氏作。Part18スレより。


「今までについた嘘? あまり記憶にないよ」
「ほらやっぱり。ラムザ隊長は嘘をつかないと思うって言ったでしょ?」
 アリシアが両手を腰にあててふんぞりかえりつつ、ムスタディオに振り返った。
「そうかぁ? 病気だって嘘ついて学校休むとか、普通だろう?」
「そ・れ・は、ムスタの周りが普通じゃなかったってことよ」
アリシアの人さし指がムスタの鼻の頭を押した。ムスタディオはその指を振り払ったあとで、
大事そうに鼻を撫でた。意外と痛かったのだ。
「なんだよ、馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿にしてるんじゃなくて、分析してみたの。算術士は分析力を磨かないとねー」
アリシアが苦労して算術士になった事を知っているムスタディオは、返答につまった。
ああいえばこう言うってヤツだ。この間までやってた話術士の方が向いてたんじゃないか? 
と、思いはしても、さすがにそれを口に出すことはできない。
「何を喧嘩しているんだよ。嘘がどうかした?」
「あれ、ラムザ気付いてないのか。今日は何日だ?」
 ラムザは暦の書かれた日めくりに目をやって、納得顔になった。
「そうか、トーナメントに出る人を決めようと思ってるんだね」
「ええ。パブで聞いて来た『嘘の日恒例:大嘘つきはだ〜れだトーナメント』、優勝すると
かなりのものがもらえそうだったでしょう? 具体的に何がもらえるかは、教えてくれなかったけれど」
「イイものがもらえるっての自体が嘘だったりして」
 ムスタディオの茶々にも、アリシアは動じなかった。
「それはありそうだけど、でも参加費が安いから、いいじゃない? たまには娯楽も必要よ」
 あくまで前向きなアリシアの言葉に、ラムザは思案顔になった。確か、あのトーナメントは、
嘘をついている人間を当てる部門と、嘘をつき続ける部門の合計得点で競われるものだったはず。
ということは、普段嘘をつきなれている人間が代表で行った方がいいのだろうか。
 しかし、誰がそうだとわかる?



………というわけで、嘘をついていることに一番耐えられるのは誰かをテストしてみることに。
 よくよく考えてみれば、テストは簡単である。問いかけに対して、常に嘘を答え続ければ
良いのだ。何問シラを切れるかを競えば、おのずと代表者が決まる。
 そして、その試験官には、テストするまでもなく、このトーナメントの代表者には向いて
いなそうな人間が選ばれた。
 アグリアスの出番である。


 宿の広間に集められた仲間たちは、部屋の中央で行なわれているアグリアスと仲間のひとりとの
問答を静かに聞いていた。すでに自分の番が終わった者はうなだれ、未だの者は緊張を隠せずにいる。
何しろ、アグリアス試験官は、意外なほど鋭いテストをしていたのである。
 自信なさげに進み出たラッドが、やはりうなだれて席に戻り、次は、オルランドゥの番と
なった。ゆっくりと立ち上がった剣聖とホーリーナイトとの間に、一瞬、剣で相対する時の
ような張りつめた緊張感がながれ、他の者たちも、自然と背筋が伸びるのを感じたほどである。
「では、参ります」
「どうぞ」
オルランドゥが頷いたのを見たアグリアスは、こう問うた。
「伯は女好きだ」
「む?」
「はい、失格。即答できなくては駄目でしょう」
 オルランドゥは、それ以上何も口にせずに自席へ戻り、どっかりと座った。周囲の視線が
チラチラと寄ってくるのがわかる。答えがどちらだったのか、知りたいのだろう。
 しかし、オルランドゥはぎゅっと目をつぶって瞑想を始めることで、それらの視線の抹殺に
成功した。その瞑想の行方がどのようなものであったのかは、誰も知らない、が。



「次は僕の番ですね」
 ラムザはそう言って、アグリアスの前へと進み出た。コホンと小さくせき払いをした
アグリアスから、矢継ぎ早に質問が飛び出してくる。
ラムザは、女装が趣味だ」
「はい、その通りです」
ラムザは、妹を憎んでいる」
「はい、その通りです」
ラムザは、私を困らせたい」
「は、はい、その通り、です」
ラムザは、ディリータを信頼している」
「は? いいえ、あれ?」
ラムザの困惑顔に、アグリアスは冷たく宣告した。
「はい、失格。嘘をつく時に動揺しては駄目だ」
ラムザは黙って元の場所に座った。
「今の場合、はいといいえのどちらなら合格なのでしょう?」
 アリシアの問いに、アグリアスは笑う。
「どちらでも良いだろう。問いかけているこちらに、それが嘘か本当かわからなければ
良いのだから。違うか?」
 アリシアとムスタディオは顔を見合わせて、肩をすくめた。確かに、そういうトーナメントのようだが。
 ちなみに、このふたりも、すでに失格を言い渡されていた。
 アリシアは「オヴェリア様のおやつを盗み食いした事がある」という問いに詰まり、
チロリと睨まれた。実際にそんなことをした事はないのだが、どこからそんな問いが出て
来たのか戸惑った結果の失格だと、後で言わなくてはならない。でなければ、仲間たちに
「盗み食いアリシア」と呼ばれてしまうだろう……と思うと、アリシアはちょっと憂鬱だった。



 ムスタディオの方は「アルマ殿を愛している」という問いに「え? そりゃ良い子だと思う」
等と反応して失格したが、この問いには無言の批難が寄せられていた。恋愛関連は、この場での
問いかけとしてあまりにふさわしくない、という思いが皆の胸に浮かんでいたのである。
 もっとも、一部の人間は、これをチャンスと捉え、後でその答えを問いつめようと思って
いたらしいが。
「さて、あとは誰だったかな」
 アグリアスはぐるりと仲間たちを見回した。そして、サッと下を向いて視線を合わせようとしない
者たちばかりなのを見てとって、満足げにうむうむと頷くと、ラムザに向き直った。
「良かったな、ラムザ
「はい? 何がですか?」
 ラムザの見上げたアグリアスの顔は、得意げな笑みを浮かべている。
「この仲間たちは、嘘をつけない。お前をだましたりはしないということだ」
「え……」
「信ずるに足る仲間ばかりだとわかって何よりだろう? 全員失格、めでたいことだ。
 そもそも、嘘つきトーナメントなどというものに優勝しても、誉れとは言えないからな」
 うむうむと嬉しそうなアグリアスに、仲間たちは言葉を無くし、そもそもこんな事を始めた
元凶であるムスタディオとアリシアを見つめた。
 こんな結果に終わるのならば、あんなに緊張しなくとも良かったのではないか。
 そればかりか、質問のお陰でこれから先の自分の立場について考えなくてはならなくなった
人間も少なくはないというのに。
 自分たちに集まる視線に気付いたふたりが居心地悪そうにもぞもぞしているのを見て、
ラムザアグリアスへと視線を移した。「私の手腕を誉めてはくれないのか?」と
言葉にこそ出さないが、アグリアスが期待しているような気がする。そんなアグリアス
可愛い人だと思わないではないが、しかし、それで済む問題では無さそうだ。
「いえ、トーナメントには出場します。立派に代表を務められる人材がいるとわかりましたから」


 仲間たちの中に、初めはさざなみのように、やがて大きく、同意のどよめきが起こった。
何を言っているのかわからないという顔をしているのは、アグリアスひとりである。
アグリアスさん、僕らを代表してよろしくお願いしますね」
「は?」
「あのトーナメントは、嘘をつく事ももちろんですが、嘘を見抜くことも競うそうですよ。
どんな試合になるのかはわかりませんが、アグリアスさんならうまく行くと思います」
 ラムザの言葉の続きに、反論が出て来ない。
「いや、だが」
「だよなあ。これだけの人数を失格に追い込めるってのもひとつの才能だと思うよ」
 ムスタディオの言葉に皆が頷くのを見て、アグリアスは一歩あとさじった。
「しかし、それは、騎士としては」
「もうすでに異端者の一員ですしー。そもそも、出場料は払ってあるんですから。誰かが
出ないと困ります。隊長、頑張ってくださいね」
 ここぞとばかりにたたみかけてくるアリシアの微笑にちょっとやりすぎたらしいとようやく
気付いたアグリアスが反論を必死に考えようとしたとき、低い声が響いた。
「騎士の道にもとることではあるまい。この私を一瞬でだまらせた手腕は見事だ」
 剣聖オルランドゥに言い切られてしまっては、どんな反論があるだろうか。


 結局、押し切られる形でトーナメントに登場したアグリアスがどんな結果を残したか。
それは、大嘘つきトーナメントを開いた町で
「あの人はアグリアスだから」
という言い回しが残されている事を知れば押して知るべし、であろう。
 トーナメント史上稀に見る優秀さで勝ち上がった彼女は、名誉役員に推されるほどで
優勝旗を渡された後でそれを告げられた彼女の半泣き顔に、それほど喜んでもらえる
とは、と、実行委員長がもらい泣きしたとか、しなかったとか。
 賞品は世界に類を見ない奇書である「世界うそ百科事典 全140巻」だったのだが、
それを惜しみなくトーナメント事務局へと寄付したことでも、彼女は称えられている
そうである。


                               Fine