氏作。Part12スレより。


 なんだか幸せな夢を見て、目を醒ました。
「起きたか、ラムザ
 やさしい声がして見上げると、金色の髪を結い上げたアグリアスが微笑んでいた。
頭の上にすずしい風が吹いている。ゆうる、ゆうると団扇を動かして、風を送って
くれていたのだ。
 狭い庭に面した濡れ縁の一隅。陽はすでに沈みかけ、夕映えの最後のなごりが
足元から照らしている。ほっぺたの下の、浴衣ごしのふとももの感触が心地いい。
離れてしまいたくなくて、もうしばらく眠ったふりをしようかと考えたが、どうせこの人
にはすぐに見破られてしまうだろう。ラムザは頭を掻き掻き、アグリアスの膝枕から
起き上がった。
「僕、いつから寝てました?」
 あおぐのを止めたアグリアスが、団扇で傍らを示す。盆の上にすっかり氷の溶けた
グラスが二つ、うぐいす色の梅の実を入れて並んでいた。
「梅酒を飲んですぐだ。ころん、といった感じだったぞ」
「ちぇ、恥ずかしいなあ」
 眠くなるほどの酒量ではないはずだが、疲れていたのだろうか。父も二人の兄も、
妹でさえ相当の酒豪なのに、なぜか一家の中でラムザだけはあまり酒が強くない。
兄達やこの人にいつもからかわれるのが悔しくてならないから、克服しようとことある
ごとに挑みはするのだが、たいてい酒に呑まれて奇行に走るか、眠り込むかの
どちらかで終わる。
 しかし、それも一眠りしてだいぶ抜けたようだ。おおきな欠伸をし、顔をこすって、
ようやく頭がはっきりしてくると、何やらただならぬものが目に入った。
「あの、アグリアスさん。それは一体」


 縁側に腰掛けて、さっきまでラムザに膝枕をしてくれていたアグリアスは青地に
鳥の羽模様の浴衣を身に着けている。その浴衣の胸元が、着崩れという程度では
ちょっと説明がつかないほどに大きくはだけ、ゆたかな白い胸が半分ほども露わに
なっているのだ。
 だがラムザの視線に気付くと、アグリアスは照れるかと思いきや、ものすごい眼で
ラムザを睨み付けた。
「……お前が寝ている間中、裾を引っ張り続けたからだろうがッ!」
 間髪を入れず、ラムザの額に団扇の柄が命中する。けっこう痛い。
 熟睡中のラムザには、手に触れたものを何でも掻き寄せてしまう「抱き癖」が出る
ことがある。アグリアスの浴衣の腿のあたりがよく見るとしわくちゃになっているのは、
してみるとラムザが寝ている間中握って引っ張っていたせいらしい。以前、昼寝して
いる側を通りかかったラファを抱き寄せかけて以来、アグリアスにそれはそれはきつく
注意されて治まったつもりでいたが、やはりこんな状況では気が緩んでしまうものだろうか。
「まったく、お前は寝ていても起きていても、やることは変わらないのだからな……」
 ブツブツ言いながらアグリアスラムザに背を向け、はだけた前を直している。うなじが
真っ赤だ。寝ていてそんな不埒なふるまいに及んだのなら叩き起こせばいいものを、
それでもじっと寝かせてくれて、この蒸し暑い晩に自分を我慢して団扇であおいでまで
くれたのだ。感謝と同時に金色の生えぎわからうなじに汗が一筋こぼれたのが目に
入って、なんだか堪らなくなってラムザは背後からアグリアスに抱き付いてしまった。
「きゃっ!?」
 思わず声を上げたアグリアスは、しかしそれ以上の抵抗はしない。帯でしぼり出された
ような豊かな胸を両手で包み、汗ばんだ髪の匂いを吸い込む。
 やっぱりまだ、酒が残っていたろうか。それでもいいか、いいよな、などと頭の隅で
ぼんやり考えつつ、汗の浮いた首筋をきつく唇で吸おうとした途端、いきなりアグリアス
振り払われた。


「そこまでにしておけ。もうすぐ花火大会の時間だ。ムスタディオ達と合流するのだろう?」
 立ち上がって裾の乱れを直し、ぴしりと襟元をととのえた姿にはすでに一分の隙もない。
呆気にとられつつもラムザは不満げに、
「少しぐらい遅れたっていいじゃないですか」
「駄目だ。それに」
 と、言いかけて口をつぐむ。ラムザも立ち上がり、出かける支度をととのえながら、
言いさしたことが気になって何度か聞き返してみるが要領を得ない。戸締まりをして
玄関を出たところで、やっと口ごもりつつ教えてくれた。
「…明日はメリアドール達と、水着を選びに行くのだ。おかしなところにその、キスマークが
ついていては、何だ、あの、困る」
 成る程。ふかく納得しつつ、そうすると今晩もおあずけだろうか、とラムザは考える。
水着と引き替えだと思えば、それはそれで構わないのではあるが。
 どーん、と川向こうの空に、花火大会の始まりを告げる最初の一発が上がる。その光に
照らされて、通りの先から見知った人影がかたまって来るのが見えた。早くも水風船を
振り回しているのはアルマだろうか。呼ぶ声にこたえて手を振りながら、ラムザはからころと
下駄を鳴らして駆け出した。アグリアスが後に続くのを足音で確かめて、一度だけ振り返って
微笑む。
 二発目の花火と同時に、ソースの焦げる屋台の匂いがしてきた。




End