氏作。Part16スレより。




アグ 「それでは後のことは頼んだぞ」
ラム 「はい。道中お気をつけて」
小さな手荷物を持ってアグリアスは仲間たちを後に一人で野を進む。



ムス 「……一体どうしまったんだろうな。アグリアスさんは。
    『隊を抜けたい』なんて急に言い出して」
ラム 「人にはそれぞれの事情があるよ」
ムス 「他の奴ならともかくアグリアスさんは主力メンバーの一人だぜ?
    ったくよぉ…」



数日後…
ラムザは自分の手荷物に入っていた手紙に気づく。
ラム 「これは…アグリアスさんからの僕への手紙?」
手紙 「前略
    親愛なる我が友ラムザ殿へ
    このたびは隊を抜けるなどという勝手を言ってすまなかった。
    実は私の余命は幾ばくも残されていないのだ」
ラム 「!?」
予想だにしなかった内容にラムザはしばし先に読み進めない。
手紙 「一人で野外で戦闘訓練をしている最中に
    訳の分からぬ羽虫のような怪物に襲われてな。
    腕を針で刺されたのが撃退はできた。
    数日経って、私は体調の異変に気がついた。
    仲間たちに心配はかけまい、と医者や白魔術師の類に
    方々相談して歩いた。
    剣に命を捧げた者としては、こんなことで死にたくはないしな。



手紙 「だが無駄だった。
    現代の医術と魔法では手に負えないらしい。
    自分の体は自分が一番よく分かる。
    私にはもう先がない、と。
    情けないものだ。
    死など怖くはない、と自負してはいたものの
    いざ死のう、ということになると
    眠れぬ夜が毎晩続くのだ。
    いよいよ剣の冴えも衰え始めたころ、
    私は隊の脱退を決意した。
    敵を斬れぬ騎士になど、何の意味があろう。
    このままでは隊の全員に迷惑がかかる。
    私は私を騎士アグリアスとして締めくくりたかったのだ。
    ……思えば色々なことがあったな。
    ただの傭兵暮らしから一変、世界を救うときたものだ。
    人生どうなるか分からないものだな。
    お前も今や一個隊の隊長だ。
    最初はただの鼻垂れの坊やと思っていたものだが
    変われば変わるものだ。
    家庭を、身分を、名を捨て、異端者になってまで
    一介の剣士として旅を続けるお前を
    いつからか私は尊敬していた。
    有体に言えば、愛していたのだろう。
    戦乱の日々で私情に流されまいと、
    ひたかくしにしていた気持ちだが、
    もう最後なので思い切ってお前に伝えよう。
    迷惑ならばここで手紙を破り捨てても構わない。
    いつからかお前は私の実力に追いつき、
    私も負けまい、と日々精進を積んできた。
    先輩として、後輩に抜かれることなど
    面目が潰れるからな。


手紙 「ひとえに主を守るために歩んできた剣の道だが
    私の、そしてお前を助け、護るために研鑽を積むのも
    悪くはない、そう思っていたよ。
    魔法に頼ることなど剣士の名折れ、
    そう思って頑なに習得を拒んでいたものだが
    (何より私に魔法の才はあるまい)
    私はこっそりと白魔法の初等は習得していたのだ。
    お前が傷ついたときに、私の拙い回復魔法でも
    少しでも助けになれば、と思ってな。
    随分と転職に関しても迷惑をかけたな。
    剣を持てない剣士など騎士にあらず、と
    魔法使いに転職するのを嫌がってだだをこねてしまったな。
    すまなかったが、分かって欲しい。
    踊り子など、私は恥ずかしくて死んでもなれないし、
    何よりお前に素肌を晒すのは恥ずかしくて居た堪れないのだから。
    お前が他の女と楽しげに会話をしているのを見かけたときは
    いっちょ前に嫉妬などしてみたよ。
    最初はなぜこんなにも胸が苦しくなるのか、
    なぜこんなにも悲しくなるのか不思議だったがな。
    お前との買出しの時には、生意気にも初めて化粧をしてみた。
    私が未熟なせいで、お前は気づきもしなかったがな。 
    剣のことしか知らない無粋な私だが、戦術や戦闘のことだけでなく
    もっと色々なことを話しておけば良かったと悔やまれる。
    お前は誰にでも優しいから、覚えていないだろうが
    私が見張りの番の夜、寒空のもと身を震わせていたときに
    お前の持ってきてくれた毛布。
    暖かかった。ありがとう。
    ここまで私が歩んでこれたのはお前のおかけだ。
    お前がいなければ、姫も、私もとうに果てていただろう。
    ありがとう。


手紙 「私のような女らしさが足りない者に
    お前は優しくしてくれた。ありがとう。
    最後に、思い出を、ありがとう。
    …私は学も文才もない馬鹿だから
    伝えたいことはもっとたくさんあるのに
    想いがあふれて言葉にできない。
    お前があの暗殺者どもから体得した
    究極の魔法・アルテマ
    あれは凄いな。戦いにおいて剣が全てではない、
    そう実感したよ。あれがあればもう私など必要あるまい。
    お前は強い。私などより余程な。
    自信を持て。そして仲間たちを導いてやってくれ。
    それを私への手向けとして貰いたい。
    仲間の心を乱してはなるまいと、あのような形で
    唐突に除隊してしまったが
    お前にだけは私の真実を知っておいて貰いたかった。
    私のことなどに一々構う必要はない。
    前に進め。
    『昔、アグリアスという女の騎士がいた』
    その程度に覚えていてくれれば私は満足だ。
    長々とした文章を残してすまなかった。
    これで手紙を終わることにする。
    姫を、よろしく頼む。
    そしてラムザ、お前の武運を祈る

 
    世界に光を
                    アグリアスオークス






後悔と自責がラムザの心を締め上げる。
なぜ彼女の変調に気づけなかったのか。
なぜ彼女の気持ちに気づけなかったのか。
自分に対する怒りは涙となって、止めどもなく
あふれ出る。
救いたい、彼女を救ってあげたい…!
何度も届かぬ願いを心の中で復唱する。



ラム 「……何だ?」
ラムザは何かの異変を感じ取った。
何かが彼の荷物入れの中で眩く輝いている。
それにこの聞き覚えのあるうなり…
ラム 「まさか……聖石が!?」
とっさに武器を構えるラムザ
突然『何か』がラムザの心に直接語りかける。
人のものとも、魔物のものともつかない不思議な声で。
??? 「汝の望みを叶えよう……」
ラム 「えっ……?あの…」
その一言を聞いたきり、事態は元に戻ってしまった。
聖石は光を失い、うなりも消えてしまった。
ラム 「……これは…」
ラムザの脳裏にある光景が瞬間的に蘇る。
リオファネス城の屋上…バリンテン大公の凶弾で
一度は命を失ったマラークが、聖石の力で蘇った。
ラファの強い祈りに聖石が呼応したのだ。
今のはそれとそっくりな現象…
ラム 「だとすると彼女は……!」
すっくと立ち上がるラムザ


場面変わって自治都市ベルベニアの酒場。
アグリアスが酒を煽っていた。
…死なない。死なない死なない死なない死なない死なない…。
なぜだ!? 私はもはや助からぬ身ではなかったのか?
私はひっそりとその生涯を閉じるために、息も絶え絶えに
この街にやってきていた。
ろくに体は動かず、思考は混濁し、明日をも知れぬこの体…だったのだつい先日までは!
ある日突然、なぜか体調が全快してしまった。
本来ならばもろ手を上げて喜びたいこの状況…。
そう、問題はあの手紙!
死んでしまっては恥も外聞もない。
そう思って綴った遺書ではあった。
本来ならば除隊の侘びと先のある仲間への激励だけで十分だった。
しかし……志半ばにして倒れ、希望を仲間に託す、
私の真実を知っているのはラムザだけ。
私はもうこの世にはいない。
この一種のヒロイックな状況に彼女は少なからず酔ってしまっていた。
加えてラムザへの伝わることのない恋慕…。
様々な状況が絡み合い、結果として彼女は胸に秘めた
想いを赤裸々に綴ってしまっていたのだ。
本来ならば私はもう死んでいる。
本当を知っているのはラムザだけ…。
そうなるはずだった。
ああああああああああああああぁぁぁ......
思い返しただけでも顔から火が出そうだ…。
剣に全てを捧げたはずなのに、なんという体たらく…。
全てをやつに知られてしまった!
あいつは私を笑うだろうか、私の死を悲しむだろうか、
仲間に伝えてしまっただろうか、仲間と共に探しに来たりはしないだろうか…
答えの出ない疑問の山と恥ずかしさで
彼女はここ数日苦悶し続け、こうして酒を煽っているのだった。



いっそ死にたい。
潔く自害して予言を実行したい。
しかしそれでは今でも頑張っている仲間と
オヴェリア様に申し訳が…。
かといって今更隊に(特にラムザの前に)戻れるはずなど…。
完全な八方塞り。
どうにもできないからこそ彼女はここで酒を煽っているのだ。
??? 「アグリアスさん?」
ビクッ
ガシャッ
聞き覚えのある声に彼女はグラスをひっくり返す。
ラム 「探しましたよ。アグリアスさん。何をやってるんですかこんなところで…」
アグ 「(゚////Д////゚) …………」
彼女は身動きが取れない。物を考えることもできない。
なぜなら最も遭いたくない人物との対面で化石してしまったのだから。
ラム 「あの、アグリアスさん……?」
アグ 「(゚////Д////゚) …………」
ラム 「アグリアスさんってば!」
ようやく我に返る。しかし思考の乱れは著しい。
アグ 「え…? ああ、何だラムザか。踊り子になった感想はどうだ? んん?」
頭を掻きながらため息をつくラムザ
ラム 「男が踊り子になってどうするんですか…。体調はいかがです?」
アグリアスにようやくまともな思考が復活する。
アグ 「体調……?
………?
うわぁぁぁっ、ききき貴様はラムザっっ!! なぜここに…っ!!?」
さらに深々とため息をつくラムザ
ラム 「仲間を総動員して各地に聞き込んで回っていたんですよ。
    あなたを迎えにきました。さぁ、向こうでみんな待っていますよ」
アグ 「うわぁぁぁぁぁっ」
堪らず店を飛び出すアグリアス


酒場のマスター 「あっ、ちょっ、お客さんお代!」
ラムザと仲間、そしてマスターの制止を振り切って
アグリアスはただ駆ける。
後方からは自分を呼ぶ仲間の声と食い逃げと叫ぶ声がかすかに聞こえてくる。
彼女は気がつくと町外れまで来ていた。
周囲には誰もいない。
後悔、羞恥、疑念、歓喜
様々な感情が入り乱れて彼女は立ち尽くしてしまう。
どうしようどうしようどうしよう…
ラムザが来てしまった…。私の全てを知るラムザが…。
ラム 「アグリアスさん…」
ビクッ
恐る恐る振り返ると、案の上ラムザがそこに立っている。
アグ 「ラ、ラム…」
彼はいつも通りの顔だった。
ラム 「さぁ、帰りましょう」
アグ 「……手紙、読んだのだろう…?」
有り得ない否定を期待する空しい問いかけ。
ラム 「……ええ」
アグリアスが俯いたままぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
アグ 「…ならばなぜ。放って置いてくれなかった?
お前がどういういきさつで私の回復を知ったのかは知らないが、
    あれは私が死ぬことを前提に綴ったものだ…。
    わざわざ私を笑いに来たのか…!?」
何も返さないラムザ。しかし彼の瞳はアグリアスのそれをしっかりと捉えている。
アグ 「騎士として、女として惨めな者と思っているのだろう…?」
ラム 「…いいえ」
アグ 「私はそう思っている…っ!」
堪らずにアグリアスは声を張り上げる。


アグ 「私は騎士失格だ。
    姫を、皆を護るはずが色に狂い
    お前を惑わせ、挙句の果てに
    隊の規律を乱す大失態……っ!
後生だ。これ以上私に構ってくれるな!
皆には『見失った』とでも言えば良かろう。
    さぁ、去れ、去れっ……っ」
彼女の頬は涙で濡れている。
ラム 「…貴女はなぜ今も生きているのですか?」
質問の意図が分からずに困惑するアグリアス
ラム 「見たところ、すっかり体調は良いようですね。
    お酒も飲んでいたようですし。
    どうして毒が消えたんでしょうかねぇ…」
アグ 「…そんなことは知らんっ! ある日突然直ってしまったのだ」
俯いてただ質問に応えるアグリアス
ラム 「…手紙を見つけたあの日、僕は猛烈に悲しみ、
    そして後悔しました。
    貴女の体と心に気づけなかった自分の愚鈍さを呪いました。
    すると、偶然傍にあったゾディアック・ストーンが突然輝きだしたのです。
    僕ははっきりと聞きましたよ。
    『汝の望みを叶えよう』という声を。
????それはつまり????
ラム 「アグリアスさん、聖石の発動条件は?」
アグリアスは目をぱちくりさせてボソッと答える。
アグ 「聖石の…持ち主の…強い願い」
ラム 「もう分かったでしょう?
    僕は貴女を笑いに来たわけでも、
    けなしに来たわけでもありません。
    貴女が必要だから、大切だからこそ、こうして迎えに来たのです。


想像だにしなかった真実に呆然と立ち尽くすアグリアス
照れ隠しのためか心にもないことを言ってしまう。
アグ 「し、しかしそれはあくまで『仲間』として
    私を迎えに来たのだろう…?
    腐っても私は聖騎士。
    腕に自信はあるつもりだからな。
    その、まぁ、わ、私を女としては…」
言葉を上手く続けられずにもじもじするアグリアス
ラム 「そうですね」
にっこり微笑むラムザ。また化石するアグリアス
ラム 「少なくとも今までは、僕は貴女を
    そういう目で見てはいなかった。
    貴女は気高く、美しく、そして強い。
    稚拙な表現なのですが、
    多分貴女を一種の女神のように感じていたのだと思います。
    憧れはするが決して届かない、そんな存在。
    第一、事あるごとに騎士道論で片付けようとする
    貴女は恋愛に無関心だと思い込んでいましたよ。
    しかし貴女はようやく僕を認めてくださったようだ。
    僕も精一杯あなたの気持ちに応えたいと思いますよ。
    一人の男としてね」
ラムザアグリアスの手を握る。
ラム 「さぁ、皆が待っています」
頭が湯立って何も考えられない。
ラムザが私の手を引いている。
まるで自分の体でないみたい。
ラムザアグリアスを引っ張って仲間に駆け寄る。
シド 「おっ、戻ってきたようだな」
アリシアアグリアスさん、一体どうしちゃったんですかー!?
心配したんですよー?」
ラム 「何、少し休暇が欲しかったらしくてね」
ムス 「何だよそりゃーー!?」


白魔 「もう、主力は特別待遇なんですねー」
白魔道士のセルフィーナが口を尖らせて愚痴を吐く。
ベイオ 「まぁ、この埋め合わせは戦闘できっちりしてもらうことにしよう」
メリア 「貴女が遊んでいる間、私はきっちり特訓を続けてきたわ。
     今度の決闘が楽しみね」
仲間たちがアグリアスに我先にと話しかける。
彼女の頭には1/10ほどにも届いていないだろう。
心がある一つのことでいっぱいなのだから。



その夜、ラムザ一行は街のある酒場を借り切って
アグリアスの再入隊を祝して宴会を催した。
会は大いに盛り上がったものの、
宴会の主役である当のアグリアス
終始上の空でぼんやりとしていた。
真相に近いと思われるラムザに仲間が
こっそり問いただしても
ラム 「さぁ…? 色々あったんじゃないの?」
と、ちっとも役に立たない。
アグリアス鬱病説がまことしやかに囁かれていた。



その後、ラムザアグリアスの逢瀬に
手紙が使われることは決してなかった。
彼女曰く、またとんでもない事になりそうで恐ろしい、とのこと。
二人を結ぶきっかけとなった例の遺書兼ラブレターは
彼女が綴った最初で最後の恋文だったという。


           〜最後のLove・Letter〜 

                          Fin