氏作。Part16スレより。

チャージタイムも消費MPもなく、遠距離攻撃のできる便利で
強力な聖剣技を操るアグリアス
姫の護衛としてラムザ一行に同行していた彼女だが
騎士道精神に溢れ、敵をなぎ倒し、しかも美しいアグリアス
パーティ内でも男女問わず人気があった。
しかしそんな彼女の充実した日々に終止符が打たれることになる。
────オルランドゥの参入────。
雷神と謳われた彼の実力は文字通り天下無双とも言えるほどのもので
同じ聖剣技でもアグリアスのそれとの威力の差は歴然であった。
完全に株を奪われたアグリアス────。
エクスカリバーの威力と永久ヘイストの前で、彼女は無力だった。




皆が寝静まった後、こっそりと特訓を毎夜続けるアグリアス
しかし成長期を通り越した彼女に劇的なレベルアップなど望むべくもなく────
いくらやっても彼との差は埋まらない。
自信を喪失するアグリアス。今までの誇り高き己が崩れていく────。
苛立ちに身を任せ、聖剣技を手近な木に放ってしまう。
誰にも知られてはいけない特訓…音の大きな聖剣技は使うまいと誓っていたのに────。
音に目を覚まし、様子を見に来たラムザと対面してしまうアグリアス
顔を赤らめ、ただの訓練だ、と必死に弁解するアグリアス
しかしラムザには手に取るようにいきさつが分かってしまう。
彼女のやつれた顔…明らかに精神的な苛立ちと疲労によるものだろう。
最近元気がなかったのもこのためだろう。
気丈に振舞っていても彼女はうら若き女性、ラムザ達は彼女の「聖騎士」という称号に
あたかも彼女の心は鋼のようである、と錯覚してしまっていたのだ。
彼女の心は劣等感とコンプレックスで今にも押しつぶされそうなほどに繊細だったというのに────。


ラム「……すみません。僕たちはあなたがこんなにも……」
アグ「…………!!」
疲れきった彼女の心に、労いの言葉は逆効果だった。
何日も、何十日も抑えていた感情が爆発する。その場に崩れ付して懸命に涙を抑えようとする。
しかし涙は止まらない。止まるはずもない───。
アグ「………すまないっっ!私が及ばぬばかりに………!」
彼女にかける言葉が見つからず、ただ呆然と彼女を見下ろすしかないラムザ




剣の素振りと仮想の敵とのイメージ戦闘…。幼少の時より幾度続けた練習だろう。
女であることを捨て、ただただ剣の道に生きてきた私だが、
今、私の中の「騎士道」が揺らぎかけている────。
シドルファス・オルランドゥ。雷神としての彼の異名・名声はかねがね聞き及んでいたがアレは常軌を逸している。
彼は聖剣技・暗黒剣・剛剣という三つの剣技を操れるというのに、私はたったの一つ…。
しかも専門とする聖剣技ですら彼のそれには足元にも及ばない。このままでは面目が立たない。
私は聖騎士アグリアスオークス。姫の為にも、皆の為にも、そして、今までの私の道程を支える為にも、
私はもっともっと強く、高くあり続けなくてはならないのだ……!
────しかし。
彼の剣は天賦の才。彼女の剣は努力によって身に付けたもの。
いくら努力したとしても、天才と凡才の間には埋めがたい差がある。私はそれを痛感していた。
無心になって剣を振っているはずが、ジワジワと心を蝕む「焦燥」。
アグ「くっ………っ!」
頭が制止する前に、体は無双稲妻突きを放っていた。
……何という未熟者。
その命を何度となく預けた自慢の剣技も、今では甚だ心もとなく思える。
ラム「アグリアスさん……?」
ハッ、と振り返るアグリアス。そこにはラムザが立っていた。こんな醜態を彼に見せられるはずもなく…
アグ「な、なに、少し鍛錬していただけだ。剣士というものは日進月歩。脅かせてすまなかった。
   さぁ、帰ってもう寝るがいい……」
……自分でも顔が熱くなっているのが判る。羞恥心と自嘲の狭間で、彼女は身動きが取れない。
ラム「アグリアスさん…手が…」
アグ「え……?」
彼女は素振りのしすぎで手から出血していた。鮮血が剣の柄から滴り落ちる。
アグ「こ、これは…その、あの…」
もはや完全なパニック状態。剣に全てを捧げてきた彼女に巧い嘘などつけられるはずもなく────。
耳まで真っ赤にしてしどろもどろとしている彼女に、全てを察したラムザが話しかける。
ラム「……すみませんでした。僕たちはあなたの『聖騎士』の名のために、あなたが女性であることを忘れていたようです」
アグ「………っ!」
荒んだ心に労いの言葉が染み渡る。抑えていた感情が涙となってあふれ出す。
涙など、とうの昔に枯れ果てたはずなのに。
…何という無様。私が地に伏し、涙を流している。
ラム「アグリアスさん…」
アグ「…私は怖かったのだ。剣以外に何のとりえもない私が取り残されてしまうのが!
何かしなければいけない、そう思って続けてきた特訓だが、まるで彼に追いつけない。
騎士とは主君のために全てを捧げる者。
世界を、姫を救う為に、この命など紙くずほどにも惜しくはない 、とそう思い続けていた私が、今ではこの有様だ。
ちっぽけな私情の為に、心を激しく乱してしまっている……。
騎士とは…騎士とは…騎士とは…くっ」
再び顔をうつむけるアグリアス
……それは思いやりだったのだろうか。それとも彼女を好いていた為か。
次の瞬間、ラムザアグリアスを、ひしと抱擁していた。
アグ「なっ……」
目の前の現実に、彼女はしばし硬直する。
アグ「ふ、不埒者……! 放さぬか、斬るぞっ……」
懸命に言葉を紡いだが、剣を取ろうにも手が、全身がしびれて動かない。
ラム「そんなに気張らないでください…。貴女は騎士であると同時に若い女性なのですよ。
僕たちは一つのチーム、足りないところはそれぞれが補い合えばいい。
彼と同じである必要はありません。貴女は貴女なのですから。
僕は、貴女から多くのことを学ばせて頂きました。
少なくとも、僕にとっては貴女は『必要』で、大切な仲間なのです」
ラムザの言葉と体温が、アグリアスに伝わってくる。
────どれほどの時間を彼と抱き合っていたのかわからない。
永い時だったのか、刹那の時だったのか、彼女は覚えていない。
武に生きる者にとって、男女の交遊など低俗で下劣。
そう信じて疑わなかった聖騎士アグリアスオークスだが、
ラムザに抱きかかえられている間、今まで体験したことのない言葉に出来ない感覚が渦巻いていた。
確かに屈辱も、恥辱も、自信の喪失も彼女の心には刻み付けられている。
しかしそれらが一度に『何か』で覆い隠されてしまうような……そんな不可思議な時間と感覚だった。







その後、なぜか彼女はラムザが気になりだした。
不必要にも彼を想い、彼を観察し続ける日々。
自分でも得体の知れぬ感情…。
今日も今日とて彼を仲間としてではなく、
一個の男性、異性として想い続ける。
────その感情が世間一般に「恋」と呼ばれるものとは
無骨な剣士アグリアスには、仲間にこっそりと相談してみるまで気づかなかったのだった。