氏作。Part15スレより。


イヴァリースの四季は、どれもみな、それぞれに深い味わいを秘めていて、気の遠くなるような年月を
経ても色褪せることのないその美しさを、めぐる度に惜し気もなくわたし達に見せてくれます。
その中でも、わたしのお気に入りはやっぱり春でしょうか。清らかな白に包まれた静寂の冬が過ぎさり、
草も動物達もみな待ちきれないように顔を出して、陽光に洗われた大地を様々な色で染めてゆく様子は、
まるで真っ白なキャンバスに美しい夢が描かれてゆくよう。
 だから、春は夢心地の季節です。日々出会う、なにもかもがわたしを安らぎに誘ってくれます。
春風にのって舞散る花吹雪。野を自由に駆ける動物達。冬のなごりが静かなせせらぎを奏で、それに合わせて
楽しげに歌う小鳥達。カビ臭い湿りきった空気。苔むしたぬめる地面。闇の中に息を潜める黒い影に、
そして時折踏みつぶす油虫の感触。
 こんにちは皆さん、エレーヌです。今日はディープダンジョンに来ています。
 進む限り真っ暗で、おぞましい魔物達の巣食う古のダンジョン。春の訪れに浮かれまくっていましたが、
朝は明るくなる前から、夜は陽が沈むまでこの洞窟に潜り、長閑な陽気から完全に隔離されてしまったので、
夢は夢でもすっかり悪夢心地です。でも、そんな不満は言っていられません。何しろここに来た目的は、
一つは地下に眠る財宝探索ですが、もう一つはわたしのためなのですから。
 あれは十日ほど前の事だったでしょうか、わたしは秘かに離隊を考えていました。それというのも、
つくづく自分に嫌気がさしたからです。
 入隊間もなく分かった事なんですが、実はラムザさん達とてもお強いんです。とっても。こちらの何倍は
いようかという数の盗賊団に襲われたと思えば、寝ていたわたしが起きることなく戦いが終わってしまうし、
巨大なドラゴンを相手に、流石に苦戦してるのかと思えば、勧誘していただけだったり。


 比べてわたしはみじめなもの。することといえば、炊事をして、お昼寝をして、アグリアスさんに
起こされて、洗濯をして、うたた寝して、起こされて、居眠りして、要するに昼寝…いえ雑用係です。
その雑用ですら失敗ばかり、テントは燃やすわチョコボは逃がすわ。
 入隊前には、前線で活躍する自分を想像してましたが、今となっては夢のあとです。ラムザさんも、さぞ
失望されているでしょう。きっと除名されるのも時間の問題です。それならいっそのこと、無駄なお手間を
とらせないように自分から出ていった方が。そう思い立ち、わたしはしょんぼりと荷物をまとめていました。


 そのとき、外で荒い怒鳴り声。しばらくすると、アグリアスさんがお怒りの様子でわたしのテントへ
やってきました。


「エレーヌッ! 炊事をさぼるなと……」
「あっ…ア、アグリアスさん」
「…何をしているんだ、エレーヌ?何だその荷物は」
「えっ……あの、あの……」
「…まさかもうここに嫌気がさしたのか?」
「いえっ!そんなこと!皆さんとてもよくしてくれて…でも、わたし…なんだか、足手まといみたいですし…」
「……確かに貴公は足手まといだ、今はな」
「でしたら……」
「今は、と言っているだろう。自分の弱さが分かっているなら、何故努力しない?それとも、皆が貴公より
劣っている者ばかりだと思っていたのか?少しばかり魔法が使えるぐらいで、天狗になっていたのか?」
「……そんな、わたしは…」
「自信を持つのは構わん、大いに結構だ。卑屈な人間は私も好かない。だが、それがちょっとやそっと
挫かれた程度で簡単に砕けてしまうような脆弱なものならば、それはただの慢心に過ぎない。世間知らずの
憶病者、井の中の蛙というものだ」
「………」
「言っておくが、他に貴公の行くところなどないぞ。そんな根性のない者など、どこに行ったところで
うまくゆきはしないだろう。それでも行きたいのなら引止めはしない、さっさと荷造りの続きにかかれば良い。
私は行かせてやるぞ」



 そういってわたしを見下すアグリアスさんの目には、優しさの欠片もありません。そんなこといわれたって、
どうしようもないじゃないですか。なんて憎たらしい顔でしょう、美人だし。アグリアスさんみたく完璧な
人には、役立たずの気持ちなんて分からないのでしょうか。それとも、昨日アグリアスさんの下着を、鍋敷きと
間違えて使ってしまったのバレたのかしら。わたしが俯いていると、溜め息がきこえました。
「……貴公は隊長を…、ラムザを信じてはいないのか」
「……え」
「……我々は今、デーポダンジョンと呼ばれる場所に向かっている、聞いたことぐらいはあるだろう」
ディープダンジョンじゃ……」
「目的は貴公の鍛練だ」
「えっ(あっ、無視…)」
ラムザが貴公を入隊させた時に、何も考えていなかったと思うか? 貴公の力が、恐らく前線ですぐさま
私達と張り合えるような位置には満たないのではないかと、貴公がお荷物にはならないのかと。そんなことも
考慮しないで、いたずらに貴公を傷つけるような人間だと思うのか?」
「………(ディープダンジョンなのになぁ…)」
「言っただろう、ラムザはとても優しい人だ。貴公が心配するようなことはなにもないと。彼はあんな細い肩に、
我々には想像もできないような重荷を背負っているくせに、それなのに、自分を捨てて他人のことにばかり
頭を傾けているんだ。無論貴公のことにもだ。まったくひとの気も知らないで……いやっ、その、とにかく!」
「……はあ」
「いいか、集団で最も重要なことは信頼だ。互いに全てを託せる様でなくてはならないんだ!
仲間を家族だと思え、いや家族以上にだ!そうすれば、それは何者よりも強い絆を生む。それが集団の力だ。
だが、どちらか一方の信頼がかけていれば、そんな結束は絶対に成り立たない。分かるか!?」
「信頼………」
「…確かに貴公はまだ日が浅い、初めからそこまでの信頼など持てないかもしれない。それならば、せめて
意地でもここに居座ってやるという気負いを見せろ!周囲に自分を示せ!
それもできないようなら、黙ってついてこい!私がその脆い性根を叩き直してやる!」



アグリアスさん…」
「第一、 貴公の修行だけが目的ではないぞ。他にも用はあるんだ。貴公は余計な気などまわす必要は全くない。
もっとも、そんな気など起こらぬほどしごいてやるつもりだがな!」



 ガンガン怒鳴られてしまいました。やっぱりアグリアスさんは厳しいです。その口調も態度も、厳しすぎます。
だけど、なんて力付けられることでしょう。まるで厳しい母親のよう。いつのまにかわたしは立ち上がっていました。
「……ありがとうございます、アグリアスさん!わたし…やります!ラムザ隊長を信じてみます!
ラムザさんのお気持ちを無駄にはしません!頑張って、きっとラムザ隊長のお役にたてるように…!」
「……ええい、ラムザラムザとうるさいっ!貴公は自身の向上だけを考えていればよい!」
「………へ、…はぁ……」
「まったく……」
 苛立たしげにテントから出ていかれるアグリアスさん。また怒られてしまいました。よくわかりません。
でもありがとうアグリアスさん。わたし、甘えていたみたいですね。そうよ、わたしにはここの他に
行くところなんて、いいえ行きたいところなんてないじゃないの。頑張るのよエレーヌ!
 一人で意気込んでいるとアグリアスさんが戻って来ました。
「炊事!!」
「ごめんなさーい」
 母親というより、小姑に近いかも知れません。





 そんなわけで現在わたしは修行の日々。ジメジメした地下での戦闘は正直辛いものですが、でも楽しいことも
あります。それはなんといっても、ラムザさんが付きっきりでサポートしてくれることです。
「エレーヌさん頑張って!」
「落ち着いて、君なら大丈夫!」
近付いてくる魔物を蹴散らしながら、ラムザさんは懸命に声をかけてくださいます。甘ったるいエールに
浸りながら、ひたすら力をためるわたし。暗闇で二人きり、あぁもう、幸せで腕の筋肉痛も気になりません。
 ところでアグリアスさんはというと…、あ、こっち飛んで来た。閃光がわたしの横を突き通りました。
ああやって、日がなやたらと聖剣技を飛ばしていらっしゃいます。どういうわけか、わたしの方によく飛んで
来ます。近くに敵もいないのに、あ、また。そんなにわたしをしごきたかったのでしょうか。
あ、ラムザさんに当たりました。
 そんなこんなで何日かが経ち、「ためる」の成果でわたしの腕がラムザさんの首ぐらいの太さになったころ、
わたしは「算術士」というジョブになりました。毎日いわれるままにジョブを変更していったのは、このジョブを
修得するのが目的だったそうです。なんでも、全ての事象の真理を数学の理で解き明かし、詠唱もなしに
魔法を行使できるという、とても優れた上級ジョブだとか。腕はモンクですけど。
 折よくお目当てだった財宝も見つけることができたので、ここを離れる最後の日にわたしは本当の意味での
初陣を踏むことになりました。ついに戦力の一人として戦える。わたしはようやく隊の一員になれたような、
そんな誇らしい気持ちで胸がいっぱいでした。
 隣を見ると、アグリアスさんが何もいわずに肩を叩いてくれました。わたしもそれにうなずきます。
あのお説教がしみじみと頭に浮かびました。あの時はあんなに憎たらしかったアグリアスさんの顔が…
やっぱり憎たらしいです。何回も殺されかけましたし。
 でも本当にこの隊に来てよかった。初めてラムザさん達に出会い、そして受け入れられた日の喜びが、
ふたたびわたしをゆさぶります。忘れられないあの日。わたしに大きな道が開けたあの日。
 そして今日もまた、きっと生涯忘れられない日になると、わたしはそう信じています。





 それで…、ええ、確かに今日は忘れられない日になりました。なんでって…、またやってしまったんですから。
 今さらですが、わたし馬鹿でした。「算術士」っていうからには、当然算術を心得ていないといけない
わけですよね。10以上の数とか、数えられないといけないわけですよね。そんな女が出陣するとどうなるか、
もう大体お分かりですよね……?



「エレーヌさん、アグリアスさんにケアルガを!」
「はい!」
 アグリアスさんはハイト6。……6、ろく? 6は……縁起が悪いから素数かしら。
「ええと……ハイト素数ケアルガー…… … …?」
 …何も起こりません。暗闇に空しく響くわたしの声。隣のラムザさんの不安そうな視線が痛いです。
「エ、エレーヌさん?」
「…………えー…と」
「…!アグリアスさん、危ない!」
 見ればアグリアスさんの後方から魔物が、うずくまっているアグリアスさんにとどめを刺す気でしょうが、
そうはいきません。敵のハイトは3…、3は3の倍数に決まってます!
「ハイト3ホーリー!」
途端に闇を照らす光、今度は成功みたいです。清らかな光が魔物に降り注ぎ、轟音と共に魔物を消し去りました。
 ところが美しい光がもうひとすじ。
「……あ」
「エ、エレーヌッ。貴様っ!」
 ははあ、6は3の倍数なんですね…。断末魔のアグリアスさんの形相は、またも般若でした。
 レイズ……かけたくないです。



 こうしてわたしの輝ける初陣は、九九の書き取りに終わりました。またしばらく雑用係です。
 アグリアスさんには余計睨まれてしまいました。姉さん、まだまだ先行き不安です。




 続?







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