氏作。Part22スレより。



「ーーシャレーヌ、君を除名する」


 テントの中の空気がシンと静まり返る。
 言われた本人、シャレーヌは信じられない、といった目でラムザを見た。
 シャレーヌとラムザの付き合いはアカデミー時代にまで遡る。
 一人去り、二人去り、ついにアカデミー時代から残ったのは
 シャレーヌともう一人だけになった。
 ずっと一緒にいられると思っていた。なのにーー
「どういうことだよ、ラムザッ!」
 つかみ掛からんばかりの動きに眼鏡をかけた白魔導師にして
 アカデミー時代からのもう一人、ボーヴィルが抑える。
「落ち着け、シャレーヌ」
「落ち着いてなんかいられるか!
 もう一度訊くよ、ラムザ
 何でアタシが除隊しなければいけないの?」
「それは……」
「それはお前の実力では生き残れないからだ」
 割り込んできた凛とした声。
 その主は聖騎士アグリアスオークスである。
「ここから先は厳しい戦いになる。
 腕を怪我したお前の力では、生き残れない。
 そしてその回復を待っている時間も我々にはない。
 お前ほどの戦士ならどうしたほうがいいか、わかるだろう?」
 アグリアスは容赦なく、残酷な現実を告げる。


 シャレーヌは、一週間前の野盗との戦いで、右腕を負傷しその機能を失った。
 骨にまで達したその一撃は深く、アイテムも魔力もほとんど尽きた、
 ラムザたちでは完全に治すことは出来なかった。
 半年ほど治療に専念すればまた剣が握れるようになれるとの話だが、異端者として追われる身であるラムザたちにそんな時間はない。
 ならば、除隊して治療に専念したほうが彼女にとってもいいのではないか。
 例え、その間に全てが終わってしまっても。
 そうラムザは考えたのだろう。
 だがその優しさはシャレーヌにとっては残酷な優しさだった。
「……腕一本なくたって、やって見せるよ」
「魔術師ならばともかく剣士にとっては致命的だ。
 お前は死ににいく気か?」
「アカデミーを出たときからその覚悟は出来ている」
「わからないのか!? ラムザはお前をーー」
「いや、僕から言うよ」
 アグリアスを手で制し、シャレーヌの真正面に立った。
「シャレーヌ、僕は誰も失いたくないんだ。
 甘いといわれてもいい。罵ってくれてもいい。
 君を失いたくない。だから君を除名する。


 その言い方は卑怯だ。そう言われて言い返せるものなどいはしない。
 そしてしばしの沈黙の後、シャレーヌが口を開いた。


「ーーわかった。だけど一つだけ、条件がある」



 シャレーヌが言い出した条件とはアグリアスとの決闘だった。
 その真意はラムザにもアグリアスにもつかめなかったが、シャレーヌの目は真剣だった。
 故にアグリアスは承諾し、ラムザも許可した。
 そして現在、キャンプから離れた草原にシャレーヌとアグリアス
 立会人のボーヴィルの三人がいた。
 ラムザもリーダーとして、除隊を言い渡した人間として、
 そして何より友人として立ち会いたかったがシャレーヌがそれを拒否した。


「では、確認する。
 剣、打撃、何でもありのバーリトゥード方式。
 決着は降参か、もしくはどちらかが戦闘不能に陥るまで。
 いいな?」
 二人が頷くのを確認すると、ボーヴィルは右手を挙げた。
「ーーでは、初め!」
 ボーヴィルの右手が下に下りきらないうちに、剣同士がぶつかり合い、火花と鋼音を散らした。
 その初撃でシャレーヌの体制は崩れていた。
 わかっていた。たとえ右腕が無事でもパワーでは最初からアグリアスに分がある。
 シャレーヌは唯一勝るであろうスピードで勝負を仕掛けるしかない。
「はぁぁぁぁぁ……」
 息を吐き、複雑なステップを踏む。
 シャレーヌが実践の中で生み出した独自の歩法ーー“無拍子”と彼女は呼んでいるが、
 リズムのない独特の歩法は攻撃に移るタイミングをずらす効果がある。
 それは戦い慣れたものにこそ効果を発揮する技法であった。


 アグリアスも当然それを警戒し、距離をとる。
 だが、それこそがシャレーヌの目的だった。
 シャレーヌは無拍子だけでなく二つ目の奥の手を持っている。
 この数日間必死に特訓した“片手突き”である。
 ここイヴァリースで、突きといえば諸手突きの事を指す。
 基本的に剣とは重量で“叩き切る”ものであって“切り裂く”ものではない。
 だが、遥か東の国で作られたといわれる刀は違う。鋭い刃で“切り伏せる”ものなのだ。
 故に突きも杭を打つような諸手突きだけではなく、鎧の隙間を狙う片手突きが存在するのだ。
 片手突きは当然ながら諸手突きよりもリーチが長い。
 無拍子はフェイント。射程距離外と思われいてる場所から一気に勝負をかける!


(ーー今だ!)
 わずかにアグリアスの剣先が下がった瞬間に、加速。
 体をひねり、甲冑のない脇腹を狙う!
 タイミングは完璧。速度も申し分ない。予想どおりの最高の一撃だった。


 だが次の瞬間、シャレーヌの手から刀は弾き飛ばされていた。
「え……」
 一瞬何が起こったかわからなかった。
 手には痺れが残るだけで、そこにあるはずの刀はアグリアスの剣によって弾き飛ばされていた。
「無駄だ。その程度の速さでは、私には通じない」
 剣技では勝てない。力では勝てない。
 そして唯一勝てると思ったスピードも見切られている。
 それはシャレーヌの剣技ではアグリアスには勝てないという残酷な事実であった。
 剣先を突きつけ、アグリアスが口を開く。
「降参しろシャレーヌ。これ以上、無益な戦いはしたくない」
「ーーッ!! ふざけるなッ!」


 ゴキュッという鈍い音が草原に響き渡る。
「なーーー」
 驚愕するアグリアスの視線の先にあるのは自分の甲冑に突き立てられたシャレーヌの拳だった。
「まだ勝負は終わっちゃいない!」
 シャレーヌはモンクのアビリティを持っている。
 だが如何にモンクとはいえ、鎧の上から殴りつけるなど正気の沙汰ではない。
「やめろ! 左腕が使い物にならなくなるぞ!」
「承知の上よ! 隊にいられないのなら左腕などいらない!」
「何故だ!? 何故そうまでして戦う意味がある!」


 その意味を、ボーヴィルは知っている。
 なぜ彼女がこうまでして戦うのかを。


 シャレーヌはアカデミー時代から、ラムザ=ベオルブのことが好きだった。
 下級貴族とベオルブ家……身分が違うことも知っていた。それでも好きだった。
 そして様々な出来事が起こり、異端者として追われる様になった。
 親や兄弟たちと二度と会えないとはわかっていた。
 だが、それでもラムザと一緒に居たかったのだ。
 それだけで、よかったのに。
 右腕の機能を失ったあの時、シャレーヌは見とれてしまったのだ。
 一瞬、背を預けあって戦いあう二人を見て、動きを止めてしまったが故に、
 信頼しあう二人の姿に見とれてしまった故に、
 そして、背中を預けてもらえる彼女に嫉妬してしまった故に、
 彼の傍にいる資格さえ失ってしまった。
 それは誰が悪いわけでもない。だからこれは、
「最初から戦う意味などない! これは、単なる八つ当たりだッ!」
 シャレーヌが吼え、アグリアスの足元に拳を突き立てる。
「大地の怒りがこの腕を伝う! 防御あたわず! 疾風、地裂斬!」
 大地を伝う衝撃がアグリアスの体を吹き飛ばす。
「熱き正義の燃えたぎる! 赤き血潮の拳がうなる! 連続拳!」
 鎧の上からだというのに構わず拳を振るい続ける。
「渦巻く怒りが熱くする! これが咆哮の臨界! 波動撃!」
 一瞬でチャクラを練り、渾身の力を込めた一撃を放つ。
 シャレーヌの全身全霊の力をかけて放った連続技。
 だが、これだけの技を叩き込んでも


「ーーそれで、終わりか」


 アグリアスは立っていた。
 口の端から血をたらしているだけで、ほとんどダメージを受けていない。
 全ての攻撃は往なされ、防がれたのだ。
 それを見てボーヴィルは把握した。シャレーヌは理解した。
 例え天地がひっくり返ろうとも、シャレーヌではアグリアスにはかなわないということを。



 熱くなった二人の体を冷ますように曇天から雨が降り始める。
 最初は小雨ほどだった雨脚も次第に強くなっていく。
 その雨音に負けないほどの声でシャレーヌは問いを投げかける。


「一つ聞きたい。
 この先、アンタはオヴェリア様を助け出せたらこの隊を抜けるんだろ?」
「……そういうことに、なるな」
「その時、もし、命令があれば、アンタはラムザを殺すのか」
「オヴェリア様がそんな命令をーー」
「オヴェリア何ざどうでもいい!! アタシはアンタに聞いてるんだ、アグリアスオークス!」
「……私は、」


 ーーザァァアアアアア


 その答えは一瞬強くなった雨音に掻き消されて、二人以外には聞こえない。
 だが二,三言葉を交わしたシャレーヌが少しだけ笑ったようにボーヴィルには見えた。
「そうかい。それがアンタの答えか。でもアタシも、アタシの意地を張らせてもらう」
「来い、シャレーヌ。全身全霊を持ってその剣に答えよう」
 シャレーヌは包帯を巻きつけ、握力のなくなった手に無理やり刀を握らせる。
 そして構える。刀の力を引き出すという奥の手を使うために。
 それに答えるようにアグリアスも剣を担ぐように構える。
 聖剣技ーーアグリアスの持つ必殺剣の構えだ。
 二人の間の空気が張り詰める。
 膠着してから一瞬かそれとも数分後か、彼らにはわからなかったが、
 一筋の雷光が轟音と共に山へと落ち、それが合図となった。


「闇にありし怨恨の魂よ、 此処に集結せよ・・・虎鉄!」
「大気満たす力震え、我が腕をして 閃光とならん……無双、稲妻突き!」





「ーーじゃあ、ここで」


 町の喧騒の中、見送りに来たアグリアスラムザに向けてシャレーヌは微笑んだ。
 腕には包帯を巻き、あちこちにも細かい傷が見える。
 シャレーヌの傷は如何に魔法とはいえ、そうそう治るものではなかった。
 その傷を見て『あの時止めていればよかった』という顔になるラムザを見て、
 シャレーヌはすまなそうに笑う。


「そんな顔するんじゃないよ、ラムザ
 悪いのはアタシなんだから、意地を張り続けたアタシがね」
 シャレーヌはそのまま視線をアグリアスのほうに向け、清々しい笑顔を浮かべる。
アグリアス、約束を忘れるんじゃないよ」
「ああ、忘れるものか。この剣に誓ってな」
「そうかい。あ、そうだラムザ、ちょっと耳貸しな」


 そういってラムザに近づくと強引に耳に口を寄せた。


「(な、なんだい)」
「(まぁまぁ聞きなって。一つ友人としてアドバイスしてあげるよ。
  いいかい、アンタの好きな女騎士はニブチンだから
  ちょっと強引なくらいのアプローチをするんだよ)」
「なっ……!!」


 顔を真っ赤にして離れるラムザ
 その様子を可笑しそうに見つめると、包帯の巻かれた左腕を差し出した。
 ラムザはそれをそっと握ると、同様に微笑んだ。


「アンタ達の無事を願ってるよ」
「うん、シャレーヌも元気で。それにボーヴィルも」
「ああ、そっちも元気でな」
 いけしゃあしゃあとシャレーヌの隣にいるボーヴィルが答える。
「……何でアンタがここにいるのか訊いていいかい?」
「つれないね。俺の居場所はシャレーヌの隣だってんのに」
 ボーヴィルは表情一つ変えずに答える。
 ため息をつく。この男にこれ以上質問しても無駄だろう。
 昔から、こういう奴なのだ。
 さて、名残惜しいがラムザたちは先を急がなければならない。ここでお別れだ。
「じゃあ、また会おう。シャレーヌ、ボーウィル!」
「ああ、また、いつか何処かで。お前たちが使命を果たしたそのときに会おう」
「じゃあな二人とも。アタシのこと忘れんなよ!」
「忘れたくともそんな人間ではないさ。お前はな!」


 自分たちなりの別れの挨拶を交わし、ラムザたちは背を向ける
 だんだんと二人の背中が大通りを遠ざかっていく。


「そういえば……さっき何を耳打ちされたんだ」
「え、あ、大したことじゃありませんよ」
「大したことじゃないなら話してもいいだろう?
 私に話せないようなことか?」
「そういうわけじゃありませんけど……
 あ、そういえばアグリアスさん、シャレーヌとの約束って何なんですか?」
「そ、それは……それこそ大したことではない!」


 そのまま二人の姿が雑踏に消えるのを見つめてから、
 シャレーヌたちは反対方向に歩き出す
「シャレーヌ、これからどうする?」
「さぁね、腕を治して冒険屋にでもなろうかね。
 そういうアンタはどうするんだい?」
 ボーヴィルはその言葉に口の端を吊り上げながら
「俺はシャレーヌについてくだけさ、どこまでも、な」
 と、答えた。



 そして、時は流れ、獅子戦争は終結した。
 ラムザたちと別れ、傷の言えたふたりは冒険者として生計を立てていた。
 そしていくつもの儲け話を成功させ、この業界では
 『刀姫シャレーヌ』と『白導師ボーヴィル』はそこそこの有名人になっていた。
 今日も新しい冒険に旅立つための準備をしているのだが、
 ふと、荷物の一つである愛刀虎鉄にふと、目が留まった。
 あの日から愛用し続けている刀を見るたびにあの約束を思い出す。


『殺さない』
『何故だい?』
『私はーーラムザを愛している。これでは不服か』
『じゃあ誓えるか、その剣にかけて。この先何があってもラムザを守り抜くと!』
『ーー誓おう。我が剣と誇りにかけて。
 アグリアスオークスは全身全霊を持って、ラムザ=ベオルブを守り抜くと!』


 今、異端者・ラムザ=ベオルブの行方はようとして知れない。
 だがシャレーヌは信じている。ラムザの無事を。そして彼女の言葉を。
 だから彼らを探しに行こう。動くようになった右手をしっかりと握り締める。


「準備は出来たか?」
「ああ、さあ行こう。アイツらを探しに!」


 ーー彼らが辺境の村でラムザアグリアスという若夫婦に出会うのは、まだ、暫く先の話である