氏作。Part14スレより。


 シドルファス・オルランドゥ伯。通称“雷神シド” 南天騎士団団長にして、
先の五十年戦争ではバルバネスやザルバッグらと共に敵に恐れられた無敗の
将軍。なおかつ、万人に等しく温和な態度で接するダンディな紳士。趣味は
盆栽と昼寝。私のことである。
 このように世間の私を称える姿勢は疑いようの無いものなのだが、にもか
かわらず、ラムザと行動を共にして以来、私は至極不当な評価を与えられて
いる気がする。確かに私が多少自らを貶めるような行動をしたかもしれない
(酒の席での腹踊り等)が、そんなことは問題ではない。この隊の者達は比
較的若い人間で構成されているのに、年長者を敬う気持ちを忘れていると言
うのは嘆かわしいことだ。私を呼ぶ時も大多数の者が、おじいちゃん、じい
さま、ジジイ、ハイマーさんなどと呼んでいる。ハイマーというのが何のこ
とかは知らないがきっと「あまりにも偉大で高潔すぎるため、少々近寄り難
い人物」などという悪口の類いであろう。けしからん。

 まだ日も浅い頃は私が野営の準備の手伝いを申し出るだけで、皆恐縮した
ものだが、今ではひきつった笑顔で
「向こうに行っていてください」
などと吐くのだから全く馬鹿にしている。確かに手が震えて食器を割ったり、
居眠りをしてテントを燃やしたこともあったが、そんなことは笑顔で許せる
ような心意気があるべきではないか。


 また、例外的にアグリアス女史だけは平気で私に用事を言い付ける。もう
少し遠慮してくれても良さそうなほどだ。妻に皿を洗わせられていた日々が
思い出したくもないのに脳裏に浮かぶ。さっきも薪を拾ってこいと言われた。
もちろん私は快く引き受けた。なにをかくそう私は女性の頼みにいやと言え
ない、優しい人間なのだ。決して言う勇気が無いわけではない。
 薪を切っているアグリアスを見ている内に私はあることに気付いた。何故
彼女は薪を切るのに剣を使うのだろうか、などということではない。先日、
いつのまにか私のエクスカリバーがロングソードになっていたのだが、彼女
が振るっているのはまさしくそれではないか。他人の私物を盗むとは言語道
断、仲間内とは言え許せることではない。事実、私がちょっとつまみ食いを
しただけで目くじらを立てるような女なのだ。彼女のためにもこのような事
は正すべきなのだ。義憤に駆られ、私は堂々たる態度で彼女をたしなめた。
「えー、あー」
「どうしましたおじいちゃん。夕食ならさっき食べたでしょう」
「馬鹿者、私がそんなことも覚えていないと思っているのか」
「昨日は夕食をニ回御所望だったでしょう」
「昨日はニ回食べる日だったのだ」
「じゃあさっきの献立は覚えていらっしゃいますか?」
「そんなことはどうでもいい、その剣は私の剣ではないか」
「ははは、おじいちゃんは御冗談がお好きでいらっしゃる」
「おじいちゃんというのはやめなさい、私はまだ若いんだ」
「若いと言うのは具体的にはどの程度の年齢層のことを言うのでしょうか」
「若さと言うのは心の持ち様なのだ。その点から言えば、君の様に偏屈で
頑固な者は既に老婆と言えよう」
「分かりました。今度からは私も夕食を二度取る事にいたします。では」
「では、じゃない。剣を返しなさい」
「返せと言われましても、これは私の剣ですが」
「嘘をついてはいかん。君の持っているのはエクスカリバーではないか」
「いえ、これはロングソードです」
「しらを切るな、我が家の家宝だったのだ。見間違えるわけがないだろう」
「この間、私とモルボルを見間違えて攻撃なさったでしょう」
「違う。あれは君が私をピスコディーモンと間違えた時の仕返しだ」
「分かりました。その件は水に流しましょう。過去の因果に捕われていては
先に進めません。私達には進むべき道があるのですから。では、これで」
「いい加減にしたまえ。いいかね、なんといおうと君が持っているのはエク
スカリバーなのだ。現に先日剣がすり変わってからと言うもの、ヘイストが
かからないので動きに支障がでているのだぞ」
「お年のせいでしょう」
「嬉しそうに言うな。あれほど鈍足だった君が、最近はいやに俊敏な動きを
見せているではないか、永久ヘイストのおかげだろう」
「いえ、伯の日頃の御教授が実を結んだのでしょう」
「私の言う事など、聞き流しているくせに」
「御存じでしたか」
「御存じでしたとも」
「わかりました、考え方を変えましょう。百歩譲ってこれがエクスカリバー
だとして、おじいちゃんが初めからロングソードを持っていらしたのかも…」
「勝手に考えを変えるな。何が悲しくてこんな値札のついているような代物
を家宝にしなければならんのだ」
「恐らくこういうことでしょう。剣士たるものいかに修練を積んだとは言え、
武器に頼るようでは所詮半人前であると。初志貫徹、千里の道も一歩から。
初心を忘れて悟りはあり得ない。そのために、稽古の時に振るっていたロン
グソードを家宝として掲げたのでしょう。素晴らしい御考えです。流石は剣
豪として名高いオルランドゥ家ですわ」
「もっともらしい事をいうな、まったく君はもう少し素直にならんといかん。
ラムザの謙虚さを見習いたまえ。彼の爪の垢でも」
「飲みたいんですか?」
「もういい。ところで夕食はまだだろうか」


 何か未解決の事があったような気がしたが分からなくなってしまった。ま
あいい、許してやろうではないか。人間は年をとると寛容になるのだ。自分
の情けなさにも寛容になれるぐらいだから人畜無害と言えよう。テントに戻
ると、私の盾がバックラーになっていた。