氏作。Part16スレより。

「…こんな不公平な話が赦されると思う? あなたの全てを凌駕するこの私を差し置いて
スレの女神になり続けて。…もう我慢できない。あなたを殺して私が主役を担ってあげる」
眼前に立ち阻むはレーゼ。その目にはアグリアスを灼き尽くさんばかりの憤怒がはっきりと受け取れる。
「…たわけ。人は貴様を捨てて私を選んだ。それだけの話であろう。嫉妬に狂うとは名高き竜の血を
受け継ぎし者も地に堕ちたものだな」嘲笑と憫笑の入り混じった含み笑いをレーゼに見せ付ける。
「…人間風情が大きくでたものね。私の力、よもや知らない訳ではないでしょう?」目の前の白痴を嘲るレーゼ。
「迅さ重さばかりで武が成ったと思い込む浅はかな女の戯言だな。片腹痛い」肩をすくめるアグリアス
「決めた。あなたはもう原型を留めておかないわ。バラして魚の餌にでもしてあげましょう」レーゼの両腕がうっすらと光り始める。
「ふん。貴様こそ我が剣術の極意、しかとその目で見届けるがいい。死出の手向けには過ぎた土産であろう」
アグリアスの剣も同様に蒼い光を放ち始める。―――もはやこの場から立ち去れるのはどちらか一闘士のみ。
残りはここで己の墓守を自らするしか道は無い。
…このレーゼ。見た目麗しき淑女ではあるが、その実人間ではない。竜の血族の一員である。
その力、文字通り人間のそれではない。徒手空拳で彼女の何倍もある男戦士やモンスターを瞬く間に血祭りに上げる。
拳を闘気で強化し、己の腕を衝撃から保護すると共にパンチを強化する。その威力ときたら岩盤を軽々と粉砕するほどである。
彼女に捕捉されてしまった者は、今生の最後に地獄を覗き見ることになる。鎧など、何の意味もなさない。貫き手は
鎧ごと胸板を貫通し、顔面への一撃は対象のそれを四散させる。全身を凶器と化して戦場を地獄に変える戦鬼である。
対するアグリアス。女でありながらその剣から繰り出される絶技は数々の名だたる剣豪達を刀の錆に変えてきた。
剣の技もさることながら、特筆すべきは聖気を衝撃波として放つ聖剣技であろう。美しいその閃光を浴びたものは、
その体を塵と帰す。神の力を引き出しつつ、余すところ無く見返りとしてあまたの命を死神に引き渡す処刑人である。
殺戮の戦鬼と全てを死塵にする処刑人。錬気を十分に得物に託したところで両雄が激突する。
アグリアスの袈裟斬りを素手で難なく受け止めるレーゼ。その接触音は刃同士のそれと何ら代わらない。
闘気を高めて肉体に通わせば、肉体の強度は飛躍的に上昇する。しかし、それで斬撃を防げるかと問われれば
答えは否、できるわけがない。にもかかわらずこうしてレーゼが刃を素手で受けられるのは、ひとえに彼女が
人間でないからだ。人外の闘気量。これをもってして今の神業は初めて成される。加えてレーゼの指。
手のひらで受けた刀身を握ろうとしたのを見受けて、慌ててアグリアスは剣を引く。鋼鉄をも貫通するレーゼの
指の力に掛かれば、細身の剣などひとたまりも無い。剣が砕かれれば、一巻の終わりである。
もはや、あの腕は紛れも無い凶器である。指がある分、ただの剣よりたちが余計に悪い。意思を持った二本の
利剣が相手、と考えたほうが適切だ。鋼鉄の塊と化した腕から繰り広げられる多彩な打撃。それを
アグリアスは剣で悉く打ち払う。アグリアスの剣も闘気が通っているから、こうした熾烈な衝突の応酬にも剣は耐えられる。
このレーゼ、力も人間のそれでなければ動きの迅さも人間とは段違いである。四方八方からの打撃を
懸命に打ち払うものの、とても聖剣技を繰り出すだけの時間は作れない。今の状況では、一瞬の硬直が即命取りとなる。
限界を超えた肉体と精神の行使は着実に疲労を蓄積させ、技の切れを鈍らせていく。アグリアスの体力が
もはや限界に近いことを見取り、レーゼが勝負をかける。レーゼのアグリアスの胸板への全力の正拳突き。
アグリアス、これを剣の刃で食い止める。しかしいかんせん腕を酷使した上でレーゼの全力の衝撃である。
状況が悪すぎた。ある程度の威力は殺したものの、刃からずれたレーゼの拳がアグリアスの胸を鎧越しに襲う。
その出鱈目な力に体は宙を吹き飛び、全身を壁に強打するアグリアス
「(…い、いかん! 次の攻撃に備えねば…!)」混濁する意識と景色の中で、懸命に頭を持ち上げるアグリアス
既にアグリアスのすぐ傍まで迫っていたレーゼには、彼女の回復を待つ義理も優しさも持ち合わせていない。
素早く首を掴んで宙吊りにするレーゼ。「ようやく捕まえたわ。随分手こずらせてくれたわね。お楽しみはこれからよ」


アグリアスは頚動脈と頚静脈を握り締められてろくに頭が回らない。レーゼの力を持ってすれば
首をへし折ることはおろか握力のみで首をちぎって捨てる事も朝飯前なのだが、そんな真似は
レーゼにはとてもできない。出来ようはずが無い。待ちに待った、復讐の時がようやく訪れたのだから。
手足の感覚が遠くなり、無様に剣を床に落としてしまうアグリアス。もはやいつ殺されてもおかしくない状況で、
アグリアスに出来ることは何も無い。手足がまるで動かないのだから。
「…少し苦しめてあげましょうか」
人間の体は脆い。だからうっかり力を込めすぎて首を折らないように、蟻をつまむ様な気持ちで今よりも少しだけ
力を入れる。
「あっ…ううぅ…」
子猫の鳴き声のようなか細い声を出して苦悶を訴えるアグリアス。そんな顔、そんな声がレーゼにとっては
最高の爽快感に変換される。これだ! 私が求めていた光景はまさしくこれなんだ! 長年の恨み辛みが瓦解していく
感覚に、レーゼは小躍りしたい気持ちを必死に抑える。あっさりと声を上げるのを止め、うな垂れてしまったアグリアス
「(――気絶したのね。どうしてこんな脆弱な女が今まであんなに人気があったのかしら)」
首を掴む指に脈を感じるレーゼはほっと胸をなでおろすと共に、再び私刑を再開せんと、アグリアスの腹部を殴りつける。
鎧越しとはいえ、その威力は気絶者を呼び覚ますには充分すぎてなお余りある。大量の吐血。そして咳き込むアグリアス
顔に被ったアグリアスの血がより一層レーゼの嗜虐心を掻き立てる。むせ返るような血の匂い。それが仇敵アグリアスのもので
あるのだから堪らない。心を躍らせるなというほうがどだい無理な注文である。
――さて。これからどうしよう。
圧倒的優位にありながら、むしろ困っているのはレーゼ本人である。
「(…一体どういう手順を踏めば、より長く、より愉しく、より残酷にあなたを壊せるのかしらね)」
目は…ダメだ。傷つけられない。自分の体が段々と崩れていく様を見せ付けなければ恐怖は与えられない。
目をくり抜いた後でいたぶるというのも一つの手ではあるが、やはり絶望していく表情を見取ってこそ興である。
口も同様の理由で却下。怨嗟の声を聞けなくなるというのは大失点だ。

あまり大規模な破壊はできない。腕や足をもいでしまうと、それだけで失血死してしまう。
と、なると。やはり破壊対象は身体の末端か。指を一本一本捻り取って二度と剣を持てないように
してやれば、少しは積年の溜飲も下がるだろうか。アグリアスの右手にゆるゆるとレーゼの左手が伸びる。
首を掴まれて今まさに死せんとするアグリアスと、アグリアスを恍惚の表情で苦しめるレーゼ。
そんな惨劇を物陰から総身を震わせて見つめ続ける者達が数十人。スレの住人である。
何とかして我らが女神を救い出したい! しかし、あのアグリアスでさえあの様なのだ。今更一般人の
自分達がしゃしゃり出たところで、殺されに行くようなものである。涙を流しながら歯軋りする。
「冗談じゃねぇ!!」
レーゼの手がアグリアスの人差し指にかかったところを見て、一人の名無しが立ち上がる。
その手には鉄パイプのようなものが握り締められている。激情に駆られて我を忘れているのだ。
「アグたんが…アグたんが…お前みたいな奴に負けてたまるかよぉぉっ!!」
「やっ、やめるんだ名無しーーーっ!!」
仲間達の制止を顧みることなく、レーゼに突進する。その様子をさもつまらなそうな表情で冷ややかに見つめるレーゼ。
名無しの振りかざした鉄パイプがレーゼの右頬を直撃する直前に、名無しはある言葉を聴いた。
「下衆」
ボウン、何かの小爆発のような音と共に、一瞬前まで名無しであったそれが床に飛び散る。
今まで生きて友であった名無しが、今はもう死んでしまったということに。
目の前で何の前触れもなく引き起こされた地獄に。
他のスレ住民たちは震えるのも忘れてただただ呆然と目の前の惨状を放心した様子で見つめるばかりである。
レーゼにとって見れば、打撃に合わせて軽く裏拳を入れただけに過ぎないが、それでも人一人を粉砕するには十分であった。
「あなた達はそこで黙って震えていればいいわ。信奉する姫君が解体される様子を、そこでじっくりと御覧なさい」
レーゼの集中力が名無しに割かれたため、アグリアスの首のかけられる力が弱まり、アグリアスは明確な意識を取り戻した。
眼前の目を覆わんばかりの惨状に恐怖を抱く以上に、今まで自分を慕っていた名無しが虫けらのように殺された
という事実に、失われかけた闘志が怒りを燃料として燃え上がる。


とっさにレーゼの右腕を両手で掴み、レーゼの右腕を支えにしてレーゼの下顎を
蹴り上げるアグリアス。突然の強烈な顎への衝撃に、流石のレーゼも一瞬だけ意識が歪む。
緩んだ右手の拘束を振りほどいて着地し、みぞおちにさらに蹴りを入れる。足元の剣を急いで拾って距離をとる。
格闘家ではないとはいえ、アグリアスの肉体は鍛え上げられている。相手がただの人間ならば
二発目の蹴りで意識を当然失うはずだが…。
「流石…と。とりあえず褒めておこうかしら。蹴り込み自体はまだまだ甘いけどね」
何らダメージを負っている様子は見受けられない。口元は必要以上に歪み、狂気の程を表している。
アグリアスにまんまと逃げられた挙句に蹴りを喰らったとあって、怒りが臨界を突破したようだ。
「…いいわ。次はもったいぶらずに一発で頭を潰してあげるから」
レーゼの両腕が再び光を放ち始める。レーゼが怒りに打ち震えている間に、アグリアスは起死回生の
聖剣技を用意していた。剣は唸りを上げると共に燦然と輝き、聖気に満ち満ちている。
再び剣と拳の打ち合いに持ち込まれては先ほどの二の舞だ。口元に血の泡を覗かせながら
懸命に紡ぐは最高の聖剣技・聖光爆裂破。この技が通用しなければ、すなわち聖剣技による止めの望みは潰える。
乾坤一擲の聖光爆裂破。その紅白い裂光にレーゼは憫笑を催す。
空中で二つのエネルギーが衝突しあう。互いを喰い合うその二つの光は、一瞬で誘爆を引き起こし、爆風が周囲のものを吹き飛ばす。
頼みの綱であった技がかき消され、思わず片膝を突くアグリアス。それを悠然とした面持ちでレーゼが見つめる。
「闘気による遠距離攻撃を使えるのは、何もあなただけの特権じゃないのよ。ブレスで相殺させてもらったわ」
レーゼはブレスを発し、己の身を守ると共に聖剣技の威力を打ち消したのだ。
その事実に見る見る顔色を失うアグリアス。そんな様子がレーゼにとっては可笑しくて堪らない。
「…黙れ。貴様なんかに。…貴様なんかに私の奥義が破られるものかーーーっ!!」
再び剣に聖気を充填させるアグリアス。やれやれといった面持ちで目の前の愚女の狂態を嘲笑う。
――これでいい。全ては私の計画通りだ。
剣が先ほどのように煌々と光を放ち、聖剣技を繰り出す準備が整う。憫笑と嘲笑の入り混じった含み笑いで口元を歪め、


ブレスを発射する準備を整える。今再び、先ほどの光景が繰り広げられようとする。
名高き聖騎士もああなったらおしまいだな、とレーゼは内心嘆息を漏らす。
まぁそれも無理からぬ。頼みの綱であった聖剣技はあっさりと破られ、死刑宣告を受けたも同然なのだ。
とち狂って今のように狂態を演じても不思議はない。もう一度聖剣技をかき消してから、今度こそ
決定的に絶望たらしめる。それはそれで趣きがあっていいか、とレーゼは歪んだ遊び心にとらわれる。
アグリアスの剣が最大限に輝き、剣技を放つ姿勢を造る。それを見取ってレーゼもブレスを形成する。
次の瞬間、突然アグリアスが疾走して来た――。
「(えっ―――!?)」
予想だにしなかった事態に、状況を飲み込めずレーゼは狼狽する。集中力は失われ、ブレスの闘気塊は失われる。
アグリアスとて、その動きの迅さは常人のそれではない。それこそレーゼがあっと驚いている間に懐にまで飛び込む。
そう、全て計算ずくの上での行動だった。一発目の聖光爆裂破はレーゼを釣る為の布石であった。
防がれることを前提で放ったものだ。敢えて防がせ、狂態を演じることでレーゼを更なる優位な立場に担ぎ上げ、
慢心を生じさせるのが目的であった。全ては、今のこの攻撃を成功させる為の布石。
聖気が充填されきった剣がレーゼの胸元を襲う。レーゼ、これを右手のひらでガード。アグリアス、レーゼの手のひらと
剣が接触したインパクトの瞬間に聖光爆裂破を発動――。至近距離で早くも破壊対象に接触した衝撃波は
それこそガードさせる暇も与えずにレーゼの懐で大爆発を引き起こす。レーゼにとって見れば、抱きかかえていた大型の
爆弾が、そのまま爆発したようなものである。全身を衝撃波と熱波に打ちのめされ、堪らずレーゼは吹き飛んで壁に叩きつけられる。
一方アグリアスは剣を構えたまま無傷である。
一発目の聖剣技発動時に敢えてこの戦法を取らなかったのは、突進の最中に警戒心を持たれてブレスで
迎撃される可能性があったからだ。相手の虚を突いてこそ、今の攻撃は成功する。アグリアス自身は
同属性の障壁を聖剣技を作り出すときの応用で形成することで、至近距離での爆発の衝撃にも影響を受けない。
間髪入れずにアグリアスは全身打撲で苦しみ悶えているレーゼの元へ剣を片手に走り寄る。


かつては共に戦った仲間だろうと。かつては同じ瓶の酒を飲み比べた仲であろうと。
もはや今、このレーゼは完全な敵だ。殺さなければ、次に殺されるのはアグリアスだ。
戦場で、相手を不憫に思って殺すべき相手を殺せない戦士など、下の下である。
剣を納めて立ち去る途中に、赦した相手に背後から胸を射抜かれる、という間抜けが一体何人いるのだろう。
アグリアスも、幾多の修羅場を掻い潜るうちに、いつしか人を殺すことにためらいを持つことをやめた。
普段の生活を営むアグリアスと、戦場で殺しを続けるアグリアスは全くの別物である。
あくまで、人格をきっちりと切り替える。戦場では事務的に、私情を挟まずにただ殺すべき相手を殺す。
そうしなければ、彼女は自分の心を保てなかったし、何よりも戦場で生き残れなかったから。
何のためらいも無く、完璧な速度と箇所捕捉で。アグリアスはレーゼの心臓部分に剣を突き立てる。
「あっ……」
小さな声を上げてレーゼという女がこの世から消えてなくなった。
レーゼの死相に窺えるのは苦悶でも嫉妬でも憤怒でもない。何の表情も窺えない。
見開かれた目はただぼんやりとアグリアスを見つめ続けるのみ。その人形然とした顔を一瞥した後、
アグリアスは剣を納めて軽く黙祷する。殺した相手に許しを乞おうなどとは思わないし、乞えるとも
思わないが、アグリアスが出来ることは、彼女の冥福を祈ることのみだったのだから。