氏作。Part20スレより。


−1−


「なあラムザ、私の事をどう思う?」
「ぶほっ!」
突然の言葉に僕は飲んでいたミルクを噴き出してしまった。
「えっと、それは…どういう意味でしょうか?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だ。おかしな事を聞くな」
ああこの人は天然なんだな、そう思って少し残念なような、可笑しいような気分になった。
「そうですね、安心して背中を任せられる人…といったところでしょうか」
自分でもあまりに模範的な回答だったかと思ったが、彼女は視線を落として呟くだけだった。
「そうか…」
どうも僕の回答は彼女が求めていたものとは違ったようだ。
「あの…アグリアスさん、何か悩みでもあるんですか?」
「悩み…そう、少しな。思うところがあるのだが」
「僕でよければ相談に乗りますよ。他ならぬアグリアスさんの事ですし」
しばらく考え込むような素振りをした後、彼女は口を開いた。
「実はな、この隊の皆と私との間にどうも見えない壁のようなものがある気がするんだ」
「壁、ですか?」
「ああ」
僕はようやく最初の質問の意図が分かり、次にそこから推測される彼女の悩みをどう解決したものかと考えを巡らせた。



「考え過ぎなんじゃないですか?誰もアグリアスさんの事を避けたりしていませんよ」
「いや、避けられているとかそういう事ではなく、何と言うか…そう、どうも他の隊員と打ち解けていない感じなんだ」
「それはアグリアスさんが皆と十分話せる機会がないという事でしょうか?」
「機会、というのも少し違うな。何となく話し辛いというか、皆と何の話をすれば良いのか分からないんだ」
そう言ってジョッキから手を離し、テーブルの上に人差し指で弧を描く彼女の仕草は、まさに子供のそれだった。
「そんなに難しく考える必要はありませんよ。その日あった事や思った事を気軽に話しかければ良いじゃないですか」
「簡単に言ってくれる」
少し自嘲気味に彼女は言うと、ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。
「そもそも私には気軽に話しかけるという事ができそうにない」
「しかし自分から動かない事には、何事も始まりませんよ」
「それは分かっている。けどな…いや、そうだな。貴公の言う通りだ。私は自分で分かっていたのだ、その答えを」
理性的に話しているつもりなのだろうが、言葉の抑揚や伏せ目がちな仕草から、どうしても拗ねた子供のような雰囲気が感じられ
僕はつい口元が緩んでしまった。
「分かっている、分かっているんだが…そうだな、やはりこれは私自身の問題だな。貴公に恃むのも詮なき事なのだろう」
だんだんと彼女から諦観の様子が見えてきたため、つい慌てて言ってしまった。
「そんな事を言わないで下さい。僕なりに何か方法がないか考えてみますから」



−2−


アグリアスさん、昨晩の話についてですが良いですか?」
街での補充を終え、僕は昨日と同じテーブルで飲んでいる彼女に話しかけた。
「ああ、あの話か。すまないな」
特に関心がないように振舞っているが、その眼に淡い期待のようなものがあるように感じたのは僕の自信過剰だろうか。
「あれからずっと考えていたのですが、先程ある方法を思い出したんです」
「思い出した?」
「ええ、士官学校にいた頃、仲間内でやったゲームみたいなものなんですが」
「面白そうだな、聞かせてくれ」
一呼吸おいて、僕はその説明を始めた。
「つまりですね、アグリアスさんの悩みは要約すると皆と仲良くなりたい、という事だと思うんですよ。
 ただ自分から話しかけるのはどうしても性格的に難しい、そもそも皆が自分をどう思っているのか分からないという事なんですよね」
「う…うむ、まあ、多少語弊があるような気がするが、そのようなところだ」
「だったらこの際はっきり聞いてしまいましょう。アグリアスさんが皆からどう思われているか」
「何!?」
予想外の話だったのか、彼女は一瞬身体を硬直させて驚いた。
「ですから聞いてみるんです。皆から」
「いや、しかし、それは…あまりにストレート過ぎないか?」


ベヒーモス相手にも怖気ずく事がない彼女でも、皆の評価を聞くのはかなりの勇気がいるらしい。
「まあ確かにそうですよね。だから直接聞くのではなくて、紙に書いてもらうんです。
 最初ですから良い所と悪い所を一言程度で、それと匿名にした方が書いてもらいやすいと思うんです」
「うむ…」
士官学校の頃これを仲間内でやったところ、やはり最初は抵抗がありました。
 けれどやっているうちに、自分で気付かなかった部分が見えてきたり、皆の本音が聞けるので楽しくなってきたんですよ。
 またそういう事を書けるぐらい気心が許せるっていうのは、つまりそれだけ仲が良いという事ですからね。」
「なるほどな」
少しずつ乗り気になっているのが見て取れたので、ここは一気に話を進めてしまうのが得策と考えた。
「もしアグリアスさんが良いのなら、今から皆に書いてもらいますが?」
「今からか?それは…ちょっと待ってくれ。やはり心の準備というものが」
「良いじゃないですか、遅かれ早かれやる事になるのなら、今書いてもらった方が悩まない分楽ですよ」
「ちょっと待て、誰もやるなんて言ってない!」
「やらないんですか?せっかくの機会なのに。これ以外の方法なんて今のところ思いつかないしなあ。
 まあ嫌なら仕方ないですよね。誰だって自分の評価を聞くのは怖いですからね」
こう言ってしまえば、彼女の性格上答えはひとつである。
「私は怖くなどない!」
「じゃあやりましょう。おーいみんなー、ちょっと聞いてくれー」



−3−


「これで全部かな」
集め終わった紙を束ねて、僕は枚数を数えた。うん、間違いない、人数分ちょうどだ。
自然とアグリアスさんのいるテーブルを中心にして、皆が集まって注目している。
「皆さんどうもご協力ありがとうございました。
 最初に説明した通り、今回はアグリアスさんの良い所と悪い所について、皆の率直な意見を書いてもらいました。
 これをきっかけに少しでも皆と彼女との距離が近くなれればと考えています。
 あと、くれぐれも言っておきますが、これはゲームですから。あまり熱くならないで下さいね、特にアグリアスさん」
「分かっている。さっさと読み上げてくれ」
乗せられた事を後悔しているものの、やはり多少期待感はあるようだ。僕は彼女の要望通り、早速回答書を読み上げていった。
「ではまずアグリアスさんの良い所から読んで行きましょう。
 最初は…『強い』って、これはまたえらくシンプルですね」
「誰だ、その程度の事しか書いていない奴は!?」
「ちょ、落ち着いて下さいアグリアスさん、それじゃ匿名にした意味がないじゃないですか」
こんな事で興奮するなんて、普段のアグリアスさんからは想像できなかった。それだけ緊張しているという事なんだろう。
あとそんなにそわそわしていると誰が書いたかバレるって、マラーク。


「とにかく、これはゲームですから。あんまりムキにならないで下さいね。
 それじゃあ気を取り直して、どんどん読んで行きましょう。」
そうして僕は書かれている事をそのまま、順に読み上げていった。


『髪がキレイでうらやましい』
『立ち振る舞いがまさに騎士、って感じです』
『たまに見せる女らしい仕草が可愛いわね』
『化粧していないのはスッピンに自信があるからなんでしょうね』
『あの忠誠心の強さは騎士の鏡です』
『信じるもののためなら命を投げ出す覚悟がある、騎士の心構えを実践できておる』
『結構スタイル良いんじゃないの?』
『戦略的にも精神的にも頼りになる存在です』
『なんか良い匂いがする時がある』


それぞれの回答に合わせて表情を変える彼女は、やっぱり普段と違うようだ。
そして最後に


『特にねえ』


次の瞬間、アグリアスさんのブーツがムスタディオの顔にまさに言葉どおりにメリ込む音がした。



−4−


「全く、あれほど熱くならないで下さいって言ったのに…」
気絶したムスタディオを介抱しながら、僕は彼女に聞こえるように呟いた。
「大体問答無用でムスタディオを蹴り飛ばすなんて、ちょっと酷いですよ」
「しかしな、あの回答はあんまりと言えばあんまりだろう。それにあんな事を書くような奴はコイツをおいて他にいない」
反省はしているものの、やはりあの回答には納得がいかないらしく、憮然とした表情をしてアグリアスさんは言った。
「まあ済んだ事ですから仕方ないとして、とにかく、今後蹴ったりするのはダメですからね」
「分かった、気をつけよう」
皆も次の回答がいわば本番である事を分かっているらしく、緊張した面持ちになってきた。
「では次にアグリアスさんの悪い所を読み上げていきます。
 アグリアスさん、くどいようですがいくら興奮しても暴力行為は禁止ですからね」
「分かっている、早く始めてくれ」
このゲームを始めた事に若干の後悔をしながら、僕は極力淡々と読み上げようと思った。


「では最初は…」
「どうした、ラムザ?早く読んでくれ」
「ちょっと待って下さい。これ…本当に読んでも良いですか?」
「くどいな、私も覚悟は出来ている。どのような評価であれ受け入れるつもりだ」
この時僕はこれを書いた人物を心の底から恨んだ。
「…では読みますよ」


『足が臭そう。つーかあのブーツはヤバイ、絶対』


「なんだとーーーっ!」
勢い良く立ち上がった彼女の表情は、まさに鬼といっても言い過ぎではないものだった。
アグリアスさん、これはゲームなんですってば!」
なんとか静止したものの、書いた犯人を見つけたらタダでは済まさないといった眼で、彼女は集まった全員を見回していた。
ちなみに必死に眼をそらしているものの、肩が小刻みに震えているラッドが書いたと見て間違いないだろう。
普段あれだけ冷静なアグリアスさんだけに、これだけ感情を露にしてその結果どうなるかは、考えたくもない。
まだ一人目だというのに、この先が思いやられる。



−5−


間違いなくアグリアスさんのテンションは上がってきている。
下手にフォローすればこちらにもとばっちりが来そうだったので、僕は速やかに読み上げていく事にした。
「それじゃ次行きますね」
次はもうちょっとソフトなモノであって欲しいと願ったものの、待っていたのは残酷な現実だけだった。


『とにかく性格がキツイ。あれじゃ絶対結婚できねえ』


「ムスタディオーッ!」
気絶しているムスタディオに止めを刺さんとばかりに飛びかかるアグリアスさんを抑えるには、本当に骨が折れた。
ゼエゼエと息を切らせながら僕は注意した。
アグリアスさん、お気持ちも分かりますがさすがに今攻撃したら死んでしまいますって!
 とにかく落ち着いて下さい、ね?」
「私は十分落ち着いている!店主、ビールを追加だ!」
気を紛らわせるためか飲むペースが早くなっている。最早死人が出ない事を祈るばかりだ。
「それじゃもう早く終わらせちゃいましょう。読みますよ」
このゲームを始めた事を心から後悔しながら、僕はその他の回答を読んでいった。



『あの年齢で化粧もしないというのは、ちょっとマズイんじゃないか』
『もう少し自分が女である事を自覚した方が良いかと思われる』
『本当に時々なんですが、頑固だなあと思う事があります』
『怖い』
『すっごく行儀とかに厳しい。おばあちゃんみたい』
『怒りっぽいと皺が増えやすいわよ』
『案外セコイところがありますよね。この前もケーキを分ける時、自分の分だけ少し大きめに切ってました』
『とにかく料理が下手。アグリアス様が炊事番の時は必ず胃腸薬飲んでます』


「貴様等言いたい放題だな、え!?さすがに私も我慢の限界だ。せめて全員一発ずつ殴らせてもらう」
アグリアスさん、ダメですってば!殴るにしてもメリケンサックは必要ないでしょう!」
立ち上がりざまに何気なく指に嵌めようとしているモノを見て、僕は完全に血の気が引いた。




−6−


「まだよアグリアス、まだワタシの分が残っているわ!」
そのような一触即発の空気を読まずに声をあげたのは、メリアドールだった。
「ほう、自分から申告するとは見上げた根性だ。ラムザ、もったいつけずにさっさと読め。即座にコイツを楽にしてやる」
「とりあえず椅子に座って下さい。話はそれからです」
このままでは店内で流血沙汰が起きてしまう。そうなるとただでさえ人目を避けなければいけないのに、必要以上に目立ってしまう。
最悪の事態を回避するため、まずは彼女の腰を落ち着かせる事にした。
そのような僕の苦労が目に入らないのか、メリアドールは自信満々に話した。
「そんな事をする必要はないわ、アグリアス
 どうせこんな事になるだろうと思って、私はちゃんと貴方のフォローになるような事を書いておいたから。
 この隊じゃ私が一番年が近いでしょう?だからこれからも仲良くやっていきたいの、ね?」
親指を立てて歯を光らせるメリアドールの笑顔は、ここ何日かで一番輝いている表情だった。


「メ、メリアドール…そこまで考えてくれたのか。すまない、私は危うく親友を殺めるところだった。
 最初会った時に装備を壊されて、コイツはいつか必ずシメる、とか考えていた自分が恥ずかしい。
 メリアドール…激…羅武」
メリアドールの笑顔が若干ヒクついたものの、二人は固く抱き合い、お互いの友情を確かめた。
「…えーっと、それじゃ良いですか?読みますよ」
「オッケーよラムザ!」
「ああ、ズバっと言ってくれ!」
「はい。それでは」



『なまくら』



僕が読むのとほぼ同時に、メリアドールはそれまで見た事もないような速さで酒場を脱出していた。
しかしアグリアスさんはそれを更に上回る、まさに神速と呼ぶにふさわしい速さで追いかけていた。なんでアレが戦場で出来ないんだろう。
ちなみに二人は酒場の前でガチの殴り合いをしていたため、それを止めるには全員でかからなければならなかった。
でもこれがきっかけで二人はかなり仲良くなったようだ。
結論としてアグリアスさんは言葉より拳で語り合うタイプなんだなあ、と考えながら次の街に向けて出発したのだった。



fin.