氏作。Part25スレより。

おいおい。
珍しく早く来たかと思ったら、ラムザの奴いきなり不機嫌かよ。
いや、他の奴には一目じゃわからないだろうけど。
あいつが不必要に、誰彼かまわず笑顔を向けるのは無理をしてる証拠だ。
っていうのは、ディリータの受け売りなんだけどね。


「おはよう、ムスタディオ」
「おうラムザ、おっはー」
おっはーって!古っ!とか、教壇まわりでだべっていたアリシアとラヴィアンが
俺を馬鹿にしている。ええい、改めて言われると恥ずかしいじゃないか。
まあいいや。俺は俺でラムザをおちょくって気を紛らわすし。
「やいラムザ。どーせアルマちゃんかアグリアス先生と喧嘩したんだろー」
俺の言葉に一瞬ドキッとして、すぐに平静を装ってみせるラムザ
「何言ってんだよ。もー、すぐムスタはそうやって・・・」
声は落ち着いてるが、頭上のあほ毛が激しく上下している。解りやすい奴だなぁ。
さて、今日はどっちと何があったのかな?と追求してやろうと思ったら、
うちの学校独特の雅な予鈴が、朝の自由な時間に終わりを告げた。


「さぁ、ミル姉さんが来るぞー!みんなヤバイもんは急いでしまえよー!」
なんつって教室の空気を暖めるのも、俺の役目だったりして。
ミル姉さんって呼ぶなっつってんでしょー!!」
教室のドアが勢いよく開けられる。やべ、聞こえたか。
担任のミルウーダ先生、そして実習生のアグリアス先生のご登場だ。
「ムスタディオ、2限目の体育の時間覚えてなさいよ〜?」
面白半分お怒り半分で、ミルウーダ先生が俺に死の宣告を告げる。
どっと教室に笑いが起こる。まぁ、これも俺みたいな奴の宿命というか。
でも実際厳しいんだよなぁ、ミルウーダ先生のシゴキは・・・


季節は初夏、まあ、グラウンド10周するには丁度良い気候かもしれんけどね。


隣を見ると、いやこれがまた解りやすい。
ラムザは明らかに、アグリアス先生からわざと視線をはずしている。
「(おい!今日はなに言われたんだよ!)」と耳打ちしてやると、
「(別に・・・)」なんてそっけなく返してくる。
「こら、ムスタ。10周じゃ足りないって?あんた努力家ねぇ」
ううむ、ラムザへの訴追がうまくいかない。これ以上ランニング増やされるのも嫌だし、
ラムザをおちょくるのは昼休みにしよう。
しかしアグリアス先生と何かあったのだけは、確定だな。


二年生になった四月の始め、宿泊レクリエーションがあった。
クラス編成の変更とかもあって、年度始めの生徒たちのぎこちなさを解消するために
うちの学校では毎年組まれている行事だ。
同じく春から着任したアグリアス先生も付いてきたんだけど、
意外だったのはその夜、まぁこの年代ならお決まりの「青春語り」の時のラムザだ。
お前、好きな奴は?っていう質問に、いつも決まって
「僕は妹の世話もあるし、誰が好きとかはわかんないよ」
なーんて答えてたラムザが、その年は沈黙のしどおしだったのだ。
すわ一大事、こりゃ何かあるってんで、あいつを表に引っぱり出してサシで語ったら、
どうもあのアグリアス先生に一目惚れをしたらしい。
あのお年の割にとってもお堅い、アグリアス先生に。


俺はその時決心したよ。ディリータラムザ以上に色恋とか興味ないし、
そうなるとこいつを救ってやれるのは俺しかいない!ってね。


以来なにかと世話を焼いてやってはいるんだけど、どうもラムザははっきりしない。
困った男だ、妹のアルマちゃんもさぞ心配してるだろうになぁ。



いや、一部じゃ俺が邪魔ばっかしてるって噂もあるんだけどさ。











朝の集会を終えて、私とミルウーダ先生は教室を後にした。


さっきのラムザとの会話の折、彼女の名を引き合いにだしたという
内心の引け目もあって、朝から会話が続かない。
情けない奴だ、私は。


「ちょっと上の空なんじゃない?」
廊下を歩く彼女が、ふいに振り返って私に詰め寄る。
突然自分の心を見破られたようで、私はぎくり、と肩をふるわせてしまった。
「い、いえ!少し考え事がありまして・・・」
とてもではないが、朝からラムザと痴話喧嘩をした、など言えるわけがない。
ふーん、とミルウーダ先生はこちらを見、そして再び歩き出す。


「駄目よ、着任3カ月でそんなことじゃ」
今度は振り返らず、歩みを止めずに私にくぎを差す。
まだ朝の陽光が白く照らす廊下。周りに生徒の姿はない。静かだ。
「ぶっちゃけて言うとさ。あたし、アンタの事好きじゃないのよね」


ぐさり、とミルウーダ先生の言葉が胸に突き刺さった。何を言うのだ、この人は。
「え・・・それは、どういう」と聞くが早いか、彼女は言葉を続けた。
「あんたみたいに、お金持ちで育ちのよろしいお嬢様って好きじゃないのよ」
ああ。
生徒達の噂を耳に挟んだことがある。彼女はかつて、この学校で
スケバンという奴をやっていたのだと。
近県でも屈指の喧嘩っぱやさと強さとで、相当の所まで上り詰めたそうだ。
(どういうヒエラルキーがあって、どこに上り詰めたかは解らないが)
恐らく彼女は、教師となった今でもそのコンプレックスを持ち続けているのだろう。
確かに、私のような温室育ちの生真面目人間が、
なんの苦労もなく彼女と同じ土台に立とうとしているのだから、腹の立つのは解る。


でも、今そんな事言わなくても・・・。
ただでさえ朝の一件で気が重いのに。あまつさえラムザは集会の折、
まるで私の顔を見ようとしなかった。子供っぽい。そんな根の持ち方があるか。
まったく、しっかりしているくせに妙な所が軟弱なんだから・・・。


「でもさぁ、最近のアンタは結構好きになれそうなんだよね」


え?
私の悶々とした、彼女への認識を覆す一言が飛び出した。
「え・・と、それは、どういうことでしょうか?」
「アンタさ、恋とかしてんじゃないの?」


え?!
「ま、まさか!そんな事は!」
いや、否定するのもおかしいぞ。私の年代で恋の一つもしていないなど、
いい物笑いの種ではないか。いや、実際恋の一つもしては来なかったのだが。
「はっは〜ん」と、彼女はにやにやしながら私に近づいてきた。
「さてはこの学校の教師か・・・はたまた学生かしら?」
な、なにを根拠にこの人は。そんな、教育実習生の身分で
お世話になる学校の関係者と色恋など・・・!
ラムザ?いや、違うぞ!ラムザとはあくまで教師と生徒、何を思うことが・・・


「どうりで。最近ちょっと人間らしく、っていうか、女らしくなったのね」
ふっ、と体を回転させ、彼女はまた廊下を歩き出す。


人間観察能力に優れているのか。
実経験こそないが、伝聞によればこういう類の人間ほど対人能力が高いという話だ。
なるほど、勉強しかしてこなかった私とは、コミニュケーション能力に大きな差がある。
彼女がただ美しさだけで人気があるのではない事が、解った。
言いたいことはきちんと言う、信念を持った女性。尊敬にあたう人物である。



「ち・な・み・に」
三度立ち止まり、彼女はゆっくりとこちらを見る。
「うちのラムザ君に手を出すのだけは、許さないからね・・・?」


ああ。そうなのだ。
ラムザは当然というか、その物腰・ルックスから、周囲の女子にも人気が高い。
特に年上から好まれる傾向があり、教員とてその例外ではないのだ。
「も、もちろんです!」
そう勢いよく、私は答えてしまった。
答えてしまったあと、ふいに、心の奥底がきつく絞められていく感覚があった。


なんなのだろう。この感情は。
自分の人生経験のなさが疎ましい。
「(・・・私も、そうなのだろうか・・・?)」







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