氏作。Part15スレより。



「ラヴィアンは確か編み物が得意だっただろう? 教えてくれないだろうか」
 アグリアスが唐突にこんなことを言い出したのは、そろそろ冬が訪れようかという時期だった。
「はい? ええそうですが。珍しいことをお聞きになりますね。オーボンヌに居た頃に
 オヴェリア様が一緒にやってみましょうとおっしゃっても、いつも逃げておられたのに」
「いやまあ……。確かにあの頃はね」
 遠くを見るように目をすがめる姿に、ラヴィアンは慌てた。オヴェリア様のことを盛大に
心配し始める前に、話題を変えた方が良い。場合によっては酒が必須な状態になってしまう。
「ええ、宿に戻ってからでよろしければ、お教えしますよ。毛糸や編み針もお貸ししましょうか」
「そうだな、針は借りよう。糸はこれでは駄目か?」
 アグリアスがそっと見せたのは、赤い毛糸の束だった。
「あら、いつの間に手に入れたんです? もしかして、この間のお祭の時にひとりでうろうろして
おられたそうですからその時ですか? じゃあずいぶん前から編み物をしてみようと考えて」
ラヴィアンは、アグリアスの視線で自分の身体が凍り付いてしまいそうな事に気付いた。
「……あ、いいえ、余計なことを申しました。はい、では、今晩からお教えします」
 アグリアスと会話した内容を「今日の隊長」として語りあうのがアリシアとの日課なのだが、
毛糸に関することは黙っておいた方が良さそうだと、ラヴィアンは思った。
 この先、編み物を教えることは言っても構わない(というよりもすぐにばれる)だろうけれど。


 案の定、アグリアスが編み物を習い始めたという噂はすぐに隊に広まった。そしてそれがなかなか
上達しない、ラヴィアンはあそこまで不器用な相手によく根気が持つものだ、という感嘆の声までも。
 しかし、やはり皆の関心が行き着くところはひとつだった。
 アグリアスは、一体、誰の為に、編み物を習おうというのだろうか?


 それまでは比較的酒場での時間も楽しんでいたアグリアスが、夜になると部屋に閉じこもって
編み物と格闘するようになって日々は過ぎ。季節はすでに冬を迎えていた。
 教えた事はなんとかマスターしたとのことで、ラヴィアンは酒場の宴に戻って来ていたのだが、
アグリアスが編み物を始めた理由は結局彼女も聞けず仕舞いだったと聞き、仲間たちの間では、
それに関する想像で酒を飲むのが流行のようになってしまっていた。
 挙げ句、この頃では、お調子もののムスタディオを始めとして、男性陣はなんとなくひとり
部屋が巡って来る順番を楽しみにしている感があった。人数の都合で数日おきにひとり部屋に
なるのだが、そこへ編み上がったものを持って、恥ずかしそうな顔で訪ねてくれるアグリアス
手前勝手に想像しているのだ。
 一方、アグリアスは隊の中の空気に全く気付かぬまま、秋の夜長も冬の凍てつく夜も編み物に
挑戦し続けていた。少し編んではほどき、ほどいては編むため、編み癖のついた毛糸はよれて
ねじれ、編み上げた部分からは、細かくわかれてしまった糸の一部が飛び出すような状態に
なっていた。編み物を綺麗に仕上げようと思ったら、編み始めた糸をほどかずに一気に仕上げた
方が良いとラヴィアンもわかってはいたのだが。しかし、少しでも納得がいかない時にはやり直して
頑張ろうというアグリアスの姿勢に鬼気迫るものがあったので、止められなかったのだ。
 それに、初めて作った作品はどうしてもいびつなものになる。それをそのまま誰かに見せたり
贈ったりはしないだろう、これは習作として本番は次の作品になるのだろうと、ラヴィアンが
思っていたせいもある。実際そのような事をアグリアスにそれとなく勧めてもいた。
 ところが、今晩、やっと出来上がった初作品を持って、アグリアスは在る男の部屋を訪ねようと
していたのだった。


 トントン。
 その夜、ノックされた扉の部屋の主は、もちろんひとり部屋の順番を楽しみに待っていた中のひとり
であった。
ラムザ、ちょっと良いだろうか?」
「ど、どうぞ!」
 うっわー、アグリアスさんだよ! 何だか赤い……赤いあれはなんだろう、雑巾にしては細長い布を
持っているなあ。でもマフラーにしてはずいぶんよれよれだ。まさかあれがラヴィアンさんの
教えの賜物ってことかな。でもラヴィアンさんは本当にとっても編み物が上手なんだから、
いくらアグリアスさんが不器用だといっても、あんなにひどい出来にはならないだろう。
そうすると、あれは一体……
ラムザ?」
「あっ、失礼しました! 中へどうぞ」
 一瞬の間にさまざまな事を考えてしまったラムザは、とにかく布の謎を最初に解こうと決心した。
「ところで、手にお持ちの布は何ですか?」
「これは……その、自分で編んでみたのだが。マフラーには使えないだろうか」
「マ、マフラーですか」
 赤くてよれよれで細長い……あ、確かに良く見ると編んであるものみたいだな。でも新しいはず
なのに擦り切れているように見えるし、暖まらないような気もするし、新しいもののはずなのに
ここまでよれよれに仕上げられるというのは一種の才能なんじゃないだろうかなんて思ったら、
それは失礼にあたるのかな……と、ぐるぐるとラムザの頭が空回りしていたとき。
ラムザ?……やはり無理か」
「いえ! ……あのぅ、もしかして、これ、僕のために編んで下さったのでしょうか」
ラムザのため……、まあ、そう言えなくもないか、な」
 アグリアスは俯き、小さな声で付け足した。
「そのうち、ムスタディオあたりにも使ってもらえるようになると良いのだが」


 なんだって! もしかして、僕は試作品を試させるための人身御供ってやつで、本命は
ムスタなのか? どうしてあんなお調子ものがいいんだ、アグリアスさん!
ラムザ? 今日の貴公はどうかしている。どうして私が来たのか、話をさせて欲しいのだが
気分が悪いようなら、日を改めるが」
「いえいえいえいえ、このまま明日になってしまったら、眠れませんよ。お話をうかがいます」
ラムザの勢い込んだ様子に、アグリアスは少し戸惑ったが、ゆっくりと話し始めた。
「実は、そのぅ、伯が隊に参加されるようになってから、私の出番が減っただろう?」
「は?……え、ええ、はあ、まあ」
 オルランドゥ伯が仲間になってから、似たような技を使うアグリアスの出撃回数は確かに
減っていた。しかしそれは、アグリアスの事を軽んじているからではないのだが、もしそれを
彼女が誤解して隊から抜けようとしているのではないかとラムザが焦り始めたとき。
「それで、私を除名しようとラムザが考えていても仕方がないと思ってね」
「そ、そんな事はありませんよ! アグリアスさんはアグリアスさんですから!!」
「ありがとう。まあ、まだ今のところ隊の人数にも余裕があるようだが、いつかはそんな日が来る
かもしれない事に変わりはない。そこで、何か自分が隊の皆の為に何かできないかと思ってね」
「は……はあ?」
 我ながら間の抜けた受け答えをしていると思いながら、ラムザアグリアスの言葉を待った。
今日初めての待ちの姿勢だが、本人にはそのような自覚は全くなかった。
「幸い、私は鎧の手入れなら隊の中で一番上手だろう? こればかりは伯にも上手だと認められている。
 それでね、隊の装備品整理担当を引受けるのはどうかと思ったわけだ。人数が増えれば増えるほど、
装備の着回しも増えるし、そういう担当がひとりくらいいた方が助かるだろうと思ってね。
 戦いに出られなくとも、隊の皆のために役立つような役目を、私はしていたいのだよ。
 まずはものまね士の装備を冬になるまでに冬仕様にしようとラヴィアンに編み物を習ってみたのだが、
やはりひとりでこっそりとやっているだけでは上達も遅いというか、張りがないというか。ここは
ひとつ、ラムザに正式に役割認定をしてもらって、頑張りの拠り所を作ってもらうというのはどうかと。
私はなんというか、任命されると頑張りが利くようになるタイプらしくて、オヴェリア様には
薔薇の花を誰よりも美しく咲かせるために頑張る係やら、オヴェリア様の髪を誰よりも美しく
梳く係に任命していただいて頑張ってね、髪を美しく結い上げる係にはついになれなかったが、
まあ、それはそれ、役目は私の生活に張りを与えてくれてその」
 言われてみれば、確かにものまね士は春先に揃えたひと揃いしかなく、冬場の戦いには寒そうだと
思っていた。そういえばムスタディオがものまね士にジョブチェンジできるようになるのも、
もう少しだなと話したような記憶があるような……?
 急にぐったりと疲れを覚えつつ、ラムザアグリアスの意見の否定を始めなくてはならない
ことを理解した。
「いいですか、アグリアスさん。アグリアスさんが僕の隊にとって必要な人だって事をまずは
理解していただきたいのですが」
…………冬の夜は、秋ほど長くないぞ? 頑張れラムザ



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーおしまいーーーー