氏作。Part15スレより。



──戦いがあった。長く苦しい、世界の命運を賭けた戦いが。



城塞都市ザランダの宿、そこに人知れず巨悪と戦った勇者がいた。
「フカフカのベッドだぁー」
己の素性を隠しての長旅に疲れたラヴィアンは、真っ白なシーツの上に身を投げ出す。
そのだらしない姿に苦笑を浮かべながら、アグリアスは荷物を部屋の隅にまとめていた。
以前のアグリアスなら「騎士がそんなだらしない真似をしてはならん」と注意しただろう。
ラムザとの旅でずいぶんと丸くなったものだとアリシアは思いながら、ラヴィアンの隣のベッドに腰を下ろした。



   朝靄の挽歌



「はふぅ。柔らかなベッドがこんなにも気持ちいいだなんて……自分の生を実感できるわぁ」
「今まで何度も死にそうな目にはあってきたけど、あれほど絶望的な状況から生還できたなんて奇跡ね」
ベッドの上で夢心地のラヴィアン。鎧を脱ぎながら相槌を打つアリシア
2人の部下を微笑ましく見つめながら、アグリアスは荷物の整理を終えた。



「ラヴィアン。くつろぐのはいいが、早く鎧を脱いだ方がいいぞ。真っ白なシーツが埃まみれだ」
言われて、アリシアは勢いよく起き上がる。そして埃で汚れたシーツを見て「ゲッ」と声を漏らした。
鎧を脱ぎ終えたアリシアは、軽くなった肩を揉み解しながらクスクスと笑っている。
「ベッドに入るなら、夕食とお風呂を終えてからの方がいいわよ。一度ベッドに横になったら起きれなくなりそう」
「温かい夕食と温かいお風呂かぁ……ああ、それも楽しみ」
2人の雑談を聞きながら、アグリアスは「ふむ」と小さくうなずいた。
「そうだな、夕食の時間までまだ時間はあるしまずは……」
「お風呂ですか?」
「ゴーグまでの道のりを相談しよう」
ガクリッ、とラヴィアンとアリシアは肩を落とした。
「ゴーグまでの道のり……って、今まで何度も通ってますし、特に相談する事なんてないでしょう?」
「そうでもない。戦争が終わり平和になって、国中の人間の気が緩んでいる。そこを狙った盗賊も少なくはない」
「あー、そういえば確かに」
つい先日、盗賊に襲われているキャラバンを救った事をラヴィアンは思い出した。
「今は3人しかいないのだし、身を隠しながら進むのは多少楽だろう」
「後はバリアスの谷とライオネル城とツィゴリス湿原だけですね」
「あの湿原をまた通るのかと思うと気が重いわぁ」
「それもあるが、ライオネル城も要注意だ。我々はあそこでドラクロワ枢機卿を殺害しているのだからな。城の兵に見つかったら大変だ」
「そーいえばそんな事もありましたね。ルカヴィの中で一番ブサイクな奴」
「生理的に駄目ですああいうタイプ」
2人の言葉に、アグリアスはつい吹き出してしまった。
なるほど確かに他のルカヴィは『醜悪』だが、ドラクロワのアレはただの『醜い』な気がする。
勝利した今だからこそ言えるが、あの時は初めて遭遇したルカヴィの戦闘能力に凄まじい恐怖を感じたものだ。



「とりあえずフードで顔を隠しつつ、不審な態度を取らないよう胸を張って歩く。城の兵士を見かけたら近寄らない、そんなところだな」
「ですね」
「じゃ、相談は終了って事でお風呂でも行きますか!」
ラヴィアンは話を打ち切って鎧を脱ぎ出した。そして荷物の所へ行き、替えの服を取り出す。
アグリアスアリシアは顔を見合わせた後、自分達も替えの服を取りに荷物の所へ向かった。
普通の旅人なら、バリアスの谷やツィゴリス湿原で盗賊やモンスターと遭遇した時の事を相談するが、彼女達には不要である。
北天騎士団南騎士団神殿騎士団の精鋭や、伝説上の存在だったルカヴィにさえ勝利をおさめてきた強者だから当然といえば当然か。
「ねえ隊長」
替えの服を手に取ったアリシアが、小声で声をかけてきた。
「もうゴーグで待っててくれてるといいですね、ラムザ様が」
アグリアスはちょっぴり頬を朱に染めながら、何でもないフリをして「そうだな」と相槌を打った。
最後の戦いの後バラバラになってしまった仲間達。一緒だったのはこの3人だけだ。
離れ離れになってしまった時はムスタディオの実家であるゴーグに集合する事になっている。
果たして、あの若く頼りがいのあるリーダーは無事ゴーグに辿り着いているだろうか?
彼が自分を待っていてくれるのもいいが、自分が彼を待っていてやりたいとも思う。
早くラムザに会いたいなと心の中で呟いて、アグリアスアリシア達と一緒に浴場へ向かった。



鶏が起き始めるような早朝。
泥のように眠っているラヴィアンとアリシアを置いて、アグリアスは独り、ザランダ郊外にある丘の上に来ていた。
朝靄が街を包み、ひっそりと静まり返っている。
「……懐かしいな」
以前ここで、大切な2人と過ごした時間を思い出す。
唯一の友人を想い、草笛を吹いたオヴェリア様。
幸せだった過去に想いを馳せ、草笛を吹いたラムザ
その内の一方には、もう会う事もないだろう。
ラムザは「ディリータならきっとオヴェリア様を守ってくれます」と言っていた。
結婚したと聞いた時は驚いたが、今はきっと幸せに暮らしているだろう。
異端者であり世間的には死んだ事になっている自分が戻って、わざわざ事を荒立てる必要は無い。
アグリアスは脇に立つ木の葉を一枚むしり取った。
あの日、あの2人が草笛を吹くのに使った、あの木の葉。
自分は草笛の吹き方など知らないから、葉は指先でもてあそぶだけだった。
ラムザに再会したら草笛の吹き方でも教えてもらおうか? 2人で草笛のデュエットを奏でてみたい。
もう少しで訪れるだろう安らかな日々を思い、アグリアスは微笑んだ。


風が吹き、朝靄が揺れる。
数秒、もしくは数十秒も風は吹き続け、アグリアスの髪を乱した。
風が止み、手ぐしで髪を整えていると、街の方から声が聞こえた。
「……何だ?」
やけに騒がしい気がする。
もしかしたら自分達の正体がバレたのかもしれないと思い、アグリアスは木の葉をポケットに突っ込んで、慌てて宿に戻った。



宿に戻ると、宿の主人が旅装束の男性と何事かを話し込んでいた。
一応警戒して、腰に刺した剣をいつでも抜けるよう身体の筋肉を緊張させる。
「何かあったのですか?」
旅装束の男が振り向いた。アグリアスを見て驚く様子が無いので、自分達の事ではないらしいと安堵する。
「ああ、その、俺はこの宿の息子で、今ドーターから帰って来たんだが……チョコボに乗って大急ぎで来たんだ」
「こんな早朝に? いったい何があったんです?」
「驚くなよ……って、無理だな。天地がひっくり返るほど驚いても仕方ない。下手したらまた戦争が起こるかもしれないんだ」
「……何? 詳しく教えてくれ」
戦争。その言葉にアグリアスの顔が強張った。
やっと平和が戻ってきたというのに、英雄ディリータが国を治め出したというのに、いったい何があったというのか?
男は、緊張した口調で言った。
「オヴェリア様がお亡くなりになられたらしい。ディリータ様も腹部を刺されて重傷だそうだ」
一瞬、男が何を言っているのか分からなかった。
誰が、亡くなったって?
オヴェリア様、が? 何故? どうして?
ディリータ……様が刺されたという事は、反ディリータ派が、2人を襲ったという事か?」
滑稽なほど震えている声でアグリアスは問う。
拳はワナワナと震え、足下は頼りなく、顔面蒼白のアグリアスを気遣いもせず、男は正直に答える。
「それが、分からないんだ。ディリータ様は犯人を見てるはずなんだが、まだ何も手がかりが掴めないらしい。
一部じゃ、王位に就いたディリータ様が、用済みになったオヴェリア様を刺し殺したなんて噂も立ってる」
「そんな、馬鹿な」
茫然自失となったアグリアスの耳に、それ以上男の言葉は入ってこなかった。



疲れ果てていたラヴィアンとアリシアは、同室でゴソゴソと物音が鳴っているのに気づかず熟睡していた。
ラムザと共に旅をしていた時は、これくらいの物音がすれば自然に目が覚めたものだ。
それだけ張り詰めていたのだろう。すべてが終わり緊張の糸が切れた今、以前のような集中力は一時的に失っている。
だから、安心してアグリアスは旅の支度ができた。
着慣れた鎧を身につけ、自分の荷物の入ったバッグだけを持って、アグリアスはドアの前に立つ。
テーブルにはすでに置手紙が置いてある。
ラヴィアンとアリシアへの侘び、そしてラムザにも侘びを伝えるよう書いてある。
これなら自分を追ってくる事はあるまい。ゴーグへ行き、ラムザと合流してどうすればいいか相談するはずだ。
──その頃にはもう、すべて終わっているかもしれない。
自分が何をしたいのかも分からぬまま、アグリアスは部屋から出た。
店の主人にも気取られぬよう、宿の裏口から外へ出る。
朝靄がだいぶ薄れていた。完全に消えぬうちにザランダを出よう。


アグリアスは独り北を目指す。王都ルザリアを目指す。
異端者の自分が、ディリータに会えるとは限らない。
ディリータに会って何をしたいのかも分からない。きっと、感情に従って行動するのだろう。
なぜオヴェリア様を守れなかったのかと泣きつくのか、斬り捨てるのか、それとも違う行動を取るのか。
分からない。しかし、行かずにはいられない。
オヴェリア様とディリータの悲劇の情報を集めながら、王都ルザリアを……ディリータを目指し、それから……。
……ラムザは、こんな自分を何と思うだろうか?
「……すまない」
アグリアスは、ポケットに入れっぱなしだった木の葉を取り出し、捨てた。
足下に落ちた葉を踏まないよう気をつけて、アグリアスは先へと進む。
もう草笛を習う事は無いだろう。そんな事を頭の隅で考えながら……。


 朝靄の挽歌 FIN