のつながりが作る輪が、人を育てる最良の場だと信じているんだ!!」
店中に響く声で、さらに兄が言い返してくる。
「それが幼稚だというんだッ!!!
お前といい、うちの古株のオルランドゥ先生といい、どいつもこいつも教育を甘く見おって・・・!
我々が苛烈に指導を与えねば、若い連中はすぐにつけ上がる!
我々が指導を怠れば、すぐに親どもが騒ぎだす!
学校とは、お前の言う「人の輪」の中で必要とされて生み出されたのではないかッ!
社会に望まれて拘束の権限を手にした、揺るぎない、揺らいではならないシステムであろうがッ!
それを護るのが私の役目であり、現代のベオルブ家の命題なんだぞ!!」


ベオルブ家は元々、政府高官の天下り先として、自らが経営する学校の役員職などを斡旋し
財界とパイプを作って経済的地盤の基礎作りをしていた経緯がある。
その名残なのか、現在ベオルブの男子はその多くが一度は教職員を経験し、
家督をひけらかす事でPTAに籍を置く著名人や、様々な団体との交流を行っていた。
そういった面で言えば、兄さんはベオルブの中では珍しく教育者一筋の人生を送っている。
ただそこはやはりこの家の人間というか、その高すぎる理想と結果主義的な思想が
厳しい教育態度として現れ、スパルタ的姿勢となって学生達の重荷になっていた。
僕はそんな家が嫌いで、家を飛び出した。
僕が真に望む、「人を育む」姿が、そこにはなかったからだ。
「・・・兄さんが何を言おうと、僕はベオルブ家のことなんて興味ない。
僕は僕のやり方で、人のために何か出来る将来を探す・・・
兄さんのような教育者になるのなんて、まっぴらだ」
強く、兄さんを睨む。
言い合いになったとき、僕はほとんど兄に勝ったためしがない。
思えばいつも論破され、そのたびに悔しさで歯噛みした。
でも今夜の僕は、落ち込んでいた鬱憤があったせいか、かなり強く感情を吐露していた。
兄はしばし黙り込み、目をとじていたが、やがて僕を見て言った。


「ならば、証を立ててみろ」


挑発だ。



「私にそこまで楯突くからには、お前にはお前の理想の規範があるのだろう。
・・・二週間後は体育祭だな?あれにはクラス対抗、学年対抗の行事が幾つもある。
お前のいう『人のつながり』とやらで、クラスを纏め、学年優勝をして見せろ。
そうすれば私はもう何も言わん」


「・・・・」
「できなければ、お前はやはり虚ろな理想しか語れない、ただの『不良』ということになるな』
「・・・!」


そこまで言って、兄はきびすを返し、店を出て行った。


体育祭で学年優勝。
体力で言えば、3年生のほうが充実していて明らかに有利だ。
それを2年生の僕たちで、優勝を奪うだなんて・・・



・・・いいだろう。やってやる。




「あんな胸くその悪ぃ大人にゃあ、なるンじゃあねえぞ」
店の奥にいたガフガリオンさんが、いつの間にか仕込みを終えて出てきた。
聞かれていたのか。いや、あんな大声ならば当然だ。
「・・・ありがとうございます」


アグリアス先生。あなたの励ましが欲しい。
夜は10時を回る頃、決意の背中をなで回す寂しさに、僕は震えながら帰途についた。


・・・明日、アグリアス先生に謝らなくては。
先生と一緒であれば、きっと、僕は頑張れる・・・










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