氏作。Part20スレより。
王女オヴェリアが誘拐された翌日、貿易都市ドーターにて。
太陽がもっとも高い位置にある時間、ラッドとアリシアは酒場で昼食を取っていた。
少し硬いパンに、簡素なサラダとヤギのミルク。
オヴェリア王女の護衛を勤めているアリシアにとって、お世辞にも豪勢とは言えない料理。
しかしラッドは美味そうに食べていた。
「ガフガリオンと組む前なんか、カビの生えたパン一切れと濁った水だけで一日過ごした事もあったぜ」
「冗談はよして、そんな物を食べたらお腹を壊すに決まってるじゃない」
「だから身体の弱い奴はすぐ死んで、身体の丈夫な奴はしだいに弱っていく。
まっ、オタクら貴族様には分からんだろうけどな。
教会に閉じ込められるのが不幸? 衣食住の苦労が無いって事は民からすりゃ最高の幸せなんだぜ!」
アリシアはハッと顔を上げた。
怒ったように言うラッドの後ろに、いつの間にかアグリアスとラヴィアンの姿があった。
ラッドは意地の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと振り向く。
「遅かったな王家直属の騎士様、てっきりこんな汚い店には入らないかと思っていたよ」
アグリアスの眉が釣り上がるのを見て、アリシアは慌てた。
「た、隊長。言われた通り席を取っておきましたよ。昼時だから予想通り混んでるでしょう?
さあ、早くおかけになってください。ラヴィアンも。ここのパン美味しいですよ」
「わー、本当。ほら隊長、早くご飯にしましょうよぉ。街中歩き回ってもうお腹ペコペコですよ」
アリシアとラヴィアンにうながされ、アグリアスは渋々席に着く。アリシアは大声で二人分の食事を注文した。
アグリアスは眉に谷を作ったまま、呟くように言う。
「装備とアイテムの補給は済んだ。
アラグアイの森にはゴブリンが出るらしいから、各自しっかり準備するように」
「了解」
「ところでアリシア、そんな物を食べているのか?
大事な任務中だ、金ならあるのだからもう少し力のつくものを食べておけ」
部下を気遣っての言葉だったが、平民の貧しさを知らぬその態度にラッドは苛立った。
アリシアから「これがこのお店で一番いい食事なんです」と聞かされたアグリアスは驚き、
失言を控えようと口をきつく閉ざして昼食が運ばれてくるのを待つ。
だが彼女達のテーブルにやってきたのは給仕ではなく、酔った男だった。
「よぉ大将、そんなに女がいるんなら一人くらい分けてくれよ」
声をかけられたのはラッドだった。最初は顔をしかめたものの、すぐわざとらしい困り顔を作る。
「悪いが、こいつらは俺の女って訳じゃないんだ。
何たって身分ある騎士様貴族様だからな、しかも"残飯"を出されてご立腹ときてるからやめとけ」
「残飯? そんなもんどこにあるってんだ」
男は本当にどれが"残飯"なのか分からないというようにテーブルを見回した。
ラッドの嫌味ったらしい言葉にアグリアスは閉じていた口を開く。
「ラッド、私は残飯などとは言っていないぞ」
「おっと失礼、残飯ってのは食べ残しの飯の事だから、学のある貴族様がそんな勘違いをするはずがないな。
さしずめ"家畜の餌"と言ったところか。ハッハッハッ」
「貴様ッ、私を侮辱する気か!?」
アグリアスの手が腰の剣に伸びる。
ラッドは軽く腰を浮かせて不敵な笑みをたたえていた。
やる気なら今すぐこのテーブルを蹴り上げて虚を作り、綺麗な顔に強烈なのを一発ぶち込んでやる。
「やめねぇかラッド」
酒場の入口から止める声。暗い色の鎧に身を包んだガフガリオンの姿があった。
ガフガリオンは小柄な剣士ラムザを連れながらテーブルにやってくると、給仕に酒を注文してラッドの隣に座った。
酔っ払いはガフガリオンの顔を見て目を丸くすると、コソコソと自分の席に戻っていく。
傭兵ガフガリオンの顔を知っているのか、それとも先程街中で行った戦闘でガフガリオンの顔を見たのか。
そんな酔っ払いの存在など気にも留めず、ガフガリオンはラッドのパンをかじった。
「だから嫌だったンだよ、普通の酒場を待ち合わせの場所にするなンてな。
高級なレストランにでも行っときゃ飯について文句言われず、余計な労力を負わずに済ンだのによ」
「ガフガリオン! 貴様も私を馬鹿にするのか!」
「馬鹿になンかしてねぇよ。だがお前らがここの飯を"不味い"と思うのは真実だろうが」
呆れ顔のままガフガリオンはパンの表面を軽く叩いた。
すると茶色く焼けた表面にヒビが入った。
焼き立てならばフワフワとした弾力で少しへこむ程度だっただろう。
「不味い飯を食って民を嘲るのも憐れむのもお前の勝手だ、好きにしろよ。
何ならここにいる全員にお前が思う"美味い飯"でもご馳走してやるんだな。
いっそ街中、畏国中の人間に振舞ったらどうだ? もっとも、王家がそれをしないから民は飢えてるンだがな」
「ガフガリオン」
ふいに、ラムザが口を開いた。
「悪いけど僕は他所で食事をさせてもらうよ。
平民とか貴族とか関係無く、喧嘩しながら食べる食事は美味しくないからね」
「そうかよ、だったら出て行きな」
投げやりに言うガフガリオン、無表情で出て行くラムザ。
「待て、私も行く」
アグリアスの言葉に一瞬だけラムザは足を止め、再び歩き出した。
了承を取らぬままアグリアスも歩き出す。
「隊長〜」
部下に呼ばれアグリアスも足を止めて言った。
「ラヴィアンはここで食事を済ませておけ」
「そうじゃなくて、一人だけ美味しい物を食べに行くつもりじゃないでしょーね?」
アグリアスの目尻と唇の端がヒクヒクと釣り上がり、ラヴィアンは「冗談です」とその場に座った。
それからアリシアが半分ほどたいらげた食事を見て「うぇっ」と小さな悲鳴を上げる。
「さっきはすまない」
「何がですか?」
「助け舟を出してくれたのだろう?」
街中を歩きながら、ラムザの背中に語りかけるアグリアス。
いつしか2人は商店街に来ていた。
肉や果物が売っており、空腹な2人の食欲をそそる。
さきほどの酒場に行くような人々にとっては少々割高の値段ではあったが、アグリアスに買えない事は無い。
「礼に何かご馳走しよう。そこの屋台で売っているチョコボの手羽先などどうだ?」
「一人で美味しい物を食べに行くつもりじゃなかったはずでは? それとも二人なら別にいいと?」
「……そういうつもりでは……」
「お心遣いは感謝しますよ、アグリアスさん」
しばらくしてラムザはとある店の前で立ち止まる、そこには大量の豆が売っていた。
「アグリアスさんは……」
「ん? その豆を買うのか?」
硬くて苦そうな豆を見て、アグリアスは少しだけ顔をしかめる。
「……豆のスープだけで数ヶ月間過ごした事、ありますか?」
そしてラムザの問いに首をかしげた。
豆のスープだけで数ヶ月? それでは栄養失調になって死んでしまうのではないかと考える。
「いや、無いが……」
だがこんな問いをしてくるという事は、もしかしたら、このラムザという少年は、
「お前はあるのか?」
「いえ。そんな経験ありませんし、想像もつきません」
首を振って否定したラムザは、また歩き出した。
「ならばなぜあんな問いをした? 何か意味があっての事だろう」
アグリアスはアムザの隣に並んだ。
彼の頭は彼女の鼻の下あたりまでしかない。まだ若いから伸びる可能性はあるが、この少年剣士は小柄な部類に入る。
あと2〜3年もすれば自分より背が高くなっているだろうか? アグリアスはふとそう思った。
「……所詮、貴族は"持たざる者"の事なんか理解できないのかもしれませんね」
「そうだろうか? 平民と貴族の違いはあれど、同じ人間同士ではないか」
「平民を"家畜"と呼ぶ人間もいます」
「ラッドの事か? あれは被害妄想だ、守るべき民を家畜などと思っている貴族など見た事も聞いた事も無い。
だからラムザよ、そう悲観的になるな。お前が平民の出だからといって私達は差別などしない。
お前の目的はオヴェリア様をさらったあの男だろうが、オヴェリア様を救いたいという気持ちもあるのだろう?」
「……ええ。でもガフガリオンは完全に金目当てだと思いますけどね」
「同感だ」
アグリアスの答えに小さく吹き出したラムザは、お日様のような笑顔をアグリアスに向けた。
「さて、僕達も何か食べましょう。オヴェリア様に追いつくためには力を蓄えないと」
「ああ、そうだな。あんな事を言った手前、ラヴィアンより美味い食事を摂る訳にはいかんが」
「一人で美味しい物を食べには行かないだけで、二人なら別にいいんでしょう?」
「さっきと言ってる事が……いや、そうだな。おっ、そこでチョコボのフライドチキンを売ってるぞ」
「いいですね、その後はあそこでリンゴでも買いましょうか」
まだ相手を理解せず、心からの友情も抱かず、ただ同じ人間を追う者同士としての小さな好意。
それが長い旅の中、数々の戦いの中、確固たる絆として成長していくのはまだ先の話。
「隊長とラムザさん、お肉の匂いがします」
「屋台の近くにいたから匂いがついたんだろう」
「まさか本当に私達より美味しいものを食べたんじゃないですか!? 信じていたのに……」
「下らない事を言ってないで旅支度を整えろ、オヴェリア様を追うぞ」
「誤魔化さないでください!」
「お前、年上が好みだったのか。そりゃ顔はいいが、あんな糞真面目な女はやめといた方がいいぜ」
「違います、変な勘違いしてないで早くアラグアイの森へ向かいますよ」
「ガフガリオンには黙っといてやるから、俺にだけこっそり教えてくれよ。それとも他にもう恋人とかいるのか?」
「僕の事はいいからラッドも早く恋人を作ったらどうだい」
「余計なお世話だチクショー」
……まだまだだいぶ先の話。