氏作。Part19スレより。

貿易都市ドーターから汽車でファルメリア高地を北に越えること約4時間、ルザリア。
旧くから畏国の王都であり、王都の名に相応しい華麗な大宮殿が中央にそびえ立つ。
『十二支宮物語』では異端者ラムザが審問官ザルモゥと戦いを繰り広げた地でもある。
五十年戦争末期、この地の郊外の街よりやがてイヴァリース中にその名を轟かせ、
今もなお語り継がれる女騎士が生まれた。その女騎士の名はアグリアスオークス


ある日、アグリアスは所用でルザリアの都心に出かけた。
その帰り、信心深いアグリアスがとある教会に立ち寄ると、傍の中庭で剣を合する音や
掛け声が聞こえてくるではないか。修道女たちが剣術の訓練でもしているのだろうか。
自身も聖ルザリア近衛騎士団に入団して日々剣の腕を磨いていたアグリアスが興味を
そそられて覗いてみると、地味な動きで繰り返し相手の防具を叩いてばかりいる。
(まるで初心者の基礎訓練だな・・・)
アグリアスがそう思って眺めていると、修道女たちがアグリアスに気づいて寄ってきた。
「あの、何が御用でしょうか?」
「聖ルザリア近衛騎士団のアグリアスオークスと申します。
 私も剣術が好きで声につられて思わず入ってきてしまいました」
「なんだ、近衛騎士か・・・」
ルザリアでは王家直属の近衛騎士団と教皇の威光を受ける教会は裏では仲が悪い。
どちらも治外法権的権限を持っている二つの勢力はお互い犬猿の仲だった。
しかし入団したばかりの若いアグリアスにはそんな事情は分かろうはずもなかった。


「あなた、今、剣術が好きと言いましたね。あなたも何かやっているのですか?」
「近衛騎士団長に付いて聖剣技を少し・・・」
「聖剣技ですって? あの派手なやつですか」
「どうです、私たちの剣術は見てて退屈だったんじゃありませんか?」
「あれは剣術だったのですか?」
「・・・何? 一体何だと思ったのですか?」
「私はてっきり薪割りの練習かと・・・」
ざわざわ。修道女たちの顔色がさっと変わった。
「この女! 今の言葉は教会に対する侮辱よ!」
「あんたの聖剣技と私たちの剛剣と、どっちが強いか試してみようじゃないの!?」
一人がアグリアスに剣を投げて寄こす。刃を潰した訓練用の剣である。
思わず受け取ってしまったアグリアスだったが、彼女たちの剣幕に気圧され後ずさった。
「あ、いえ・・・私はまだ習い始めたばかりですから・・・」
「うるさい! 今さら何を言うか! これでも喰らえ!」
激昂した修道女の一人がアグリアスに斬りかかってきた。
不意をつかれたアグリアスは頭部にまともに受け、勢いよく後方に打ち倒された。
「どうだ、まいったか近衛騎士め。まいったらさっさと帰りなさい!」
アグリアスはよろよろと立ち上がった。額に手を当てると血が出ている。
ブチンと激情に駆られたアグリアスは周りを囲む修道女たちをねめつけた。
「な、なによ、その目は・・・」
「よし、徹底的に痛めつけてやるわ!」


正面の修道女が斬りかかる。アグリアスは横にかわしざま脇の下の防具の隙間に
剣を叩き込んだ。修道女は悶絶して地面に転がりのたうちまわる。
「よくもやったな! みんな、やってしまえ!」
修道女たちは一斉に突っ込んできた。三人まではなんとか斬り伏せたものの、
四方八方から攻撃されては三十秒も保たず、アグリアスは袋叩きにされてしまった。
修道女たちはうずくまるアグリアスに罵声を浴びせつつ滅多撃ちにする。
数刻後、ボロボロになったアグリアスは教会の裏口から外に放り出された。
・・・それはアグリアスの運命を決定づける日であった。
アグリアスはよろめきつつもなんとか夜には郊外の自分の家に帰り着いた。
両親を早くに亡くしたアグリアスは残された狭い邸宅でわずかな使用人と共に
暮らしていた。アグリアスの様子に驚く使用人を無視し、自室に戻った彼女は
ベッドに仰向けに倒れこむ。打ち身で全身が痛む。彼女は黙って天井を見上げた。


それからというもの、アグリアスは家に篭り、壁や床などの堅いものに剣を打ち込む
練習ばかりを繰り返した。そのガシン、ガシンという衝撃音は昼といわず夜といわず、
近所に響いた。音は日増しに強大になり、時には深夜に遠方まで聞こえた。
「どうやらアグリアスは気が狂ったらしい・・・」
アグリアスの奴、まだやってる。どうしちまったのかねぇ・・・」
近所の人間は口々に噂をした。彼女は近衛騎士団にも出勤しなくなっていたので、
心配した団長がついにある日のことアグリアスの家を訪れた。


アグリアス、私だ。門を開けなさい!」
迎えに出向いたアグリアスに団長は驚いた。髪はボサボサで眼は陰に篭っている。
応接間に案内される途中、団長は家中のあちこちの壁や床が剣撃とおぼしき跡で
ボロボロに破壊されているのを見た。紅茶を用意してもてなしをするも黙ったままの
アグリアスに団長は尋ねた。
「あれは剣の練習でああなったのかな?」
「・・・はい」
「一体どうしたというのだ。何があったのだ?」
「教会の奴らにやられました。仕返しをしなければなりません」
「仕返しだって? 愚かなことを」
「王家に仕える近衛騎士団としては恥であります」
「君はまだ一人前のホーリーナイトではない。心配するな」
「で、では、一人前のホーリーナイトとは何をもって言うのですか!?」
「聖剣技の使い手ホーリーナイトとは、斬撃ならば奥義の『不動無明剣』に至り、
 突き技は同じく奥義の『聖光爆裂破』を極めてこそ、一人前と言えるのだ」
「ならば、私にその不動無明剣と聖光爆裂破をお授けください!」
「・・・ならん」
「なぜです!?」
「君の心は今、暗黒面に傾いている。
 暗黒面に堕ちた者は決して聖剣技を習得出来ない。
 万が一出来たとしてもその技は暗黒剣に変容してしまう。
 君がつまらない復讐心に捉われなくなったら、また騎士団に戻ってくるがいい」


団長は優しく微笑み、席を立った。団長を門まで送ったアグリアスは拳を固め、
俯いて立ちつくした。団長はチョコボに乗って帰路に着きながらも改めて思った。
傍目から見ても分かるあれほどの剣の力をこの短期間に身につけるとは。
アグリアスオークス恐ろしい子・・・。


(不動無明剣がなんだ! 聖光爆裂破がなんだ!)
立ちつくすアグリアスの心は無念で一杯だった。
奥義とは各流派に伝えられる実戦の切り札、奥の手の事であり、
聖剣技には十二の奥義があり、その中の代表的な五つをそれぞれ
不動無明剣、乱命割殺打、北斗骨砕打、無双稲妻突き、聖光爆裂破と言う。
「おのれ・・・。聖剣技の奥義さえ知っていれば、あの教会の連中に仕返しできる
 というのに・・・。 ・・・・・・そ、そうか! その手があった!」
アグリアスは棚からヘソクリの金貨を握り締め、往来に飛び出して駆けていった。


当時のルザリアでは近衛騎士団と教会の他に北天騎士団が力を持っていた。
王妃ルーヴェリアの台頭と共にルザリアに常駐するようになった北天騎士団は
前者の二つの勢力からは「ガリオンヌの田舎者」と嘲笑されつつも、
新興勢力の常でプライドは高かったから事あるごどに彼らと対立と衝突を繰り返した。
また、北天騎士団は名門ベオルブ家を筆頭にホーリーナイトを数多く配している。
女騎士ルーシー・デューラーもまた、若年ながら北天騎士団のホーリーナイトに
名を連ねる一人であった。


ある日の夜、ルーシーは北天騎士団の詰所から帰宅しようと往来を歩いていた。
とある小道に差し掛かると、暗がりからスッと一つの影が出てきて道を塞いできた
ではないか。ギョっとして目を凝らすとどうも女らしいが、帯剣している。騎士か?
「だ、誰!? 私に何か用?」
思わず声が裏返る。今の恋人の元カノとかそういうアレなのだろうか。
「・・・すまないが私と戦ってくれないか?」
「は、はぁ? 私を北天騎士団のホーリーナイトと知った上での事!?」
「だから頼むのだ。いくぞッ!!」
内心の怯えを封じ込め、ルーシーは素早く腰の剣を抜いた。
女ながらホーリーナイト、本気で戦うとなればそこらの騎士などものともしない。
ルーシーは瞬時で心を戦闘モードに切り替え、相手の剣撃を軽くいなした。
刹那、ルーシーの剣が蒼白く輝きを帯びる。暗闇の中、光が三日月の弧を描いた。
轟音と共に衝撃波が辺り一面に四散する。相手の女は後ろに吹っ飛んでいった。
こうなればもう恐れるには値しない。ルーシーはほっと安堵した。
「どう? 北天騎士団の聖剣技の威力を思い知った? まだやりますか!?」
「・・・ま、待ってくれ! 聞きたい事がある」
「なによ」
「今のは聖剣技の奥義か?」
「そうよ! これこそ北天聖剣技の奥義、不動無明剣よ!」


「ありがたい! 礼を言う!」
「む、おかしな事を言うわね・・・。そもそもあなたは一体何者なのよ?」
「私は近衛騎士団に所属する騎士、アグリアスオークス
 訳あって聖剣技の奥義を一手知りたかったのだ!」
「し、しまった!」
「撃たれる事は承知で、だからこの通り用意してきたんだ。死なないようにな・・・」
女は上着の襟元をはだけてみせる。緑色の生地をした布が覗けて見えた。
聖属性攻撃を吸収するカメレオンローブだ・・・。
驚いて言葉を失うルーシーに女は一礼し、向きを変えて足早に立ち去っていった。
ルーシーは首を振りながら溜め息をついた。大胆な女。いずれ名をあげるわね・・・。


一ヵ月後、ルザリアのとある教会。
ドン! 裏口から中庭に通ずる扉が破壊され、アグリアスが入り込んできた。
剣の訓練をしていた修道女たちが驚いて駆けつける。
「あ、あなたはこの前の! 何をしにきたの!?」
「・・・礼をしにきたのだ」
「バカな女! また痛い目にあいたいの!?」
修道女たちは前と同じように四方から襲い掛かっていったが、
アグリアスは攻撃を右に左に避けつつ不動無明剣を矢継ぎ早に放っていった。
不動無明剣は凄まじい威力を備えた必中の範囲攻撃である。
かわす事も出来ず、修道女たちは次々とストップにかかるか倒れていった。
アグリアスを囲む円陣は次第に遠巻きになっていった。


「待ちなさい!」
とその時、大きな声が上がった。修道女たちは一旦戦いを止め、道を開ける。
一人の妙齢の修道女がアグリアスの前まで歩いてきた。
修道服の下に鎧を身に纏っているのが見える。この教会の神殿騎士か。
「そこのお若い近衛騎士殿。ここは私が管轄する教会です。狼藉は許しませんよ」
「元々はそちらが仕掛けた事だ。私に非は無い」
「あなたに非があろうとなかろうと、神殿騎士としては、聖剣技を教会内で使用した
 近衛騎士をそのまま五体満足で帰すわけにはいきません」
「・・・そうか。それなら仕方ない」
神殿騎士はすらりと剣を抜き放った。アグリアスも剣を再び構える。
数秒の沈黙の後、二人は同時に剣を光らせお互いの奥義を放った。
不動無明剣と強甲破点突きが交差し、大爆発が発生する。
巻き上がった猛烈な土煙に周りの修道女たちは悲鳴を上げつつ混乱したが、
しばらくしてようやく煙も収まったので中央を見てみると、アグリアスと神殿騎士は
剣を振り下ろした格好で静止している。アグリアスの胴鎧にピシッと亀裂が入り、
みるみるうちに胴鎧全体に広がったかと思うと、胴鎧は粉々に砕け散った。
修道女たちの歓声がどよめく。しかしその歓声に押されたかのように、
神殿騎士のほうはズズっと力無く地面に崩れ落ちていった。歓声は途絶えた。
アグリアスは胴にくっついて残る鎧の破片と共にごわごわの上着を脱ぎ捨て、
胸の谷間が露なシャツ姿になって周りを見渡した。
「他に誰かやるか?」


倒れ伏してピクリともしない神殿騎士を見て、修道女たちは戦意を無くし後退した。
アグリアスは出口に向かいつつ一旦立ち止まり、振り向いて声を張り上げて言った。
「私は聖ルザリア近衛騎士団のアグリアスオークスだ。
 仕返ししたかったらいつでも来るがいいッ!」
そのアグリアスオークスの後姿を、剣を握り締めるもただ恐怖と怒りに震えて
見つめる修道女がいた。まだ顔に幼さの残るこの少女は、先日この教会に配属された
ばかりの神殿騎士見習いだった。彼女の父親は、グレバドス教会を守護する
イヴァリース全土に散らばる神殿騎士を束ねる神殿騎士団の団長。
その娘である彼女は、突然の近衛騎士の殴りこみに、自分も戦おうとしたが、
他の修道女に捕まえられていたのだ。彼女の体に傷一つ負わせてはならない。
団長の娘を不意の危機から守る事は教会関係者にとっては当然の事であった。


教会と近衛騎士団はそれぞれ調査を行ない、「上」の方では示談の席を設けたが、
当時の政局の不安定さもあり、この一件で争う事で第三勢力の北天騎士団をさらに
増長させるのは得策ではないと判断してお互い不問に処すと決まった。
しかしこの事件により、アグリアスはルザリア中にその名を知られる事となった。
「傲慢な神殿騎士に近衛騎士が鉄槌を下す!」「近衛騎士、教会で大暴れ!」
一時的にではあるが、ルザリアの酒場ではアグリアスの話でもちきりとなった。
のちの王女オヴェリアの護衛の任に若輩のアグリアスが異例の抜擢を受けたのも、
この件が影響していたのではないかと言われている。
そして不動無明剣は、アグリアスの生涯における得意技となった・・・。


─── FIN ───