氏作。Part17スレより。



昨日は雨、陰鬱な一日だった。
今日は快晴、雨で洗浄された朝の空気が爽やかだ。
こんな日は爽やかに朝の挨拶を交わそうと、顔を洗いながら思った。


「チィーッス」
廊下を歩いているとマラークが眠たそうな声で声をかけてきた。爽やかな朝の挨拶としては赤点を与えたい挨拶だ。
「……おはよう」
「あー、眠い。けど寝ると夢の続き見そうで嫌だなぁ。実はとんでもない夢を見ちまってさ、カエルになった俺が尻の穴に」
「ダーラボンのまね! うんぬんかんぬんなんたらかんたらであるからして……」
「ぐーぐー……う〜ん……やめろぉ、空気を……腹……爆発する……」
寝言でまで嫌になる話を聞かせるな。


「よっ」
階段を下りていると後ろからラッドに声をかけられた。爽やかな朝の挨拶としてはまあ普通。
「おはよう」
「は」
「は?」
「はーっくしょん!」
盛大なくしゃみである、見事なふいうちである、回避行動など取れるはずもない。
べっとりとした生温かい粘液が、私の顔とラッドの鼻腔に細い架け橋を作っている。
「わ、悪ぃ。実はちょっと風邪気味で……」
「死の予言! お前の命はあと3分。死にたくなければ今すぐ自腹でホワイトスタッフを買いに行くのだな」
大慌てでホワイトスタッフを買いに行くラッド。多分、まだお店開いてないぞ。



「おっはよーっす!」
洗面所に戻って顔を洗いなおしているとムスタディオが入ってきた、爽やかな朝の挨拶としては意外な事に合格点。
「おはよう」
「なあなあ、いつもの俺とどこか違わなくないか?」
「……む、そういえばデコが狭くなってないか?」
「おう! 実は裏ルートで入手した超強力毛生え薬を塗って寝たんだ。効果抜群だぜ!」
「ほう、それはよかったな」
「朝晩一回ずつ塗らなきゃなんねーから、さっそく今から額に……あっ、手が滑った」
ラッドの奇襲により高まっていた警戒心が、即座にムスタディオの失態に反応し回避行動を取る。
しかし相手は液体。毛生え薬の雫が一滴、私の頭にかかった。
にょきにょきにょき。何と私の頭からラムザとお揃いの跳ね毛が生えた!
「……ムスタディオ、グッジョブ!」
私は珍しくムスタディオに感謝した。まさかムスタディオがこんな爽やかな気持ちにさせてくれるとは予想外だ。
さっそくラムザにこの跳ね毛を見せに行こう。




すでに朝の食卓に到着していたラムザに声をかける、自分でも満点を与えたいくらいの爽やかな挨拶だ。
しかしラムザはうつむいたまま返事をしない、私を無視するなどおかしいし、何かあったのだろうか?
もう一度、満点の爽やかさで、
ラムザ、おはよう」
「……ああ、おはようござ……」
ラムザは陰鬱な表情で振り向いて、固まった。私の跳ね毛を見ながら。
さて、どんな反応をするのか楽しみだ。可愛いと褒めてくれるだろうか? わくわく。
「と……」
「と?」
「盗ーらーれーたー!?」
「……は?」
なぜか泣き出すラムザ、いったいどうした事か? しかも盗られたとはいったい……はっ!
よくよく見れば今日のラムザには跳ね毛が無い!? 馬鹿な、ありえん! ラファとマラークが真っ白になるくらいありえん!
「ららららラムザ、なぜ今日は毛が跳ねておらんのだ!?」
「あああ〜……何て事だ、今日は毛が跳ねてないからもしかしたら不治の病に冒されたのかと思っていたら、まさか盗まれて……」
「いや盗んでない盗んでない、これはムスタディオの……」
「はっ!? そうか、ムスタディオが前髪を増やすために僕の跳ね毛を奪った可能性もある! アグリアスさんはそれに感染した!?」
「感染って何だー!? というかラムザ落ち着け!」
「おのれムスタディオ許すまじ、むしり取ってやる!」
目を血走らせて洗面所へ向かうラムザを止める勇気は、私には無かった。
ちなみに──昨夜ラムザは跳ね毛を頭と枕の間に挟んで押さえつけるようにうつぶせで寝てしまったようだ。
スタディオの新しい前髪をむしり終わる頃にはラムザの跳ね毛は力強さを取り戻していた。
そして私とラムザは、その日の午後お揃いの跳ね毛で一緒に買い物へ出かけた。
スタディオのために同じ毛生え薬をもう一本買っておいてやった。



帰宅途中でラムザと並んで風になびいていた跳ね毛が抜け落ちてしまい、毛生え薬がインチキだと判明してしまうというオチが待っていた。