氏作。Part27スレより。




『すべて』とはどこまでのものをさす言葉だろう?
地位? 財産? 誇り? それとも……家族?
少なくとも人は『すべて』の境界線を、人それぞれに決める事ができる。
それが真の『すべて』ではなかったとしても……。


   Chapter3.1
   復讐する者される者
   前編【それは美麗な女騎士だった】


一切れのパンを二人で分け合う。昔は五人で分け合ったけれど、身体が小さかったからそれでもよかった。
「あの女ね……」
城塞都市ザランダのとある食堂の、外側から見えにくい奥の席に座っている一団を、
同じ食堂でパンを一切れだけ頼んだ姉妹が見つめていた。
「リーダーはあっちの優男らしいわ。ラムザ・ベオルブ……あのベオルブ家の人間よ」
「本当なんですか?」
「ええ、姉さんから聞いたもの。いずれ教会の異端審問官が動くわ……」
「その前に、私達が……!」
「力を抜いてジョアン。緊張は失敗を生むわ」
「あ、ご、ごめんね、エレーヌ姉さん」
謝りながらもジョアンは、ラムザ・ベオルブともう一人、サブリーダーを務めているらしい女性を見つめていた。
遠くて細部までは見えないが、ハッキリと解る事があった。
彼女が私達の仇。姉さんを殺した女。



悪鬼の如きその者達が、おいしそうな食事をしている様は、少なからずジョアンを苛立たせた。
自分と姉のエレーヌは一切れのパンを頼むくらいしかできないのに!
無料でもらえる水を一杯おかわりしてから、ジョアン達は店を出て出入り口を見張った。
そしてラムザ一行が出てくる様子を見、自分達がしようとする事の困難さを知る。
ラムザ・ベオルブの他に男が二人。
彼女達の仇の他に女が二人。
計六人。
こちらは二人。
元は五人。
けれど今は二人しかいないのだ。二人っきりしか。
エレーヌとジョアンしか。


ジョアンは五人姉妹の末っ子。だから優しく育てられ、姉から様々な知識を教えられた。
長女のシンシアが12歳になってすぐ両親が死に、姉妹五人は野垂れ死にの危機に陥った。
そこで長女シンシアは『花』を売って生活を始め、
次女アマンダと三女のヴェロニカは武器屋の下働きをした。
四女のエレーヌは魔法の才能がありとある陰陽士に弟子入りし、
師の修行の後に出される貧しい食事で食いつないだ。
五女のジョアンはまだ働ける歳ではなく、無邪気に長女シンシアに甘えて売っている『花』を見せてもらったり、
武器屋の下働きをしていた次女三女から簡単な数学を教わったり、そんな日々。
一切れのパンを五人で分け合う事もあった。
豆だけのスープで幾週間すごした日々もあった。
仕事を覚えてまともな給金が得られるようになってしばらくして、姉妹に転機が訪れる。


『花売り』のシンシアは体力があり、一日に何度も客を取る事もあったが、
時には問題事を起こす客もいた。客は横暴な傭兵だった
そこでシンシアは優れた才能を発揮し、傭兵の剣を奪い一刀に伏せた。


『花売り』と『傭兵』の間で揺れたシンシア。身体を穢すか、生命をさらすか。
選んだのは後者だった。というのも近々ライオネル城で剣術大会が開かれるため、
それに参加して好成績をおさめれば傭兵として幸先のいいスタートになるだろうという事。
シンシアは天才だった。我流剣術と優れた機転で次々と大会の強豪を薙ぎ払い、
ついに決勝戦にまで上り詰め、準優勝を果たした。
シンシアの経歴を知った騎士団は『花売り』の過去に目をつむり、シンシアの才能を買った。
同時に妹達も面倒を見てくれたのは、シンシア同様才能がある事を期待しての事。
次女アマンダと三女ヴェロニカは、シンシアほどではないにしろ、弓に関しては非凡な才能を見せた。
ライオネル騎士団内でめきめきと力をつける三姉妹に、
いずれ陰陽道を習得した四女エレーヌも入るだろうという矢先、
次女アマンダと三女ヴェロニカが戦死した。


王女オヴェリア誘拐未遂を起こした悪女、騎士アグリアスの討伐任務において、
たった一人の騎士の討伐のために派遣された騎士団が全滅した。
アグリアスはさらに仲間を引き連れゴルゴラルダ処刑場で行われた特殊作戦を強襲し、
続いてライオネル城本城にまで攻め入った。
長女シンシアは死を覚悟していたのだろう。
城塞都市ザランダにいたエレーヌとジョアンに手紙と小包を送った。
そして戦死した、ライオネル城城門を守るために戦って。
そしてその死、虚しく、城主たるドラクロワ枢機卿を暗殺され聖石を強奪されてしまった。
せめてもの救いは神殿騎士団が王女オヴェリアを連れ逃亡成功した事くらいだった。



『親愛なるエレーヌへ。ジョアンへ。
 この手紙をあなた達が読んでいる頃、私はきっと仇敵アグリアスと剣を交えている事でしょう。
 なぜアグリアスという女性が仇敵なのか、その理由を綴る指が震えます。
 アマンダとヴェロニカが戦死しました。
 王女オヴェリア誘拐未遂事件の実行犯アグリアスオークスの追撃隊に配属され、
 バリアスの谷で隊ごと全滅したとの知らせた届いたのです。
 危険分子である彼女達を処分するために計画されたゴルゴラルダ処刑場での特殊作戦も失敗。
 恐らく明日にはこの城に攻め入ってくるでしょう。
 敵は少数、しかし強敵です。アグリアスには何人かの仲間もいる模様。
 私はきっと妹達の仇を討つために生命を投げ出すでしょう。
 例え城門を破られようと、私はアグリアスと刺し違える覚悟です。
 そこでお願いがあります。万が一、アマンダとヴェロニカの仇を、私が果たせなかった時は、
 この恨みをあなた達二人に託したいのです。
 これは私のわがままです。
 アマンダとヴェロニカが死んだのも、戦場に引き込んだ私の責任かもしれません。
 しかしこの恨み、晴らさせおくべきか。

 
 同梱した小包には機工都市ゴーグで購入した特殊な武器が入っています。
 これを使えばジョアンでも十分戦えるでしょう。
 説明書は小包に同封されています。参考にしてください。


 どうか私の手で仇討ちを終わらせられますように。
 妹のあなた達にまで重荷を背負わせませんように。
 そう願いこの筆を取りました。
 しかし失敗した時に仇討ちを託したいという矛盾を持つ姉を、どうか許してください。
 シンシアより』



姉の手紙を思い出し、ぎゅっと閉じたジョアンのまぶたが濡れ、エレーヌが拭いた。
路地裏を宿とし、寄り添って眠る姉妹。姉は震えるのをこらえ、妹を抱きしめる。
姉が残したいくらかの資金は、エレーヌの装備を整えるのに使ってしまった。
姉の、仇を、取るために。
「寒いよぉ……」
ジョアン……我慢して。朝一番でゼイレキレの滝に先回りしないといけないのよ?」
「でもぉ」
「ほら、お姉さんの手はあたたかいでしょう?」
「冷たいよ。こんなにも、冷たい。お姉ちゃん、寒いんでしょう?」
「大丈夫だから」
「……トイレ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
姉から逃げるようにジョアンは路地裏を出た。
城塞都市と呼ばれるザランダは内側も鉄壁で、公衆トイレも完備し、ジョアンはそこを利用して、
姉の待つ路地裏に帰ろうとして、見つけた、仇を。
「あっ」
暗闇の奥から街灯に向かって歩いてくる。偶然の好機。
長女シンシアの形見となったこの『武器』なら、この距離でもアグリアスを殺せる。
ジョアンは武器を構えた。狙いは街灯の下、仇の姿があらわになる時。
建物の影に隠れ機を待つ。待つ。待つ。時間が長い。一秒が一分に感じる。
まだ待て、まだ早い、待て、待つ、待て、待って、今ッ!
ジョアンは建物から半身を出し、武器をアグリアスに向けて初めて、彼女の姿をハッキリと目撃した。


それは美麗な女騎士だった


三人の姉を殺し、王女オヴェリア誘拐未遂を起こした悪鬼の如き女。
だのに、なぜあれほどにも清らかで美しいのか!
一瞬とはいえ仇に見惚れてしまった自分をジョアンは恥じた。


さあ、気を取り直せ。今だ、今しかない、今がチャンスなんだ。
心臓が早鐘のように脈打つ。吐き出せと言われれば心臓を吐き出せそうだ。
手に、額に、背中に汗がにじむ。緊張でのどが渇く。目がチリチリと熱い。冷水で顔を洗いたい。
アグリアスさん」
突如、ジョアンとは違う方向から呼ぶ声。アグリアスは街灯の下から出て、そっちへ向かった。
ジョアンは建物の影から動かず聞き耳を立てる。
「どうでしたか?」
「解らぬ。昼間、確かに何者かに見張られる気配を感じたのだが……」
「乗ってきませんね」
乗ってきませんね? つまりこれは罠だったんだ! ジョアンは驚愕した。
「むうっ。暗闇に乗じて来るかと期待はしたが……まあ、いい。もう宿に戻ろう、今夜は冷える」
「そうですね。追っ手か……やはりライオネルの?」
「かもしれんな。だが、その時は返り討ちにするまでだ」
殺される。と、ジョアンは思った。
殺される。殺される。姉さんの仇を討とうとしたら、自分達も殺される。
でも、ああ、でも! 姉さんは無念を晴らしてと、恨みを晴らしてと手紙に綴ったのだ!
だから、今はエレーヌ姉さんの所に逃げ帰って、明日、明日やるんだ。
ゼイレキレの滝で待ち構えて、奇襲をかけて、仇、アグリアスオークスを、殺すんだ。
それまで自分達は万全の状態でいなくてはならない。
一人で凍えているだろう姉エレーヌの所へ、ジョアンは急いで戻った。
姉の腕に抱かれて恐怖から逃れる。
アグリアスに出会った事は、話さなかった。



   to be continued……