氏作。Part22スレより。



チョコボの奇襲!
水着の肩紐が切れたアグリアスをかばい、セリスはチョコメテオを受けて河に沈む。
ズルをしたメリアドールも、これが天罰かと思いながらもう一発のチョコメテオで沈んだ。
ラムザティータを守ろうと屋台の影に隠れ、逃げ込もうとした来賓席の惨劇を見る。
アルマは来賓席にいた女性がオヴェリアか確認しようとするが、その前に黒チョコボが立ち塞がった。
アリシアはオヴェリアとエドガーの身代わりとなってチョコメテオの下敷きとなってしまう。
ミルウーダは応戦すべく控え室へ剣を取りに戻った。
そして裏切りのカインーーまあ当然っちゃ当然の展開ですねカインの裏切りは。
果たして寒中水泳大会はどうなってしまうのか!?


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 ドキッ!
   真冬のフィナス河寒中水泳大会。
     ポロリ(とチョコメテオ)もあるよ
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
主催者:アグスーレ・ニジュイ・クササン男爵
協力 :北天騎士団団長ザルバッグ・ベオルブ聖将軍
    :南天騎士団団長シドルファス・オルランドゥ


優勝賞金
1位……50万ギル
2位……20万ギル
3位……10万ギル
審査員特別賞……エクスカリパーオルランドゥ伯からのご提供)





「セリス殿!?」
剥き出しの胸を腕で隠したまま、アグリアスは恩人の名を叫んだ。
羞恥にアグリアスの女性の精神が乱れたが、恩人の危機は騎士の精神を前面に押し出させた。
力強い思惟で氷点下の急流に潜り、目を凝らしてセリスの姿を探す。
チョコメテオはすでに河の底に落ち濁りを作っている。
その濁りの中、宝石よりも美しい金糸の束が紅い水流になびいていた。
髪の毛穴すべてを冷水に刺激され鋭い痛みが走りながらもアグリアスは深みへと泳ぎ、
ようやく濁流から出たセリスの身体を発見した。
口から空気を吐くセリスを見てアグリアスは焦る、だが、冷静を努める。
気がつけばもう露出した胸を隠してはいなかった。
さっきまで水着に守られていた胸は、まだ冷水に慣れず身を切るような痛みを感じた。
それでも水を掻いて、ひたすらセリスへ。
(無事でいてくれ、頼む!)
伸ばした手がセリスの手を掴んだ。
気絶しているらしくセリスは動かない、ある意味好都合とアグリアスはセリスを抱いて水上へと泳いだ。
自ら顔が出たアグリアスとセリス。意識の無い恩人の頬を力いっぱい叩き呼びかける。
「しっかりしろ! セリス殿! 水を吐いて息をするんだ!!」
「ゲホッ……ガフッ、カハッ……はぁっ」
「よし……よかった、セリ、わっ!?」
突如背中に何かが食い込み、今度は何事かとアグリアスは困惑する。
だがそれがレース場の下流に張られた網だと気づき安堵した。これを伝って岸まで戻ればいい。
「セリス殿、網を掴めるか?」
「肩が……駄目だ、左手はかろうじて動く……」
「一人では無理か、しっかり私に掴まって──あぁっ!?」
アグリアスは周囲を見回し、会場の至る所に野良チョコボが入り込んでいる事に気づいた。さらに──。





「オヴェ……あ、ぐぅ……」
セリス以外にも負傷している選手がいたらしく、他の選手に救出されている様子などを確認した後、
アグリアスは来賓席の一角を見て絶望した。
岩に押し潰されている金髪の女性を、エドガーが助けようとしている。
「オ……いや、金髪ならラヴィアンかアリ……うっ、うぅ……」
アグリアス殿。あそこに貴公の主君がおいでとお見受けするが、スタート地点の方が近い……そちらに戻ろう」
「しかし……!」
急がば回れだ、すぐ下流の所に橋がある……そこを通った方が速い」
「あ、そ、そうか。急ごう……」
アグリアスは恩人を連れて網を伝い、岸へ戻ろうとした。


控え室に戻ったミルウーダは自分の剣を手に取るとすぐ兄の所へ行こうとしたが、
その控え室にも黒チョコボが一匹侵入していた。チョコボールが壁に穴を開ける。
「くっ……こんな所で死ぬ訳には!」
剣を振るいながら、ミルウーダはあのたこ焼きを忘れていった誰かは無事だろうかと思った。


ティータ、しっかりして、ティータ」
震えているティータの肩を強く抱くラムザ。外傷は無い、腰が抜けてしまったのか。
屋台の影で怯えるティータをどうにか守ろうとラムザは考えるが、
来賓席にはいくつかのチョコメテオが落ちパニックになっていて、助けを求めに行くには不適切に見えた。
せめて剣があればと思うが、お忍びで来ているため帯刀はしていない。
「ら、ラムザさん」
「大丈夫かい?」
「に、兄さん……兄さんとアルマは……」
ディリータは僕より腕が立つしトラブルにも強い、きっと上手く逃げてるよ」
そう言うラムザの後ろを、一人きりのディリータが来賓席へと駆け抜けて行った。
ティータはうつむいていたためそれを見逃した。





「アルマ……来賓席に向かったはず、無事でいてくれよ。……ティータ、ラムザも……」
この時、視野の狭くなったディリータは気づけなかった。
左の屋台の影にティータとラムザがいた事。
右の岸で今まさに黒チョコボに襲われようとしているのがアルマだという事。
気づかずに、ディリータは来賓席へと走った。
来賓席の前に貴族特有の金の髪が見えたため、それがアルマだと勘違いしたのが拍車をかけた。
が、金髪が二人組みであり、さらに服装も違うと気づき、
それでも二人の金髪の女性に向かって走るのをやめなかったのは、その二人に向かって黄チョコボが向かっていたからだ。


身体に二度目の衝撃が走った時、オヴェリアは身体の下からうめき声を聞いた。
オヴェリアを抱いたまま来賓席から落ちたラヴィアンが自ら下敷きとなったのだ。
「ラヴィアン……!?」
「っく……大丈夫、立って下さい、避難しましょう」
「でも、アリシア……私をかばって。アグリアスも、河に石が落ちて」
「チョコメテオってやつですよ。さあ立って、オヴェ、お嬢様が立たないと、私も」
オヴェリアが身体の上からどくと、ラヴィアンは半身を起こして剣を抜き、それを杖にして立った。
アリシアは……」
「……大丈夫ですよアリシアなら、ああ見えてしぶといですから。
 アリシアが身を挺してかばったそのお身体、危険にさらしてはアリシアが悲しみます。逃げ……ツァッ!」
「ラヴィアン!?」
ラヴィアンのプレートメイルの背中にヒビが入った。
チョコボの鋭いクチバシによる衝撃がラヴィアンの身体を痛めつける。
「クエェィッ!」
凶暴な鳴き声を上げ、チョコボは続いてオヴェリアの顔面を突こうとした。
「危ないっ!」
そこに、男がオヴェリアを体当たりで突き飛ばす。





オヴェリアは土で服を汚し、横たわった状態から自分を助けた男の背中を見た。
その男は倒れているラヴィアンの前に立ち、ラヴィアンの剣を持って、チョコボに対峙している。
「クェッ!」
「このっ!」
男は剣をチョコボの顔面に突き出すが、チョコボは首を傾けて避ける。
しかし上手なのは男だった。避けられた剣をチョコボの首にあてがう、
勢いが死んでいるためそこで押し斬る事は出来なかったが、引き斬る事なら可能なのだ。
剣を後ろに引きながら、チョコボの首筋を斬り裂く。
鮮血が男の顔面を汚した。
よろめくチョコボに、今度は渾身の力を込めて男は剣を突き刺した。心臓を貫かれチョコボは息絶える。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
男は顔を血で染めていたため恐ろしく、月に一度に自身の血を見るだけのオヴェリアは、とても男を正視出来なかった。
男もまた、王女である事を隠すためオヴェリアが咄嗟にフードを深く被ったため、
顔の半分ほどしか見えず少し美人だなという程度しかオヴェリアの事は分からなかった。
「なぁっ、こっちに金髪の女の子……の平民が来なかったか?」
「い、いえ……知りません」
「そうか」
男、ディリータが平民と言ったのはアルマの事だ。
お忍びのため、それなりに上等ながらも貴族の物ではない服を着ている。
金髪という言葉で貴族を想像されると思ったため、ディリータは平民と付け加えたのだ。
一方オヴェリアは金髪の女の子と聞いてアルマを想起したが、続く平民との言葉でアルマである可能性を否定した。
アルマは名門ベオルブ家の末娘であるからだ。
「親友の妹なんだ、探さなくちゃいけない。剣は騎士さんに返すぜ」
ディリータはラヴィアンの前に剣を刺すと、アルマの姿を探して走り去った。
お互いの名も知らず顔も知らず、小さな出会いは終わった。
再会の日が来るのかどうか、知る由があるはずもない。あるはずもなかった。





下から二番目のタイムという恥をかいたイズルードは、来賓席に戻りにくかったため、橋の上からレースを見ていた。
姉がチョコメテオを受けて沈んだのを見た時はショックだったが、
他の選手が姉を抱えて浮かび上がったのを見てホッと安心する。
急いで網の張ってある所へ行き姉の介護をしようとイズルードは考えたが、
視界の端で捉えたものに注意を向けてしまったがために彼は力強く木造の橋を蹴った。
ナイトブレードであるイズルードの得意技は、竜騎士のそれと同様、天空を飛翔するジャンプだ。
金髪の平民の少女にクチバシを向けている黒チョコボを見たイズルードは、
弱者を守る騎士の信念から黒チョコボの頭上に舞い降り、その勢いで剣を首に突き刺した。
一撃で仕留めたと確信したイズルードは、助けた少女に目を向けた。
腰を抜かしてこちらを見上げている。結構可愛い子だな、なんて思いながらイズルードは微笑んだ。
「怪我は無いか」
「だ、大丈夫です」
イズルードは素早く周囲を確認し、他にも人を襲おうとしているチョコボの姿を確認してしまった。
こうなっては、姉を助けるために民を見捨てるなど心優しいイズルードには出来ない。
「早く逃げろ、俺はモンスターを倒す」
「あっ、待って!」
「何だ!? 逃げるのまで面倒見切れないぞ!」
「ブツブツ……マバリア!」
少女はイズルードの言葉に耳を貸さず呪文の詠唱をし、聖なる光の膜でイズルードを包んだ。
「これは……聖魔法? クレリックか?」
「ありがとうございました、がんばって!」
イズルードは自信を見せるように微笑んで、チョコボの上からジャンプで飛び立った。
そして新たなモンスターを駆逐しに行く。
イズルードは、さっき助けた少女の顔を可愛らしいと思ったものの、
実際に顔を見ていた時間は一分もあるかないかで、チョコボを三匹ほど倒した頃にはもう顔はうろ覚えになっていた。
見れば思い出すだろうが、数ヶ月も経てば、見てももう思い出さなくなるだろう。
助けられた少女、アルマもイズルードと同じようなものだった。
ちょっと格好いい騎士さんだなと思いながらも、
来賓席の前にたどり着きオヴェリアらしき人物の姿がもう無い事に落胆して、
もうイズルードの顔はうろ覚えになっていた。そしてオヴェリアを探しを再開する。




オヴェリアとラヴィアンが無事逃げる姿を確認したエドガーは、岩をどかしてアリシアを救助する。
「骨が折れてるか……よくてもヒビが入っているだろう。私の背に」
「申し訳ありませんエドガー様……」
来賓席から雪崩のように逃げようとする王侯貴族の中、エドガーはアリシアを背負ってゆっくりと歩いていた。
下手に動いて人ごみに飲み込まれては、人を背負っているエドガーでは転びかねない。
アリシアの身を気遣ってエドガーは未だ来賓席の出入口までたどり着けていなかった。
そこに空から黒チョコボが降りてくる。
エドガー様、上!」
気づいたアリシアが危険を知らせると、エドガーは即座にオートボウガンを構えた。
黒チョコボが着地するタイミングを狙って引き金を引く。
すると通常のボウガンより矢の速度は遅いものの、連続で5本もの矢が放たれチョコボに突き刺さった。
「すごい……」
「熊のぬいぐるみには使えなかったが、モンスターには使える」
言いながら、オヴェリアが抱いていた熊のぬいぐるみの事を思い出した。
自分達が座っていた席を振り返ってみると、人に踏まれたのか汚れた熊のぬいぐるみが転がっていた。
さらに──対岸のスタート地点に這い上がっているアグリアスの背中が見えたため、
エドガーはいったんアリシアを下ろし、手帳を取り出した。


「アルマー! ディリーター!」
ラムザの呼びかけに答える者は無かった。
当然というか、この騒ぎのせいで人々は逃げ惑い、橋の上にいたアルマとディリータの姿はもう無かった。
ラムザ達がやってきた方向に二人ともいるのだが、そんな事を知るはずもなかった。
「……向こう岸に行ってみよう。ディリータを探さなくちゃ」
「は、はい。……兄さん無事ですよね? アルマも」
「もちろんだよ」
ふとラムザはレース場に視線を向けた。
網の前に緑のフードの女性と、金髪の美女が横たわり、それを幾人かの人間が介護していた。
その内の一人が、なぜか水着の左肩部分が切れて、左の胸が丸見えになってしまっていた。
思わず視線をそらし、改めてディリータ達を探す。





さすがセリス・シェールだとアグリアスは感心した。
セリスはチョコメテオの直撃を受けるよりも早く水中に潜ったため、
水の抵抗を受けたチョコメテオの一撃は致命傷にはならず、右肩の骨にヒビを入れる程度で済んだのだ。
一方チョコメテオの直撃と水上で受けたメリアドールは、右腕を骨折していた。
「セリス殿、身を挺してお助けいただき何と礼を言ったらいいか……」
「気にするな……それより、いい加減それを隠せ、はしたない」
セリスに言われて、アグリアスは慌てて肩紐を引っ張り上げてきつく結ぶ。応急処置は済んだ。
女性以外に見られていなかっただろうかとアグリアスは不安になる。
そんなアグリアスを見てセリスは苦笑し、隣で寝転がっている女性に視線を向けた。
「ところで、そちらの……うっ、く……」
「そっちの方は、右腕の骨を折ってるようで……白魔道士の心得がある者がケアルを。
 他にケアルを使える者は!? 私はレース前、故あって魔力を使い果たしてしまって」
負傷したセリスとメリアドールを他の選手に任せたアグリアスは、剣を取って戦うため控え室へと駆け戻った。
その控え室は壁に穴が空いていたのでアグリアスは驚き、中で黒チョコボが暴れていると知った。
構わず飛び込んで、アグリアスは自分のロッカーに行き剣を握り、次に盾を掴もうとして、
「危ない!」
咄嗟に横っ飛びに避けた刹那、アグリアスのロッカーにチョコボールが叩き込まれる。
アグリアスの盾と鎧は使い物にならなくなった。
声をかけてくれたのは同じ参加選手の女性で、長いブラウンの髪に見覚えがある。
騎士では無かったはずだが、剣の使い方が様になっているから傭兵だろうか。
「我が名はアグリアスオークス! 助太刀する!」
「私はミルウ……ミル・フラグ! 感謝する!」
骸旅団リーダーの実妹ミルウーダは、本名を口走りそうになり慌てて言い直した。
助けに来たのが敵である貴族だったため一瞬眉をしかめたが、今は協力するしかない。
大会を警備していた騎士は来賓席の貴族達を優先して避難させるだろうから、
ここで無駄に争っても一般客への被害が増加するだけだ。





ミルウーダが黒チョコボを引きつけている隙を突いて、アグリアスは不動無明剣を放つ。
聖なる氷山がチョコボに傷を負わせ動きを止めさせた。
「ミル殿、とどめ!」
ミルウーダは遠心力をつけて力いっぱい剣を薙ぎ、黒チョコボの首を半ばまで切り裂いた。
野生のチョコボの鍛えられた筋肉を切断しきれなかったのは恥ではないが、
貴族の手前情けない姿を見せてしまったのではと嫌な気分になってしまった。
「岸にいるみんなが心配だ、護身用に剣だけでも届けてやらねば……ミル殿、手伝ってくれ」
「……ええ」
二人が手分けして剣を回収していると、突如天井が破れ隕石が控え室の中心に落ちた。
新たな侵入口から赤チョコボが2匹飛び込んでくる。
威力の高いチョコボールとチョコメテオの両方を使う赤チョコボは、
ある意味ドラゴンやベヒーモス以上にやっかいな相手だ。
「キャアッ!」
チョコボに注意を向けた直後、ミルウーダが悲鳴を上げる。
見れば壁の穴からも黄チョコボが一匹、ミルウーダの間近に現れていた。
こいつはチョコケアルを使うため、攻撃力の高い赤チョコボと組まれた時は非常にやっかいだ。
ミルウーダは回収した剣を手放して黄チョコボから距離を取ろうとする。
アグリアスはチョコケアルを使う黄チョコボを先に倒さねばと考えるが、赤チョコボがそれを阻む。
(どうする……どう戦う……)
早くミルウーダの援護もせねばならない。
焦るアグリアスの視界が、白光に包まれた。
「なっ……」
白光は窓から射し込んでいるが陽光ではない。白光は赤チョコボ2匹を吹き飛ばした。




アグリアスは窓の方を見て、パッと表情を輝かせた。
まさかここでこの男が来てくれるとは!
「マッシュ殿!」
「……無事か? アグリアス
マッシュは壊れた窓から控え室に飛び込み、黄チョコボにも両手を向けて白光を放った。
「オォーラキャノォーン!!」
チョコボを治療するため駆け寄ろうとしていた黄チョコボは、真正面から気の力を浴びて絶命した。
「なっ……何という威力の波動撃だ」
「オーラキャノンだ」
「先の攻撃も、一撃で赤チョコボ2匹を戦闘不能に。波動撃は単体攻撃だというのに」
「だから……これはオーラキャノンつって……」
マッシュが眉をしかめていると、今度は壁の穴からナイフが飛来してきた。
身体を緊張させる3者だが、ナイフが倒れたままの赤チョコボに突き刺さるのを見て安堵する。
「中途半端はよくない……そこの筋肉ダルマに向かってチョコボールを放とうとしてたぜ」
壁の穴から入ってきたのは、第2レースをトップでゴールし、総合順位2位のファリスだった。
「よう、そこの3人。ちょっと手伝ってくれないか? どうやらこの騒ぎの黒幕は運営委員会本部にいるらしいぜ」
「しかし、私は主君の無事を確認しに行かねば……」
「あんたが助けた選手達の所に、こんな物が射ち込まれてたぜ」
言いながら、ファリスは矢とクシャクシャの紙切れをアグリアスに渡した。
「その矢は兄貴のオートボウガンの……矢文か?」
「何? エドガー殿からの伝言……」
恐らく女性選手のデータをまとめていた手帳の切れ端を、矢に結んで来賓席から飛ばしたのだろう。
アグリアスは期待と不安に鼓動を早まらせた。
アグリアスへ。お嬢様はラヴィアンと無事避難、アリシアは負傷し私が保護している。安心せよ』
アグリアスは安堵の笑みの後、力強い騎士の表情に変えた。
これならひとまずは安心だ。ならば今は、騎士として──。
「このような悪逆、人の意思によるものならば許す訳にはいかぬ。手伝おう」


アグリアスは剣を川辺にいる騎士に届ける役目をミルウーダに任せると、
水着の上から服を着てマントを羽織り、マッシュとファリスと共に外のチョコボの群れに挑んで行った。





矢文を書き終えた時、アグリアスの濡れた後ろ髪が控え室に向かっている事に気づいたエドガーは、
自分の行為が無駄になるのではと唇を噛んだが、まだ何人かの選手が川岸にいたため、
彼女らが矢文を届けてくれるだろうと思いオートボウガンの引き金を引いた。
本来数本の矢を連続して放つ機械は、1本だけ装填された矢を対岸へと放った。
矢に気づいた選手達は最初は慌てたものの、手紙に気づくと控え室の方を見て、
その控え室がチョコボの襲撃を受けている事と、チョコボが2匹こちらへ向かっている事にも気づき悲鳴を上げた。
エドガーがオートボウガンに再装填して構えるまでの短い時間の間に、紫の風がチョコボを紅く染めた。
紫髪の美女ファリスは刀を手にしており、選手達はファリスが控え室の様子も見に行こうとしていたため矢文を渡す。


ファリスは手紙を一読しているわずかな間に白光が控え室を襲う。
見ればマッシュがオーラキャノンを放っていた、恐らくアグリアスを救うためのものだろう。
矢と手紙を持ってファリスは控え室へと走る。
それから少しして、ファリスはアグリアスと──なぜかマッシュも連れて、
大会運営委員会の小屋の方へと駆けて行った。


エドガーは、もうこれ以上この場に留まって出来る事はないと判断し、
負傷したままのアリシアに再び肩を貸して来賓席から避難しようとするのだった。





「しんくうは!」
マッシュの放った疾風の刃が、こちらに向かってきていたチョコボの群れを牽制した。
「不動無明剣!」
アグリアスの追撃で、最前列にいたチョコボを聖氷の檻で捕縛する。
「いあいぬき!」
ファリスが猛攻を受けてうろたえている魔物の群れに素早く飛び込み、次々に一刀両断していく。
今日出会ったばかりの3者は、初めての共闘でありながら優れた技術により見事なコンビネーションを決めた。
敵陣のど真ん中にいるファリスをチョコボが取り囲むが、ファリスは刀の二刀流で舞うようにチョコボを切り刻み、
ファリスの背後を取ったチョコボアグリアスの不動無明剣で動きを止めさせられた。
さらに上空からファリスめがけて落下してきたチョコメテオを、マッシュのオーラキャノンがぶち壊す。


アグリアスは戦いながら、マッシュとファリスの強さが自分とは異なる質のものだと知った。


マッシュは鍛え抜かれた筋力を、優れた技術によって100%生かして戦っている。
しんくうはやオーラキャノンといった遠距離攻撃だけではなく、
ばくれつけんメテオストライクといった近距離で圧倒的破壊力を誇る必殺技を持ち、
素手でありながら3人の中でもっとも攻撃力に勝る男だ。
チョコボ2匹に迫られると、マッシュはオーラキャノンを2匹の間に放ち左右に吹き飛ばすと、
チョコボがまだ倒れていないにも関わらず2匹の間を突き抜け、
その奥にいたチョコボを引っ掴んで天空に飛び上がり、勢いをつけて地面に黄チョコボの首を叩き込む。
やっかいなチョコケアルを使う黄チョコボを倒す時に重要なのは、いかに早く息の根を止めるかだ。
戦闘に支障がある程度の傷を負わせても、驚異的な治癒力で回復されてしまうため、いたちごっこになる。
だからこそ一番攻撃力に優れる自分が、回復の暇を与えず黄チョコボを撃破すべくだとマッシュは自覚していた。
必殺技を使う余裕が無い時も無理に回避しようとしたりせず、
凄まじい筋力による通常攻撃でチョコボの突進を止め、
正拳、裏拳、アッパー、肘打ち、回し蹴り、かかと落とし、水面蹴り、四肢を自在に使いこなして敵を叩き潰す。




そしてファリスは力こそアグリアスと同程度だろうが、単純な剣の技量はアグリアスに劣った。
我流なのだろうか、勇ましく荒々しい動きは攻撃に特化しており、防御面では不安がある。
そんなハンデをものともしない理由が、臨機応変に敵を翻弄し的確な攻撃を加える点にあった。
近くのチョコボを二刀流で苛烈に斬り伏せながらも、常に戦場全体を把握する目を持ち、
敵がどう動くか、味方がどうサポートするかも見抜いているようだった。
刀で胴体を半ばまで斬った黒チョコボは絶命しなかったが、
横から赤チョコボが迫っていたため無理にトドメを刺そうとせず、
ファリスはすぐさま距離を取って回避して手裏剣を投げて牽制する。
チョコボの足に手裏剣が刺さって動きが遅くなった刹那、
倒れたままチョコボールを放とうとしていた黒チョコボにも手裏剣を投げてトドメを刺す。
危地に身を投じながらも、本当に危なくなる前に後ろへ下がり、
無理にトドメを刺そうとせず、だがトドメを刺せる時には着実にトドメを刺す手際のよさ。
近くのチョコボが片づいて一息入れられるような暇があれば、
刀を構えてタイミングを見計らい、マッシュやアグリアスに気を取られているチョコボの群れに飛び込んで、
いあいぬきで一気に無数のチョコボを斬殺する。


教科書通りの剣術を勤勉にこなしてきたアグリアスにとって、
実戦の荒波で鍛え抜いただろう戦い振りは非常に参考になるのもだった。




しかしアグリアスとて負けてはいない。
速射性に優れ範囲攻撃であり、尚且つ敵の動きを止める効果の持つ不動無明剣を最大限に使いこなす。
マッシュとファリスが瀕死まで追い込んだモンスターに、次々とトドメの一撃を叩き込む。
また、特に興奮して暴れている危険なチョコボがいれば聖なる氷檻に閉じ込めてやるので、
マッシュやファリスは安全にそのチョコボに攻撃を仕掛ける事が出来た。
練度の高い正統派剣術で接近戦もこなしたが、
応戦している間にたいていマッシュやファリスが横からトドメをさらった。
少々地味な役回りになってしまったアグリアスだが、縁の下の力持ちとして無くてはならない存在だ。


もしかしたらこの時すでに、
あるパーティーに入って主戦力として大活躍するも後から入ってきた超強いお爺さんに出番を取られ、
お爺さんがトドメを刺し損ねた奴をちまちま仕留めるような未来が決まっていたのかもしれない。
──が、どんな未来が待ってるかはまだ誰も知らないんだからそうなるとは限らないよね!(多分)


大会運営委員会本部の小屋の前には赤チョコボが5匹、黄チョコボが2匹も待機していた。
外を見張るよう命令でもされていたのか統制が取れている、一筋縄ではいくまいとアグリアス達は感じた。
「いっくぜぇ! しんくうはぁー!」
早速マッシュが烈風を放つと、チョコボは左右に分かれてそれを避けた。
今までのチョコボとは違う、明らかにレベルが高いようだ。



左に避けた赤チョコボ3匹と黄チョコボ2匹が突っ込んで来る。
ファリスがいあいぬきで一網打尽にしようと前に出た刹那、その眼前にチョコメテオが落ちた。
「なっ!?」
ファリスの攻撃を予期して放たねばありえない攻撃。
無理に地面を蹴って左に避けたファリスを、狙いすましたように赤チョコボチョコボールが追撃。
さすがにこれは避けきれず、ファリスはチョコボールの直撃を受け吹き飛んだ。
「マッシュ殿ッ、チャクラを!」
「俺のチャクラはステータス異常しか治せねぇっ!」
「それは気孔術ではないのか!?」
「俺の大陸のチャクラはそうなんだよ!」
話し合いながらもアグリアスとマッシュは果敢にチョコボと戦った。
まず黄チョコボを潰そうと、マッシュがオーラキャノンを放つ。
チョコボ1匹の身体をかすめ、黄チョコボの肩羽をえぐる。
その間に突っ込んできた赤チョコボ2匹をアグリアスの不動無明剣が止めた。
直後、最初に右へ回避した赤チョコボ2匹がそれぞれチョコメテオとチョコボールを放つ。
2人は後ろに飛んで避けるのが精一杯で、マッシュは倒れているファリスの横に着地した。
その間に黄チョコボが、チョコケアルで赤チョコボ3匹を回復する。
内2匹は氷漬けのままだが、もう1匹はオーラキャノンがかすった怒りに突撃してきた。
ばくれつけん!」
チョコボの巨体を拳の弾幕で防ぎ、即座にアグリアスが横に回って剣を首へと突き刺す。
さすがに絶命した生物まではチョコケアルで回復出来ない。
「クエッ!」「クエェー!」
右に回った赤チョコボ2匹が、マッシュの真似をするようにチョコボール弾幕を張って肉薄する。
しかも悪い事に、ファリスを巻き込みかねない角度でだ。
オーラキャノンの威力なら迎撃できるが、気を溜める時間が決定的に足りない。
不動無明剣の氷壁など簡単に貫くだろう、攻撃には便利な技だが防御に使える類いの技ではない。


避けるしかない、ファリスの身を危険にさらしてでも。
2人ともそう判断した、それが実に的確な判断であると分かっていた。



アグリアスは、未だ倒れたままのファリスの前に立って剣を構えた。
剣が折れてしまうだろう、6つの弾の内たった一発しか迎撃出来ないだろう、
残る弾は自分自身を盾せねばならぬだろう。ファリスを守るために。
初対面のファリスにそこまでしてやる義理は無い。
が、アグリアスの優しい性根が意思に反発し突発的に飛び出してしまった。
迫るチョコボールの前に大きな背中が割り込む。
「マッ──!?」
「ば く れ つ け ん!!」
鈍く重い音が大気を揺らす。
チョコボールの破片がマッシュの前に飛び散った。
しかし仰向けに倒れたマッシュの腹部にチョコボールが一発だけめり込んでいた。
さらに両の拳の皮はずり剥け、赤く染められている。骨に異常があるかもしれなかった。
「ぐっ……」
「うおおぉぉぉっ!!」
吼えるしかなかった。
今日会ったばかりの自分のために身を投げ出したマッシュをやられた怒りを咆哮という形で放出する。
自分自身が、今日初めて会ったばかりのファリスのため身を投げ出した事など気にも留めず。
「不動無明剣ッ!!」
迫る赤チョコボ2匹も氷壁に封じ込め、直接トドメを刺すべくアグリアスはマッシュの身体を飛び越えて迫った。
しかし横で、さっき止めた赤チョコボの1匹が氷を破って突っ込んで来る。
がむしゃらに、けれど長年積んだ修練によりそれなりの型を守って、アグリアスは剣を横薙ぎにした。
チョコボ突進の勢いとタイミングが偶然にも合い、刀身は赤チョコボの首へ深く斬り込まれた。
だがアグリアスの筋力では両断には至らず、赤チョコボの首に剣が刺さったままになる。
引き抜こうとする間に左の黄チョコボが再び羽をはばたかせる。
チョコケアルでもう1匹の赤チョコボを回復し戦わせようと考えたのだろう。
その考えを読んでいた人間がいた。
ファリスは軋む身体を気合で捻じ伏せ、黄チョコボに飛び掛った。
チョコボは驚きながらも、チョコケアルを止められずにあり、敵ファリスをも回復してしまった。
「おらぁっ!」
男のように叫んだファリスは、刀を黄チョコボの首に突き刺し、捻って傷口を広げる。




自らの血液に溺れた黄チョコボは、窒息と激しい痛みに目を剥いて倒れた。
直後、赤チョコボが呪縛から解き放たれ、氷の欠片を撒き散らしながらファリスに迫る。
アグリアスはまだ剣を引き抜いている最中だった。
ファリスはよろけてながらも刀を向け、マッシュは倒れたまま手を伸ばし赤チョコボの足を掴んだ。
「クェッ!?」
凄まじい握力に驚いた赤チョコボはその場に立ち止まり、掴まれたままの足でマッシュを蹴る。
尖った爪先はマッシュの脇腹の下に入り、それを不幸中の幸いというのだろう、
突き刺さらずすくい上げるように蹴飛ばされるだけですんだ。
その隙に、ファリスは渾身の力でいあいぬきをした。赤チョコボの首が刎ねられる。
直後、力を使い果たしたようにファリスは倒れた。
最初に左側へ避けたチョコボは全滅。
残るは右側に避け、今は不動無明剣に封じられた赤チョコボ2匹と、無傷の若い黄チョコボ1匹。
チョコボはさっそく赤チョコボ2匹の側に立ち、チョコケアルをしていた。
それを口惜しげに見ながらアグリアスはようやく剣を抜き、しつこく不動無明剣を放つ。
驚いた黄チョコボは情けなく尻餅をつきわずかに後ろに下がったため効果範囲から逃れた。
どうやらこの黄チョコボはまだ若いらしく、他のチョコボに比べレベルが低いように思われた。
好機と見るアグリアスだが、チョコケアルを受けた影響か二度目の不動無明剣をものともせず赤チョコボが氷を破る。
「ふっ、不動無明剣!」
チョコボが最初のように左右に分かれたため、1匹にしか技をかけられなかった。
しかもその赤チョコボは動きを止める事なく、傷つきながらも突っ込んでくる。
そもそも、2度も連続で赤チョコボ2匹両方の動きを止められた事自体が幸運だったのだ。
3度も幸運が続くほど、天運はアグリアスを向いてはいなかった。


「ふ、不動──」
ならば4度! アグリアスは聖剣技を放とうとしたが、呼吸が続かず上手くいかない。
不発だとアグリアスは悟り、咄嗟に剣を盾に赤チョコボのクチバシを受けた。
圧倒的な体重と速度に、アグリアスは剣を弾き飛ばされながらその場に押し倒される。
チョコボの足がアグリアスの胸を踏みつけた。




「ガハッ!」
圧迫された肺から酸素が全部吐き出される。鎧を着ていればここまではならなかったろう。
踏まれた拍子にチョコボの爪がアグリアスの右肩を裂いており、服が赤く染まった。
さらにもう1匹の赤チョコボがいたぶるような目でアグリアスを見ると、
鋭いクチバシをアグリアスの眼球目掛けて振り下ろし、
「乱命割殺打!」
巨大な剣の気によって上空へと吹き飛ばされた。
アグリアスに圧し掛かっていたチョコボは新たな敵に驚き、睨み据える。
アグリアスも見た。
ブラウンの髪をした精悍な顔立ちの男が剣を握っている。
傭兵だろうか? 服装は至って普通、いや、どこかで見たような気がした。
「ウィー……だっけ」
呻くような声でマッシュが名を呼んだ。
そしてアグリアスは思い出す。
ウィーとはマッシュと同じ回のレースに出場した男で、現在の総合順位が3位という強豪にして、
骸旅団リーダーであるウィーグラフ・フォルズの偽名だ。
「お前は確か1位のマッシュ……? ここまで続いていたチョコボの死体はお前達の仕業か」
「へ、へへ……まぁ、な……」
「後は任せろ」
ウィーグラフは不適に微笑み、剣をアグリアスの上にいるチョコボに向かって大きく払う。
アグリアスなどとは比べ物にならない剣速に怯んだ赤チョコボは、アグリアスの上からジャンプして逃げた。
圧倒的跳躍力で距離を取ろうとした赤チョコボを見据え、ウィーグラフはその着地点を見極める。
「あそこか……死兆の星の七つの影の経路を断つ!」
剣を振りかぶり、赤チョコボが降りるだろう箇所目掛けて力いっぱい振り下ろした。
「北斗骨砕打!」
紅い尖塔が赤チョコボの落下する勢いを利用して、一発で急所を突き破った。
何と鮮やかな手際か──アグリアスは自分より優れた聖剣技の使い手に感動を覚えた。





残るは若い黄チョコボ1匹。
尻餅をついたまま、足をばたつかせて必死に立ち上がろうとしている姿が実に滑稽だった。
ウィーグラフはその黄チョコボに剣を持って近づき、のど元に切っ先を突きつけ──。
「く、くぇえ……」
「…………」
剣を引いた。
「……そこにいる奴、出て来い! チョコボを操り、祭りを楽しむ民衆を蹂躙した罪、赦す訳にはゆかん!」
「ふふ……甘い男だ。あいつを思い出す……!」
運営委員会の小屋から、返事とともに赤チョコボが──いや、赤チョコボに乗った男が現れる。
竜騎士の鎧に身を包み妖しく光る双眸をウィーグラフに向けている。
「貴様……第1レースのカインという男か」
「ご名答。我が主ゴルベーザ様の命により、貴様ら愚かな人間共を粛清する!!」
ゴルベーザ……黒幕の名か。そいつもまとめて成敗してやろう」


ウィーグラフは剣をカインに向けた。
カインは不適に微笑み槍を構えた。


マッシュとファリスは倒れたまま成り行きを見守る。
アグリアスは──震える手に力を込め、土を握り、何とか半身を起こす。
このまま倒れているなど騎士のプライドが許さぬ。
そしてそれに応えるだけの体力が、まだアグリアスにはあった。





標高6千ドーマのゼアラ山脈より流れ込む水は、夏でも氷点下まで下がることがあるまで言われており、
真冬の今、フィナス河に入るのは自殺行為と言えよう。
だからこそ寒中水泳大会を開き、心身の強さを競い合おうとしたのだ。
しかし、それを嘲笑うかのようにそれはそこにいた。
人間とは何と弱き者か。
他者の住処を侵さず各々のあるべき場所で、バランスの取れた生き死にを連綿と積み重ねる調和の取れた世界。
そこに土足で蹂躙し血肉で汚し、同属同士で調和を破壊する争いを繰り返す愚かな人間……。
屈する訳にはゆかぬ、暴虐には暴虐で応えよう。


「貴様、なぜこのような騒ぎを起こす! モンスターをけしかけ無差別に人々を襲うなど、騎士の恥さらしめ!」
「ハッハッハッ、無差別だと? それは違う、我々の目的はこの会場にいる人間全員だ!
 この馬鹿げた祭りをする腐れネズミに何をしようと構わんだろう?」
「貴様も参加選手だろうに! ゴルベーザなどと如何わしい者と結託するとは、バロン男爵への忠義はどうしたぁーッ!」
言い合いながら、ウィーグラフは決して足を止める事なく動き回り、
チョコボの放つチョコボールから逃れていた。
カインは赤チョコボを巧みに操り攻撃を放ちながらも接近を試みている。
槍が届く距離なら、聖剣技発動より槍の方が早い。
かといってウィーグラフに接近され剣の間合いに入るのも御免のようで、動きは慎重だ。
「バロン男爵などもう知らん。下らん民衆を守るのももうやめだ……。
 弱肉強食、それぞ古来より続くこの世の掟! なぜ強者たる我らが弱者のため身を張らねばならん!?
 弱い奴のために苦労するなどもう真っ平だ! 弱い奴は黙って死ね! 俺は強者として生きる!
 そして誰よりも強いお方がゴルベーザ様なのだ! ゴルベーザ様の理想の力に貴様も敗れろー!」
「貴様のような腐った騎士や貴族がいるから、この国はッ!!
 貴様が理想を力で押し通そうとするなら、私も私の理想を力で貫かせてもらう、貴様を倒す事によって!」
「面白い、やってみろ!」


ウィーグラフの高潔な思惟の光が剣に宿り、聖なる気を集中させた。
「鬼神の居りて乱るる心、されば人かくも小さな者なり! 乱命割殺打!」



騎士の精神を具現化したような巨剣のオーラが、カインの赤チョコボを襲おうとする。
「はっ!」
カインは巧みに赤チョコボを操り乱命割殺打を回避して、
ウィーグラフの横を通り抜けながらスピアを繰り出し肩当てをかすめる。
衝撃に肩を痺れさせながら、ウィーグラフは身体を回転させて向き直り、届かぬ刃を振るった。
「命脈は無常にして惜しむるべからず……葬る! 不動無明剣!」
氷岩が降り注ぐ中をカインは突っ切り射程外へ逃げると、ニタリと笑って赤チョコボを旋回させようとする。
そのタイミングを見計らいウィーグラフは左手を突き出した。
「渦巻く怒りが熱くする! これが咆哮の臨界! 波動撃!」
強烈な気が唸り、聖山を砕いて氷弾とした。
回避不能な細かく無数の弾丸を前に、カインは咄嗟に剥き出しの顔を手で覆った。
散弾は小さく威力に欠け、カインの鎧に次々と弾かれてしまう。
チョコボも羽毛が氷弾を受け止め、せいぜいいくつかの氷刃が浅く刺さっただけだ。
だが隙を作るには十分。
気を溜め直し聖剣技や波動撃を撃つよりも、接近して刃を振るった方が早いと判断したウィーグラフは、
力強く地を蹴ってカインに肉薄し剣を突き出す。
視界を閉ざされていたカインは、ウィーグラフの殺気を感じたため咄嗟に足でチョコボの脇腹を蹴った。
チョコボは城壁すら跳び越える脚力で力いっぱい天空へと飛翔する。
ウィーグラフの剣は空を切った。
だがこれなら着地点を狙えばいいと、ウィーグラフは目標を見上げながら聖剣技の準備に入る。
チョコボは太陽の中に消えた。いかにウィーグラフといえど太陽を直視は出来ない。
立ち居地を変えれば角度も変わりカインを目測出来ようと、ウィーグラフは横に飛んだ。
ゴオッ、と風の切る音が聞こえ、ぼんやりと見える太陽の中の影が大きくなった気がし、
カインの企みに気づいたウィーグラフはさらに地を蹴って移動する。
太陽の中から落下してきたチョコメテオは、さっきまでウィーグラフが立っていた場所をえぐった。
そして太陽の中から赤チョコボの姿がズレ、その赤い身体がハッキリと瞳に映る。


「死兆の星の七つの影の経路を断つ! 北斗骨砕打!」




紅の尖鋭が紅の身体に向かって屹立する。
チョコボはどうする事もできず心臓を串刺しにされ紅い鮮血で羽毛の色を濃くした。
だが騎乗していたはずのカインの姿が無い事にウィーグラフは気づき、直後、
天空から猛スピードで竜を模倣した鎧が槍を構えて迫る。
空中で赤チョコボの背中からさらにジャンプをしたその威力は凄まじく、
剣で攻撃を受け止めたウィーグラフは背中から地面に倒れ、肺から酸素を搾り出されてしまう。
「ガハッ!」
「クククッ……お前の負けだ!」
カインが槍をウィーグラフののど元に向けた瞬間、横からの衝撃によろけた。
裂けた右肩を左手で押さえながら、アグリアスが体当たりをしたのだ。
「ぬぅっ!?」
よろけたカインに向かってアグリアスは剣を振るが、カインは体当たりを食らった勢いをそのままにアグリアスから離れ、
槍の間合いで立ち止まり強い殺気を放つ。
「邪魔をするな……女ッ!」
「命脈は無常にして……」
「させるかァー!」
この距離なら槍の方が早い。カインはアグリアス目掛けて槍を突き出したが、
それを予期していたアグリアスは身体を捻って避けると同時に前進、カイン目掛けて剣を払った。
聖剣技ではない、直接剣でカインの鎧を叩く。
さらに手首を捻って、柄でカインの顔面を突き上げた。
鼻っ柱を強打されカインの意識が白む。
さらに腹部を蹴り飛ばされカインは後退し、鋭い眼差しでアグリアスを睨み、剣を構えているのを見て青ざめた。
「命脈は無常にして惜しむるべからず……葬る!」
「しまっ……」
「不動無明剣!」
一瞬にしてカインの身は氷結され、体力を一気に失った。
氷が砕けると息を荒くし、槍を上段から振り下ろす。
一歩下がって避けるアグリアスだが、槍は地面とほぼ水平の高さで止められ、そのまま強烈な突進をされる。
咄嗟に剣で払い軌道をそらしたものの、カインの接近を許してしまい、傷めている右肩を小手で殴られてしまった。




「ぐあっ……!」
思わず剣を落としてしまうアグリアス
さらにカインは傷ついている右肩を掴み、力いっぱい下に引っ張り地面に這いつくばらせる。
その時ビリリッとアグリアスの服が破けた。もともとチョコボの爪で裂かれた時に、
服も水着も半分以上破れていたためだ。
倒れたアグリアスの横に回ったカインは、苛立たしげに脇腹に爪先を入れ蹴り起こす。
「よくも邪魔をしてくれたな!」
脅すようにカインはアグリアスの顔の横に槍を突き立てようとしたが、
負傷のせいで手元が狂い、アグリアスの左肩を小さく裂いた。
止め具が壊されたマントがアグリアスから外れてしまい、さらに服もわずかながら穴が開き白い肩が露出する。
「ククッ、相手が女だからといって容赦はせんぞ……」
「殺したければ殺せ!」
「いい度胸だ!」
振り上げたカインの槍に波動撃が炸裂する。先端に衝撃を受けたため思い切り弾かれてしまった、
手放さなかったのは幸運だろう。カインは唸りながら攻撃の主を睨んだ。
「うおおっ!」
ウィーグラフの袈裟斬りを後ろっ跳びにかわしたカインだが、ウィーグラフは立ち止まらず続けて剣を振る。
「うっ、ぬうっ!」
後ずさりしながらカインは剣を避け、時に槍や小手で弾き、追い込まれていった。
轟々と流れる河の音が背中に迫る。
カインは焦る、相手の方が地力は上だ、このままではやられてしまう。鎧の中で冷たい汗が噴き出た。
さらにウィーグラフの向こうでアグリアスが立ち上がる姿まで見える。
形勢はあまりにも悪い。
あと一歩も下がれば河に落ちるだろう位置まで追い詰められたカインは、何とか逃げようと咄嗟にジャンプをした。
だが着地を狙える技量を持つウィーグラフの前では自殺行為だ。
ウィーグラフは着地点を見極めるべく、飛翔したカインを追うように見上げ、突如、顔を漆黒で包まれる。
「これはっ!?」
顔を押さえて後ずさろうとしたウィーグラフの足を何かが掴み、急流へと引きずり落とした。




「おおっ! ゴルベーザ様!!」
「何ッ!? ゴル……うわぁっ!」
早瀬に呑み込まれたウィーグラフは、レースで3位の実力でありながら消耗した体力と水を吸った服のせいで、
いともたやすく溺れてしまった。
「ウィー殿!」
助太刀しようとしていたアグリアスが叫び、その横を、黄色い風が吹き抜けた。
「何っ!?」
上空からカインはすべてを見ていた。ウィーグラフに見逃され尻餅をついたままだった黄チョコボが、
河に向かって失踪し、飛び込んだのだ。
「まさかあの男に恩返しをしようとでも!? おのれ!」
カインが着地した頃にはもう、ウィーグラフもチョコボも見えなくなっていた。
代わりに──河から何かが上がってきた。
ゴルベーザ様、先ほどは危ういところをありがとうございました」
ひざまずくカインを一瞥した後、アグリアスは河から上がったそれの姿を見た。
「きっ……貴様がゴルベーザか!?」
同様に、さっきから倒れたまま事の成り行きを見守っていたマッシュとファリスもそれの姿を見た。
「こいつが今回の事件の黒幕だと……?」
「馬鹿な……こいつがか?」
アグリアス、マッシュ、ファリスの3人は、呆然とそれを見た。


ぬるぬるした顔にヒゲのように伸びた触手っぽいもの、手は普通に触手だったりして、どっからどう見てもこれは。
『マインドフレイアー!?』
顎が外れるほどの勢いで3人は叫んだ。
それに対しカインは、
「無礼な! この方こそ地上最強の暗黒の力を持つゴルベ……うっ、頭が痛い……ハッ! 俺はいったい何を」
『マインドブラスト』
「ぐはっ! ……ふふふ、俺はゴルベーザ様にお仕えする竜騎士カイン! 愚かな人間を粛清してやる」
『脳みそが変色したー!?』
息ピッタリにツッコミを入れる3人。
『マイ、マイフレ〜イア。インドイーンマイフーレフレ』
(どうも、マインドフレイアのゴンザレスいいます。住処荒らされて頭キたんでいてこましたろー思うてなぁ)
ゴルベーザじゃなくゴンザレスだったが、残念な事に魔獣語が分かる人がいなかったのでツッコミは無かった。




「わはははは! ゴルベーザ様の高貴なお姿に恐れおののくがいい!!」
マイマイマイマイ、フレフレフレフレ。
 マインードフレフレマイフレイア。マ、フレイーアフレ……マイ?』
(洗脳したんわいいけど、何やハッチャケすぎとるなぁ。
 ゴルベーザやのうてゴンザレスやっつーの。ゴ、しか合っとらんやないか……おや?)
マインドフレイアのゴンザレスは、アグリアスに視線を向けた。
『マイン!? マイマイフレフレイーイア!』
(うおおうっ!? わい好みのべっぴんさん発見や〜!)
アグリアスに悪寒が走った。
「むうっ! ゴルベーザ様が殺気立っておられる。そうか、あの女を殺せというのですね? お任せあれ!」
カインはゴンザレスの興奮を勘違いし、アグリアスに槍を向ける。
『マ、マインド! マーフレイアッ!』
(ちょ、何すんのや! やめんかボケッ!)
「ゴルベーサ様!? ぐあわぁぁぁっ!」
怒ったゴンザレスはカインを触手で締め上げ、さらに地面にドカドカ殴りつけた。
何度も頭から落とされたカインは気を失い倒れる。
そしてアグリアスにゴンザレスの魔の手が迫った。
『マーインドフレフレ』
(よーしさっそく脱がせちゃうぞぉ)
「くっ……もう戦えるほど体力が、ここで死ぬのか……」
後ずさるアグリアスに触手が伸び、服の上から身体中を撫で回した。
「キャアッ!? なっ、何だ!? やめ……ヒャアン!」
ゴンザレスの触手がアグリアスの服を湿らせると、ピッタリと肌に張りついて布越しに身体のラインがあらわになる。
それがまた裸体とは異なるエロチズムに満ち溢れていた。
濡れて張りついた衣類の股間から横に向けてスクール水着のラインがバッチリ見えてしまう。
さらに太ももにもズボンがピッタリとくっつき、余った布がしわを作った。
「こ、こんな……うぅっ、いっそ殺して……」
半泣きになってしまうアグリアス
マッシュはとても見ていられぬと顔をそむけ、ファリスは怒りに立ち上がろうとしたが身体が言う事を聞かなかった。




『マイィン。マーイフレイアマイマイフーレ』
(可愛いなぁ。それじゃそろそろこの邪魔くさい布を取っ払うとしよか)
ゴンザレスの吸盤がアグリアスの鎖骨に張りつき、ヌルヌルとした感触とともに奥へと侵入し出す。
「うぁあ……気持ち、悪い……やめ……アッ!」
腕の方から入った触手がアグリアスの脇を舐めるように撫でた。
くすぐったさと気色悪さにアグリアスは鳥肌を立てる。
その反応が面白かったのか、ゴンザレスはいたぶるようにアグリアスの脇くすぐった。
触手の先端で、触手の吸盤で、触手のツルツルした表面で、執拗になぶる。
「だ、駄目……あうっ、ウンッ! くすぐっ……たっ、あアッ! ヒャッ、ヒャウ。やめ……アハッ、アァァンッ!」
『マイフレ! マイ、マイフレ!!』
(ブラボー! おお、ブラボー!!)
狂喜乱舞するゴンザレスの触手に力が入る。
「ぐぅっ……!」
そのせいで身体が絞められ、アグリアスは苦悶し涙をこぼした。
直後、触手から力が抜ける。
『マインッ!?』
悲鳴を上げて触手を解くゴンザレス。よろよろと後ずさり、腹を押さえた。
アグリアスは地面に四つん這いになって咳き込みながら、涙でかすんだ視界の中に金髪の少年を発見する。
少年──ラムザアグリアスの剣を持っていた。
「たあっ!」
『マッ!』
ラムザの振るった剣がゴンザレスの身体を袈裟斬りにする。
内臓までは達していないものの、鋭い一撃を受け痛みに苦しむゴンザレス。
「このっ……いくらモンスターだからって、女性に何て事を!」
『マ……フレ……』
剣の心得があるラムザは、基本に忠実な剣技を繰り出す。
力強く踏み込み、体重を乗せて剣を真っ直ぐ縦に振り下ろした。ゴンザレスの触手が2本、地に落ちる。
続いて下から斜め上に斬り上げゴンザレスをさらに後退させると、腰を落として力を溜めた。




優勢になったラムザは、渾身の力を込めて剣を横に振った。
しかし半円を描く銀光の下をゴンザレスがくぐり抜け、触手でラムザを捕縛しようとする。
危険を承知でラムザは剣を手放し、ゴンザレスに向かって体当たりをした。
体重で負けるラムザは、ゴンザレスの巨躯に弾き返され尻餅を着く。
直後、その顔面に真っ黒い墨が吹きかけられた。金の髪が黒く染められる。
「うあっ」
続いて触手が一本、ラムザの首に絡まりぎゅうぎゅうと締めつける。
本来ならラムザの細い首程度ならへし折れる強力を誇るマインドフレイアの触手だが、
刀傷により弱った今、時間をかけて窒息させる程度の力しか出せなかった。
「ぐっ、ぐぐ……」
『マイフレフレイア!』
(何してけつかんねん小僧!)
首を締めつけられるというのは、ただ息を止め続けるのとはまったく異質の苦しみだとラムザは知った。
黒い墨の下で顔が真っ赤に染まる。
首と触手の間に指を突っ込もうとするも、滑って上手くいかずのどを掻くようにもがき、
子供のように足をばたつかせていた。着実に死の階段を登ってしまっている。
「ぐゥ、ゲェッ……」
端整なラムザの唇から、蛙のような潰れた声が漏れる。
それが聞こえたのだろうか、もしくはラムザの苦しむ姿をそれ以上見ていられなかったのか、
弾かれたように少女は飛び出した。
「やめてぇっ!」
ティータの声だと、薄れ行く意識の中でもラムザは聞き取った。
ティータは半泣きになりながらラムザに駆け寄り、首に巻かれた触手を掴んだ。
しかし非力なただの少女がどうこう出来るはずがなく、結局は新たな獲物でしかない。




『マーッイッイッイア』
(可愛らしいお嬢さんが自らお出でになった)
嗜虐の笑みを浮かべるゴンザレス。
「イィ……ゲッ……ェエ」
逃、げ、て。その一言さえ言えないラムザ
「放してっ! やめてください……こんな酷い事、イヤッ……!」
健気に、必死に、ただただラムザを助けたいと願うティータ。
「鬼神の居りて乱るる心、されば人かくも小さな者なり!」
ラムザが手放した剣──元々自分の物だった剣を拾ってゴンザレスの隙を狙ったアグリアス
まだヌルヌルした感触が身体に張りついているが、気色悪さを闘志と使命感で捻じ伏せる。
あのマインドフレイアを倒す。
あの恩人である少年を助ける。
ゴンザレスがアグリアスの動きに気づいた時すでに! アグリアスは刃を振るっていた。


「乱命割殺打ッ!!」


轟音が空気を裂き、騎士の魂たる巨剣を模ったオーラが太陽に向かって高く屹立する。
その圧倒的パワーをまともに食らってしまったゴンザレスの身体は上空に吹っ飛ばされる。
『マイイィィィンッ!?』
太陽の中へ消えたゴンザレスは、数秒経ってからフィナス河の急流へと落下し水柱を立てた。
「やった……か?」
マインドフレイアが浮かんでこないのを見て、アグリアスはホッと息をついた。
それから、触手から解放されながらもまだ咳き込んでいるラムザへとアグリアスは歩み寄る。
「少年、大丈夫か?」
「ゲホッ、ゲホ……」
「しっかり……」
ラムザは返事を出来ず、ティータはラムザの背中を優しく撫でていた。
アグリアスは2人が友達か恋人か、もしくは別の何かかと考えたが、それで何かするつもりは無かった。




「どれ、ちょっと首を見せてみろ」
アグリアスラムザの前にしゃがみ込み、首の痣を撫でた。
「ン……大丈夫だな、少し休めばよくなるだろう」
「ど、どう……ゲホ、どうも」
「無理に喋るな」
アグリアスラムザを見てなかなか端整な顔立ちをしていると思いながらも、
黒い墨で汚れているため、だいたいの輪郭しか分からなかった。
とりあえず拭いたほうがいいだろうと思い、アグリアスはポケットからハンカチを取り出す。
「ハンカチを貸そう……それで顔を拭うがいい」
「……あり、がと……」
目を閉じたまま、視界を閉ざされたまま、ラムザは声の方へと手を伸ばした。
手は、アグリアスが取り出したハンカチの横を通ってさらに奥へと進んだ。
ムニュ。
アグリアスの、剥き出しの白い乳房を、ラムザの手が、掴んだ。揉んだと表現してもいいだろう。
「あぐっ!?」
「……ん?」
己の手に何が触れているのか自覚出来ないラムザは、感触を確かめるようにむぎゅっと握った。
ラムザの指の隙間から白い柔肉がはみ出る。
手のひらの中心に当たる粒のようなものは何だろうとラムザは思った。


なぜアグリアスの胸が剥き出しなのかおさらいしてみよう。
その1、メリアドールのミニ強甲破点突きで水着の右肩の紐が切れる。
その2、その上から服を着た。
その3、チョコボに踏まれた拍子に右肩が浅く裂かれ、服の右肩部分も避けた。
その4、カインの槍に左肩を裂かれた。同時に服の左肩部分と、水着の左肩の紐も切れた。
その5、マインドフレイアのゴンザレスの触手に身体を弄ばれた。
その6、ラムザに助けられた時に四つん這いになり、服の前身部分がハラリと腰へ落ちた。
その7、その状態のまま、気づかずラムザの前まで来ちゃいました。





横からその光景を見たティータは、顔を真っ赤に染め、パクパクと口を動かす。
アグリアスは呆然と、けれど驚いた表情で胸を握るラムザの手を見下ろす。
ラムザは、ハンカチはどこだろうと思った。


あらわになっているのはアグリアスの双乳だけでなく、お腹やおへそもだった。
それをティータはバッチリ目撃する、綺麗だなと思う。
ちょっと離れた位置から様子を見ていたマッシュとファリスは、倒れたままの状態でそれを目撃し、
どう声をかけたらいいかと悩んでいた。
ちなみに禁欲を課しているマッシュは、目の前のエロスに心奪われる事なく、平常心のまま途中から視線をそらしている。
もし兄エドガーがこの光景を見たらどうするだろうと一瞬考え、ため息を漏らしたりもしていた。


「あ……あ、あぐ……あぐぐっ……」
「?」
わなわなと震え出すアグリアス。墨で目を塞がれ状況が分からないラムザ
手のひらの中心に触れる粒のような物は何だろうと思って手を引き、
指でそれを摘み取ろうとしてみる。
引っ張っても取れない事から、手と柔らかい何かの間に挟まっていた物ではなく、
その柔らかい物にくっついている物だと悟る。
そして、その柔らかい物の形状が球体である事と、人肌のような感触だと思い出した事と、
その粒がある物といえば何があるかを思い出したラムザは、ようやく、ようやくそれが何なのか気づいた。
「こっ、これはまさか……おっ」
「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
慌ててラムザが手を放した直後、アグリアスの鉄拳がラムザのテンプルに直撃した。







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