氏作。Part27スレより。






豪腕に吹き飛ばされたオルランドゥは、壁に背を叩きつけられた。
物置の狭い戸口を、異形の巨躯が突き破りながら突進し、獲物を圧殺せんとする。
だがさすがは雷神、一足飛びに異形の脇をすり抜け、エクスカリバーで肉をえぐる。
激昂した魔人が拳を振り下ろすと、今度はバックステップで回避し射程の長い聖光爆裂破で攻撃。
『グオオオオンッ!!』
魔獣の咆哮が古城を震わせた。


   眠り羊の鎮魂歌
   最終章 羊の内に眠るモノ


いなくなった皆を探しに行ったラムザとラッドは、アグリアスを見つけていた。
そして、アグリアスから誤解により始まった悲劇を聞き落胆しつつ、聖石の無事を確認し、
ラファから『スコーピオ』を回収する。
二階の窓から落ちたメリアドールの聖石は、竜騎士のラッドが高低差無視ジャンプにより窓から飛び降り、
同様に回収してきた。そして窓に飛び上がり、足を窓の縁につけた瞬間、古城が震えた。
「う、わっ」
そのせいでラッドはバランスを崩し落下する。空中で身体を捻って、何とか左肩から地面に落ちた。
骨にまで響いた事から、脱臼か、骨折か、何にしろしばらく使い物にならないだろうと計算する。
窓からラムザが顔を出した。
「ラッド無事か!?」
「さっきの轟音は一階からだ! お前等、すぐ降りろ! 誰かが何かに襲われてるかもしれない!」


一階の玄関ロビーに駆け下りたラムザアグリアスが見たモノは、ありえない光景。
倒したはずの魔人ベリアスが、雷神シドの首を鷲掴みにしていた。
『ラ、ム、ザ』
「ウィーグラフ! 貴様……どうして!?」
『ウィー……? 違ウ、私ワ……違ウッ!』
強く否定するベリアスの手に力が入る。ゴキン。オルランドゥの口腔から血があふれた。
「あ……」
『ラ、ム、ザ。殺す……ラムザは殺す……!』
「貴様ァー!」
ラムザが剣を振り上げて、階段を駆け下りる。
アグリアスが剣を斜め下に突き出し、無双稲妻突きで攻撃する。
『グホァッ! ド、ウ、シテ……私ヲ、攻撃スルンデスカ……?』
魔人ベリアスの眼から涙がこぼれ、豪腕をラムザに向けて薙いだ。
意味不明の言葉に困惑したラムザは拳を受けて吹っ飛ばされ、古城を支える柱に激突する。
『お前がいなければ……ソウ、オ前ガイナケレバ……私ガ……』
「くっ……」
ラムザ、今行く!」
助太刀に駆けつけるアグリアスに視線を向けて、魔人ベリアスは周囲に死霊を漂わせた。
『鼓動の底なす死への恐怖の凍てつきて、鉄鎖の呪縛たらん……鶏走!』
死霊がアグリアスに向かい心身を捕縛する。
恐怖に手が震え、剣を落とさぬよう握り締めるのが精一杯だ。
「ぐっ、あ……貴様ッ」
『嫌ワナイデ……私ワ役立タズジャナイ……』
「何を言っている?」
『ウゴゴ……ラムザ、殺してやるぞ!』
魔人がラムザに視線を戻す。ラムザの唇が動いていた。
「虚栄の闇を払い、真実の姿、現せ……」
ランベリー城での戦いで得た、あの魔法の詠唱。
『そ、その魔法は“血塗られた聖天使”の……』
「あるがままに!」
『ヤメロ!』
ベリアスが咆哮し頭から突進する。羊の角がラムザの身体を引き裂いた。
零距離で、巻き添えを食らうとラムザは知っていて、唱えた。


アルテマ!!」


破壊の蒼光の後、その威力を間近で受けたラムザの遺体はほとんど残っていなかった。
ラムザに覆いかぶさるように圧し掛かっていた魔人はアルテマの威力を完全に受け、
微動だにすらしなくなっている。左腕は吹き飛んでいた。
ようやく鶏走の呪縛から解けたアグリアスは、フラフラと魔人の死体に歩み寄ると、剣を突き立てた。
「よくも、よくもみんなを……仲間を……ラムザを……」
完全なるトドメを。幾度も蘇る魔人に完全なる死を。死を。死を。
アグリアスはがむしゃらに刃を振るった。
魔人の背中を斬り裂いた。突き刺した。剣の腹で内臓を持ち上げ放り投げた。
ガリッ、ゴリッ。鈍い切っ先が石床を削る。
ベキッ、ゴキッ。砕け散った肉片や骨を、正義の刃が撒き散らす。
「ぜはぁっ……はっ、はぁ……あぐっ。ぐ、おおっ! おアァッ!」
次第に魔人の肉が縮小し、体毛も無くなっていったが、滅茶苦茶な残骸となった今、
アグリアスはそれに気づけずにいて――「おい、何してるんだ?」ラッドの声で正気に戻る。
「あ、ラッド……ラッド、そうだ、お前は、無事、だったんだな。よかった」
「……ああ。それより説明してくれ、ラムザはどこだ?」
「死んだ。アルテマを零距離で放って死んだ」
オルランドゥ伯は……そこか。首か?」
「捻り折られた」
「それじゃあラヴィアンは……」
「ラヴィアン?」
光が射した。少なくともアグリアスにはそう感じられた。
「そうだ、ラヴィアン、ラヴィアンは無事なのか!? せめて、せめてラヴィアンが無事なら――」
「お、おい。話が通じねえな。いったい……幻術にでもかかっているのか? エスナを使うんだ」
「私は正気だ! ラヴィアンを探しに行かねば、ラヴィアン……ラッドも手伝ってくれ」
「だから、さ、それだよ」
「え?」
ラッドが指差す。バラバラに撒き散らされた魔人の死体は、人間のソレに変わっていた。


ドス黒い血に混じり、流れる金糸の髪。
魔人の生首を、剣の腹で、ひっくり返した。


「何で、アグリアスが、ラヴィアンの死体を滅茶苦茶にしてんだ?」


ラッドの言葉はとてもとても遠い所から聞こえた。遠すぎて、聞こえないほどに。
アグリアスは胃の中のすべてを吐き出した。吐いて、吐いて、胃液に朱が混じる。
暗い暗い廃墟の中で、深く暗い場所にアグリアスは堕ちて行った……。


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それからラッドは仲間の遺品の中から、生存者である成人二人に必要だと判断した荷物を集めると、
外の納屋で、騒ぎに気づいて眼を覚まし待機していたボコにアグリアスを乗せて、
ランベリー城敷地内にある古城を立ち去った。
死体の後始末はしなかった。


ランベリー城からある程度離れると、ラッドは聖石を岩に叩きつけて壊そうと試みたが、
何度やっても傷跡ひとつつかなかったため、仕方なく南下して海岸線に行き、
小船で海に出ると、重りを詰めた箱と一緒に海底へ投げ捨てた。
その間に、ボコは姿を消していた。自分の役目はもう終わったと判断したのだとラッドは思う。
それから、海からやや離れた小屋で休息を取った。
アグリアスは、ラッドとはぐれてから何があったかを説明したきり、
用を足しに行く時くらいしか口を利いていない。
それも仕方ないとラッドは思う。
小屋のベッドを掃除し、アグリアスを寝かせると、ラッドは返事を期待せずに言った。
「近くに井戸があった。ここに水桶もあるし、ちょっくら汲んでくらぁ」
「――ああ」
だから返事があって、それがラッドには嬉しかった。


井戸の水は冷たく大量にあった。
なみなみと満たされた水桶を地面に置いたラッドはまず、手酌で水を一口飲んだ後、
両手いっぱいの水で顔をゴシゴシと洗った。
「……そういや、ラヴィアンの星座は白羊宮だったな。ウィーグラフと地下墓地の怨念と、
 ラヴィアンの星座と聖石『アリエス』の相性がよかったせいで、あんな――」
服の袖で軽く拭いて、ふと、水桶に張られた水面に視線を向ける。
顔が二つ写っていた。
そして首に痛みを感じる間も無く、水面が顔面に近づく。


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キィ、と戸が鳴る。水桶の中でチャプチャプと揺れる水音が聞こえる。
ラッドが帰ってきたのだなと、ベッドの中でアグリアスは思った。
「すまんな……迷惑をかける」
返事は無い。
「そういえば、もうずっと……そなたとはろくに話もしていなかった。仲間も増えていたし。
 話す事といえば事務的なものばかりで、心温まる会話など、ちっとも……な……。
 だから、その。……ありがとう……」


ベッドの横に水桶がドスンと置かれた。
水が入っているにしては重い音だ。おや? と思い、アグリアスは水桶を見た。


「いいんですよ、そう言っていただけるだけで嬉しいですから。
 さあ、ワインよりも濃く灼熱の溶岩よりも熱い“水”を汲んできました。
 それとみずみずしいもぎ立ての“果実”もありますので、どうぞお召し上がりください」



      完