氏作。Part15スレより。


──山の向こうにあるライオネル城が朝靄に隠れている。
城塞都市ザランダの丘の上。そこに、一本の木が生えていた。
金糸の髪を揺らしながら、ガウンを羽織った美女が木の幹を手袋越しに撫でる。
白い朝靄に、白い息が混じる。冷たい朝の空気が彼女の肺を満たした。
細められた双眸は悲しみをたたえながら幹を見つめていたが、瞳に映っているのは数ヶ月前の思い出。
守ると誓っておきながら、結局守れなかったあの人。
今頃どうしているだろうか? きっと"あの男"に守られているのだろう。
女騎士は幹から手を離すと、木の葉を……出来るだけキレイな形をした物を選んでプチッとちぎった。
それを唇にあてがい、フーっと息を吹く。
息は葉の表面をすべり白い息となって朝靄に混じって消えた。
「草笛ですか?」
ふいにかけられた声に彼女はビックリして……けれどそれを決して表面には出さず、葉を口から離してゆっくりと振り返った。
ラムザか。おはよう、早起きだな」
「おはようございます。アグリアスさんこそずいぶんと早起きですね」


草笛を吹こうとしたのはアグリアスオークス
彼女に声をかけたのはラムザ・ベオルブ。
初めてオーボンヌ修道院で出会った日から数ヶ月……数々の苦難を乗り越え、仲間として固い絆で結ばれている。
「何となく起きてしまい、やけに目が冴えてしまったので散歩にでも行こうと思ってな」
「それで、草笛ですか?」
「うむ……」
「そういえばこの木はオヴェリア様が草笛を吹いた時の……。そういえば、オヴェリア様も最初は吹けなかったんですよね」
「貴公に教えてもらってすぐ吹けるようになったがな」
「教えて上げましょうか?」
ラムザも木から葉っぱを一枚ちぎり取り、唇に当てた。
そして、



しんと静まり返った朝靄の中、草笛の音色だけが辺りに鳴り響いた。
草笛の主は双眸を細め、朝靄に隠れた空を眺めている。
その瞳は、一人ぼっちで泣いている子供のようで……とても儚いものだった。
誰に想いを馳せているのだろう?
草笛を教えてくれた父か。
連れ去られてしまった妹か。
それとも袂を分かれた幼馴染みか……。
誰を想うにしても、胸中を巡る想いは彼を悲しみへと誘うのだろう。


草笛の音が止まった。
悲しみを隠した微笑を向けてくるラムザ。瞳は「やってみて下さい」と語っていた。
「す、すまん。もう一度手本を見せてくれないか?」
ついラムザの瞳に魅入ってしまっていたアグリアスは、申し訳無さそうに苦笑を浮かべた。
ラムザは嫌な顔ひとつせず、「こうですよ」と言って再び葉を咥えた。
唇の形を真似して、アグリアスも葉を咥える。
ラムザが草笛を吹き始めると、アグリアスもゆっくりと息を吹いた。
2つの音色が重なり合い、ザランダの街に落ち着いた音楽が流れる。
その調べはどこか悲しげで、儚い。
片方の音色が消えると、もう片方もすぐに消えた。



「上手ですよ」
そう微笑むラムザの顔には、もう悲しみを隠している様子は無かった。
遠い昔、草笛を吹くといつも隣で一緒に吹いてくれた、今はもういない親友──。
1人で吹くと寂しい音色。
でも、今のラムザには、すぐ隣で草笛を吹いてくれる人がいた。
だから──。
彼の心の穴をわずかでも埋められた事を誇りながら、アグリアスは葉を咥えた。



それからしばらくして、再び草笛が奏でられる。
朝靄が晴れ、太陽がザランダの街を照らし、街の人々が目を覚ます時間まで、デュエットは続いていた……。