氏作。Part15スレより。



 こんにちは皆さん。長かった冬が去り、今年もイヴァリースに春がやって来ました。
陽気に照らされると、無理矢理にでも元気にさせられてしまうのが春の魅力です。今日、
白羊の月の十日も、わたしにとってそんな春の訪れのような日でした。
 あ、申し遅れました。わたし、ドーターの戦士斡旋所に所属している白魔道士です。
いえ、名前なんて、そんな。しがない子娘に過ぎないんです。生まれつきのドジな性格
が災いして、もうジョブレベル5にもなるのに、まだ斡旋してもらえていないんです。
姉達は皆傭兵として活躍しているのに…この間はついに妹にまで抜かされてしまう始末。
 あ、つい愚痴っぽくなっちゃいましたね。でも、そんなわたしにも春が来たんです。
そうです、わたし今日ついに斡旋されたんです。マスターに名前を呼ばれた時には聞き
間違いかと思いました。でも、三十回ほどわたしの名前が呼ばれるのを聞いて、期待は
確信に変わりました。
 ついにわたしを必要としてくれる人が現れたんです! 踊りだしたいような気分をお
さえて、ローブの裾を踏んづけながら表に急ぎました。妙に怒っているマスターに別れ
を告げ、揚々とドアに手をかけて、あぁわたしの王子様はどこ?


 表には薄い毛並みのチョコボを一匹連れている、これまた髪の薄い青年がいました。
白馬でも王子様でもありませんでしたが、この際構いません。挨拶をしようとすると、
「あーっと、自己紹介は後にしてくれるかな。ちょっと急ぐんだ」
と、遮られてしまいました。なんでも街から少し離れた所に野営をしていて、早い内に
戻りたいということでした。
「悪いけど、コイツしか連れてこなかったんだ。ひとつ相乗りで我慢してくれよな」
 宿にも泊まらないし、チョコボは一匹だけ。まさかこの人たち貧乏なのかしら、なん
て邪念が頭を過りましたが、今のわたしは喜びでいっぱいなのであまり気にしません。
急ぐと言っていた割にはゆっくり走るのも、腰に回された手がなんだかいやらしいのも
きっと気のせいです。




 森の中を駆けるチョコボの、心地よい揺れ具合の中でわたしがうとうとしかけた頃、
ちらほらといくつものテントの影が見えだしました。薄い人がチョコボを飛び下ります。
「よっ…と、ここが俺達の陣営さ。あ、俺はムスタディオって言うんだ、よろしく」
 差し出された手を握ろうとしてチョコボから、ぼて。起き上がるといつのまにかムス
タディオさんの手には一枚の羊皮紙とペン。
「これから隊の皆に会ってもらうけど、その前にいくつか質問させてもらいたいんだ」
 質問?
「いやいや、簡単な職務質問だからさ。気楽に答えてよ」
 あ、はい。
「えーと、じゃまず名前聞いてなかったな」
 えっと、エレーヌです。
「エレーヌちゃん…と。いい名前だなあ。修得してるジョブは?」
 そんな具合にいくつか簡単な質問、それにまじって雑談。明るいムスタディオさんの
人柄に大分わたしが馴染んだ頃、質問の内容は星座、趣味、恋人と変な方向に傾きだし
ました。
「じゃあ次、えぇ…スリーサイズは?」
「はい、上から……え?」
 なんでスリーサイズが必要なんでしょう。
「いやさぁ! ウチは流れ者だから。ある程度装備を使い回してやりくりしてるんだよ。
でもこれが結構大変でさあ、エレーヌちゃんみたいなゆったりローブだと誰でも着れる
んだけど、鎧だのとなってくると身体のサイズが関わってくるんだよねえ! まあ俺達
男連中なんかはその点楽だよね、…ははは! ははは!」
 そういうものなのかしら、いやに必死のような気がするけど、急に饒舌だし。いえ、
きっとわたしが未熟なんでしょう。なんといっても初めての入隊なんですから。


「えぇと、………・……・……、…です」
「へえぇ!? そんな着ヤセするタイプなんだ! じゃ…」
「ちょっとムスタディオ、なにしてんのよ」
 勝ち気な声に振り向くと、気の強そうな女の人が腰に手を当てていました。
「ラ、ラヴィアン…いや俺は」
「なにその紙、みせなさいよ。………質問リスト?」
 ラヴィアンさんは有無をいわさず羊皮紙を取り上げてしまうと、見る見るうちに顔を
真っ赤にして、
「ばっ、あ、あんた何考えてんのよ!『処女ですか』ってねえ!」
「あのぅ…わたし処女じゃ…」
「こ、答えなくていいのよっ! ホラ、あんたはさっさとボコ連れていきなさい!」
「そんなぁ……。エレーヌちゃん、続きまたあとでねーっ!」
 手を振りながら、瞬く間に退散してしまうムスタディオさん。質問はあれでよかった
のでしょうか。まだまだ分からないことだらけです。


 ムスタディオさんを見送ると、ラヴィアンさんはわたしに向き直りました。
「……まったく見境のない…。あ、エレーヌさんって言ったっけ」
「は、はい、お世話になります」
「うん、よろしくね。まだ来たばかりよね? 私が案内してあげたいところだけど…、
あ、アリシア! ちょっとアリシア、こっち! ちょうどよかったわ。こちらエレーヌ
さんね。今日ムスタディオが連れて来た、新人の。…ねえ、悪いんだけど私まだちょっ
と仕事があるのよ。またいつもの隊長の…、それでこの人の案内引き受けてくれない?
確かあんた暇だったわよね」
「いいわよ、べつに。今日はあなたの番だったのね、急いだ方がいいわよ。…あ、エレ
ーヌさん? 私アリシアです、よろしく」
「あ、あの、よろしく」
「あはっ、緊張してるんですね。あなたいくつ?」
「えぇ…、18です」
「私と二つ違いね。大丈夫ですよ、あなたより若い人もいるし。じゃ、行きましょうか」
 アリシアさんは世慣れした感じのする方で、にっこり笑ってわたしの手を引きます。
ほっとしました。どうやらとってもいい人たちみたいです。他にはどんな人がいるの
か、すこし期待に胸が弾んできました。




 ──それからどれぐらいの時間が経ったでしょうか。鳥の羽ばたきにふと空を見上げ
ると、頭の上にあったお陽さまはもう半分山の陰に沈みかけ、額からはうっすら汗が浮
き出てました。隣を歩くアリシアさんも息をつき、ふたり木陰に寄り掛かりました。 
「……もう、大体まわったかしら? あぁ! 今日はほんとに暑いわね。ハイ、お水」
 渡された水筒の水が、乾いた喉に気持ちいいです。息を整えながら、わたしは指折り
先ほど顔を合わせた人たちのことを思い返しました。
 雷神シドに名前も顔もそっくりのオルランドゥさん。仲の良い兄妹のラファさんとマ
ラークさん。信心深そうな騎士のメリアドールさん、この時は直前にみたマラークさん
の髪型が強烈に目に焼き付いていたので、思わずメリアドールさんのフードの中に同じ
髪型を想像してしまい、必死で笑いをこらえていました。それに、クールですごい二枚
目のクラウドさん。わたしとお揃いのリボンをしてらしたので、なんだかお友達になれ
そうです。他にも………、あ。
 そういえば。思い出しました、わたしまだ、肝心の隊長さんにお会いしていませんで
した。これはさっそくアリシアさんに御案内して頂かないと。もう一口水をふくみ、水
筒を返そうとアリシアさんを見ると、その背中越しにこちらに歩いてくる人影が目に映
りました。



「…あ、アグリアス隊長」
「ここにいたのかアリシア、ラッドが捜していたようだぞ」
 隊長、というアリシアさんの言葉にわたしは目を丸くしました。目の前にいるのは、
長身で確かにとても威厳のある方なんですが、
「え、ラッドが? あ、あの、何の用だったんでしょうか」
「直接聞くといい、ついさっきのことだ。今は向こうで見張りをしているだろう」
そういいながら、顔にかかった髪をかきあげるアグリアスさんは、女性でした。それも
とびきり綺麗な。まさか女性が隊長とは思いませんでした。
「ところでアリシア…そちらは?」
「あ…、言い忘れてました。今日から入隊した…」
 いつのまにか向けられている二人分の視線。第一印象が肝心です。わたしは身体を緊
張させました。
「エレーヌと申します! よろしくお世話になります、隊長!」
 頭の中で自分の声が反響しました。自分でも、珍しくハッキリと喋ることができたと
思ったのですが、お二方の反応は、それはキョトンとしたものでした。
 


「…………ぷっ、ふふ…」
「…こら、アリシア。お前のせいだろうが」
 しばらくして吹き出すアリシアさんと、それをいさめるアグリアス隊長。何だか事情
が飲み込めません。やがて隊長が仕切り直すように咳払いをしました。


「あー、エレーヌとやら。申し訳ないが私は隊長ではない」
「は……え…?」
アグリアス様は、この隊に来る前から元々私の隊長なの。そういうわけで、今も習慣
で隊長って呼んじゃうのよ」
「だから前からやめろといっているだろう…、ややこしい」
「でもここまで豪快に間違えた人は初めてですよ。あー、おかしい。」
「…アグリアスさんは…隊長ではない、んですか……?」
 わたしはまだ事態を把握できていません。
「そう、あぁそうだ、ちょうどいい。ラムザの所へ行く途中だったんだ。エレーヌ殿も
一緒に来てくれ。アリシア、皆には会わせたのだろう?」
「ええ。じゃあ、わたしはラッドの所へ行きます。それじゃエレーヌさん、またねっ」
 軽快に手を振りつつ、軽い足取りで行ってしまうアリシアさん。わたしがぼんやりと
アリシアさんの後ろ姿を見ていると、気付けばアグリアスさんの姿はなく、さっさと先
を歩いておられました。三人目の案内人の方は、ちょっと怖そうです。



 サクサクと草を踏み分ける音がいやに大きく聞こえます。それは当然のことで、だっ
アグリアスさん、一言も喋らないんです。さっきからわたしの身体は緊張で震えてい
ます。おまけに歩調がゆっくりなので、アグリアスさんのやや後方を歩きつづけるため
にすごく神経を使います。そんなことでわたしの震えがピークに達した時でした。
「そんなに堅くなることはない」
アグリアスさんから、先程と同じように凛とした声が聞こえました。
「新たな隊に入る、というのは不安なものだ。気心のしれない連中、隊長に恵まれない
こともしばしばある。世の中話の分かる人間ばかりではないしな。かくいう私も、嫌な
上官を殴り倒したことがあるぐらいだ。だが、大丈夫だ。ラムザはとても優しい長だ。
多少抜けているところもあるがな、誰にも慕われている。隊の皆も、私のような堅物で
はなく気のいい連中ばかりだ。貴公の心配も杞憂だとすぐにわかるだろう。そんなに肩
をはって歩かなくても大丈夫だ」
 アグリアスさんは相変わらず前をむいたままです。それ以上は喋らず、また沈黙が続
きます。けれどわたしの震えはいつしか治まっていました。不思議ですが、ひどく無愛
想なこの人に、わたしは今日一番の安堵を抱きました。



「エレーヌ殿、しばし待っていてくれ」
 テントの一つの前、アグリアスさんは足を止め、わたしを外に待たせると、咳払いを
数回。
「ラ、ラムザ? ちょっといいか、新人を連れてきたんだが……」
「あぁ、アグリアスさん。どうもお疲れ様です。ちょうど今、装備の……」
 中でちょっとした話が始まったようでしたが、わたしはその内容よりも声に釘付けで
した。聞こえてくるのはとても柔らかい男性の声と、こちらもかなり柔らかい、裏返り
気味の女性の声。それはさっき耳にした声とはまるっきり別人で、
(え、これアグリアスさん? ……じゃないわよね。あれー…?)
 わたしが頭をひねっていると、やがてアグリアスさんが再び顔を出し、
「エレーヌ殿、入ってくれ」
やっぱり違う声です。テントの中に女性の影を探してみましたが、あるのは一人だけ。
やっとお会いする隊長さんのお姿だけでした。



「初めまして、ラムザといいます。よろしく」
 とても丁寧に頭をさげてくださる隊長さんは、確かにアグリアスさんのいった通りの
方でした。いえ、想像以上でした。あまりにも穏やかすぎて、隊を仕切る方にはとても
見えません。さっきは意外だったアグリアスさんが隊長、という方が今はよっぽどしっ
くり来ます。そんなことを考えていたせいか、差し出された手に一歩踏み出した途端、
裾を思いきり踏んづけてしまいました。
 何ということでしょう。よりによって今日、わたしの人生でも滅多ない大事な局面で
痛恨の失態です。普段この時の分も転んでおくべきでした。もうお終いです。お二人の
頭には私は阿呆としてインプットされることでしょう。そしてまた「七転八倒」なんて
アダ名で呼ばれるんです。さよなら、短い間の初めてのお仲間さん達。さよなら、わた
しのつかの間の春……。
 と思ったら、わたしはがっしりとしたラムザさんの腕に受け止められていました。顔
を上げるとラムザさんの顔が目と鼻の先に。


 ああ、おわかりいただけますでしょうか。その時のわたしの胸の高なりが。近くで見
ラムザさんの顔はそれは驚くほど凛々しくて、なんかもう後光が射してました。もう
目の前は桃色ですよ。夢心地にわたし、気付いたら目をとじりとしてしまいました。そ
してぐっとわたしの襟が引き寄せられます。ラムザさんてばみかけによらず大胆です。
 けれど、襟を掴む力は更に増し、そのまま起き上がらされてしまいました。あれ、と
目蓋を持ち上げると、アグリアスさんの顔が目の前にありました。顔が般若でした。



「エレーヌ殿………」
「は、はい……」
「新人には炊事を担当してもらうことになっている……」
「はい……」
「炊事場は、ここを出て右だ……」
「は…ひ……」
「かけ足ィッッ!!」
「はいぃっ!」
 空回りする足をもつれさせながら逃げました。あ、いえ急ぎました。出口でまた強烈
に転び、もたもたしていると、後ろから「ラムザ、私も白魔道士に…」という声。ああ、
それにしてもアグリアスさんはやっぱり怖い人でした。危うく騙されるところでした。
 ところで、左にいくら走っても炊事場が見つかりません。どうしましょう。



 その後もいろいろあり、入隊初日からとても波瀾に満ちた一日でした。どうやらわた
しはとんでもない人に睨まれてしまったらしいことが、周囲の雰囲気でわかりました。
 これからうまくやっていけるでしょうか。姉さん、わたしかなり不安です。








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