氏作。Part14スレより。


 ラムザが異端認定を受けて以来、町に入る前に、必ず斥候を派遣するようになっていた。
教会の支配力をはかり、異端者の手配書がどのような形で掲示されているのか、それによって
どの程度の変装が必要かを知るためである。
 しかし、今日斥候に出たラッドが持ち込んで来た情報には、パーティの皆が首をひねった。
「眼鏡祭り? 聞いたことがない」
「僕も何をするのか良くわからなかったけど、この先10日間に渡って、眼鏡祭りなんだってさ。
どうやら、町の有力者が眼鏡店を開いて一周年とかで、眼鏡をかけずに町に入る事は出来ないらしいよ。
しかも祭が終わるまで出られないとか」
「食料が怪しいから町には入らなくちゃならねーけど。必ず眼鏡をかけるってことは、変装に凝らずに
済みそうだな」
「それが、そうでもないんだよ」
 ムスタディオの軽口にラッドが示して見せたモノは、ここぞとばかりに眼鏡を強調されたラムザ
似顔絵だった。一枚の紙に数種類のラムザの顔があり、それぞれに違う眼鏡をかけさせられている。
中でもいくつかは眼鏡をかけているだけでなく、ちょび髭を生やしていたり、りっぱなあごひげを貯えていた。


「何だこりゃ」
「ふうむ。異端者をもぐり込ませやすいように祭をするわけではないという意思の表明だろう。
町としても苦しいところなのかもしれない。ラムザが紛れ込んでもわかるように考えてあるとでも
言わないと、仮装を楽しむ祭は開けないのだろうな」
 一瞥したアグリアスの冷静な声に、ムスタディオはため息をついた。
「ほいじゃ、ラムザが町に入るのは無理ってことか?」
「そうだね、少なくとも、僕は顔を出さないようにしないと」
「逆に、この似顔絵と同じ眼鏡をかけて入っても、別人に見えれば良いのではないですか?
こんなに詳しくお手本があるのだから、それを使わせてもらいましょうよ。髪を染めるとか、しわを
増やすとか、方法はいろいろあるわ」
「そうね。それも、年上に見えるように誤魔化す方が普通だって怪しまれそうだから、もっと若く見える
ようにするっていう方が良いかしら。この似顔絵、全て年よりじみて見えるように描いてあるものね」
 アリシアとラヴィアンがどこか楽しそうに言う。他の仲間たちは顔を見合わせ、それが存外に
名案であると互いに思っていることに気付いた。
「楽しそう。是非やりましょ。お化粧は任せてね」
 ラファの嬉しそうな声に、ラムザは慌てた。以前、ラファに変装の仕上げを頼んだら、超絶美少年に
仕上げられてしまい、かえって町中で目立ってしまったことがあるのだ。すれ違う女性たちに流し目され
続けたあの時ほど、肝を冷やしたことはない。


「いや、だから、僕が馬車の中に隠れていれば」
「こんな手配書を作るくらいだから、馬車の中までしっかり調べられると思う。堂々としている方がマシ
じゃないかな。どのみち、この町を抜けないと先に進めないのだし、祭で人が多い時に抜ける方が得策だと
思うんだけど、アグリアスはどう思う?」
 ラッドの問いに、アグリアスはしばらく考えた。ラムザが縋るように見つめてくるが、彼の意思よりも
隊の今後を優先して考えるべき時だろう。
「方法は変装慣れしている皆に任せるとして、ラッドに賛成だな」
 隊の副長的立場であり、なおかつ変装を好まないアグリアスの意見がこうでは、ラムザとしても反論の
しようがない。何しろ、反論の根拠が「嫌だから」という感情論なのだから、どうにもならない。それに、
隊の状況がこの町を迂回、あるいは祭の終焉を待てるようなものではないということを、さすがにわかって
もいた……それでも反ばくしてしまうほど、先だっての変装には参ってしまっていたのである。
「そうですか。では、仕方ありません。ラッド、それで眼鏡は準備してきたんだね?」
「もちろん」
 ラッドは革袋の口を開いて、中から幾つもの眼鏡を取り出した。さすがに潜入慣れしている彼は、すでに
幾つかの眼鏡店を廻って来ていたのである。町中に眼鏡を扱う屋台がいくつも出ていて、複数買っても怪し
まれずに済んだけどね、などと町の様子を話しながら、机の上に眼鏡を並べて行く。
「これって、なるべく似合うものを選んだ方がいいの? 似合わない方がいいのかしら」
 ラファが早速いくつかの眼鏡を手に取って試しては、その顔を手鏡に写しながら言った。


「おいおい、まずは、ラムザの眼鏡を決めないと」
 ムスタディオの言葉に、ラファはぺろりと舌を出した。そこへラヴィアンやアリシアも加わって、例の
ビラを見ながら眼鏡の選別を始める。
 その様子を眺めている視線に気付いたアリシアは、顔をあげてアグリアスを見た。
「隊長、あ、アグリアス様も少し変装に気を遣わないと駄目ですよ。祭の主催者が近衛隊に力があったら、
昔の同僚も警護に駆り出されているかもしれませんから」
「それは、いつもの読書用眼鏡では駄目だということか?」
「もちろんです。あの眼鏡をかけておられる似顔絵、密かに取り引きされていたくらいですから」
 隊を離れて数年にして初めて耳にする話に、アグリアスはラヴィアンに事の真偽を問おうとしたが、
頷きあうラヴィアンとアリシアを見て、やめた。いつのまに読書中の似顔絵などが描かれたのだろう。
いったん読書を始めるとそれに集中してしまうから、こっそりデッサンされていても気付かなかったであろうが。
「やれやれ。では、すまないがアリシア、自分の眼鏡と一緒に私の分も選んでくれ。それから、そうだな、
スタディオ、ラヴィアンとラファは、今は眼鏡を選ばない方がいい」
「えー、どうしてえ? これ気にいったのにぃ」
 ラファがふくれっつらでアグリアスを振り返る。その鼻の上には、おばあさんがよくかけるような
小さな鼻眼鏡が可愛らしく乗っていた。



「あー、いや、もう決めてしまったというのならいいんだが。初めて町を訪れたはずの一行が、今年から
始まった眼鏡祭りの準備をしっかり整えて来たらおかしいだろう。数人は町に着いてから眼鏡を購入した
方がいい。でないと」
「先に斥候を派遣した、怪しい一団だとばれてしまいますね」
「そういうことだ」
「なるほど、さっすがアグ姐だ」
 アグリアスラムザのやりとりにムスタディオがひゅっと口笛をならし「んじゃ俺は、服装だけいつもと
変えておくってことで」と、天幕を出て行った。見張りに立っているマラークに事の次第を伝えにいったの
である。
「ふぅん……。いちいちひとりひとり変装を考えなくてはならないのね。大変ね」
 それまでじっと黙って興味深そうに皆を眺めていたメリアドールがつぶやいた。先日仲間になったばかりの
彼女は、こうしてラムザ隊の一員として町に入ることが初めてなのである。アグリアスはメリアドールを知る
人間がいる可能性に気付いて、忠告することにした。
「貴公も条件は同じであろう。神殿騎士団が祭に参加していないとは言い切れまい?」
「あら、私は簡単よ? このフードさえかぶらなければ、誰も私だとは気付かないわ」
「しかし、騎士団の頃にフードをかぶらない姿を見ている者もいたのではないか?
 まさか、神殿の中でも、いつもかぶり続けていたのか?」
「そうよ。だってこの姿を人前にさらすのもどうかと思うでしょ?」
 パサリとフードを外して見せたメリアドールの姿に、アグリアスが何と答えたかは、ご想像にお任せしたい。



 さて、眼鏡祭初日に町へと入った一行は、久方ぶりに堂々と町中を歩く事ができた。
 もっとも、二手に別れてはいる。貴族のおぼっちゃまラムザとその家庭教師アグリアス、用心棒のラッド、
マラーク、下女のラファという一団と、流れの奇術団のふりをしたメリアドール、ラヴィアン、アリシア
スタディオという構成である。
 もともと庶民のふりをするには綺麗すぎる顔立ちのラムザを若く見せるのだから、貴族のお忍びという形を
取るのが一番自然だろうと言われた時、ラムザがどれほど嫌そうだったか。その瞬間の顔をうっかり見て
しまったアグリアスは、しばし思い出し笑いができそうだった。もっとも、すぐに自分に家庭教師としての
ドレスをあてがわれたので、自分も似たような顔をしていたことだろう。
 深緑色のスレンダーなドレスに同布で作った小さめの帽子をかぶり、より年嵩に見えるようにと選ばれた
眼鏡と化粧。さらに、片手に日傘を持ったノーブルな姿は、アグリアスの年齢を10歳ほど上に見せていた。
 祭の警護に駆り出された近衛隊の騎士を見て内心慌てることもあったが、変装のおかげで、気付かれることは
なかったようだった。それは常に隣を歩いていたラムザも同じこと。町行く人々に一瞬「手配書に似ているかも」
という顔をされることはあったけれど、すぐに「年齢が若すぎる」と思ってもらえたのだから、ラファの化粧は
今回も大した成果を上げていたのだ。
 一行はそれぞれに旅を続けるための買い物を済ませ、祭の開放的な空気を堪能し、そして祭を終えた町を
出た後で無事合流することができた。祭の空気は、隊の皆の心を確実に明るくしてくれてもいた。
 加えて、幾度か興行を行なった奇術団の方は、なかなかに小銭を稼いでもいて、あのアグリアスでさえ
「来年もまたこの祭りに参加するのも良いかもしれない」と言うほどの成果があった……の、だが。



「ねえ、やっぱりアグリアス様にお伝えした方がいいかしら」
「うーん……」
 アリシアとラヴィアン、ふたりがこっそりと眺めていたのは、祭当日のアグリアスを描いた見事な絵である。
祭初日に見かけた彼女を描いて、祭が終わるまでにふたりの元へと届けてくれた人物がいたのであった。
 もちろん、その人物は、以前読書中のアグリアスの似顔絵を描いた人物であり……つまるところ、アグリアス
及びラヴィアン、アリシアの変装は、近衛隊の人間にはあっさりとばれていたのである。二手に別れていた
意味さえも無かったのだった。
 それどころか、昔の仲間の変装具合をおもしろがり、奇術団のふたりを幾度も眺めに来たり、家庭教師姿の
アグリアスを遠めがねで追いかけて眺め続けるような者ばかりだったのだ。それに気付いた時には焦ったふたり
だったが、死んだと思っていた三人が生きていたのだからそれで良いのだと、昔の仲間を代表してこっそりと
絵を届けに来てくれた者は伝えてくれた。そう、この祭りに駆り出されていた近衛隊員のほとんどは、かつて
アグリアスファンクラブに属していたのだ。彼等にとっては、アグリアスが近衛隊に戻らないことで叱責され
るような事になるよりも、自由な姿を見られた方が嬉しかったのである。
 もっともそれは、アグリアスと一緒にいた少年が異端者ラムザだと気付いていなかったせいでもあったが。
「変装した意味がなくっても、結局見逃してもらえたんだからいいんじゃない?」
「そうね。お伝えしたら、きっとこの絵、破られてしまうしね」
 絵の中の彼女は、実際の変装よりも10歳は若く描かれていて、つまり、今の彼女そのままの姿になっていた。
凛と前を見つめる横顔はいつものアグリアスそのままだが、その絵にはしっかりと眼鏡が描きこまれている。
 家庭教師らしく見えるように選ばれたそれは、アグリアスの真面目さを象徴するようでさえあり、とても
よく似合っていた。
「絵心があるって素晴らしいわ。読書用眼鏡も良いけれど、これはもっと人気が出そう」
 ほうっとため息をついたふたりの新しい宝物となったその絵が、後日ムスタディオに発見されて、どのような
騒ぎを繰り広げたのかは、また別のおはなし。



                                〜fine〜