氏作。Part12スレより。
或る少女の一日
春の陽気もうららかな或る日。
一人の少女が公園の近くの林の中で剣の修行をしていた。
美しい金髪を編みこみ、軽装ながら良く似合う青のタートルとスパッツ。
女の子としては長身で、顔立ちもぐっと大人び、スレンダーな肢体は年相応にはとても見られないだろう。
少女の名はアグリアス。
数え年で10歳。
年齢よりしっかりして見える彼女はオークス家の一子である。
一通り型をやって素振りをする。
しかし最近は素振りをすると知らず知らず独り言が出るようになった。
「あーあ。早く家に帰りたいなあ。」
ここ数日はふとした瞬間にこの言葉が口に出る。
父の仕事の都合でここ一月ばかり魔法都市ガリランドに宿泊していた。
剣の道一筋の彼女にとってこの町はあまり好ましいものではなかった。
始めのうちはこの町に住む近所の子供達と遊んでいたが、魔法が出来た出来ないが話の中心で、
魔法に無関心な彼女にとっては、彼らと遊んでいても面白くもなんともなかった。
父には何度もせがんだがどうしても後一月はかかるといわれ散々駄々をこねたものだ。
母は「父上の言うことが一番正しい」と信じて疑わぬ典型的な貴族のお嬢様育ち。
一日中母に甘えるという手もあった。
娘に甘い母のことだからむしろ進んで甘えさせてくれるだろう。
しかしながら母は早くもこの環境になじんで新しく出来た友人をお茶に誘っているので、
それを邪魔するのは心苦しいし、それ以前に騎士道を敬愛する彼女にとって、その選択は己の許すところではない。
半月後には林の中に一人、ひたすら剣の稽古をするアグリアスの姿があった。
「全く。こんなところになぜ私がこんなに長く居なければならないんだ。
だいたい父上はいったい何をやっているのだ。こっちに来る前は『一月だけ』と言っていたのに。
後一月だって!?冗談じゃないぞ全く。こんな町一刻でも早く出たいというのに。母上も母上だ。
あんな軟弱ものたちと付き合って楽しんでいるとは。そもそも貴族たるもの魔法のような妖しげなものに興味を抱くなどともっての外。
貴族たるもの、常に周囲から尊敬の念を持たれるべき・・・。」
最近めっきり多くなった素振りをしながらの独り言も既に演説に近いものとなっている。
しかしだんたん口のほうに気がいって素振りのほうがおろそかに・・。
ゴツン!
「きゃあ!!」
木刀の鍔元の方が頭に当たってしまいうずくまってしまうアグリアス。
周りに誰も居ない中、ずきずきと頭が痛み出すと妙に寂しさが増してくる。
「ぐすっ、ぐすっ・・。」
ついに涙が出てきてしまった。
「うう、ううう・・。」
今にも泣き出してしまうかと思われた、そのとき。
「うわあああん、にいさん、にいさああん!!」
少し遠くで子供の泣き声が聞こえる。
普通なら釣られて泣いてしまう所だが人一倍プライドの高い彼女はぐっと、出始めた涙をぬぐって声のほうに歩いていった。
「あっ!」
泣き声の発信源は、かわいい女の子だった。
女の子は地面にへたり込んで泣いている。
「どっ、どうしたのだ?」
あまり小さい子供に慣れていないアグリアスだったが、考えるより先に体が動き、
女の子の頭をなでながらたずねる。
頭をなでるその仕草が自分でも驚くほど優しい。
急に出てきた少女に一瞬びっくりしたようだったが頭に感じる優しい感触にだんだん女の子は落ち着いてきた。
しばらくすると女の子はアグリアスを見つめ、目を潤ませながら口を開いた。
「にいさんとはぐれちゃったの・・。おうちにかえりたいよう・・。」
(うわあ・・・)
瞳を潤ませたそのかわいらしさに、いまだ恋を知らぬさしものアグリアスもクリティカルヒット。
顔を真っ赤にして硬直するアグリアス。
(このままこの子を連れて帰って妹にしてしまいたい・・。母上もきっと喜ぶゾー)
「おねえちゃん?」
そんな、少女に芽生えた無邪気?な出来心を加速させる、首をかしげて覗け込む愛らしい姿。
ぴょこりとはずむアンテナのごときくせっ毛。
(だっ、抱きしめたい・・。)
欲望が少女の中に渦巻いたが、そんなことをしたらまた泣き出してしまうかもしれないという内なるツッコミにかろうじて踏みとどまる。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
ちょっぴり罪悪感があって少し硬いが、ようやく出した質問に、女の子は少し淋しげに笑って答えた。
「ぼく、おとこなんだけど・・。」
「ええっ!あっ、これは無礼なことを!すまない、この通りだ!」
騎士道を敬愛する彼女は相手のプライドもまた尊重する。
『性別を間違えるなど相手への侮辱も同然だ』とまじめな彼女は思った。
女の子改め男の子は地に頭を付けんばかりに土下座するアグリアスに慌てて言った。
「あのねっ、でも、しょっちゅうまちがえられるから、なれっこなの。だからきにしないでっ。ねっ。」
(幼いながらこの優しさはどうだろう。私にここまでの気配りができるだろうか?)
アグリアスは感動すら覚えた。
と同時にこの幼き紳士を必ず家に帰してやろうという使命感が湧き上がった。
「よしっ!貴公は必ず私が家まで送る!私に任されよ!!」
そう言うとアグリアスは男の子をおんぶして、林の出口に向かった。
男の子は少女のあまりの身替りの早さに多少面食らうところがあったが、
不器用だが優しい父と暖かく美しい母の姿を同時に見たような気がしてすぐに身を任せた。
そしてアグリアスもまた数分前とはまるで違う、生き生きとした表情をし始めていた。
「この男の子を知りませんかー?」と聞いて回るとあっけないほど簡単に身元がわかった。
男の子はここ数日この町のホテルに泊まっている貴族の息子だという。
なんと、その貴族こそがアグリアスの父の仕事の相手ではないか。
意外なほど身近に親が見つかり少し拍子抜けしたが、男の子のうれしそうな様子を見ると,
自分も素直に嬉しくなった。
アグリアスと男の子は手をつないで、足取りも軽くホテルに向かった。
途中、始めのころ一緒に遊んでいた、近所の子供たちに会った。
彼らはアグリアスの姿を見て目をまんまるとさせていた。
アグリアスはくすっと笑いながら彼らの前を通り過ぎていった。
しばらくして。
「ねえ、おねえちゃん。さっきのひとたち、おねえちゃんのともだち?」
急に思いもよらぬ質問が来たので思わずたじろいでしまうアグリアス。
と同時にこの男の子の観察力の鋭さに舌を巻く思いだった。
「うん・・。まあ、ね。でも私と彼らは考えが違うんだ。だから今は友達とはいえないな。ハハ。」
アグリアスは少し表情を曇らせながら努めて明るく言った。
男の子はしばらくアグリアスの顔を見つめたから言った。
「あのね、かんがえがちがうのはあたりまえだって、すんでるところがちがえば、ねんれいがちがえば、
まわりがちがえば。でも、おたがいがわかりあおうとすればだいじょうぶだって、じぶんからそうすれば、
あいてもそうするって。かあさんがいってた。」
「・・・・。」
この男の子はよほど素晴らしい環境に育っているのだろう。
自分よりどう考えても年下のこの男の子がこんなにも相手を気遣える。
アグリアスは今までの自分の態度を振り返って耳が痛い思いだった。
(私は・・・自己中心的過ぎたかな・・。)
アグリアスの口端にかすかに自嘲の笑いが刻まれる。
と、
「うわあ!」
急に男の子の叫び声が後方から起こった。
振り返るとひょろりとした男が男の子を担いで路地裏に逃げるところだった。
「おねえちゃあん!!」
男の子の悲痛な叫び声を聞きながらアグリアスは必死に男を追いかける。
体格的に言っていくら子供とはいえそんなに早くは走れない。
少女ながら長身のアグリアスといい勝負だった。
アグリアスは腰に下げた木刀を構えると
「しっかりつかんでろ!!」
と叫んだ。
男の子が必死に男の首につかまり、男が一瞬のけぞる。
その一瞬の隙を突いてアグリアスの手から木刀が放たれ、男の足に絡みつく。
男はバランスを失い地面に派手に転んだ。
「くそっ!」
男はすばやく立ち上がるとズボンからナイフを取り出すと右手に構える。
アグリアスは男が立つより一瞬早く木刀を取って構えた。
「この餓鬼、殺してやるぜ!」
いかにも軽薄そうな顔の痩せ男は殺意もあらわにアグリアスを睨みつける。
しかしながらいかにも離れしていなさそうなその態度に、アグリアスが怯えることはなくむしろ余裕が出てきた。
「何故この子を誘拐しようとした。」
「へっ、そんないい服きてりゃあ身代金がたんまり取れるにきまってらあ。」
なるほど。男の子の服は一見普通の服と変わらないが、よくみればかなり良い素材を使っている。
しかし一目でそれを見破るとは、誘拐犯としての素質はあるらしい。
「・・なるほど、貴様の天職らしい。」
「へっ、褒めてくれて、ありがとよっと!!」
言葉の終わりと同時に切りかかってくる痩せ男のナイフを左にかわすと手首を返して突いてくるナイフより一瞬早く、
払い抜けざまの胴切りが決まり男の体がくの字に曲がって崩れ落ちる。
「そんな奴は早めに更正させないとな。」
アグリアスは振り返りもせずに男の子の方へと向かう。
「おねえちゃーん。」
と嬉しそうに駆け寄ってくる男の子に微笑を返す。
その時。
空間を裂いて一筋の白線が引かれる。
そしてそれは男の子の肩に突き立った。
「きゃあ!!」
アグリアスは振り向くと一気に走りこんで男の顔面に強烈な蹴りを極める。
男は完全に崩れ落ちた。
それを確認すると急いで男の子の方に駆け寄る。
「だ、だいじょうぶか!?」
「へ、へいきだよ、おねえちゃん。」
涙を溜めながら安心させようとするいじらしさが胸を打った。
(私のせいだ。相手を甘く見すぎた。)
出血はひどくはないが放っておけば危険に変わりはない。
「くそっ、ポーションが一本でもあれば少しは・・。」
無い物をぼやいている暇はない。
(肉が締まる前にナイフを抜かないと!)
学校の授業で習ったことを思い出しながら袖をちぎって傷口を抑えながらナイフを引き抜く。
男の子は唇を噛んで必死に我慢した。
「痛かったら言っていいよ。我慢しなくていいから。」
「ううん、だいじょうぶだよ。」
男の子は無理に笑って見せる。
その顔がなんとも痛ましくアグリアスは涙があふれた。
「ごめんなさい。わたしがもっと注意してれば。」
袖が徐々に赤く染まっていく。
必死に抑えているがアグリアスはパニック寸前だった。
こんな大量を血を見るのは初めてだし、その上こんな小さい子供から出ているのだ。
顔が紙のように白くなっていくのがありありと分かる。
ましていくらしっかりしているとはいえアグリアスはまだ10歳だ。
アグリアスは張り詰めた糸も同然だった。
「おねえちゃん・・。なんだか・・、さむいよ。」
その言葉にアグリアスの必死に抑えていたものが外れてしまった。
「だれかああ!!」
アグリアスは大声で叫んだ。
中天に向かって無我夢中で慟哭した。
「だれか助けて!この子を助けてあげてぇ!!」
アグリアスは泣き叫んだ。
目から大粒の涙をこぼしながら。
何度も、何度も。
「お願い・・・。たすけて・・・。」
ついに声をからしてしまい、それでも掠れるような声で言った。
「・・アス?」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
「・・グリアス」
右手に持った袖がすっかり血に染まったのか、指に暖かいものを感じる。
燃え尽きようとしている命の暖かさ。
「アグリアス!!」
びくんとアグリアスが顔を上げると目の前に見慣れた少年らが居た。
「どうしたんだ?なんか助けてって聞こえたけ・・・ど。」
途中で先頭のリーダー格の少年、カイは気づいた。
「おい、この子にケアルラをかけてやれ、いそげ!」
カイはすぐに後ろに居たマリーナという少女に命令した。
マリーナはすぐに言う通りにケアルラをかけた。
アグリアスはその効果を目を見張って見た。
あれほど血が流れたにもかかわらず、男の子はどんどん顔色が良くなっていき、]
傷口もいつの間にか消えてしまった。
「これが・・魔法・・。」
「そう、白魔法の癒しの魔法の一つ、ケアルラ。少し疲れるけど便利な魔法よ?」
治療を終えたマリーナはにっこり笑っていった。
「もう大丈夫。すっかり元気になったわ。」
「おねえちゃん!」
男の子はアグリアスに飛びついた。
アグリアスは嬉し涙を流しながら男の子を抱きしめた。
「ごめんね、ごめんねえ。」
カイたちもついつい貰い泣きをしてしまった。
「ねえ、これからこの子を父親の所に連れて行ってあげるんだが、一緒に行かないか?」
アグリアスの意外な申し入れに彼らは顔を見合わせたが、すぐににこっとすると、
「いいよ。一緒に行こう。」
と答えた。
(私が意地を張っていただけなんだ・・。)
アグリアスは自分が恥ずかしくなった。
でも。
「おねえちゃん、よかったね。」
男の子の満面の笑みとその一言で気分がすっきりした。
「ねえ、マリーナ。」
「ん?」
「今度さっきの魔法教えてくれない?」
マリーナは優しく微笑んで
「いいわよ。」
と答えた。
「じゃあさ、アグリアス。代わりに俺たちに剣術教えてくれよ。」
「そうそう。あの男、この辺じゃ札付きの悪で通ってたんだぜ。巡察隊が驚いてたなあ。」
どうやらあの男は魔法などへの信仰心が微塵もなく、そのため魔法を主戦力にするこの町の人には、
手に余る存在だったらしい。
「ほう、殊勝なことだ。よかろう。明日からみっちり仕込んでやろう。」
「な、なんかこええな・・・。」
「ぼくも、ぼくもー。」
男の子が声を上げる。(ちなみにカイ等に女の子に間違えられたのは言うまでもない。)
ぴょんぴょんと飛び跳ねるその姿がなんとも微笑ましくみんなで笑った。
アグリアスは久々に心の底から笑えた気がした。
そして。
ようやく目的のホテルに着いた。
カイ達は気を利かせて先に帰っていった。
しかし長居すれば辛くなるのは分かっていたからエントランスで別れることにした。
「おねえちゃん・・・。」
アグリアスはしゃがんで男の子の頭を優しくなでた。
彼女にとってこの男の子は人生を変えてくれた存在だった。
今日一日は彼女にとっていろいろなことが起きた。
でもやはりこの男の子の存在は今日の経験以上に大切なもののように思えた。
名残惜しくないはずがない。
しかしアグリアスはこの町にそんなには居られない。
今朝まではあんなに出たかったこの町に、今はずっといたいと思っている。
我ながらそんな自分が可笑しかった。
「ありがとう、貴公のことは絶対に忘れぬよ。貴公は私の恩師だ。」
「・・・。」
「貴公はもっと大きな男になる。それこそ私など比べるべくもないくらいに。その時は私の元にきてくれ。貴公に我が剣を捧げよう。」
「うん。おおきくなる。おねえちゃんよりおおきくなる。そのときは、ぼくのおよめさんになって、おねえちゃん。」
少しずれてる気がするが、アグリアスは優しく微笑んで答えた。
「わかった。その時はお嫁さんにしてもらおう。」
そう言うとアグリアスは男の子の肩をつかんで優しくキスした。
「バイバイ。」
アグリアスは金髪を風になびかせ、夕日の中に消えていった。
男の子は見送った。いつまでも、いつまでも。
「・・・というわけだ。ただどうしてもあの男の子の名前が思い出せん。なんかよく聞く名前の気が・・。」
酒の席で始まったファーストキスの話に、酔っ払ってしまったアグリアスは幼少の思い出を話してしまった。
「へえー。ファーストキスの相手が年端も行かぬ童とは、アグ姉もなかなかに獣ですなあ。」
そんなことを口走ったムスタディオはすでに『幻の左』によって窓を突き破って路上に倒れている。
「へえー似たようなことあるもんでしゅねー。」
「というと?」
ムスタディオを無視してラムザとアグリアスは話し始める。
ラムザもすでに酔っ払っていた。
「ぼくも6つぐらいの頃に、凛々しいお姉さんに助けてもらったことがあるんですお。」
「ほほうそれは奇遇だなあ。」
「そうですねー。ぼくもあれがファーストキスですねー。初恋の相手でもありますねー。だから僕年上がすきなのかなあ?」
「なるほど、そういえば私もあの男の子が初恋かも知れんな。あの男の子のかわいさは半端じゃなかったからな。」
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みんな酔いつぶれて好き勝手やってる中、一人ちびちび飲んでいるメリアドールがぼそりとつぶやいた。
「・・・てえかあんたら分かってて言ってんじゃないの?」
おしまい